勇者観察chu!~居候なんだもん、問題ないよね~③

 病院からの家路を行く俺と親父とエレイン。

 少しなんだかなと思う組み合わせだ。


 外国人のような顔付きで薄い茶色の髪、そして、丸眼鏡を掛けた親父。金髪碧眼で西洋人形のように可憐なエレイン。ついでに言えば、彼女の服装は病院服に俺の学ランを羽織っているというパッと見、何が起こったのか分からない服装のコーディネーションだ。

 そして、母譲りの黒髪にザ・日本人という顔付きの俺。


 傍から見ればトンチンカンな組み合わせだろう。日は沈んでおり、人目につくことがないのが幸いだった。


「随分と遠くまで私は飛ばされたのですね」


 街並みを見て、ボソリと呟くエレイン。寂しそうに呟く彼女を見ていられなくて、俺は思わず声を掛けた。


「エレイン、君の国……」


 エレインの国の名前は確かに聞いた。しかし、聞いたことが全くない国だったので、忘れてしまった。

 思い出そうとしている俺を見たエレインは助け船を出す。


「ドスペランザ王国です。そう言えば、イチロー。この国の名前は何と言うのですか?」

「日本」

「日本……ですか。聞いたこともない国ですね。あなたたちがドスペランザ王国の名前を出しても反応しない訳が分かりました。国交を結んでいない地域までドスペランザ王国の威光が届くはずもありませんし」


 一人で納得したように頷くエレイン。置いていかれたような感覚を俺は覚える。


「しかし、不思議なデザインの街道ですね。柱を置くならば、もう少し等間隔で左右対称にすれば綺麗に見えそうなものですが。それに、黄色と黒の縦縞模様は光を反射していいとは思いますが、灰色を基調とするのはどうも美しくないように感じます」


 電柱を見ながらエレインはダメ出しをする。

 外国といっても電柱ぐらいはあるだろうに。それなのに、初めて電柱を見たような演技をしているエレインは自分の妄想の世界と現実がごっちゃになっているのだろう。


 そこまで、考えて俺はふと思いついた。

 エレインが飛び出してきた縁が歪んだ円は、きっとどこかの国が秘密裡に開発しているワープホールみたいなものに違いない。そして、エレインは最年少でその国の研究員に抜擢された天才だとしたら。ワープホールの実験でミスして日本に飛ばされて、その影響で混乱してしまった、と。


 ダメだ、SFの読み過ぎだ。三年ぐらい前に嵌ったSF漫画(ラブコメ)と同じようなストーリーじゃないか。ここは現実。そんなことある訳ないのに。

 しっかりしろ、一郎。今、現在進行形で起こっていることはアレだ、説明のできない何かだけど幻覚と幻聴とそれからファントムペインとなんだかんだをごちゃ混ぜにしたようなことが重なり合って生み出された夢だ。そう夢だ。けど、意識ははっきりしているから現実。夢のような現実だ。

 つまり、どういうこと?


 自分自身の思考回路が分からなくなってきている俺の前にいた人物の足が止まった。それに続いて、俺とエレインも足を止める。


「ようこそ、我が家へ」


 そう言って、親父は玄関の扉を開いてエレインを促す。『失礼します』と言いながら家へと入るエレインに続いて俺も家の中へと入るのだった。


「おかえりなさい」

「おけーりぃー」

「ただいまー。おかえりのちゅー」


 リビングに入るといつもと変わらない光景が広がっていた。

 長い黒髪で切れ長な目をした俺とよく似た雰囲気と言われる母。そして、気怠そうな感じを醸し出すジャージ姿の姉貴。

 今日も手入れをした様子がないボサボサのライトブラウンの髪を揺らして姉貴は俺の後ろへと目を止めた。


「あ、どうも。って、おい、そこのイチャついているバカ夫婦。説明もないの?」

「ごめん、忘れてた」


 親父の言に姉貴と俺は頭を抱える。

 しかし、それを一切、気にすることなく、というか親父の破天荒な行動に俺たち以上に慣れているお袋はリビングのテーブルにエレインを促した。


「こっちへいらっしゃい」

「失礼します」


 お袋が引いた椅子におずおずといった様子でエレインは腰掛ける。そして、思い出したように自分のことを説明し始めた。


「突然、申し訳ございません。私、エレイン・アングルブリと申します。イチロー殿に危ない所を助けて頂きありがとうございました。正式な御礼は我が国へ連絡が着き次第させて頂くつもりです」

「そんなお礼なんていいよ。弟は普段つまんない奴だから、危ないことを経験させなきゃダメだし」


 カラカラと笑う姉貴にエレインは複雑そうな笑みを返す。姉貴の弟の扱い方にどう返せばいいのか分からないという風貌だ。


 と、きゅるるという音がした。それと同時にエレインは顔を赤く染める。


「ご飯にしましょうか」

「うん。お母さん、エレインちゃんの分もよろしく」

「ええ、もちろん」


 お袋は一度、親父に頷いてから優しくエレインに微笑むと赤いエレインの顔が更に赤くなった。『すみません』と小声で囁くように言ったエレインを見つめる俺たち家族の目は暖かかった。


+++


 今日はクリスマス・イブということで家の食事はいつもより豪華だった。こんがりと焼いた七面鳥ターキーを中心に、赤ワインで鶏肉を煮込んだコック・オー・ヴァン。ほくほくのマッシュポテトや柔らかく甘いパンのブリウォッシュ。軽い食感の自家製クラッカーの上にカマンベールチーズを乗せ、更にバシルとオリーブオイルを振りかけたものなど多くの料理が所狭しとテーブルの上に並んでいる。


 目を輝かせ、フォークを手に持つエレインは次々と優雅ながらも実においしそうに料理を口に運ぶ。

 お袋はエレインのその様子を見て、楽しかったようで追加で色々なおかずを作ってエレインへと持って行く。それを食べて舌鼓を打つエレインのフォークは止まらない。

 テーブル一杯に並べられた料理たちは時間と共に姿を消していき、やがて残ったのは上に何も乗っていない皿だけだった。


 夕食が終わり、食後のコーヒー、ミルクたっぷりのカフェオレ、を飲む親父は、お袋と同じ柄で色違いのマグカップをテーブルに置く。


「そうそう、エレインちゃんは自分の国と連絡が取れなくなっちゃったってことだから、しばらく家に泊まって貰おうと思うんだけどいいよね?」


 親父の突然の提案。

 普通なら『いきなり言われても困る』だとか『こういうことは警察に』とか言って断るのだろうが、生憎、家は親父を筆頭に普通ではなかった。


「ええ、もちろん」

「よく分からないけどいいんじゃない」


 お袋と姉貴に続いて俺も頷く。


「よし、決まり!」


 自分のことなのに、自分の意志が全くない状況で決められたことに対してエレインは目を白黒させている。


「し……しかしッ!」

「嫌?」

「そうではありません。ですが、これ以上、ご迷惑をお掛けする訳には……」


 目を伏せるエレイン。優しく笑いかけた親父はいつも以上にニコニコとした様子で話しを続ける。


「気にしなくていいよ。昔、ボクもこの町で行き倒れたことがあってね。フラフラだったボクに手を差し伸べてくれた懐の大きな人が今のボクの奥さんなんだ」

「そうなのですか」


 突然、始まった親父の独白をエレインは困惑した様子で聞いている。


「だからさ。同じような状況のエレインちゃんを放っておくのは嫌なんだ。ボクの我儘に付き合ってくれたら嬉しいんだけど」

「そこまで言われると断ることができません。不肖な私ですが、よろしくお願いします」


 エレインは自分の大きな胸の前に両手を重ねて頭を下げた。

 きっと、エレインの国の挨拶なのだろう。どうせなら、フランスっぽく頬にキスをして欲しかったが……いや、それだと親父がキスを受けることになるか。それは断じて許すことはできない。絶対に。


 それに、これはこれでいいものだ。指に押され、青い病院服が少し沈み込む。その様子は、下の柔らかさを言葉なく雄弁に語っていた。その柔らかいものを顔全体で受け止めたのだなと改めて理解したものの、俺としてはできるならもっと別のシチュエーションで味わいたかったと運命とやらに心の中で唾を吐く。ストロベリーのような甘酸っぱいシチュエーションが良かったんです、運命の神様。


「これ、食べて」


 と、お袋がケーキを一切れエレインに差し出した。苺のショートケーキ。お袋は続いて俺たちの前にもケーキを差し出していく。

 女の子はスイーツに目がないというが、エレインも例外ではないようだ。


「頂きます!」


 済まなそうなエレインの顔は一瞬で綻び、お袋がケーキの皿の横に置いた小さなフォークを取って、小さくケーキを切り分ける。フォークの上に乗った白色のクリームと卵色のスポンジがエレインの口の中へと入る。

 唇に着いたクリームにも気づかないエレインは幸せそうに笑顔を浮かべた。今まで以上にいい笑顔のエレインを見ながら食べるケーキの味はいつもよりもおいしく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る