04・意図した接触

 


■□■□■



 ずいぶんと奇妙な組み合わせだなと、レイジは思う。親子と言う関係でもなさそうだし、ならば仕事先の同僚なのかと言えばそれとも違う気がする。

 そもそも、自分に用があって接触する人間が、普通とは限らない。



「それで、ご用件は?」

「もう少し段階を踏んでから、本題に入ってもよろしかったでしょうに」

「結局は同じでしょう?」

「確かに」



 レイジの素っ気ない返答に、ナオトが何かを言おうとするもヤシロに止められた。掴みかかりそうな勢いだがナオトはそれを抑え、代わりに険のある表情でレイジを睨む。

 ……力関係を見るに、ナオトが下になるか。口を挟まずにその光景を見てレイジは判断した。



「あまり長話はお好きではないようですので、端的に。紅薔薇を仕留めるのに、ご助力頂きたい」

「……気持ちは分からなくもないですが、断らせてもらいます」

「なっ――!?」



 飛び出しそうなナオトの襟首を、ヤシロは素早く掴んだ。



「それは割に合わないという事ですか?」

「それもあります。背負うリスクを考えればお分かりになるでしょう? そちらがこちらに頼むのと似ているのでは?」

「なるほど。では、こちらの提示する条件によって、考え直すということは?」

「どれだけ好条件を出されても変わりません」



 きっぱりと言うレイジに、ヤシロはしばし考えるそ振りを見せ、それからゆっくりと口を開いた。



「……棺の提供。これが条件でも、同じ返答でしょうか?」

 


 これといった表情の変化は見られなかったが、ほんの一瞬、レイジの目の色が変わったのをヤシロは見逃さなかった。



「こちらの不手際で、現在『本人』は手元にいませんが……」



 そこで言葉を切って、ヤシロはナオトを見た。その視線にナオトはバツが悪そうに顔を逸らす。

 本来なら手元にあるはずだった棺は、彼らの妙な横のつながりが影響し、取引は失敗した。当初棺を売ると交渉してきた人物は警察に追われ、その後を引き継いだ人物の一人がナオトを知っていた。

 別件で少々やんちゃをやらかした覚えのあったナオト。そのやらかした内容を、取引相手が同業者から聞いていたのは誤算だった。


 詳細を知らないくせにとナオトは憤慨したが、やってしまったことは変わらないのだからと諦めた。気に入らないのは、それをわざわざ決定していた取引に持ち込んできたことだ。誰だ、最初の電話で割増料金をふっかける気はないと、ほざいていたのは。

 あまつさえ、品物を渡す気がなくなったとのたまう。人の多い所だからとナオトも派手に構えるつもりはなかったが、向うが口封じも含めた報復手段に出たので仕方なく応戦した。そして商品には逃げられる。あの男には八つ当たりになってしまった気もしなくはないが、だったら最初から真面目に取引しろよと怒鳴りたくなる。

 交渉役のヤシロが行けなくなった為の急な代理人事だったが、ナオトたちと同じく取引相手も異例の事態になっていたのは、お互いが知らない事実だ。



「一部の方々には、喉から手が出るほど欲しいものかと」



 例え現物が手元になくとも、ときとして情報は価値を持つ。

 特に、目の前の男には。



「否定はしません。が、それとこれとは別問題です」

「……手の届くところに棺があると、それほど欲することもないと?」



 挑発も何もない、皮肉めいたヤシロの言い方。その声音に普段と何か違うと、ナオトがヤシロを窺がって表情が強張る。

 能面を貼り付けたような笑みは、普段のヤシロとまったく違った。

 そう、一度見たことがある。内面に隠された殺気や憎悪、それらが混ざったような笑み。あの時は紅薔薇ではなく、月牙に関する時だったか?



「条件があれでなけ――」

「私の耳に入った話では、女王陛下のもとにいる棺は、もって後二十年程とか。大変失礼ながら、アチラにいたときのことを調べさせてもらいました。あなたには『花嫁』はいらっしゃらない。というより、一度たりとも花嫁を迎えたことがない。そして今も傍にいる様子はない。ならば、いずれ棺は必要になる」



 容易ではありませんが調べることは出来ますので。レイジの目を見ながら、ヤシロは言った。

 ヤシロの一言に、レイジは内心で悪態をつく。

 偽装をやれるだけやってきたが、それにも限度がある。特に、その地に長く住んでいた者たちは。やはり精神や記憶に直接干渉する方法が確実だが、あまり使いたくない手段だ。



「人がモテないことを、さらりと暴露しないでくれませんか」

「話を逸らさないで頂きたい。花嫁が何を意味するか、我々は理解しています」



 何がモテないだ。意識してわざと印象を薄くしているくせによく言うよ。口には出さずに渋い顔で、ナオトは思った。

 この状況下にも関わらず、レイジから受ける雰囲気は全体的に柔らかい。顔立ちは整っているし、癖はないが艶のあるしっとりとした黒髪は、世の女性陣が嫉妬しそうな見事なキューティクルを持つ。

 まず間違いなくきちんと見れば、美形の部類に入れても問題ない。だが、なぜか地味なのだ。ありしいて言えば、綺麗だがあっさりと人込みに紛れ込めてしまう程、印象が残りにくい。


 お蔭で尾行には散々苦労させられた。というより、見事に毎回撒かれている。これで意識していないとのたまうのなら、一発ぶん殴ってやる。



「荒事は好きではないので」

「好きではないが、苦手でもない」

「揚げ足取りは止めてもらいたいのですが」



 どちらも引く気はないらしく、視線の応酬が始まる。



「不思議に思っている事があります。何故、必要な存在には、棺の見分けが出来ないのかと。我々ならまだしも、あなたまでもが。花嫁は見つけることができるのに……。実に不思議だと思いませんか?」

「死体だからじゃないですか。僕も、貴方たちも、死体を喰らう必要性はないでしょう?」



 まあ、中には妙な性癖を持ったのもいますけどね。肩からズリ落ちた鞄をかけ直しながらレイジが続けた。



「己の足で立ち、自らの意思で歩む存在が死んでいると?」

「比喩表現の一つ。例えるならば通称、通り名、そんなところでしょう」



 レイジが腕時計を見た。予想より時間が経っている。時間に自由が利くといっても、今はある程度縛られた生活をしている身としては、あまりこう言ったことで拘束されたくはない。

 ツバメの特大の釘さしもあることだし、特にここ数日はなおさらだ。



「……貴方がたが必死なのは分かります。境遇についてはご同情申し上げます。しかしそれまでです、こちらも不要なリスクを負うつもりはありません」

「これでも同胞たちは少なくない。今はまだ表立って動いているのは一部のみ。いずれは無関係なあなたの同族に、牙をむくやも知れません」



 『あなたの同族に』――その言葉を聞いた時、レイジが自嘲じみた笑みを浮かべた。



「他を当たってください」



 あんな連中と、同じわけがないじゃないか……。



「女王陛下は、我々のような半端者は切り捨てると?」

「陛下が玉座を立たれる時は、『王』が動いた時のみです」

「ならばあなたが動けばよろしい。つるぎと名乗る者ならば!」



 まさに咆哮。体に向けられた威圧感が、ビリビリと肌を打つ。側面の壁から細かな破片が零れ落ちた。夕闇のなか、さらに濃い影を作りながら地面に散らばる。

 それを見届けることなく、レイジは“壁を駆け上がった”。左右のビルに点在する、窓枠と配管を使いながら跳躍し、一気に屋上へと向う。



「ナオト!」

「まかされた!」



 視線をレイジから外さぬまま、ヤシロが声を上げた。それを合図に、ナオトも壁を駆け上がる。

 駆け上がる一瞬、レイジは壁を見た。いくつもの細い筋が走っていた。ヤシロが咆哮を放った時、僅かに揺れた自分の髪。

 音を使い空気に影響を与えられるのか。半端者といえ、錬度を上げれば固有の力は持てる。



「面倒だな……」



 小さな音を耳が捉え、ついで不自然に上着の裾が持ち上がった。

 十五階建てのビルの壁を難なく駆け上り、屋上に立つ。さっきの音はなんだったと、レイジが上着の裾を見て肩を落とす。裾には、小さいけれど、はっきりと分かる穴が空いていた。



「やられた……これじゃ繕えないじゃないか」

「っと、たく。逃げないでほしいんですけどー!」



 もとより、見逃すつもりはなかったのだろう。後を追って来たナオトが屋上に立つと同時に、地を蹴った。一気に詰まる距離に、ナオトの右手に見える銀色。右手を警戒しながら避ける。ナイフかと思えば、見えたのは細長い形状の束で。



「針?」



 それが何であるかと認識するよりも早く、銀色が一斉にレイジに向かった。剥き出しの配管を飛び越してかわし、避け切れないものを愛用の“手帳”で叩き落とす。落下した針が澄んだ音を響かせる中、バックスッテプで間合いを取る。



「げ。なんで手帳で叩き落とせるんだよ。人間は貫通出来る威力にしたのに」

「針師にでも転職したらどうですか?」

「余計なお世話だ!」



 貫通出来る針で治療をされたら、そのままあの世へ逝きそうだ。提案したレイジだが、針師の転職はお勧めできないと考え直す。

 一段高くなったコンクリを足場に、ナオトはファンが回る室外機の上に飛び乗る。握った拳をレイジに向け、親指が何かを弾くように動いた。

 不自然な手の位置に、レイジは鞄を押さえて右へ逃げる。乾いた音が、立っていた場所に小さな穴を穿った。



「針がなくてもいけるんですか……」

「そんな目に見えて分かるもん使うかよ」



 手の中で極太の針を弄びながらナオトが言う。腹立たしいと言わんばかりの顔で、ナオトがレイジを見る。



「やっぱり、あんたたちの中じゃ、俺たちは所詮『餌』と同じか?」



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