04・意図した接触
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ずいぶんと奇妙な組み合わせだなと、レイジは思う。親子と言う関係でもなさそうだし、ならば仕事先の同僚なのかと言えばそれとも違う気がする。
そもそも、自分に用があって接触する人間が、普通とは限らない。
「それで、ご用件は?」
「もう少し段階を踏んでから、本題に入ってもよろしかったでしょうに」
「結局は同じでしょう?」
「確かに」
レイジの素っ気ない返答に、ナオトが何かを言おうとするもヤシロに止められた。掴みかかりそうな勢いだがナオトはそれを抑え、代わりに険のある表情でレイジを睨む。
……力関係を見るに、ナオトが下になるか。口を挟まずにその光景を見てレイジは判断した。
「あまり長話はお好きではないようですので、端的に。紅薔薇を仕留めるのに、ご助力頂きたい」
「……気持ちは分からなくもないですが、断らせてもらいます」
「なっ――!?」
飛び出しそうなナオトの襟首を、ヤシロは素早く掴んだ。
「それは割に合わないという事ですか?」
「それもあります。背負うリスクを考えればお分かりになるでしょう? そちらがこちらに頼むのと似ているのでは?」
「なるほど。では、こちらの提示する条件によって、考え直すということは?」
「どれだけ好条件を出されても変わりません」
きっぱりと言うレイジに、ヤシロはしばし考えるそ振りを見せ、それからゆっくりと口を開いた。
「……棺の提供。これが条件でも、同じ返答でしょうか?」
これといった表情の変化は見られなかったが、ほんの一瞬、レイジの目の色が変わったのをヤシロは見逃さなかった。
「こちらの不手際で、現在『本人』は手元にいませんが……」
そこで言葉を切って、ヤシロはナオトを見た。その視線にナオトはバツが悪そうに顔を逸らす。
本来なら手元にあるはずだった棺は、彼らの妙な横のつながりが影響し、取引は失敗した。当初棺を売ると交渉してきた人物は警察に追われ、その後を引き継いだ人物の一人がナオトを知っていた。
別件で少々やんちゃをやらかした覚えのあったナオト。そのやらかした内容を、取引相手が同業者から聞いていたのは誤算だった。
詳細を知らないくせにとナオトは憤慨したが、やってしまったことは変わらないのだからと諦めた。気に入らないのは、それをわざわざ決定していた取引に持ち込んできたことだ。誰だ、最初の電話で割増料金をふっかける気はないと、ほざいていたのは。
あまつさえ、品物を渡す気がなくなったとのたまう。人の多い所だからとナオトも派手に構えるつもりはなかったが、向うが口封じも含めた報復手段に出たので仕方なく応戦した。そして商品には逃げられる。あの男には八つ当たりになってしまった気もしなくはないが、だったら最初から真面目に取引しろよと怒鳴りたくなる。
交渉役のヤシロが行けなくなった為の急な代理人事だったが、ナオトたちと同じく取引相手も異例の事態になっていたのは、お互いが知らない事実だ。
「一部の方々には、喉から手が出るほど欲しいものかと」
例え現物が手元になくとも、ときとして情報は価値を持つ。
特に、目の前の男には。
「否定はしません。が、それとこれとは別問題です」
「……手の届くところに棺があると、それほど欲することもないと?」
挑発も何もない、皮肉めいたヤシロの言い方。その声音に普段と何か違うと、ナオトがヤシロを窺がって表情が強張る。
能面を貼り付けたような笑みは、普段のヤシロとまったく違った。
そう、一度見たことがある。内面に隠された殺気や憎悪、それらが混ざったような笑み。あの時は紅薔薇ではなく、月牙に関する時だったか?
「条件があれでなけ――」
「私の耳に入った話では、女王陛下のもとにいる棺は、もって後二十年程とか。大変失礼ながら、アチラにいたときのことを調べさせてもらいました。あなたには『花嫁』はいらっしゃらない。というより、一度たりとも花嫁を迎えたことがない。そして今も傍にいる様子はない。ならば、いずれ棺は必要になる」
容易ではありませんが調べることは出来ますので。レイジの目を見ながら、ヤシロは言った。
ヤシロの一言に、レイジは内心で悪態をつく。
偽装をやれるだけやってきたが、それにも限度がある。特に、その地に長く住んでいた者たちは。やはり精神や記憶に直接干渉する方法が確実だが、あまり使いたくない手段だ。
「人がモテないことを、さらりと暴露しないでくれませんか」
「話を逸らさないで頂きたい。花嫁が何を意味するか、我々は理解しています」
何がモテないだ。意識してわざと印象を薄くしているくせによく言うよ。口には出さずに渋い顔で、ナオトは思った。
この状況下にも関わらず、レイジから受ける雰囲気は全体的に柔らかい。顔立ちは整っているし、癖はないが艶のあるしっとりとした黒髪は、世の女性陣が嫉妬しそうな見事なキューティクルを持つ。
まず間違いなくきちんと見れば、美形の部類に入れても問題ない。だが、なぜか地味なのだ。ありしいて言えば、綺麗だがあっさりと人込みに紛れ込めてしまう程、印象が残りにくい。
お蔭で尾行には散々苦労させられた。というより、見事に毎回撒かれている。これで意識していないとのたまうのなら、一発ぶん殴ってやる。
「荒事は好きではないので」
「好きではないが、苦手でもない」
「揚げ足取りは止めてもらいたいのですが」
どちらも引く気はないらしく、視線の応酬が始まる。
「不思議に思っている事があります。何故、必要な存在には、棺の見分けが出来ないのかと。我々ならまだしも、あなたまでもが。花嫁は見つけることができるのに……。実に不思議だと思いませんか?」
「死体だからじゃないですか。僕も、貴方たちも、死体を喰らう必要性はないでしょう?」
まあ、中には妙な性癖を持ったのもいますけどね。肩からズリ落ちた鞄をかけ直しながらレイジが続けた。
「己の足で立ち、自らの意思で歩む存在が死んでいると?」
「比喩表現の一つ。例えるならば通称、通り名、そんなところでしょう」
レイジが腕時計を見た。予想より時間が経っている。時間に自由が利くといっても、今はある程度縛られた生活をしている身としては、あまりこう言ったことで拘束されたくはない。
ツバメの特大の釘さしもあることだし、特にここ数日はなおさらだ。
「……貴方がたが必死なのは分かります。境遇についてはご同情申し上げます。しかしそれまでです、こちらも不要なリスクを負うつもりはありません」
「これでも同胞たちは少なくない。今はまだ表立って動いているのは一部のみ。いずれは無関係なあなたの同族に、牙をむくやも知れません」
『あなたの同族に』――その言葉を聞いた時、レイジが自嘲じみた笑みを浮かべた。
「他を当たってください」
あんな連中と、同じわけがないじゃないか……。
「女王陛下は、我々のような半端者は切り捨てると?」
「陛下が玉座を立たれる時は、『王』が動いた時のみです」
「ならばあなたが動けばよろしい。
まさに咆哮。体に向けられた威圧感が、ビリビリと肌を打つ。側面の壁から細かな破片が零れ落ちた。夕闇のなか、さらに濃い影を作りながら地面に散らばる。
それを見届けることなく、レイジは“壁を駆け上がった”。左右のビルに点在する、窓枠と配管を使いながら跳躍し、一気に屋上へと向う。
「ナオト!」
「まかされた!」
視線をレイジから外さぬまま、ヤシロが声を上げた。それを合図に、ナオトも壁を駆け上がる。
駆け上がる一瞬、レイジは壁を見た。いくつもの細い筋が走っていた。ヤシロが咆哮を放った時、僅かに揺れた自分の髪。
音を使い空気に影響を与えられるのか。半端者といえ、錬度を上げれば固有の力は持てる。
「面倒だな……」
小さな音を耳が捉え、ついで不自然に上着の裾が持ち上がった。
十五階建てのビルの壁を難なく駆け上り、屋上に立つ。さっきの音はなんだったと、レイジが上着の裾を見て肩を落とす。裾には、小さいけれど、はっきりと分かる穴が空いていた。
「やられた……これじゃ繕えないじゃないか」
「っと、たく。逃げないでほしいんですけどー!」
もとより、見逃すつもりはなかったのだろう。後を追って来たナオトが屋上に立つと同時に、地を蹴った。一気に詰まる距離に、ナオトの右手に見える銀色。右手を警戒しながら避ける。ナイフかと思えば、見えたのは細長い形状の束で。
「針?」
それが何であるかと認識するよりも早く、銀色が一斉にレイジに向かった。剥き出しの配管を飛び越してかわし、避け切れないものを愛用の“手帳”で叩き落とす。落下した針が澄んだ音を響かせる中、バックスッテプで間合いを取る。
「げ。なんで手帳で叩き落とせるんだよ。人間は貫通出来る威力にしたのに」
「針師にでも転職したらどうですか?」
「余計なお世話だ!」
貫通出来る針で治療をされたら、そのままあの世へ逝きそうだ。提案したレイジだが、針師の転職はお勧めできないと考え直す。
一段高くなったコンクリを足場に、ナオトはファンが回る室外機の上に飛び乗る。握った拳をレイジに向け、親指が何かを弾くように動いた。
不自然な手の位置に、レイジは鞄を押さえて右へ逃げる。乾いた音が、立っていた場所に小さな穴を穿った。
「針がなくてもいけるんですか……」
「そんな目に見えて分かるもん使うかよ」
手の中で極太の針を弄びながらナオトが言う。腹立たしいと言わんばかりの顔で、ナオトがレイジを見る。
「やっぱり、あんたたちの中じゃ、俺たちは所詮『餌』と同じか?」
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