エピローグ
第27話
エピローグ1
さんさんと明るい太陽を浴びるセルディア城は、その日、どんな物語に出てくる城よりも美しいのではないかと思われた。それは、きっと今、自分の心が穏やかで、安らいでいるからそう見えるのだろうと、アシスは考える。
謁見の間で、デュノやエララ、五賢者が中央の二人を見つめる。
跪き頭を垂れるアシスと、その向かい側に立つシェルニード。彼はアシスの首に五賢者のペンダントをかけた。
「改めて、我シェルニード・ジル・ファ・ノード・セルドゥガルロの名を持って、汝アシス・カーリア・クラバルトを五賢者№3に任命する」
「ありがたく、拝命いたします」
慣れ親しんだ首の重みにどこかホッとする。顔を上げると、王というよりは本当に嬉しそうに笑う少年と目が合った。
彼はシェーナに似ていると思う。王という地位のため表立って出せないものがあるだけで、根底は一緒なのではないだろうか。
帰ってきた時など、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら飛びついてきた。
「やること一杯あるんだ。戻ったからにはしっかり働いてよ」
「分かってるよ。やらないと怖い従者殿が怒るからね」
ここにいるのは極身近な者達だけ、公式の儀が終われば態度も柔らかくなる。
「さて、もう一つ言わなきゃいけないことがあったね」
シェルニードがそう言い顔を奥に向ける。アシスもそちらを向き手招きした。隅の方で居心地悪そうに縮こまっているシェーナを。
正式とは言えないまでも正装した彼女は、おずおずと進み出るとアシスの隣に跪いた。緊張しているのは顔を見ればすぐ分かる。
「そんなに緊張しないで下さい。貴女も僕と同じ王族なのだから」
「い、いえ! 私の一族なんていもういないしっ……同じだなんてそんな」
確かに血筋は王族でも彼女には国も、民もいない。それでも尊い一族の末裔であるからシェルニードはシェーナを同列に扱おうとするのだろう。
あるいは、大事な者を守ってくれたことへの敬意かもしれないが。
シェルニードは一段降りると、自分も膝をつきシェーナの手を取る。
「シェーナさん、改めてお礼を言わせて下さい」
「お礼?」
非難されどお礼を言われることなど自分にはない。そう思っているのだろう。困惑した表情で彼女はアシスを見上げた。それに答えたのはラドバーだ。
「君の献身的な行動のおかげで、多くの兵士達が命を救われた。感謝している」
あの後、帰って来たシェーナは話を聞き、すぐにブレアシュに連れて行ってくれ、と頼んだ。アシスは動けないのでラドバーに。
町の者を心配してかと思いきや、彼女は着いてすぐに兵士達の治療を始めたのだ。おかげで重症だった兵士も幾人か命を取り留めた。
「アシスのために力を使って、貴女も疲れていたのに。本当にありがとうございます」
「いいえ……私がこの国にしようとしたことに比べれば、あんなこと……」
悔やんでも取り消せぬ行為に、シェーナは唇をかみ締めた。
「その件だが、君に関する罪状は不問とすることになった」
「! そんな、でも私はっ」
ラドバーの言葉にシェーナは驚き、シェルニードの顔を見つめた。彼は優しそうに、と言うか面白そうに笑い、なぜかアシスの方を見た。
「確かに君は一国を落とす片棒を担いだ。その罪は重い。しかし、事情とその後の行動を合わせれば、極刑にすることもない」
魔族に町の者を人質に取られていたこと。説得を受け入れた後の彼女の行動。それを含めればシェーナの罪は軽くなる。
「ただ、何もしないというわけではない。君にはブレアシュではなく、この地においてその力の研究に協力してもらう。住まいも研究区の方に用意しよう」
それはつまり、ブレアシュには帰れないということ。研究も、一歩間違えれば力を悪用されるということ。
シェーナの表情は曇るが、この程度で済むならそれはありがたいこと、と承諾の意を伝えようと口を開いた。が、それをアシスが後ろからやんわり押さえる。
「ラドバー困るよ。そういうことは僕を通して貰わないと」
クスクスと笑うアシスに、ラドバーとシェーナは疑問符を飛ばし、シェルニードは吹き出しそうなのを耐えていた。そして他の者は、またかと半ば諦め呆れた表情で明後日の方向を向く。
そんな周りを見て、ラドバーは胃が痛そうな顔をしてアシスを再度見る。普通に笑っていたアシスは、意地悪そうにニヤリと口を歪めた。
「シェーナは僕が後見人を務めることになった。彼女を借り出す際は僕の了承を得てくれ」
突拍子もない台詞に、シェーナはアシスを振り仰いだ。
アシスの言葉は、シェーナ以外『やっぱり』きっと誰もがそう思っただろう。ラドバーも分かっているはずだが、問わずにはいられなかったらしい。
「いつ、なぜ、お前が彼女の後見人になったのだ!」
胃が痛むのだろう。ぐっと腹を押さえながら彼は声を張り上げる。
「帰って来た次の日。まあ、こうなること予想してたし。ダメだよ、ラドバー。いたいけな少女の自由を奪うなんて」
「そんなもの誰が許可した!」
「我らが陛下」
そう言ってアシスの出す紙には、シェーナがアシスを後見人とする旨が。そして、その下に確かにシェルニードのサインが。
「陛下!?」
「サインしちゃった」
えへっ、と舌を出す少年王。だって笑顔で脅迫してくるアシスが怖かったから。などと理由になるような、ならないようなことを言っている。
沈むラドバーとそれを慰める五賢者と王。微笑ましそうに、けれどどこか引きつったデュノとエララ。それらが見えていないのか、シェーナは酷く慌てながらアシスを振り向いた。
「アシスっ、わ、私、研究に協力するよ? アシスに後見人になってもらうなんて!」
「大丈夫、大丈夫。僕が後見人だからって特別何かする必要もないよ」
「でもっ!」
「守らせてって言ったでしょう?」
優しく微笑みながらアシスはそう言った。
それは、魔族からだけではない。シェーナを傷つける全てのものから。彼女が苦しまないよう、その原因となる全てのものからだ。
「僕が君の世話をしていた領主に代わって後見人になったから、ブレアシュには早々帰れないし、首都にいるんだからある程度、研究には協力してもらわなきゃならなくなる。それでも、そんなことのためだけに君を縛り付けたくなかったんだ」
今までのように自由というわけにはいかない。それでも研究の道具として彼女を首都に置くのは嫌だった。
原初の一族ではなく、シェーナにはシェーナとしてここにいて欲しかった。
「まあ、僕が傍にいて欲しかっただけ、って言うのもあるけど……」
ふいっと、少しだけ染まった頬に気づかれないよう、そっぽを向くアシス。ようやくお互いが本当の姿で会えたのに、いきなり手放すなど冗談ではなかった。
障害は多々あるだろうけれど、シェーナには隣で笑っていて欲しかった。
しばらく黙っていたかと思うと、彼女はそっとアシスの胸に額を置いた。
「ありが……とう……」
心なしか震えた声で、シェーナはアシスに伝えた。そんな彼女を優しく見下ろし、アシスは、シェーナの温もりをしっかりとその腕に抱きしめた。
※ ※ ※ ※ ※
「ねえ、あの二人。いつあたし達存在に気づくと思う?」
「アシスは気づいてるでしょう? シェーナさんが気づくまであのままですよ」
何か置いてきぼりにされたデュノとエララが、溜息をつきながら言う。
「色んな意味で、先行き不安だわ」
「そうですね。でもまあ、良いんじゃないですか?」
『だって、みんな笑っているんですから』
そう呟いたデュノの言葉は、温かな日差しの中に溶けていった。
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