第26話

 本降りになった冷たい雨が、アシスとシェーナの上に降り注ぐ。いつのまにか、シェーナの青い光も、アシスの紅い魔力も消えていた。

 それでも彼を抱きしめ続けるシェーナ。

 ふと、彼が動いた気がした。


「アシ、ス……?」


 気がついたのか、と顔を覗き込もうとした瞬間、


「オノレ貴様ラアァァァァッッッ!」


 後ろに殺気が現れる。狂ったように叫ぶのはバズだ。殺気と同様に魔力が膨れ上がる。


「アシスっ!」


 咄嗟に、シェーナはアシスを庇うようにギュッと抱きこむ。

 だがその時、それより強い力が、シェーナをしっかりと抱きしめ返した。




   ※ ※ ※ ※ ※




 目を見開いた瞬間、アシスの目に飛び込んできたのは腕と顔だけのバズだった。課せられた律も無視し、巨大な魔法を放とうとしている。


「アシスっ!」


 その時、心地良い声が自分の名を呼び、その小さな体で守ろうとした。自然と口元が綻ぶ。

 アシスはその小さな体をより強い力で抱きしめ返し、杖を取り出しバズに向けた。


「我が言の葉にて誘わんっ!」


 放たれたバズの魔法が、アシスの魔法とぶつかる。だがそれも一瞬のこと。瞬く間にアシスの魔法がバズのものを飲み込み、そのまま彼に一直線に進んでいく。

 闇夜を照らす煌々とした爆発。

 それが、魔族バズの最期だった。


 刹那、爆発で途切れた雨がまた降り注ぐ。アシスは力を抜き杖を手放した。

 体のあちこちに、とんでもなく疲労が溜まっている。今すぐにでも意識を手放せそうだ。

 だが、まだ。


「シェーナ……大丈夫?」


 聞いたのは、自分がつけた首の傷のこと。意識がなかったとはいえ、デュノにも彼女にも酷いことをした。

 デュノも手当てをしないと。そう考え立ち上がりかけたアシスの服を、シェーナがそっと掴んだ。


「シェーナ?」


 怖かったのだろう。どう宥めようか、と顔を覗き込み、アシスは目を見開いた。

 シェーナはふわりと微笑む。

 その、美しい青の目で彼を見つめて。


「初めまして……は、変かな?」


 アシスは声も出ないまま手を伸ばし、頬に触れた。シェーナも同じように彼に触れる。雨に濡れて冷たいはずなのに、とても、温かいと思った。


「本当、ビックリするほど綺麗」


 彼女の頬に流れる雫は、涙か、それとも雨か判別がつかない。

 アシスはシェーナを抱きしめる。先程よりも、もっと、もっと強く。



――生きようと思う。どんなに辛くとも、どんなに無情な世界でも――


「やっと、会えたね……」


――いつか再び巡り会えた時、彼女に怒られないように――


「うん……っ」


――今度こそ――


「初めまして……シェーナ」

「初めまして、アシス」


――互いに笑いあって、生きていけるように――


 雨の中で、二人の笑顔が、優しく光を灯していた。

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