第25話
今、自分を支えているのは一本の腕だ。何度も包み込んでくれて、助けてくれた優しい腕。それが今、シェーナの首を絞めながら宙吊りにしている。掴んでも、何をしてもびくともしない。
「アシ……ス……っ」
さらに指が食い込む。五指の爪が深く皮膚にもぐり、シェーナの白い首に赤い筋を作った。息が上手く通らない。
「ア、シス……」
苦しかった。
息がとか、アシスにこんな風にされることが、ではない。彼に何もしてあげられないことが、何より苦しかった。
目が見えない。今の彼を知ることができない。腕が届かない。彼がどんな表情をしているか分からない。悔しさに、涙が流れた。
シェーナは首を持たれたまま地面に叩きつけられた。背骨のきしむ音がする。勢いよく跳ねたにもかかわらず、首から手は離れない。
「ごめ、ん……ね」
助けてあげられなくて。何もしてあげられなくて。大切な存在だと、守りたいと言ってくれたのに、自分は彼を止めることすらできない。
大切な両親を手にかけた彼。悔やみ、生きる意志と意味を失ってしまった彼。自分を殺し、正気に戻った時、彼は何を思うだろう。どうするだろう。
自ら守ると言った者をその手で消して、それでも彼は生きてくれるだろうか。それとも、壊れてしまうのだろうか。
(そんな風に……なって欲しくないよ……)
シェーナはあらん限りの力を込めて両手を伸ばす。その指先が、アシスの頬に触れた。
冷たい頬。まだ、見たことがない彼の顔。どんな顔かは分からないけれど、この人に絶望した表情などして欲しくない。笑っていて。そして、できるなら――
「わ、た……し、な、にも……で、き……な、けどっ……」
途切れ途切れにしか出ない言葉。
その時、ブレスレットが眩いばかりの青い光を放った。以前のような圧迫感はない。優しく清らかなその光が、アシスとアシスの纏う紅い魔力を包んでいく。
その光に怯んだように、アシスの手がシェーナから離れた。
しかし、その場から動かぬ彼の頬に、今度こそしっかりとシェーナの手が触れる。小さい手で引きよせて、シェーナはそのままアシスを抱きしめた。
彼が、彼の魂がどこにも行かぬように。
「私はっ……私はアシスと一緒に生きていきたいっ!」
青い光の中、アシスの紅色の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
※ ※ ※ ※ ※
穏やかな空間を、アシスは独り漂う。先程までの苦しさがない。
(ここ……どこ?)
優しい空気と暖かい空気。その二つがアシスを包み込んでくれている。
(もしかして、死んだのかな……)
こんなに穏やかで安らかな場所は、死んだ者の場所という考えが浮かんだ。けれど、この空気を自分は知っている気がする。どこで?
――なあ。もしかしてこのまま『はい、さようなら』じゃないよな?――
どこからか、また声がした。しつこいなと思いつつ、そちらに意識を向ける。
だが、感じたのはあの黒い気配ではない。
――やめてくれよ、そんなこと。二度も約束を守れないなんて、恥だろ――
口調も違う。先程の黒い気配は、こんな気安い雰囲気ではなかった。
(何を、言って……?)
言われた意味が分からず、意識だけで問い返す。
――お前は、リーファ・エルリストのようにはならないんだろう?――
その言葉に、指先がピクリと動いた。
そうだ。そう言った。彼女に。
――なら、しっかりしろよ。泣かせたままにする気なのか?――
ぐっと拳を握る。そんなつもりはない。女を泣かせる男は最低だ、とアランも言っていた。
――彼女の願い、叶えてあげないとな――
全身に力を入れる。まだ、動ける。生きていける。
――今度こそ、彼女を守るんだろ。『俺達』は――
グンッとアシスは目を開ける。振り返った先、光の向こうに、金糸の髪と青紫の瞳で笑う青年を、見た気がした。
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