第五章

第20話

 まだ日の出ぬ暗く寒い空気の中、セルディア城の広場に完璧な武装を整えた兵が集まっていた。その数は一万近くに及ぶだろう。

 整然と並んだ彼らの前。壇上には毅然と立つシェルニードと、こちらも武装を終えた五賢者が並んでいた。軍の指揮を取り。前線に出る二人は鎧もつけている。


「今回の出兵の目的は、ブレアシュの救済、ひいては我が国セルドゥガルロに及ぶ魔族の脅威の排除である。各国から支援は望めん。自らの力、最後の一欠片まで出し切り、民を守れ!」


 シェルニードの言葉にザッと兵達が姿勢を正す。彼はそれを見やり、二本の剣を跪く五賢者のアランとナフィスにそれぞれ渡した。


「アラン、ナフィス。頼んだぞ。必ずや脅威を消し、生きて戻れ」

「「御意に」」


 二人はそれを恭しく受け取る。次いで、シェルニードは自らの腰にある剣を引き抜いた。まだ小さな彼には重いだろうそれを、しっかりと天に向けて掲げる。


「セルドゥガルロ軍、出撃する!」


 浪々とした少年王の命に、『おおっ!』と兵達が沸きあがった。そして、順に規則正しく足を進めて行く。


「それでは陛下、行って参ります」

「ああ、くれぐれも気をつけろ。下級魔族しか確認されていないとはいえ分からない。何より、どうあっても魔族は魔族だからな。油断はするな」

「はっ!」


 ふと、アシスは敬礼するアランと目が合った。


「ま、君みたいな奴は心配するだけ無駄だろうけど、気をつけてね、アラン」

「君はこういう時まで相変わらずだな」


 心配してくれないなんてお兄さん悲しい、と泣き真似をしながら、アランはドンッとアシスの胸に拳を置いた。


「君も死ぬなよ、アシス。女性を泣かす男は最低だよ」


 思わず動きを止めてしまった。彼はこれからアシスが起こす行動に気づいていたらしい。アシスは肩をすくめ、同じように彼の胸に拳を置いた。


「肝に銘じておくよ」


 戦場に出て行く同僚の背をしばし見つめ、アシスは首からペンダントをはずした。もちろん、五賢者の証であるあの五芒星のペンダントだ。

 そして、自らが仕える少年王に向かって跪く。


「陛下、これをお受け取りください」


 同じように兵を見送っていたシェルニードは、振り返り目を見開いた。


「ア、アシス、これはどういうことだ?」

「魔族の狙いは魔王の復活にあります。おそらく、要となる魔族はこちらに来るでしょう。私は首都を離れ、別の場所でその者を迎え撃とうと思っています。結界を強めたとはいえ、私が首都にいることはあまりにも危険です」

「……これを返すということは、五賢者をやめるということか?」

「戦いに際して、私はおそらく魔王の力を使います。上級魔族が相手ではそれも致しかたありません。できる限り抑えるつもりでいますが、保障もできない。そんな私が、これ以上この地位についていることはできません。私がこの国にいる限り、このようなことは幾度も起こるでしょうから」


 正論を言われ、シェルニードはグッとペンダントを握った。

 しばしの間アシスの赤紫の瞳を見つめ、そして、身を翻す。


「これを預かるのは一時的だ。お前を五賢者として認めているのは先王も、私も同じ。二代の王に恥をかかせるな。必ず戻り、その身から出る災厄以上にこの国を発展させろ! それが、お前の五賢者としての責務だ。アシス・カーリア・クラバルト」


 強く、思いを乗せた言葉にアシスは無言で会釈した。


「必ず、生きて帰ってきて……」


 先程とは逆に、搾り出された小さな声。アシスはポンとシェルニードの頭を叩き、出口に向かった。その前に、首都に残る五賢者、ラドバーとペッグが佇んでいる。


「兵はいりますか?」

「いや、良いよ。あっちも単独で来るだろうし。僕もデュノとシェーナだけ連れて行く」

「彼女も連れて行くのか?」

「最後まで見届けたいって。自分がきっかけでもあるからって。僕も、その義務と権利はあると思ったしね。大丈夫、死なせないよ」


 なんてったって彼女も王族だから。とふざけた調子で言うと、ラドバーはグイッと鼻を掴んできた。


「ちょ、ラ、ラドバーッ!」

「生きて戻れ、お前のような若造でサボり魔でも、おらんよりましだ」

「御武運をお祈りしています。アシス殿」


 赤くなった鼻を取り戻し、明後日を向くラドバーと深く腰を折るペッグに、アシスはきっちりと敬礼した。そのまま、二人の間を通り過ぎる。その時叩かれた両肩が、少し、軽くなった気がした。




   ※ ※ ※ ※ ※




「始まりましたか」

「ああ」


 首都の上空で、白と黒の人影は戦場に赴く者達を見つめていた。アースとザンデルだ。


「これから貴方はどう動くのですか? 何か行動を?」

「アシスとの契約……いや、約束を果たすために行くが」

「約束、ですか?」

「あいつとの契約は魔族に関する情報を与えることだ。それ以外のことは契約にならないからな。たまには、遊んでみるのも良い。あんたは傍観か?」

「いえ、問題にならない限り私情で動きます」


 さらりと言ったアースに、ザンデルは怪訝な顔で返す。


「神王であるあんたが動くこと自体、問題だろう?」

「バレなければ良いんですよ。バレなければ」

「あんたな……」


 もしこの魔族討伐に神王が関わっていると魔族方に知られれば、おそらく世界を舞台にした魔族対神族の大戦争が起こってしまうというのに。

 朗らかに笑うこの神々の王を、ザンデルはこの時初めて怖いと思った。


「はあ……なら、行くか」

「はい」


 頷きあって、二人は音もなく消える。

 その数分後、首都のある場所には、一つの白い羽根が舞い落ちた。

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