第14話

「というわけで、昨夜の襲撃において他の五賢者、および街に被害は出ていません。若干名、上空の魔族に気づいた民が騒ぎ出したぐらいです」

「なるほど、つまり被害は全て僕の家に集中したわけだ」


 とても親切だね、とぼやいてアシスは報告書を投げた。自室はただいま修復中。使い慣れない別室でアシスはデュノと当面の仕事をこなしていた。

 あれ以来、屋敷の結界を数倍に強化した。アシス自身も、城に上がる時間より自宅にいる時間を増やしている。


 首都内に魔族が侵入したことから、出張中の五賢者も緊急帰還命令が出され、明日には帰ってくる。そうすれば首都の結界も強化されるだろう。


「それで、シェーナさんが原初の一族の、しかも王族の末裔だと報告したのですか?」

「いや、すれば、彼女の今後が決まってしまうからね、どうしようかと……」


 滅亡したと思われていた一族の末裔。しかも王族の血を引き、原始の王にまで守護されているシェーナ。上に報告すれば、速攻で研究対象にされるだろう。

 国内だけであれば、人体実験などを推奨する急進派などアシスの力で抑え込める。だが、他国に彼女の存在が気づかれれば? 

 うまく扱えないといっても強力な力。セルドゥガルロは良くて危険視と圧力をかけられ、悪くて戦争。

 協定を結んだとて、シェーナは各国の研究機関をたらい回しにされるだろう。


「それに、今そんなことになったら、彼女の守りに穴もできる。魔族から守らなきゃいけないのに、それはいただけないでしょ?」


 だが報告しなければ、隠匿もしくは反逆罪と捉えられる可能性もある。

 悩むアシスを見ていたデュノは、あっけにとられた顔で、けれど面白そうな声で問うた。


「確かに、シェーナさんは召喚士ですから、魔族に力などを狙われているかも知れませんが……この間の騒動の時、彼女が神王に叫んでいたという内容を考えると、彼女が魔族に脅されて貴方を狙ってる、という風に考えられるんですが」

「……………………あれ?」


 その通りだ。

 シェーナには魔族から狙われるほどの価値がある。だが、あの時、アシスがアースに言った『僕を始末しに来た?』という言葉に彼女が錯乱して言ったのは『違う。魔族の企みを潰すのなら私が殺されなきゃいけない』だった。

 確定ではないが、シェーナがアシスを殺しに来た刺客である、と考えられる。実際アシスもあの日はそう考えたはずだ。


「何かアシス、シェーナさんは守らなきゃいけないって考えてません?」


 アシスは口篭る。

 確かに、頭の中では『シェーナを守らなくては』という考えが固定されている。だが彼女が刺客なら、守るどころか倒さなくてはならないわけで。


「アシス?」


 考えれば考える程、あの夜、自分がとった行動もおかしく思えてくる。魔族の撃退はまだしも、あそこまで親身に心配する必要があったか? 他人を優しく扱う必要があるか? さらには無意識とはいえ彼女の額に――


「ダメだ……やっぱり彼女に関ると調子が狂うんだよ」

「それだけ貴方にとって特別、大切だということでは?」


 良いことですよ、と言って、嬉しそうに仕事に戻るデュノを見送る。

 不可解ではあるが、不快ではない彼女への感情は、良いことなのだろうか? 


「いつかまた、失うかもしれないのに?」


 自問しても、答えは出ない。だが、ふと彼女のことが気になった。

 あれからシェーナはアシスを避けている。召喚士のことを聞かれるのが嫌なのか、自分への気まずさかは分からないが、ちゃんと顔を見ていない。

 何となく、彼女に会えば答えが分かる気がして、アシスは立ち上がった。




   ※ ※ ※ ※ ※



 シェーナは屋敷の外で空を見ていた。そうは言っても、この目は光すら感じることができない。

 メイドに連れて来てもらった時から、もう何時間経ったのか。すでに夕刻だろう。


 屋敷の中には居づらかった。あの事件以降、アシスは屋敷にいる時間の方が長い。仕事もあり、シェーナが避けているのも相まって早々顔は合わせないが、居づらい。

 彼の傍にいて、何が起こるのか、それが怖かった。


「自分が、原因のくせに……」


 空に消えるような声で呟いて、シェーナは手に置いてある小瓶を握った。

 あの日、屋敷を襲った魔族達の目的はすぐに察した。あわよくばアシスを消すこと。そしてそれがダメなら、自分へ残り時間を告げるために来たのだ。早くしろ、と。

 もう、時間がない。迷っている暇もない。やらなければならない。それなのに――


「素直じゃない部分、知っちゃったよ……」


 デュノが以前言っていた、アシスの『素直じゃない』一面。彼が奥底に隠している、一欠けらの優しさ。それを、あの日シェーナは知ってしまった。

 額に触れれば、まだ彼の温もりが残っているように思う。

 あんなことしないで欲しかった。話さないで欲しかった。最初のまま、冷たいままでいてくれたら、迷う必要などなかった。仕方ないのだと、そう言い聞かせて動けた。


(なのに、すごく温かかった。手も、声も、視線も)


 目が見えない分感じるアシスという人の内面は、とても温かく、優しかった。


「不器用なだけ……ううん、自分に関わらせたくないから、そう振舞ってるだけ……」

「それって、シェーナのこと? それとも僕のことかな?」


 いきなり上から降ってきた声に、シェーナは出そうになった叫び声を飲み込んだ。ようやく気づいた気配は、今まで考えていた彼のものだ。


「クラバルトさん……」

「アシスで良いって言ったけど? 君はよく外にいるね。ここが好きなのかい?」


 貴方と一緒の場所にはいたくなかったので。などとは口が避けても言えない。

 シェーナは小瓶をそっと隠し、また空を見上げた、小鳥が一匹、彼女の膝に飛んでくる。


「好きって言うか、家の中も素敵ですけど、せっかく首都に来たから、動ける範囲の所で思い出作りをしとこうかなって……もう、ここに来ることもないだろうし」


 小鳥が、シェーナの指を掠め空へと飛んでいった。見えない目で見送りながら、彼女は飛んでいったであろう方向を見やる。

 自分も連れて行って欲しいと、そう思った。

 空を見上げていると、突然、頬に暖かい手が触れた。誰とは見なくても分かる。


「クラバルトさん?」

「ア・シ・ス。あとその言葉、二度と僕の前で言わないでね」

「え?」

「『思い出作り』っていうやつ。思い出はそんな風に急いで作るものじゃなくて、いつのまにか蓄えられてるものでしょ」


 子供みたいな要求を、さも当たり前に用に突きつけてくる彼に、しばし呆然とした。だが、アシスの声は酷く真剣、いや、切実だった。


「それに、来たいならまた来たら良いじゃないか。お金が足りないなら、ここに泊まれば良いし、今度は君の好きそうな場所も案内するよ、ああ、友達になりたそうな知り合いもいるし……とにかく、そんな頑張って作るものじゃないだろう?」


 珍しいと思う。冷静な彼が、こんな風に早口にまくし立てるのは。どこか焦っているような、不安げな声音だと思った。

 シェーナは胸がぎゅっと締まる感覚を覚えた。溢れてきそうになる涙を必死にこらえる。


(やっぱりこの人、優しい……)


 そう、改めて理解させられてしまった。

 グッと涙を耐え、葛藤している顔が気になったのだろうか、アシスはシェーナの腕を掴み立ち上がらせた。


「わ、あっ! あの、クラバル……」

「だからアシスだって。今度からそっちで呼ばないとお仕置きだね」

「え! あ、いえそれより、どこ行くんですか?」

「敬語もいらな……まあそれは良いか。もう夜になるし、今日は新月だし、デュノのところさ」

「デュノさんの? でもどうして」

「行けば分かるよ」


 断れない雰囲気の言葉だが、この時のアシスはどこか、悪戯っ子のような声だった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 さすがに夜が深くなり、デュノは明かりを灯した。ボウッと浮かび上がるのは、かなり乱雑に置かれた紙束と、そこら中に散らばった何かの材料と工具。

 それらは全て人間サイズだ。デュノ専用のこの建物は、一階全てが工房のような造りになっており、二階が居住場所である。


「さて、今日中にあれとそれとこれは作っておかないと」


 他者が聞いたら意味不明の言葉を言って、散らばっている物の中から、何やら武器や防具らしき物をひょいっと拾い上げた。

 何度も言うが、これらは全て人間サイズだ。


「これはあと炎と風の混合魔石をはめ込むだけで……」


 仕事の算段を整えた時、玄関が軽くノックされた。


「デュノ、僕だけど、いるかい?」

「アシス? ええ、いますよ。どうぞ」


 聞こえた主の声に、少し驚いた。自分が作業するこの日は、貴重な時間を浪費させないためと言って、来ることはないのだが。

 デュノは疑問を持ちながら扉を開ける。しつこいようだが人間サイズだ。


「こんばんは、悪いね、作業中に」

「いえ、どうしたんです? 何か急用ですか? おや、シェーナさんまで」

「あ、はい、こんばんは」


 珍しく来たアシスが、さらに珍しいことをしているので、デュノは目を見開いた。彼を見れば、軽くウィンクしてシェーナに目配せする。彼女は少し暗い表情。

 納得がいった。

 デュノはにっこり微笑むと、シェーナの手をそっと取り上げた。大きな人間の手で。


「こちらの姿では初めましてですね。改めまして、デュノです」

「? え、だってこれ人の……え? クラバ、じゃなくてアシスさんのですか?」

「僕はこっち、君の横。それは間違いなくデュノ」

「え……ええ!? だって、デュノさんは竜で竜がデュノさんで……」

「落ち着いてください。間違いなく私はデュノです。この姿は新月の日限定ですがね」


 呆然としたシェーナは、一度竜型の彼にそうしたように、デュノの手をまじまじと握り、次いで顔のある辺りをそっと手で包み込んだ。形を確かめているのだろう。

 月が隠れる日だけとれる姿。シェーナには見えないが、それは黒髪黒目、アシスとは違う綺麗な顔立ちだ。穏やかなデュノの内側がそのまま表情に出ている。


「本当に、デュノさん? でも、どうして人に?」

「逆だよ。デュノは人間だ。元々は魔道武器を作る職人だったんだ。呪いで竜になっていてね。解呪の方法を探してはいるんだけど、これがなかなか。唯一、新月の夜にだけ元に戻るんだ。ひどい痛みらしいけど」


 アシスの言葉を聞いて、シェーナは悲しげに眉を下げた。人間に戻るとアシスより長身のデュノは、小さな彼女の頭を優しくなでてやる。


「平気です。もう慣れました。それに、お得なこともあるんですよ、この呪いには」

「得、ですか?」

「はい。ほら、普段ずっと竜ですから、人間として歳は新月の日にしかとらないんです。おかげで十年以上経ちますが、老けてないんですよ、私」


 お得でしょ? と自慢げに言うデュノに、シェーナはやはり呆然とし、すぐに噴出した。


「はい、それはとってもお得ですね」


 ふわっ、と破顔したシェーナに、デュノはホッとした。やはり彼女はこういう風に笑っている方が良い。おそらくアシスは彼女に気晴らしをさせる為に連れて来たのだろう。

 これで良いか、とアシスの方を向いて、デュノはしばし動きを止めた。

 デュノですら記憶にあまりない顔を、アシスが見せていたのだ。


 彼は笑っていた。悪さを考えた時でも、皮肉った時でも、見下した時の冷笑でもない。ただ優しく、そして嬉しそうに微笑んでシェーナを見ていた。

 そのままデュノが彼を見ていると、彼も見られていることに気づいたのか、少し頬を染め明後日の方向を向いた。ずいぶん、子供っぽい顔を見せるようになったものだ。


(これも、シェーナさんの力でしょうか?)


 だとしたら、彼女は本当にアシスにとって良い傾向になってくれた。


(願わくは、どうかこのまま。そして、欲張れるならシェーナさんにとってもアシスが)


 救いになって欲しい。二人を見つめてそう考えた時、外の方で何か物音がした。


「おや、猫でも入り込んだんでしょうか?」

「それにしては重い音だったけど」


 先日の侵入者のこともある。デュノは置いてあった魔道武器を、アシスはシェーナを後ろに下げ杖を取り出した。

 静かに、ゆっくりと扉を開く。だが次の瞬間、デュノは駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る