第三章

第12話

『彼女は原初の一族の第十二代女王だった。本来なら私と会うことはなかったのでは、と思う。

 だがひょんなことから出会ってしまった。それは私にとって本当に嬉しいことであり、今思えば、あの魔族と無能な宰相に感謝しても良いと思う。

 いやまあ、するつもりはないが。

 彼女は黒髪と、美しい銀灰色の瞳の持ち主だった。代々王族の瞳は、闇のような黒、澄んだ青、橙がかった赤、そして、銀灰色の四色に分かれるらしい。

 順に、器を創りし王・バラグレオ。命を注ぎし王・ファルゲーニス。力を与えし王・ミルゲフォルナ。知性を築きし王・ストレカッツァの守護を受けた証だと言う。

 そして、召喚魔法とは別に、王族は守護王を表す特別な力を授かる。守護王がバラグレオならば簡素だが創造能力を。ファルゲーニスならば治癒能力を。ミルゲフォルナなら重力制御の能力を。そして、ストレカッツァならば予知能力を。

 彼女はストレカッツァの守護を受けた、予知能力の持ち主だった。それを知ったのは、彼女を失う直前だったが。

 もし……今更言っても遅いとは思うが……もし、私が未来のことをもっと早く知っていたら。彼女の『思い出作り』という言葉に疑問を抱いていたら――失わずにすんだだろうか。

 彼女を……私にとって何より大切なレイアという人を』




 そこまで読んで、アシスは魔導士リーファ本を閉じた。城内にある自らの執務室。気がつけばすでに空は紺色に染まり始めている。

 アシスは明かりを灯した。その明かりに少し雑然とした部屋が映る。


(普段は二人で仕事してるから、ここまではならないんだよね)


 本来、五賢者には従者が三、四人つくが、アシスはデュノだけである。それでも要領の良い彼がいれば、あっさり仕事は片付いていくのだが――


「本当に手伝わないとは思わなかった」


 あの日、シェーナとの諍いがあってから一週間以上経っている。その間、アシスは屋敷に帰っていない。無論、シェーナとも顔を合わせていないし、謝ってもいない。

 『謝るまでは仕事を手伝わない』そう言ったデュノは本当に手伝ってくれなかった。シェーナの監視は続けてくれているが、報告には別の者がやってくる。

 いつものように仕事が片付いていないのに、いつものように時間を使うから、このような部屋になったのだ。


「まいったね……これは。そろそろ覚悟を決めた方が良いのかな?」


 自分の言ったことに間違いはない、と思っている。シェーナは確かに危機感が足りなかった。だが、彼女の両親のことについては、自分も謝るべきだとは思っているのだ。しかし――

 と、突然ノックの音が響いた。どうぞ、と言えば見知った顔が二つ。


「一週間帰ってない割には綺麗な顔だね。さすがはアシス」

「美形はどんな生活していても綺麗って決まってるんだよ」

「我が城には浴場も着替えも寝室もあるんだから、当たり前のことでしょう?」


 皮肉ったのがアラン。返したのがアシス。正論を言ったのがシェルニードだ。


「どうしたの? 五賢者と国王がそろって。侵入者が襲って来た?」

「侵入者じゃなくて、君の従者が駆け込んできた。『屋敷の方に溜まっている自分の仕事を片付けてくれ』だってさ」


 おそらく、仕事というのは彼女のことだろう。しかし、直接言いに来ず、アランに言わせてくるとは。確かに彼に言えば、事情は王であるシェルニードの耳にも入り、強制的に帰されるようになる。

 我が従者ながら策士だ。


「仕事も進んでいないようだし。ちゃんと決着つけてきなよ」

「進んでないわけじゃないよ。むしろ分かったことも一杯ある」

「またそんな無理しちゃって~」


 すっかり悪乗りしながら、アランはアシスの頬をつついてくる。この間は拳ですましたが、今回は鈍器でも振り上げようかと思う。

 実際、分かったことがあるのは本当だ。とんでもない内容ではあるけれど。


「会いたくないかい? やっぱり」


 一転して、まるで弟を見守るような顔になるアラン。それに不満を覚えながらも、アシスは答えた。視線は明後日の方向に逸らしていたけれど。


「会いたくないわけじゃないよ……ただ、ちょっと、会いにくいだけで」


 決まり悪そうなアシスに、二人は珍獣でも見るような顔で見つめあった。


「あのアシスが、冷静より冷酷なアシスが」

「他人に無関心で、何事もどうでも良いって言うアシスが」


 わなわなと震えながら、アランと少年王は手を取り合い後ずさった。そして声をそろえ


「「『会いたくないわけじゃない』って、しかも罪悪感とか持ってる!」」

「ねえ、どうせならもう、魔法使っても良いかな?」


 何を言おうが楽しんでいる二人に、彼は最上級の作り笑いをしながら魔力を放つ。あくまで二人に向けて放つ。

 凝縮された魔力が暴発寸前になり、二人の傍で帯電し始めた。


「うわ! ストップストップ! 僕達が悪かったよ……まったく冗談が通じない」

「低レベルな冗談は、つきあう価値もないね」


 慌てて静止をかけたアランに、アシスは冷たく切り返す。それを見ながら、シェルニードは彼の横に移動した。そして、小さな手をそっとアシスの手の上に置く。


「シェル?」

「アシス、悪いことをしたら謝るんだよ。自分が悪いと思っているなら、尚更」


 真剣な表情でそう言うと、シェルニードはにっこりと笑った。どこか、自分が悪巧みしている時の顔に似ている。そうアシスは思う。


「昔、僕に言った言葉だよ。なのに言った本人ができないわけないよね。せ・ん・せ・い」


 これ見よがしに先生という言葉を強調する少年王。確かに昔、父王とケンカをした彼に教師をしていた自分が言った気がする。


「『人に教えを説く者、その正否に関らず、自らのできぬことを教えるなかれ』これもアシスの言葉だったよね」


 確かに言った。頭でっかちな教師を皮肉るために。


「……ずいぶんと、王たる風格が出てきたね」

「『人の上に立つ者、常に幾歩も先を見すえ民を導け』これもアシスの言葉」


 にっこぉと笑われて、ラドバーではないが少し育て方を間違ったかな、と思った。


「分かった。帰るよ。ちゃんと、話して……謝るよ」


 降参、と肩をすくめてマントを取るアシスに、二人は小さく拳を握って笑った。




   ※ ※ ※ ※ ※




 深い森の中をエララは苦もなく進んでいた。夕刻だというのに、葉が覆い茂る森は夜のようだ。

 木の枝で回転しスピードを殺すと、彼女は音もなく着地した。足元の地面を探るように見やる。一部分、本当に慣れた者でしか分からぬ程、盛り上がった部分があった。


「よし、これで五つとも設置完了ね」


 あれから村の各地に侵入し、各々仕事をしていたわけだが。如何せん、いつまで経っても確証となる情報も、物証も出てこない。隠密捜査員としても若干の焦りがある。

 この日になって、ついに領主の館への侵入を仲間が決行した。何か掴んでくれると良いのだが。


 その時、上空でけたたましい鳴き声のようなものが響いた。振り仰げば夜空を埋める鳥型の魔族。その声を合図に皆同じ方向に向かってゆく。


「あれって、首都の方じゃ!」


 魔族の向かう方向は、間違いなくセルディアシティだ。


「おや、二人、かと思いきや三人でしたか。彼の国のねずみは」

「っ!」


 突然、耳元で聞こえた声にエララは慌てて飛び退った。同時に武器を出すことも忘れない。


「ふむ、貴女はまだできるようですね。他の二人など、聞こえた声に固まり、あっさりやられてくれましたよ。まあ、他者の家に侵入した罪ですね」


 そう言って、突然現れた男は何かを放り投げた。

 ゴロン、と転がってきたそれに軽く息を呑む。

 瞳孔が見開かれ、動く手足を全て奪われた、仲間二人の首。苦悶の表情も浮かべていないとなると、本当に瞬殺だったのだろう。


 エララは改めて闇にまぎれる男を見た。

 男はほぼ人間と言って良い。身長も、部位の位置も人間となんら変わりない。平凡なその顔も人間のそれだ。ただし、その顔にはまる両眼を除けば、だが。


「魔族……確か城に来たのはシェーナって娘と、平凡な顔の魔導士。なるほど……あんたが大将なわけだ。この騒動の」


 彼は血の様な、深紅の目をしている。魔族足るものの証の色。

 ぞっと駆け上がってくる息苦しさを耐えながら、エララは声を絞り出した。男は平凡な、けれど、どこか底が見えない笑顔で彼女を見つめている。


「じゃあ、あんたを倒せば終わりよ、ねっ」


 最後の言葉を放つと同時に、エララは右手の刃を男に向かって放り投げた。首を傾けるだけで避けた男に間をおかず突っ込む。すくい上げられた左手の刃。しかし、これも男は身を反らし軽く避けた、はずだった。


「っ、これは?」


 男の頬に小さく赤い線が走る。その直後、弧を描いて戻ってくる右の刃。エララは難なく空中でそれを受け取ると、今度は斜めに男の胸を切り裂いた。赤い血どっと噴出す。


「前から思ってたんだけど、魔族の血って本当は何色なの? 赤とか紫とか緑とか、いっつも違うんだけど」

「今は人間に化けてますから赤ですが。さあ、何色でしょう? あまり興味がないので」


 クツクツと笑う男を、エララは油断なく見据える。大した痛みも感じていないようだ。

 本来、魔族は核を壊さなければ倒せない。だが、魔力のない自分には、その朧げな位置さえつかめないのだ。


「少し過小評価していました。貴女、《両刃の魔女》ですね」

「あら、魔族も知ってくれてるの? それは光栄」

「二つの刃を用いたスピードのある戦闘。そしてその刃にはめ込まれた魔石で通常ではできない技も見せてくれる。今は、左が風の魔石、右が毒の魔石ですか?」

「ご名答。凄いわ」


 デュノと同じ丁寧口調。だが、彼とは違い一言一言が突き刺さるように冷たい。


「ねえ、あたしあんたに二太刀も浴びせたのよ。それに敬意を表して、目的ぐらい教えてくれても良いんじゃない? あと、さっき飛び立った魔族のもね」

「ふむ、そうですね……」


 人型をとれる程の上級魔族。目的を聞き出して。それでも逃げ切れるか?

 内心の焦りをおくびにも出さず、エララは魔族を見つめる。彼は考え込んだかと思うと、こちらを見て微かに笑った。


「かなり複雑な内容なんですよ。だから……」


 次の瞬間、目の前の魔族が消えたのと、背後から頭を掴まれたのは同時だった。体温と力が、一気に奪われる感覚がする。


「貴女に彼女への伝言を頼みましょう。それが果たされる頃には、目的も分かります」


 低い、気味の悪い声が、エララの脳にこびりついた。

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