第11話

 月も星も雲に隠れ、闇だけが支配する世界。その中を、三つの影が音もたてずに疾走していた。

 闇や木々に溶け込むようなマント。ちょっと目を凝らしたぐらいでは分からないスピード。だがその影は、息を切らせることもなく走り続けている。


 先頭を走っていた人物がさっと手を挙げる。それにあわせて、三人は立ち止まった。走り続けた森が割れ、さほど大きくない町が姿を現す。

 全てが眠りにつく深夜。町の明かりも、遅くまで開いている飲み屋らしきもの以外ない。


「やっと着いたわね。ブレアシュ」


 マントのフードをはずし、エララは呟いた。

 首都を出てすでに五日も経っている。ここに魔族がいることを考え、かなり離れた街までしか転移魔法で来なかったのだ。後は情報収集をしながらひたすら走った。


「何だ、やっぱ穏やかな町に見え……」


 中途半端なところで言葉を区切ると、腰にかかっている二本の剣を掴んだ。


「……るだけなわけね」


 掴んだものの抜くことはせず、エララは肩をすくめる。すでに残りの二人が、各々の武器で四匹の魔族を葬り去っていた。

 どれも下級だが、こんな町の傍にいることなどまずない。


「それじゃ、任務を開始しましょうか。まずは《例の物》を各規定の位置に設置。気づかれないように、封印魔法をかけておくこと。日が昇り始めたら情報収集よ。こちらの動きがばれると面倒だから、魔族に会ったら……」


 そう言いながら、エララは小さな袋から黒い粉を出し、魔族の躯に振りかけた。突然、無音のままに躯が全て土へと還る。


「殺したあと証拠隠滅、忘れないでね」

「「了解」」


 ぱちりとウィンクしたエララに、あとの二人も頷き。影は、再び闇に舞った。




   ※ ※ ※ ※ ※




 闇の空に、その闇よりも黒い形があった。蝙蝠のような濡れ羽を広げ、同じ色の服を纏い、だが瞳と首にかかった指輪は深い紅色をしている。ザンデルだ。


「……千年の昔に別れた二人の魂が、再び出会った。あんたが望んだとおりに」


 眼下に広がるブレアシュを見つめながら、彼は一人呟いた。いや、その後ろの空間が微かに歪み、次の瞬間には白い影が姿を見せる。


「いえ、私だけではありません。その指輪の製作者もまた、望んでいました」


 ザンデルはゆっくりと振り向き、現れた者を視界に納めた。

 全身真っ白の装い。まったくと言って良い程汚れがない。

 長い銀髪を夜風に流し、そのこめかみからは二本の白い角が生えていた。右手の甲にはなぜか黄金の目。そして、瞳のある部分には白い布が巻いてある。しかし、不自由はないようだ。彼はしっかりとザンデルの方向を見据えている。


 そして、ザンデルとは違う白く大きな翼。

 その出で立ちは、全ての神を束ねし王のもの。

 真白の彼をしばし見つめ、ザンデルはもう一度ブレアシュを見下ろした。


「だが皮肉にも、あいつはあの二人の出会いを邪魔しているようだが」

「ええ、本当に。困った弟ですよ。いくら彼と付き合いがあったと言ってもね」


 本当に困ったように笑い、彼はすいっ、と眼下の小さな町に向かって手を振った。

 微かに、薄い膜のようなものが町を覆う。


「手助けするのか?」

「少しぐらいは許されるでしょう。あの二人のために、私もまた力になりたい」

「罪滅ぼしか?」

「そうかもしれません……あの時、私は神王と言われながら、この世界の全てをあの少女の肩に任せてしまった。まだ幼い彼女の幸せを、守ってやることができなかった」


 神王とザンデルは、視線をブレアシュから首都の方へと向けた。そこにいる二人の男女を思って。


「今度こそ、二人には笑って生きて欲しいのです」

「……そうか。なら好きにすれば良い。だが、魔族と戦争になるようなことは避けてくれ」

「分かっています。私とて王ですし。兄弟喧嘩もしたくはありませんので」


 神王はクスリと笑って茶化した風に答えた。それに少し呆れて、ザンデルは消える。

 彼を見送ったあと、神王はまた首都に目を向け、嬉しそうに言葉を紡いだ。


「会いに……行ってみますか」

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