第6話 ゲームの人(終)

 わたしはゲームの人からいろいろ教えてもらいました。

 たとえば、ゲームの人が手に持っていたものが、ゲームのキャラクターを操作する『コントローラー』ということ。

 たとえば、それぞれのボタンの名前とどんな風に使うのか。

 たとえば、どのキャラクターがどういう技を持っていて、どういう連続攻撃(コンボというらしいです)があるのか。


 たくさん教えてもらって、ようやくゲームをやってみることになりました。

 最初は練習で、コンピュータが操作する相手とたたかうことになりました。


 わたしが選んだのは、カンガルーさんです。

 理由は二つあります。

 一つは、カンガルーさんと言えばピョンピョンジャンプをしているイメージでしたが、このカンガルーさんはボクシングのグローブをつけていて、不思議な感じがしたからです。足だけではなく、手も強いのでしょうか。

 そしてもう一つの理由は、このカンガルーさんのお腹に、小さな子供のカンガルーさんが入っていて、とってもかわいかったからです。

 ちっちゃなグローブをつけて、お母さんの動きをマネするのを見て、抱きしめたくなっちゃうくらいでした。それに、わたしもちっちゃいので、なんだか自分を見ているみたいで嬉しくなったからです。


 わたしはコンピュータの相手にいろんな技をためしてみました。

 見ていたときは簡単そうに見えましたが、実際にやってみるとなかなか思い通りに操作することができません。

 でも、少しずつ攻撃が当たる距離とかが分かってきて、パンチやキックが相手に当たるようになって、相手をたおすことができました。


「勝った! すごい?」

「初めてでこれはすごいよ。もしかしたら才能があるのかもしれない」

「やったー!!」


 わたしはうれしくてゲームの人に思いっきり抱きつきました。


「次は一緒にやりたい!」

「う、うぅ……」


 ゲームの人は変な声を出して固まってしまいました。

 わたしは早くゲームの人とたたかいたかったので、ゲームの人から離れて、キャラクターを選ぶ画面にしてくれるのを待ちました。


「わたしはカンガルーさん!」

「うん、いいね」


 ゲームの人はいつもと変わらずに女の人を選びました。


 そして、おじさんのかけ声とともに、ついにゲームの人とのたたかいが始まりました。

 さすがはゲームの人です。わたしがいろいろな攻撃をしますが、ほとんど防がれてしまいます。


 わたしは熱中して、いつの間にか立ち上がって、体全体でゲームをしていました。


「えい! とー! どうだ!」


 うるさいわたしに対して、ゲームの人は何もしゃべりません。


 わたしのたくさんの攻撃が良かったのか、キャラクターのHPは二人とも残りわずかなところまで来ていました。


「今だ! いっけえぇぇぇ!」


 わたしはここぞというタイミングでカンガルーさんの必殺技を出しました。

 必殺技は攻撃力は高いですがその分、避けられたりしたら、大きなすきができてしまう技です。

 ぎりぎり、攻撃が届くか届かないかのところでしたが……。

 タイミングよく、その瞬間に女の人が攻撃をしようと近づいてきて――


「やったぁ!!」


 わたしの必殺技は相手にあたり、HPがぐんぐん少なくなっていき、すぐに0になりました。


「勝った! 勝ったよー!」


 わたしはとってもうれしい気持ちになりました。

 ゲームの人に報告しようと思いましたが、よく考えてみると、わたしが勝ったという事は、ゲームの人は負けたのですから、落ち込んでいるかもしれません。

 わたしは急におとなしくして、ゲームの人の顔をちらっと見てみました。


「わっ」


 すると、突然、ゲームの人の手がわたしの頭をくしゃくしゃなで始めました。


「よかったな」


 なでられながら見たゲームの人の顔は、間違いなく笑顔でした。


「僕に勝ったんだから、きっと君にはすごい才能がある。特にゲームを楽しむことについては、僕が君から教えられたくらいだからね」

「すごいでしょー」

「あぁ、すごいすごい」


 わたしは2位の人にほめられたので、とってもいい気分になりました。

 あれ?

 でもなにか変です。

 だって、2位の人に勝つということは、わたしが2位になります。でも、わたしは初心者なのでそんなに強いはずがありません。


 ゲームをあれだけまじめにやっていたゲームの人が、わたしに手加減をしてくれたのでしょうか。

 なんだか、それはそれで、ちょっとうれしい気持ちになりました。


「うふふ」


 だから、わたしはあえて何も聞かないことにしました。


「じゃあ、わたしが勝ったから呪文だね!」

「うん、そうだね。約束だからね」


 ゲームの人がゆっくりとうなずくのを見てから、わたしは一回深呼吸して、仕事モードになります。


「では、わたしの後に続けて呪文を唱えてください」

「はい」

「ねむいのねむいの飛んでゆけ」

「ねむいのねむいの――いや、最後に一つだけいいかな」


 ゲームの人は呪文を途中でやめて、わたしの目を見てきました。


「これを唱えると夢から覚めて、僕はこの夢の事をはっきりとは覚えていないんだよね」

「そうです。でも、それがどれくらいぼんやりなのかは人によって違うって聞きました」

「そうなんだ」

「はい」

「じゃあ、君はどうなんだい?」

「わたしですか?」

「そう。君は覚えているのかい?」

「んー、わたしは夢の中に住んでいますから、そもそも夢から覚めたりはしないんですけれど……。だから、ずっと覚えています」

「そうか、君は現実の世界の人ではないんだ」


 ゲームの人は手を頭の後ろで組みました。


「残念だなぁ、ゲーム大会の観戦に招待しようと思ったんだけど」

「えええーー!」


 わたしはがっかりしました。大会、見てみたかったです。


「でも、もし、いつかもう一度夢で会ったら、またゲームをしよう。そのときには世界一になってるから。今度は負けないよ」

「わたしだって負けないです!」

「ハハハハ」


 ゲームの人は笑ったあと、少し寂しそうな顔を見せました。

 この瞬間が、わたしにはたまらなく辛いのです。

 仲良くなった人とも、必ず別れなければいけない、そんな瞬間です。

 でも、寝ている人は、いつか絶対に起きなければいけないのです。だから引き留めたりはしないのです。

 わたしはこういうときには泣きそうな気持ちになりますが、それでも笑顔でいることに決めています。

 上手に笑顔になれているかはわかりません。


「じゃあ、またね。小さな働き屋さん」

「うん、バイバイ」


 すこし時間をおいて、ゲームの人はゆっくりと力強い声を出しました。


「ねむいのねむいの、飛んでゆけ!」


 ゲームの人が呪文を唱えると、ゲームの人はキレイな光に包まれて、まぶしさで姿がみえなくなって、気づけばそこには何も無くなっていました。

 とっても広いお部屋にひとりぽつんと残されて、なんだか寂しい気持ちになりました。

 でも、これはいつものことなので、あまり気にしていられません。


「またゲームしたいなぁ」


 わたしは次のお仕事に向かいながら、そんなことを小さな声でつぶやきました。

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