第5話 ゲームの人5
わたしは大きく息をすって、おなかの中で空気を三回転ぐらいさせて、おもいっきり大きな声を出しました。
「フレー! フレー! フレッフレッフレッフレ!」
わたしがしたかったこと、それはさっきまでと変わらず応援でした。
ですが、今度の応援はさっきまでの応援とは違うところがあります。
さっきまでの応援はゲームの中の女の人を応援していましたが、こんどの応援は、ゲームの人本人を応援しています。
さっきまでの応援は、画面の向こうの女の人までは届いていなかったかもしれません。
でも、今度の応援は、すぐ近くにいるゲームの人の気持ちに、きっと届いていると思うんです。
ゲームの人は、わたしの大きな声を聞いても、振り返ったりはしませんでした。
後ろからはどんな顔をしているのかまでは分かりませんが、ひたすらに画面だけを見つめてちょっとも動かないので、きっと本当に真剣にゲームをやっているんだと思いました。
ゲームの人の今の顔が見えないように、わたしからはゲームの人が今どんな気持ちなのかはわかりません。
わたしはわたしの気持ちしかわかりません。
だから、応援して、わたしの気持ちを伝えます。
「ガンバレガンバレ! ガンバレガンバレ!」
わたしがゲームの人への応援をし始めたことで、女の人の動きが急に良くなりはじめた、なんてことはありません。
わたしの目にはあんまり変わってないようにも見えます。それぐらい、もともとすごくじょうずな動きだったんだと思います。
それから、わたしは応援をしながら、一生懸命相手の弱点も探しました。
ゲームの人が探していると言っていたので、二人で探せば二倍見つかりやすくなると思ったからです。
相手のボウが後少しのところまで来たところで、応援の声もひときわ高くなってしまいます。
「ガーンバレ! ガーンバレ!」
しかし、そこから相手の猛攻が始まります。
ゲームの人は防ぐばっかりになって、少しずつボウが短くなっていき、わたしの応援のかいなく、ゲームの人は負けてしまいました。
さっきまでのわたしだったら、ここでションボリなってしまうところでしたが、今回は違います。
そう、わたしは気づいてしまったのです。
自分の体験と、今のゲームの画面を見ていて、ゲームの人が勝つ方法。
ゲームの人はすかさず次のたたかいを始めました。
わたしは応援をしながら、その時がくるのをこっそり待っていました。
まじめに、いつだって手を抜かずやっているゲームの人にこんな事をしたら怒られてしまうかもしれません。
でも、わたしはゲームの人に勝ってほしいのです。
そのためなら、少しくらい怒られたっていいもん、とそう思いました。
たたかいはわたしの思った通りに進んでいました。
「フレーフレー!」
わたしは応援を続けながら、ゲームをじっとにらみつけていました。
タイミングを間違えてはいけません。
女の人が、ゲームの中で相手の足をすくうようにキレイなキックを出し、相手はまともに攻撃を受けて、地面に倒れました。
相手のボウがググッと短くなって、もうわたしの小指の爪ぐらいの大きさしかありません。
いまだ!
わたしはそう思いました。
応援を中断し、すぐにゲームの人の横顔に顔を近づけます。
そして、わたしは、ゲームの人の耳に息をフーっとしました。
ゲームの人はほんの少しの間、タマシイが抜けたような顔をしました。
ですが、画面だけは絶対に見たままでした。
女の人は、何にもなかったように、再びキックを連続で出しました。
相手はすばやく起きあがろうとしましたが、女の人の流れるように連続した動きに、相手は攻撃を避けきれませんでした。
『けぇぇぃおぉぉぅ』
ゲームでは、女の人がうれしそうにポーズをとっています。
わたしはそのシーンを見て、なんだか胸のあたりがじんわりと暖かくなりました。
自分のことではないのに、自分のことのように感じられました。
ゲームの人はゲームの画面をしばらく見て、自分の手元を見て、わたしの顔を見て、もう一度ゲームの画面を見て、最後にわたしの顔を見ました。
「勝った……。勝ったよ……」
ゲームの人の声は震えていました。
わたしはゲームの人がこっちを見てくれているのがうれしくて、自慢げに胸を反らしました。
「わたしのおかげです! えっへん!」
「君の……おかげ?」
「そうです。わたしはゲームを見てて、気づいたんです! なぜか毎回後少しのところで勝てていないことに。きっとそれは、勝てないと思っている人に勝てそうになって、こうふんしたり緊張したりして、いつも通りのたたかいができてなかったからなんだと思いました」
ゲームの人は真剣な目でこちらを見ていて、話を最後まで聞こうとしている感じがしました。
「だって、応援してるわたしだって後少しになったら、こうふんして緊張して、大きな声になっちゃいましたから、きっとゲームをしているゲームの人はもっと大変だろうなって思ったんです。だから、ゲームの人のじゃまにならないように、後ろか横からリラックスしてもらう方法を考えたんです」
「その結果がアレなんだね」
「そうです!」
ゲームの人はため息をつきました。
「僕は、勝つということ、そして相手のことにばかり目がいってしまっていて、自分のことを省みることができていなかったのかもしれないな。お礼を言うよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
ゲームの人は何かを思い出したみたいに「そうだった」と言って、持っていたものをわたしに渡しました。
わたしは渡されたものを宝物みたいに受け取りました。
「君は僕を起こすことがお仕事で、ゲームもしたいって言っていたよね」
「そう!」
「だったら、こうしないかな? 僕と君がゲームで対戦をする。君が勝ったら、僕は……なんだっけ、おまじないだっけ? それを唱えて君のお仕事を手伝おう」
「いいの!?」
「ああ、いいとも」
「で、わたしが負けたら?」
「あ、んー、君が負けたら……そうだなぁ………………青汁、かな?」
「アオジル?」
「知らない? すごーく苦いジュース。子供はみんな大嫌いな飲み物だ」
「ひぃぃぃいい!」
わたしは、なんておそろしいことをするんだ、と思いました。でも、ゲームができることを考えたら、おそろしいアオジルのことなんてへっちゃらでした。お仕事のことはおまけです。
「じゃあこっちにおいで。やり方を教えてあげるから」
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