第4話 ゲームの人4

「やめてくれよ」

「――え?」

「やめてくれと言ったんだ」


 言葉ははっきりと聞こえていました。でも、何をやめればいいのかわかりませんでした。

 だって、ゲームをしているのはゲームの人の方です。わたしはどちらかと言えば、ゲームの人がやめるのを待っていた側です。


「やめるって、なにをですか?」


 わたしは純粋にたずねましたが、少し失敗したかな、とも思いました。

 わたしが、「なぜ?」とか「何を?」とか、思った疑問をぶつけると怒られてしまうことがあるからです。

 でも、ゲームの人はゲームにはイライラしていても、わたしに対しては怒る様子がぜんぜんなかったので、心の中でほっとしました。


「何をって、僕のゲームをじゃますることをだよ。僕は真剣にやっているんだ。遊びでやっているんじゃないんだ」


 子供に優しく言って聞かせるような言い方でした。

 『うふふ、子供扱いされることには慣れているの』と心の中でつぶやくと大人になった気分になれたりします。


 それにしても、わたしが聞いていたゲームとはまたもや違うところがあったみたいです。


「ゲームは子供がみんな大好きな遊びだって、前に会ったの人が言ってました!」

「違うんだ。君たち子供の考えているゲームと、僕の考えているゲームは違う。僕はゲームのプロなんだ」

「プロ!?」


 わたしはびっくりしました。

 ゲームにもプロがいたなんて、これっぽっちも知りませんでした。

 プロは大変です。わたしはこのお仕事のプロだから分かります。プロにはプロノセキニンがあるから大変なんです。でも、ゲームのプロはちょっぴり楽しそうだな、とも思います。

 ゲームの人は顔を少しだけ、へにゃっと曲げました。


「僕はゲームをやってお金をもらっているんだ。お金は、僕の腕の対価として支払われている。だから僕は負けちゃいけないんだ。一位でいる必要があるんだ。常にベストを尽くして、どんな相手にだって決して手を抜いたりはしない。そして常勝をつかみ取る必要がある」

「か、かっこいい……!」


 わたしは、ゲームの人のプロ意識がとってもかっこよく見えました。何がかっこよかったかと言われても困ってしまいますが、とにかく、です。

 でも、ゲームの人はわたしの言葉を素直に受け取ってくれていないみたいでした。


「かっこいいなんて、とんでもない! そんな事を言っていながら、僕は、いつもいつも二位。どれだけ血眼になって一位の彼の弱点を探したって見あたらない。だから、一瞬だって僕は無駄にできないんだ。とってもすまないと思うけれども、一位になるためには、君に関わっている時間なんてないんだよ。ごめんね」


 わたしはすごいな、と思いました。

 二位ってとってもすごいことだと思います。だって、わたしは何かで一位になったこともないけれど、二位になったことだってありません。

 だから、何でゲームの人が二位で悲しんでいるのか、わたしには全然理解できませんでした。


「二位だって、とってもとってもすごいです! うらやましいです! なのに、なんでそんなに辛そうにゲームをするんですか? ゲームは楽しいものなのに。見てるだけでも楽しいんだから、やったら百倍楽しいに決まってます!」


 ゲームの人は立っているのが疲れたのか、ザブトンの上にドスンと座り込みました。


「あのね、その気持ちはよくわかるよ。僕だって定期テストで一桁のヤツが悔しがる理由がよく分からなかった。何をぜいたくを言ってるんだと腹が立ったりもしたさ」


 わたしには定期テストの意味がよく分かりませんでしたが、きっと難しいテストのことなんだろうな、と思って、うんうんとうなずきました。


「でも、その身になってみれば分かる。上の人たちは、僕から見たら上の人たちなんだけれども、本人からしたらさらにその上の人たちの下の人なんだ。上には上がいる、というのは言い得て妙だと思うよ。この病は、一位になることでしか治らない。一度競争に本気になったら、一位以外は誰かの下なんだ」

「んー、でも、ぜったいすごいと思いますけど……」

「すごくなんかないんだよ。僕よりもっとすごい人がいる限りは、僕はその人から見たらすごくないんだ」


 一生懸命丁寧に話してくれているのは分かりましたが、それでもわたしには途中途中ゲームの人が何を言っているのかよく分からいところがありました。

 でも、ゲームの人が一位になりたいことだけはよく分かりました。それがプロなんだろうな、と思いました。

 そこまで考えて、わたしは自分のお仕事の事を思い出しました。


「あのね、すっかり忘れちゃってたんだけど、わたしはあなたを起こしに来たんです」

「起こしに……?」


 ゲームの人は、わたしが何を言っているのか全く理解できていないようでした。


「実は、ここはゲームの人の夢の中なんです」

「夢……? じゃあさっき話したこの記憶はいったいなんなんだ? こんなにリアリティのある記憶が夢とは思えないけれど」

「んー、ふつうは現実の記憶はないことが多いです。でも、とっても辛いときとか、とってもたくさん考えている時は、現実の記憶を持ったまま、現実みたいな夢をみる人もいるみたいです。この前は、記憶を持ったまま会社で辛そうに働いている夢の人と会いました」

「そうか……」

「だから、わたしはゲームをしたいけれども、でもそれよりもあなたは早く起きて、現実でゲームの練習をした方が絶対良いと思います」


 ゲームの人は最初は信じられないようでしたが、部屋のなかをぐるっとを見て、あれがないこれがないと小さな声でぶつぶつつぶやいて、やがて納得したみたいでした。

 ゲームの人は、わたしの目をしっかりと見て、「でも」と話し始めました。ゲームの人がわたしの目を見てくれたのは初めてだったので、少しうれしくなりました。


「たまたま記憶を持っている僕なら、夢の中で練習しようが起きて練習しようが変わらないじゃないか。いや、むしろ、おなかが減らない、トイレに行きたくならない、眠たくならない、ということを考えれば、夢の中のほうがいささか効率がいいといえるかもしれない……」


 最後の方はほとんどひとりごとみたいでしたが、わたしはその言葉をはっきりと否定します。


「それは……たぶん違います。夢の中でのことはなんとなくしか覚えてないみたいなんです。特に私の事は全部忘れてしまうみたいです。だから、同じ時間頑張って練習するなら、現実で頑張った方がいいと思います」

「……」


 ゲームの人は何かを考えているみたいでした。きっと、現実世界のことを考えているんだと思います。

 だからわたしは話を続けました。


「起きるためには、わたしの教える呪文をとなえるしかありません。これも決まりみたいです。だから、わたしに続いて唱えてください。いいですか?」

「いい」


 ゲームの人はぼそりとそう言うと、すぐにゲームの世界に戻っていってしまいました。

 どうやら、「うん」の「いい」ではなくて、「ううん」の「いい」だったみたいです。

 最初にわたしがゲームの人と会話をしたときと同じ、わたしに興味がないような感じでした。

 そして、今回はあのときよりもさらに深く自分とゲームの世界に入って、他の何も考えないようにしているような、そんな感じがしました。

 わたしの直感はときどきよく当たります。


 さて、わたしは困ってしまいました。

 ゲームを優先するのか、お仕事を優先するのか。どちらを優先するにしても、この状況はあまりよくないと思いました。

 だって、ゲームの人がわたしの話を聞いてくれないのですから。


 ちょっとの間、ほんとにちょっとの間うんうんうなって悩みました。でも、結局いつも通りのことをすることにしました。

 それは、わたしがしたいと思ったことをするんです。

 正解が分からないんですから、考えたって疲れちゃうだけです。


 わたしはゲームの人の真後ろに、足を肩はばぐらいに広げて立ちました。

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