「ゲームの人」編

第1話 ゲームの人1

 ポスン、という感じで、わたしは夢の中にお仕事へ来ました。

 夢のスタート地点はいろいろあります。

 今回は誰かのおうちの前でした。もちろん初めて見るおうちです。

 おうちはとってもリッパで、大きくて、わたしもこんなおうちに住んでみたいな、と思いました。

 反対に、お外はというと、お風呂の窓から外を見たときみたいなボヤーっとした感じになっています。

 おうちくっきり、お外ぼんやり。

 つまり、このおうちの中に、夢を見ている本人がいるということです。

 これは何度もこのお仕事をして分かるようになったことの一つです。


「おじゃましまーす」


 わたしは小さな声で呟いて、そーっとドアを開けました。

 夢を見ている人がどんな人なのか分からないので、変に大きな声を出したりしてびっくりさせてはいけません。最初は遠くから観察するのがいい、とお仕事の先輩に教わりました。とっても前のことですが、わたしは今でもちゃんとそれを守っています。


 入口のドアを開けても、話している声は聞こえません。

 声が聞こえればその人がどんな人なのかが少しわかるのに、残念です。


 それでもわたしはめげません。

 入口でクツを脱いで白いクツシタになったわたしは、抜き足差し足で、一番近くのドアに近づきました。

 何十回もいろいろなおうちへお出かけしたわたしは、このドアを開けたら何があるのか、なんとなくわかります。

 おトイレです。


 どのおうちも、おトイレのある場所はだいたい同じです。こんなにリッパなおうちは初めてだけれども、それでも同じだと思います。

 わたしがおトイレにこだわるのには理由があります。

 なぜなら、おトイレでおしっこをしようとしている人が夢を見ている人なら、その人は今すぐにでも夢から覚めたがっている人だからです。

 おねしょはわたしも絶対にしたくありません。きっとみんなも同じ気持ちです。

 だから、ここが夢であることを説明して、呪文を教えてあげれば、みんなすぐに呪文を唱えてくれます。それでわたしのお仕事が終わります。お仕事をした後はわたしがいい気持ちになって、夢を見ていた人が気持ちよく起きることができるので、みんなハッピーになります。

 これはとってもいいことです。


 だからわたしは、おトイレに人がいることをぎゅっと目をつむってお祈りしながら、一気にドアを開けました。

 少しドキドキしながら、わたしはそっと目を開けました。

 でも、そこにはポツンと真っ白なおトイレがあるだけでした。


「むぅ、ガッカリ……」


 それでもわたしはめげません。わたしはすぐに何でも期待したり楽しみにしたりしてしまうので、ガッカリする回数も多いのです。

 だからわたしは頑張って立ち直る練習をして、少しずつ立ち直るのも上手になりました。

 ……というのはちょっぴりウソで、ホントは最初からた楽しい性格なのかもしれません。


 おトイレのドアを閉めてから道を少し進むと、階段に進む道と奥の部屋に行く道に分かれました。

 わたしは何かを覚えるのがすこし苦手なので、こういうときは下の階から全部見ていくことに決めています。それでも、このおうちは広いので、迷子になってしまったらと思うと、なんとなくよくわからない不安が胸のあたりにジワーっと広がって、少し泣きそうになってしまいます。これは悪いドキドキです。

 それでも、わたしはこのお仕事のプロなので、一人で頑張ります。プロ意識です。


 プロ意識という言葉をなんとなく気に入りながら、トコトコと奥へつながる道を進みました。

 奥の部屋のドアは開けっぱなしでした。

 お顔だけ中にグッと突っ込んでみます。


「うわぁっ――ムグッ」


 わたしは思わず出してしまった声を抑えるために、すぐに口を自分の手で閉じてお顔を引っ込めました。

 声が思わず出てしまったのは、このお部屋がとっても広かったからです。わたしがこの前お仕事で行った、タイイクカンという部屋と同じくらい広いお部屋でした。モノの少なさもタイイクカンといい勝負です。

 そして、口を手で閉じたのは、見つけたからです。人を。

 これだけひとけの無い夢なので、きっとあの人が夢を見ている本人だと思いました。これはプロのシゴトニンの直感です。


 もう一度ゆっくりと部屋の中を見てみます。

 向こうを向いて座布団に座っているので顔は見えません。

 でも、格好とかフインキとかから、男の人だろうなと思いました。大人です。男の人にしては長めの髪の毛が気になりましたが、そんなことよりも、あの男の人がわたしの声に気付いていないかどうかの方が100倍も気になりました。

 少し様子を見ていましたが、男の人はこちらを振り向いたりはしませんでした。もう少し様子を見ると、男の人が何か作業に集中していることに気が付きました。後ろからでも、手が動いているのが見てわかります。


 わたしの声にも気が付かないほど集中しているのだから、とわたしはこっそり男の人に近づいてみることにしました。

 隠れるものがないので、とってもドキドキします。

 初めましてのときは、いっつもこうやってドキドキしてしまいます。

 でも、これは良いドキドキです。

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