その5 本当のスタート
わたしが所属しているのは美術科。
そして、聖嶺学園には美術科が学年にひとクラスしかない。つまり年度が変わって学年が上がっても、クラス替えはないということだ。わたしたちは三年間の高校生活を同じ顔ぶれで過ごすことを余儀なくされている。
新鮮さの欠片もない新年度も、もう四月中旬。
そんなある日のお昼休みだった。
「知ってる、司。今年の新入生人気投票の結果が出たの」
と、一緒にお弁当を食べていたクラスメイトが話を振ってきた。
「ぜんぜん知らない。ていうか、そんなのをやってたことすら知らなかったわよ。何それ?」
「読んで字の如く、新入生の人気投票よ。三年の全女子による……は、むりだったから無作為抽出でアンケ取りました」
まるで世論調査のようだ。いつの間にそんなことをやったのだろう? 少なくとも、わたしはアンケートを取られた覚えがない。
「で、誰が一番だったの?」
「もちろん、遠矢君よ! すっごいカッコいいのっ」
「へ、へぇ……」
わたしは彼女の勢いに圧倒され、引き気味に相づちを打った。
どうにもわたしは、そういう方面での興味をもてないようで、その意味でも「へぇ」としか答えられなかった。
ただ、遠矢君の名前は知っていた。何度か那智くんの口から出たことがあり、話しぶりを聞くにかなり仲がいいようだった。
「でね、次が千秋君」
「え……」
思わぬ名前が出てきて、わたしは小さく驚きの発音をした。
「遠矢君とは反対で、かわいい系の子なの」
「知ってる。私も千秋君に一票入れたから」
と、恥ずかしそうに告白したのは、大人っぽくて大人しい岸麻美さんだ。
あ、ちゃんとアンケートを受けた生徒がいるんだ。しかも、岸さんが那智くんに一票とは驚いた。
「へぇ、岸さんって千秋君狙いなんだ」
「ね、狙ってはないけど、今度の調理実習でお菓子を作ったら、彼に食べてもらおうかなって思ってる」
驚きの連続で呆気に取られているわたしを置いてけぼりにして、友人たちの話は盛り上がっていく。
「しかも、遠矢君と千秋くんって同じクラスで仲もいいみたいだから、いつも一緒にいるの。もう最高!」
ひとり、変な盛り上がり方をしているのもいるようだけど。
「知ってる? そのせいか『遠矢君と千秋君』っていうワンセットの票が、3位以上にあったんだって。……あれ? 司、どうかしたの?」
さっきから黙り込んでいるわたしに気づき、問うてくる。
わたしは少し焦っていた。
このまま那智くんと面識のない振りを続けていたら、出遅れてしまうような気がした。いや、別に出遅れてはいけない理由なんてないのだけど。別にみんなが盛り上がっている横で、知らん顔をしていてもいいのだけど。でも、どういうわけかわたしは焦燥感を覚えていた。
「わたし、この子、知ってるわよ」
気がついたらそう言っていた。
「え?」
と、みんなの目がわたしに集まる。
「知ってるって……?」
「うん。ほら、わたし、ひとり暮らしをはじめたでしょ? 那智くんもすぐ近くに部屋を借りてて、春休みに知り合ったの」
「那智くん!?」
「もしかして仲いいの!?」
「え、ええ。時々一緒に晩ごはんを食べるくらいには?」
思った以上に喰いついてきて驚いたけど、ちょっとした優越感もあった。みんなが盛り上がっている那智くんと、わたしは仲がいいんだぞ、という。
「よし、後でみんなで会いにいこう!」
「え……」
その日の帰宅後。
「ごめんなさい……」
リビングのローテーブルをはさんだ那智くんの向かいで、わたしは体を小さくして誤っていた。
「なんで言っちゃいますかね……」
その那智くんは口をへの字に曲げて、やや呆れ気味。
「三年生の先輩たちが押しかけてきたときは何事かと思いましたよ」
「反省してます……」
さらに縮こまるわたし。
結局、あのあと本当に何人かで那智くんのクラスに押しかけたのだった。
ちょうど廊下に出ていた那智くんをわたしが呼び止め――振り返った那智くんは、わたしの後ろに数人の三年生女子がいるのを見て、「ひぇ!?」と小さく悲鳴を上げていた。
「それにしても、なぜ僕?」
那智くんは不思議そうに首を傾げる。
もちろん、それは那智くんがかわいくて、みんな那智くんと会って話がしたかったからなのだけど――この様子ではわかってなさそうだ。那智くんがその気になれば入れ喰い状態だろう。岸さんなんか、那智くんが甘えたら喜んでぎゅーっとしそう。
というわけで、那智くんには知らないままでいてもらわないと。
「それは、ほら、遠矢君が人気あるから……将を射んと欲すれば先ず馬を射よ?」
「ああ、なるほど……って、僕は馬かよ」
がっくり項垂れる那智くん。
「まぁ、一夜を紹介してほしいんなら、いくらでもしますけどね。ただ、当の本人が不愛想の化身みたいなやつだから、その後のことまでは責任もてませんけど」
その遠矢君は、飲みものでも買いにいっていたのか、その場にいなかった。――でも、わたしは見た。程なくして缶コーヒー片手に戻ってきた彼が、那智くんが取り囲まれているのを見て、静かにUターンして去っていったのを。
「先輩と僕のことがバレたのかぁ。これから大変そうだなぁ」
「大丈夫よ。どうにかなるわ」
「いや、先輩のせいですからね?」
那智くんが責めるような半眼を向けてくる。
確かにわたしのせいだ。わたしがうっかり口を滑らせたから、わたしの周りはちょっとした騒ぎだ。たぶん、那智くんのほうも似たり寄ったりの状況だろう。
「お詫びに、ぎゅーってしてあげる」
「ひぃ!?」
「じゃなかった、晩ごはんに好きなもの作ってあげる」
「なんかうまく誤魔化されてる気がするなぁ」
那智くんは座椅子に座ったまま天を仰ぐ。
とは言え、わたしは後悔はしていない。これで一緒に登下校してもおかしくはないし、学校でも声をかけることができる。
わたしの高校生活の最後の一年は、これからが本当のスタートのようだ。
廻る学園と、先輩と僕 Simple Life 九曜 @krulcifer
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