2.
「とりあえず先輩にメールいれてみるか」
すぐに返事が返ってきたらそれでよし。五分待っても何もなかったら、仕方ない、素直に帰ろう。
「先輩、先輩っと……」
と、ケータイを操作していると――、
「助けてください!」
「うわっ」
いきなり横から衝撃。
自慢じゃないが僕は軽い。こんなカオスな事態に遭遇して、咄嗟に踏ん張れるほど地力はない。
結果、僕は声の主とともにぶっ倒れた。
「何だあっ!?」
まずは状況把握に努める。
倒れている僕。その僕の腰にしがみついている女の子。しかも、頭のツインテールに見覚えがある。さっき校門から中を覗いていた子だ。
「……」
OK、わかった。
この子が校門のところから助走つけて、僕にタックル喰らわせてくれたんだな。そして、もろともに倒れた、と。
なんてことしやがるか。
気がつくと周りがやけにザワついている。何かと思ったらその中心は僕らしい。そりゃそうだ。下校する生徒で賑わう昇降口で女の子にしがみつかれたままひっくり返ってるんだから。
(絶対悪い噂がたつな……)
ああ、気が遠くなりそうだ。
「そういうのは学校じゃダメだと思う……」
ゆこりん先輩までキター! しかも、どこから突っ込んでいいかわからないときた。
つーか、先輩、帰ったんじゃなかったっけ?
僕は一旦、彼女を中庭に連れて行き、空いているベンチに座らせた。彼女は赤いチェックのスカートに編み上げビスチェというどこかの私立校のものらしい制服を着ていて、明らかに部外者なのだが、ここなら人目も少なくて幾分かマシだろう。
「で、『助けてください』とか言ってたように思うんだけど、どうかしたの?」
僕は彼女の前に立って聞いた。
『悪い奴らに追われてるんです』なんてのは勘弁。肋骨にヒビはもうこりごりだ。
「実はわたし、高校受験を前に学校見学にきたんですが……」
「て言うことはキミ、中学三年生?」
「はい。卯月学園中等部三年、
「うさぎ……」
自然に彼女の頭に目がいく。何となくツインテールがウサギの耳っぽい。
「うさぎじゃなくて、宇佐美っ」
「あ、ごめんごめん」
おおっと、泣きついてきたわりには意外に元気だぞ。
「それで?」
「ええっと、事前に電話で見学の許可ももらっていたんですが、いざきてみたら丁度下校の時間だったみたいで……」
「生徒がぞろぞろ出てくるもんだから入りにくかった、と?」
「はい……。それで先輩なら優しそうなので助けてくれるかと思って……」
宇佐美さんは申し訳なさそうに答えた。
しかし、そうは言うが、結局、最後は校内に突撃して僕に突っ込んできたんだよな。意外にいい根性してるんじゃないか。
「まあ、いっか。……わかった。職員室に連れて行けばいいのかな? それとも事務所の方がいい?」
「えっと、事務所の方で」
「オーライ。じゃあ、行こうか」
「あっ、あの……っ」
さっそく事務所へ向かおうとした僕を宇佐美さんが呼び止める。
「その、できれば先輩が学校を案内してくれませんか?」
結局、僕が学校の中を案内することになってしまった。
正直、面倒な役目ではあるのだけど、僕も入学してまだ四ヶ月、ぜんぜん縁がなくて未だに行ったことのない場所もあったりするので、これを機に見て回るのもいいかと思って引き受けた。
「宇佐美さんは来年、うちを受験するの?」
通称『蜂の巣校舎』と呼ばれる、世にも珍しい六角形の塔のような校舎を案内しながら聞いてみた。
「いえ、まだ決めたわけじゃないんです。決めかねてるから一度見てみようと思って」
「ふうん」
真面目だなあ。僕なんか成績と照らし合わせて即決、学校は受験のときに初めて実物を見たもんな。
それからふらふらと特別教室や体育館なんかを見せて回ったが、ふと思いついて普通の教室も見に行くことにした。入学した後、自分がどんなところで授業を受けるのか知っておいた方がいいと思ったからだ。
見ず知らずの教室を開けるのも抵抗があったので、僕のクラスへと向かった。
「ここが一年の教し……」
言葉が途中で詰まる。
中にサトちゃんがいた。もちろん、薬局の前にいる赤いゾウじゃない。人間だ。人間のサトちゃん。通称、宮里晶という。
「宮里、まだいたのか……」
しかも、陰々滅々なオーラを放出しながらすすり泣いている。あれから三十分は経ってるっていうのに。なんて面白いやつ。
「どうかしたんですか?」
「見ない方がいい」
後ろから宇佐美さんが覗き込んできたが、僕は中を見られる前に扉を閉めた。
「ダメだ。見たらゾウが
「は? ゾウ、ですか……?」
「そう、ゾウ。ここにいたらもれなく赤いゾウの災いが降りかかる。……さ、次に行こうか」
「はぁ……」
宇佐美さんは力のない返事を返してきた。
きっと何が起きているかわからないのだろう。大丈夫。安心していい。僕だって何を言っているかわかってないから。
ひと通り校内を案内して昇降口に戻ってきてみると、時間にして一時間くらいたっていた。生徒の姿はほとんどない。
「ありがとうございました。おかげでこの学園のことがよくわかりました」
「いーえ、どういたしまして。少しでも参考になればいいんだけどね」
「それはもちろんっ」
宇佐美さんは元気よく応えた。
かわいいなぁ。僕の周りでこういう元気でかわいいタイプの女の子が少ないので新鮮だ。背も僕よりも低いので、尚更そう感じる。
と、そのとき――、
「那……っと、千秋くん!」
聞き覚えのある声に呼びかけられた。もちろん、声の主は司先輩だ。司先輩は靴を履きながら転げるようにして昇降口から飛び出してきた。何をそんなに慌てているのだろう。
「ちょっ、ちょっと千秋くん、誰なの、その子!?」
うわーい、何かすでにスイッチ入ってるー。
「えっと、この子は卯月学園の中等部の子で、宇佐美さん。何でも学校選びの参考に見学にきたそうで。ちょっと縁があって僕が案内を……」
「ふうん。学校見学、ねえ」
僕の説明に納得したのか、司先輩は視線を宇佐美さんに移した。僕もつられて彼女に目をやる。
が、そこで何だか宇佐美さんの様子がおかしいことに気づいた。
ぱああっ、と顔が輝いている。もとから明るい表情の子だったが、今はそれ自体が光を放っているようだった。目なんかキラキラだ。
そして、その視線は僕に向けられている。
「千秋って、もしかして千秋那智先輩ですかっ!?」
「え? ああ、うん、千秋那智は僕の名前だけど……?」
多少気圧されつつも、嘘を吐く理由がないので正直に答えた。何となくしらっばくれていたほうがいいと第六感が告げていたが。
「お兄様っ!!!」
「お、おに……っ!? おぶっ!?」
いきなり抱きつかれた。幸い今回は正面からだったので、支えきれずに倒れるようなことは避けられた。
「ちょっと、何してるの、あなたっ!? 離れなさい!」
僕よりも先に抗議の声を上げたのは司先輩だった。抗議と同時並行して宇佐美さんを引き剥がしにかかる。
「先輩があの千秋先輩だったんですねっ。うちの学園じゃ先輩のこと、すっごく有名なんですよ。本当に会えると思いませんでしたっ」
先輩の手によって宇佐美さんはすぐに離されたが、引き続き熱っぽく語ってくれる。
「ゆ、有名!? 僕が!?」
「じゃあ、最初から学校見学なんて嘘だったのねっ。本当は千秋くんに会いにきたんでしょう!?」
ほぼ同時に先輩が言葉を発して、僕の声はかき消された。つーか、先輩、いろんなスイッチ入りまくりだな。
「嘘じゃありませんよ。受験は千秋先輩と、ついでに学校も見てから考えようと思っていましたから」
「ああ、やっと思い出したわ。卯月学園って言えば確か幼稚舎から高等部まであって、エスカレータ式よね? そのあなたがうちを受験するのはおかしな話じゃないかしら?」
話の中心にいる僕はそっちのけっぽい。
「ええ、そうですよ。でも、毎年一割程度はよその学校に移りますから。わたしももう決めました。来年、千秋先輩のいるこの学園に入ります!」
「な……っ」
宇佐美さんは高らかに宣言し――さすがにこれには先輩も絶句。
そして、僕はというと、学園に住み着いている猫がちょうど通りかかったので、背中を撫でてやっていた。
僕だって現実逃避したいときくらいあるさ。
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