第二部

彼女のプロローグ

 ゴールデンウィーク前日の昼休みのこと。


 その日は天気もよかったので、学生食堂でお昼を食べた後は中庭でクラスメイトとおしゃべりをしていた。


 主な話題は明日からのゴールデンウィークの計画について。


 聖嶺の美術科は学年にひとクラスしかないので、学年が上がっても顔ぶれは同じ。春らしい新鮮味などどこにもない。去年もこのメンバーで、連休はあそこに行こうここで遊ぼうと騒いでいたように思う。


「それにしても、毎年この光景を見ると、あぁ新入生が入ったんだなって思うわ」


 ひとりがそう言って、ちらと見たのは校舎のほう。その窓に数十人のギャラリィがいた。一階にも、二階にも、三階にも。ほとんどが新入生の男子生徒。


 彼らの視線の先は――わたしだ。


 確かに去年もこんな感じだったし、一昨年はわたしが新入生だったこともあって、上級生二学年分の生徒が騒いでいてすごく賑やかだった。


「片瀬さーんっ」


 ノリがいいのか単にお調子ものなのか、校舎の窓から声が飛んできた。


「ほらほら、司。応えてあげたら」

「はいはい。もぅ……」


 面白がるだけの人は気楽でいい。


 それでもわたしは、声のしたところを適当に見当をつけ、笑顔で手を振り返した。途端、歓声が上がる。


 世間でわたしが何と呼ばれているかは知っている。でも、テレビを点けたり雑誌のグラビアページを開ければ、もっとかわいい子がごろごろいると思うのだけど。


「片瀬先ぱーいっ」


 また、声。

 今度は二階のよう。わたしはそちらに顔を向け、軽く手を上げて応える。


「ぁ……」


 直後、小さく声を上げていた。


 わたしに向かって懸命に手を振る生徒の横に、"あの子"の姿があったからだ。


 小柄でかわいい顔立ちの新入生。

 彼がじっとこちらを見ていた。


 わたしも思わず見つめ返す。


 決して近いとは言えない距離。それでもわたしは彼の瞳が誰よりもきれいだと感じ、惹きつけられた。


「……」

「……」


 一瞬を無限大にまで引き延ばしたかのような感覚。

 或いは、永遠を刹那につめ込んだような錯覚。


 断言してもいい。この瞬間、わたしたちは間違いなく見つめ合っていた。


 ……。


「それでね、司――」

「え? うん、なに?」


 友達の声にはっと我に返り、そちらへと向き直った。話題は再びゴールデンウィークの計画へと戻っていた。わたしも話を合わせる。


 そうしながら何気なくもう一度校舎の方に目をやった。でも、もうそこにはあの子の姿はなかった。


「……」


 少し、残念に思う。

 わたしの心に強く印象づいた、あのきれいな瞳。またあの瞳に会いたいと、このときのわたしははっきりと思っていた。

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