5 もうはじけまくってるわね

パレスティの主神祭。

それはその名の通り、主神、つまりは創生主を祝う祭である。

パレスティは決して大きな国ではないが、この祭はそのままパレスティの国家建設を祝う儀でもある。国家のはじまりは昔であれば昔であるほど、その始まりが神話じみたものになるが、パレスティはまさに神話と史伝のギリギリのところである。

いわく、創生主が世界をつくり、人間を作り出した時、その始まりの人間たちが住み着いたところがこのパレスティである、という起源である。だからこそ創生主を祝うことはこの世界を作られたことを祝うこと、すなわちこの国家生誕の祝いと同じであるという理由である。

ちなみにアルケはそこまで起源じみたものはないが、なんかいろいろ英雄っぽいことをしたひとが精霊のお告げを聞いて「すべてのものに恵みを」という理念のもとに建てられた国、ということになっている。正直リンゴにとっては国家の起源よりも自分が魔王にさらわれた時どうするべきかの方が大事であったし、前世の国民性らしく「宗教とかそこらへんはあんまわかんないんで」みたいな感じで王女として模範解答ができる程度のスタンスをとれるようにしているくらいで、自分自身は教義やら起源やらは興味の範囲外である。

もちろん、精霊と魔王がいることは事実であるし、実際ゲームでも見たし、精霊にいたっては若干のホラーショー混じりの先日の出現を見ているので疑っていない。


(あれ?でもそういえば、ゲームでも創生主については姿もなにも、イラストですらも出てないな…)


ものすごく今更なことを貴賓席に座った段階で思い出した。

今のリンゴのドレスは若干青みがかった白いドレスをクラシカルに着ている。まさに中世のお姫様、とでも言いたくなる装いで、若い年なので装飾品は少なめに。だけれども瞳の色とあわせたエメラレルドの石をはめこんだ髪飾りを髪につけている。

あえて髪は束ねず、まっすぐ流すだけにしている。リンゴのさらりとした長い金髪はそれだけで装飾品100個よりも価値がある、とどこかの商人にいわれた覚えがあるが、実際問題リンゴは客観的に見て「うちの一族ってどれだけ美麗ぞろいなの」と思えるので、驕りたいわけではないが実際イリスを筆頭に優秀な侍女達に手入れされた髪や肌はそれだけで人目をひくものがある。リンゴ自身としては普段は現世風のワンピースばかり着ているため、こうしたものは違和感しかない。

ちなみにパルバティも正装であるが、こちらも装飾は少ないが色は濃い赤の詰襟で、普段はやわらかな印象をあたえる容貌のパルバティを国代表としてきりりとしめている。この辺りの采配もイリスだろうが、さすがとしか言いようがない手腕である。

シヴァは相変わらず高貴そうなローブ。リンゴの斜め後ろに立っているアシュランもいつもどおりのつめえりの黒騎士姿。そういえばアシュランって騎士だけど甲冑とかつけてるとこを見たことがない。でもアシュランが血をながすような怪我をしているところも見たことがないので、さすが魔王級チート。

さて、主神祭。行なわれるのはすり鉢状のホール。天井はなく、サッカーの競技場のような場所だ。空には漆黒で、明るいのはホールのアリーナス一帯でしかない。そしてそこで行われる演目はそれこそエンターテイメントパフォーマンスというか、各種の演目は伝統に用いながらも非常にエンターテメイント性が高い。

どこからか流れる音楽。それは非常に軽快で、現世でいうとクラブ音楽に近い。アルケで行われる精霊祭の合唱とはまったく違う。魔法を用いているのだろうが、全方向から聞こえて来るその音楽は、低音が体を揺らし、ポップな高音が高らかに流れている。

そして漆黒の夜のホールに、またも魔法をつかった花火が舞う、舞う、それにあわせて踊るパフォーマーたち。神話をもとにした、音楽と踊りだけのミュージカルらしいが、リンゴは心の中で盛大につっこんでいた。まってなにこれ祭は祭でも、フェスティバル?

実際、貴賓席は特別に客席の上段の一角をしめているが、下段の国民たちは音楽に合わせて立ち上がり踊っている。服がはだけているものもいる。え、これどんなイベント?荘厳さという言葉とは程遠い勢い。ホールはコンサート会場のようになっている。ほんとに神様への祝いのあれなの?とリンゴは平静を装いながらも心中ではこれに対してどう反応したらいいか決めかねていた。

そこへ場違いなほどにけらけらと陽気な声が舞い込んできた。シヴァだ。


「いやあ、話には聞いていましたが!これは見事ですねえ。あの複数色をつかった花火は光と火の魔法融合ですよ。しかも花火のあとの残渣から舞い降りる火花はあえて光の要素だけ残し、創生主が最初に植えられたという桜の花びらを模していて、なんとも美しい薄い朱色の光が…ああ、パフォーマーたちの変化の魔法も見事ですね!リンゴ皇女殿下、おわかりになりますか?いま中央で踊っているグループの周りの骸骨たち、あれは変化の魔法ですよ!見事ですね、なるほどなるほど中央の人間たちと周りの骸骨軍で再生と死を模倣しているわけですか。いやあ技術が見事ですね、この音も風魔法の類だとはわかりますがここまで広域かつ振動を残すとなると、ただの風の類では……さすが魔導国家!どの魔法の技術もそう簡単にできるものではないですよ、いやはやは一晩中でも解析していたいくらいですね」

「この様相を見て、そんな感想を持てるのはあなたくらいよ、シヴァ」


呆れてパルヴァティごしに横を見やれば、シヴァは楽しそうに笑っているだけだ。


「まあまあ、確かにこうした祭が国家主催というのはリンゴ王女殿下にはわかりにくいかもしれませんが、市井でもよく収穫時に祭が開かれたりしているでしょう?まあアルケは商業部国ですので、農作の実りを祈る豊穣祭はほんとうに形だけではありますがね。ですが、理由はどうあれ、こうした馬鹿騒ぎのような祭を行うことは他の文化国でもふくめよくあることです」

「ええ、まあそうね」

「それにはですね、いくつか理由があるのですよ。まあこの国の場合は特殊ですので、形骸化していない点は特筆的ですがね。しかし、こうした祭というのは、日常の浄化効果と、その文化圏の一体感を高める効果があるのですよ」

「浄化効果?」

「ええ、日々同じことをし、鬱屈をためているだけでは人間というのは生きにくいものです。だからこうして、『はめをはずす』と申しますか、そうしたものを爆発させる場というのは重要なのですよ」


日本でいうハレの日・ケの日という言葉があったが、そういうものだろうか?


「そして歌や踊りというのは一体感…共同体の意識が連帯しやすいわけです」


文化祭でどの学校でも合唱をやる感覚に近いあれか。


「それをしかも祭といった形…自分たちで作り上げるもの、という行程がはいるわけですからなおさらですね」


確かに文化祭は祭当日も楽しいものだったが、それ以上にそこに至るまでの行程をみんなが楽しんでいたような気がする。日常とは違う非日常。

たしかに日本でも神輿をかついで羽目をはずしまくる祭があったような気がする。


「目的が主眼である場合は多いですが、形骸化していてもそうした機能があるわけです。ですから、行うことだけでも共同体に対して効果的なのですよ。ほら、実際に国民のみなさまがたとても楽しそうに踊っているでしょう」

「ええ、そうね。もうはじけまくってるわね」

「そこが重要なのですよ。普段はそこまで付き合いのないひとたちも、祭という機能を通して一体感を得る。アルケの精霊祭は王族の皆様は精霊への祈りの儀式くらいしか参加してませんが、城下町では露店がしきつめ夜通しみんな騒いでいますよ。そういうものなんですよ」

「あああれは確かに楽しいよね、わかるよ」

「お忍びでたまにいってたものね、兄様」

「まあお分りいただけたら。ただ、この国はやはり特殊ですよ」

「え?」

「ここからが、この国の、本当の祭です。いや、この国の存在意義そのもの。祭というものではない−−−彼らのすべてです」

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