5-2 真っ赤なハイヒール

ひときわ高い閃光があがった。

それは花火とすら呼べない。ホールの中央から高く、高く、天へとまっすぐ登る白の閃光。

それはあまりにも白く、眩しく、高く高くあがるから、ホールのすべてが一瞬すべて明るくなって客席の顔が全員見えるほどだった。

そしてその刹那、閃光の光が消えた。

ホールの明かりが消える。

漆黒。

貴賓席の横にいるパルバティすら見えない。

ぱたりとやんだ音楽。

先ほどまであそこまで騒いでいた国民たちすら息を潜めている。息を本当にとめているのだろうか、というほどの静寂。

なにがあるの、と聞くことさえできない空気。

いつのまにかその空気にのまれ自分の息も止まっていることに気づいた。

不安になって斜めうしろのアシュランを確認しようとした、その時。

アリーナに篝火がついた。

その篝火は時計の円を描くように、等間隔に12個並んでいた。

橙色の火。

それ以外に何の演出もない。大理石の地面があるだけ。

あるのはただひとつ。

中心に立つ、サロメ。


サロメは白いドレスに身を包み、真っ赤なハイヒールの靴を履いていた。

顔は見えない。うつむき、黒髪をたらし、両手を胸のところであわせている。

遠い貴賓席からでもそれがサロメだと何故だかわかる。顔は見えないはずなのに。

−神聖?


そんな言葉、まるで似合わないほど、ただただ異質だった。俗世と乖離したその、存在。

彼女が登場し、空気があきらかに変わった。

客席にいる人々はみな動かない。ひとつでも動いたら気分を害してしまうと恐れているかのように。神の罰を恐れているように。

けれど、何故か伝わる熱気。期待。羨望。

それを一身に受け、サロメはただ一人、そこにあった。

パレスティの巫女として。


シャン、と音がなった。

途端サロメは顔を上げた。

その相貌すべてを見せる。高らかに。

至上なるものとして。

そして彼女は動き出した。

いや、踊り出した。

その動きはバレエに似ていた。

高らかに伸びる脚。空気の流れを動かすようにしなる腕。

鳴り響く弦楽器の音が聞こえる。

でもサロメは音楽にあわせて踊っているのではない、とわかってしまう。

サロメの踊りによって音楽がなっているのだと、思わせられる。


カツン、と彼女のヒールが床を鳴らす。

途端激しくなる彼女の踊り。

圧倒的な動き。

その白いドレスは彼女の脚にそって舞い、広がり、彼女の黒髪は意思を持っているようにたゆたう。

そして彼女の脚は止まることを知らないようにリズムをとり、上がり、下がり、ステップを踏んでいく。


これが本当に踊りというものだろうか。


鼓動、音、空気、光、闇。

篝火が気づけばフラッシュのように色を切り替えていた。

緑、

黄、

赤、

白、

紫。


心臓の鼓動が早まるのがわかる、血流があがっているのがわかる。

それでも瞬き一つすらできない。

色が切り替わる世界の中で、

サロメの黒髪と、赤い瞳と白い肌は何者にも邪魔をされず、そこに存在していた。


彼女の指先で、世界を動かしているような。

彼女の黒髪が、世界のすべてを知っているような。

彼女の足先が、世界の運命を握っているような。

圧倒的な存在感。


音楽はオーケストラのように何重にも響く。

彼女を讃えるためだけに存在する音楽。

それを一身に受け、聴衆のすべての視線を釘付けにして。

人々のすべてを洗脳するかのごとく魅了して。

彼女は踊っている。


美しい?感動的?

そんな陳腐な言葉など、存在しえない。

ただただ、それは、

彼女の舞踏そのものが、世界であるかのような

圧倒的な力そのものの姿だった。

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