3 此の地の巫女、サロメ様

艶やかな黒髪。その光の反射すらとけ込むようなその黒髪は波打ちながら腰にまで達している。蠱惑的なふくらんだ唇。肌はその血管まで見えそうほど透き通る白さ。そして、この世の紅の全てを集めたかのうよな、赤い瞳。


「お初にお目にかかります、アルケの皆さま」


声そのものがまるで歌声のよう。

生地の薄い衣は黒色で、胸から腰にかけては綺麗な曲線美を描き、腰から下はふんわりしたチュールだ。前世でもこんなドレスがあったら売れたであろうな、と思わず思ってしまう。

パレスティ城内にあるこの一室は、部屋と呼びにはおこがましい、不思議なつくりだった。

それはまるで神殿。

広い広い空間に柱が何十と立ち、天窓から太陽の光が降り注いでいるが、その日光にはなぜか暖かみを感じない。

広い空間にあるのは、最奥にあるただ一つの椅子。

玉座とは違う、それは。

まるで祭壇のように高みにあり、そしてその「奉られる」ものとしての椅子に座る少女。


「山を越えて貴女様のお名前は届いております、此の地の巫女、サロメ様」


パルバティは深々とお辞儀をするが、サロメは頭を下げず、くすりと小首を傾げるだけだ。


「まあ、教会のあるアルケにてわたしの名前など、さしたるものではないでしょう」

「いえまさか。あなたの声は天上そのもの。踊る様は現世のものとは思えぬほどとお聞き及びしております」

「精霊信仰を、していないこの地の巫女の歌や舞踊など、あなたがたにどれほどの価値があるのかしらね?」


その顔に溢れるのは絶対の自信と気品。卑下しているようで、彼女はアルケを下に見ているとわかるのだとわかるその態度。

そう、彼女----サロメこそが、このパレスティ国において最も優先される人物、存在自体が法律、生きた宗教、「神」に選ばれし巫女。

実際目の前で見ると、そのオーラに呑み込まれそうになる。

それは聖なるもの、とか、そうしたものではない。

ただ、そこに「在る」だけで、人を圧倒するなにかを持っているモノ。


この世界そのものをつくったのは、精霊ではなく、精霊をうみだした創生主といわれている。その創生主を崇めているのがパレスティの国家宗教である。アルケでは「精霊」そのものを神としているので、宗教としては違う立ち位置にある。どちらかというとアルケのように「中央教会」という宗教組織を精霊信仰の頂点におき、その中央教会の下にならぶ「教会」を設置する国がほとんどである。

しかしパレスティにはそのような中央教会による教会自体が存在しない。創世主信仰をする国では、精霊は創世主の生み出した子供のひとりでしかなく、下位の存在にあたる。

むしろ創世主−−−世界そのものを創り出し、精霊をうみだし、今この時点を持ってもこの世界を見守っているという存在−−−その神の加護を受け、この現世に降り立っているのが巫女であるというのが創世主信仰、特にこのパレスティでの国家宗教なのだ。

そして、人間という存在でありながら、神の力を帯びたもの、その存在自体が神の依り代となる存在、その巫女こそが−−−目の前のサロメであった。


「先日そちらに精霊が降り立っただとか。勇者のお告げ、でしたかしらね?それにしてはいまだに勇者様が発見できていないですとか。大変なことですわね。ねえ、王国教会司祭のシヴァ様?」

「ええ、私どもの不徳のいたす情けない結果でございます。ですから本日は精霊の父たる創世主のご加護をうけた巫女様の吉兆にあやかりたい次第ですね」

「まあまあ…とんだことですこと。私どもにとっては、勇者も魔王も、些末な事柄としか考えていないと、知ってのことですの?」

「魔王もまた、創世主の生んだ子供、でありますからね」


シヴァがにやりと笑うと、サロメはひどく楽しげに微笑んだ。

ちなみにパルバティとリンゴは平然とした顔をしているが、内心ではひどく青ざめている。


(そ・れ・は…王国教会一のタブーだろうが…!)

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