1-2 おうちかえる

フェミニズム、とも呼べない、完全な女尊男卑の国。それがパレスティである。一つの理由として、彼女たちの主張は「確実にその血を引いてるとわかるのは、母親と子供である。母親の自己申告で決まる父親が家長になるとは一族の血統性が保たれる保証は低い。なにより魔力は血に宿る。よってイエにおいてはその一族の長は母たる女であるべきである」というものだ。家父長制の真逆を行く。


二つ目。「そもそも世界的に見ても、平均学力を上回るのは女性であり、男性身体のとりえなどその筋力でしかない。そのようなものたちに政治を任せる合理的な意味はない」と、なかなか過激な主張であるが、実際パレスティや他数カ国も教育機関の学力試験において、平均上位をしめるのは女子が多いという研究結果は出されているのだ。


そして、三つ目にして最大の理由。

「この国において、大統領よりも、すべての国民よりも、最も権威があり、最も尊きものであり、最も愛されるべきは――創生主が選ばれた巫女である」








「もうむり。もうかえる。おうちかえる」


幼児退行化したパルバティが、与えられた貴賓室のベッドでうずくまっている。ほんとうに何度も思うが、この兄は次の国王になる存在で民から美しさと賢さと勇気を讃えられる人物と同一人物なのかと、妹ながら疑わざるをえないリンゴである。


「まだついて数時間ですよ。というかメインの王国祭は明日ですよ。それなのに第一皇子が帰れるわけないじゃないですかお兄様寝ぼけたこと言ってないで明日のご準備でもされたらいかがです」

「だって!会合中だってそりゃあ礼はつくされてもらえるけど、明らかに『たかだか男というだけで王位継承者とは…ふん』みたいな態度なんだよ!もうつらい!男というだけでここまで侮られるのほんとつらい!おうちかえる!」


そういうパルバティにシヴァは苦笑い、横にいるアシュランは我関せずという具合である。リンゴはため息をひとつついた。


「お気持ちはわかりますわよお兄様。立場はどうあれ、ここでは男性にはつらい場。それは重々承知しております。ですが、それを女のわたしに申しますか?」


呆れたようにリンゴがいうとパルバティははっとした顔をする。

そう、あくまでパレスティが特殊なだけで、他の多数の国家ではむしろ虐げられたり下位の位置につくのは女の方が多いのがこの世界の現状である。

アルケではそれほど突出してないが、それは過去に氷結女王という異名を持つまでの存在がアルケの歴史の中で大きいところの影響もある。その後も何人か女王がたったことはあるが、大臣や宰相たち、つまり貴族の家長に女性がたつことはほぼない。あるとすればそれはそれ以外に後継者がいない場合で、特殊ケースといっても間違いではない。

つまり政治を司るー権力を持つ立場にいるのは男性であり、女は守られる存在であり、妻として夫を支え、母となることを期待されるのが第一義なのである。


そのあたりは正直前世日本と大きくは変わらないだろう。リンゴが生きてた頃は女性が働くことはもちろん珍しいことではなかったが、たしか管理職や役職につくことは割合として少なかったはずだ。

女がそんな偉そうなことを言うな、というような発言も度々受けたことがある。リンゴは王女であり王位継承権第2位ということもあり、そういうことに出会うことはここにきてからはなかったが、他の女性たちは似たような経験はいくらでもあるだろう。


まあリンゴの場合は前世の母親がエキセントリックだったため、とくに女性であることを卑下したりという思想をもつことにはならなかったが。むしろあの母親を見てると男女の性差など関係なく、ただたんに個人の資質が大きいのだと思わされていただけだ。

とにかくにも、たしかにパレスティはいきすぎているため同情もするが、パルバティは慣れていないためダメージを受けているが、正直リンゴからしたら「世の女性たちは、大なり小なりそんな扱いですよ」というところである。



「…ごめんリンゴ。甘えていたのは僕だね。そうだよね、女性たちにとってはここ以外ではこんなことはふつうだ。てもやっぱり、どちらであれここまでいきすぎるのは良くないと思う。少なくともアルケではこんな風にはしたくない」

「そうですよ、お兄様。むしろこの視察はいい機会です。学ぶべきところは多いですわ」

「そうだね。やはりわかりやすく上位役職の女性登用かな。といってもやはり問題は妊娠出産時期だよね」

「ええ、その点この国はやはり大統領をはじめ任期制であることと、各貴族たちも一時的に権力を他のものに譲渡することが常となっているようです。この仕組みは面白いと思うのですが…」

「しかしその場合長期的な施策をとる際は…」



姉妹が政治議論に白熱している間にシヴァは「大丈夫そうなので、わたしはこの国名物の図書館へいって教会で禁書扱いになっているものを漁ってきます」といい笑顔で部屋を出ていき、アシュランは肩をすくめてそれに応じていたが、リンゴとパルバティはそれに気づかないまま夜を過ごしていた。

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