「1 リンゴとサロメ」

1-1 並大抵の覚悟ではままならぬ

魔導都市国家パレスティ。規模としてはそこまで大きくはない。資金、軍事力、人口を足してもアルケ王国の国力の半分にも満たず、国の面積も都市を囲む四方の山と、その山に囲まれた都市だけがパレスティの国土だ。

パレスティの地図を見ると、リンゴはいつも前世日本の京都に似ているな、と思っていた。いわゆる盆地だ。

そしてその存在感も日本の中の京都に似ている。山の中にある都市国家にも関わらず、数百年前にはその存在感を山を越え示していた。

精霊を讃え奉る精霊教会が「魔法」の権威の一つとするならば、その反対に属する魔法の権威の存在がこの魔導都市国家パレスティといえるだろう。

そこに眠る知識、魔法科学、歴史書の存在は学者や研究者からしたら一度は行って学びたいと憧れる場所である。が、それは並大抵の覚悟ではままならぬ、ということもよく知られていた。

ことに、男性の身では。



「あーあー、やだなーいきたくないなー」

「残念なお知らせです、兄様。もう向こうの城門が見えております」

「急な腹痛ということでおしらせしといてくれない?僕はここから馬にのってひとりでかえるからさ」

「残念なおしらせの追加です。向こうの見張の兵に気づかれた模様です。あ、城の方に走ってく使いの方が見えますねー出迎えの準備はじめてくれるかんじですねー」

「ごふっ、逃げられない」

「そもそも逃げちゃダメです、今日の兄様はアルケの代表なんですから。というかここまで山越えてきて戻るとかばかもいいとこじゃないですか」

「だぁぁぁってぇぇぇ」


馬車の中でここまで駄々をこねるパルバティに、「この男はほんとうに”太陽の朝焼けのすべてを集めたような瞳、青空の上に燦々と我らを照らす太陽な黄金の祝福を受けた髪、ああ!アルケの太陽に愛されし殿下!”なんてことを詩人にうたわれている王子本人なのだろうか」と冷たい目で横を見るリンゴである。

だがまあ、兄がここまでいやがる理由もリンゴにはわからないではない。ゲームプレイ時代もパレスティはルート上通らねばならず、クエストをこなさなくてはいけなかったが、ゲーム画面からでも当時現代日本にいたリンゴにダメージを与えるものだった。


「アシュラン」

「はい」

「わたしのそばを、はなれないでよ」

「言われる必要がないことを、姫様。あなたの後ろが、私のいるべきところですよ」







「よく来てくださいました、パルバティ王太子殿下、リンゴ王女殿下、そして中央精霊教会第一神官シヴァ様」


よく通る声でリンゴたちを迎え入れてくれたのは、パレスティ国の大統領閣下であった。

そう、パレスティという国家は、血統による王制ではない。大統領という地位はアルケ王国でいう国王ウラヌスと同じ位であるが、ウラヌスのあとは彼の直系の息子であるパルヴァティが継ぐが、パレスティの大統領はそうではない。血縁とはまったく関係なく、そして5年ごとの任期制であり、その選抜は国民投票によって決定される。

ここまでいくとアメリカのような大統領制度を思い浮かべそうになるが、パレスティにおいては微妙にそれとは違う。

パレスティにおいて、血統による王権がないことも、また国政の長を司る大統領が特殊な選挙において選ばれることも、それは自由や民主主義とはまったく関係のない理由からであった。


「イヨ大統領閣下におかれましては、御健勝のことお喜び申し上げます」

「パルバティ王太子殿下も変わらずお美しいお姿だな。此度は山を越え、このような地へ足を運んでいただいたこと、まこと嬉しく思います」


その姿はリンゴが現世で知るスーツとほぼ変わらないものだった。仕立てのいい黒のジャケットとそろいのパンツは光に当たると上品な光沢がうかび、スラックスの横にはさらに微妙に布地の違う黒地のストライプが入っている。シャツは白で襟にこの国の一つの象徴の色である赤がはいっているが、クラネットをつけたその姿は現世のセレブを思い出させる。

ただ、現世でよくみていたその服を着ていたものたちと違うのは。


「とくにリンゴ王女殿下。あなたにお会いできるのを楽しみにしておりました。5年前のアルケ王国聖誕祭のさいには、まだこの地位についておらず外交補佐としての出席だったためお話しすることは叶いませんでした。ですかあの頃から気品高くお美しい姫君と存じておりましたが、さらにその魅力が増しているようだ。その太陽の祝福を受けた金色の髪に、統制された魔力のバランスが常に体内で制御されてるのを感じます。まったく、同じ女性としてもとても羨ましいほどの美しさだ」


そう、リンゴたちの眼の前で迎える、スーツを着て、この国の政治の頂点に立つ大統領閣下は女性なのである。

スラリとした長身に、やや茶色がかった黒髪。日本人の美人モデルがいたらこんなかんじ、というのを体現しているような彼女はパルバティに向けていた笑顔よりもあきらかに楽しそうである。

パルバティはすでにいささか居心地が悪くなっているようだ。あからさますぎることはないとしても、この一室だけでこの国の性質はよく見てとれる。

明らかに閣僚たちであろう、という5、6名のものたちイヨの後ろに並んでいるが、そのひとらも全員スーツを着た女性。質素な格好で壁際で侍従の役目をはたしているのは男性。


「リンゴ王女殿下、今回だけではなくいつでも遊びに来て下さい。わたしたちはいつでもあなたを歓迎いたしますよ」


にっこりと笑うイヨ。今回のアルケ王国メンバーの中でのもっとも席次が高いのは第一王位継承権を持つパルバティであるにも関わらず、リンゴのほうを尊重するのは外交上ギリギリのラインを狙いながらといえども、明らかすぎる。

そう、パレスティナは−−女性上位の国なのだ。

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