《ワルツ1曲目》

1- 祝福、なんて

少年は走っていた。最初にはいていた靴はすり切れて、すでに肌が地面につきそうなほどに崩れかかっている。服ですらも野山の木々にひっかけ、転んだ時に岩の破片で破れ、すでにそれは服としての機能をはたさずただの布とかしている。


走って、走って、いくら走っても。


少年の心のうちにある暗闇はひとつも消えなかった。どれだけ肌が切り傷だらけになっても、土だらけになっても、足の裏の傷から血が滲んできても、心はただひたすら黒と赤の世界に飲み込まれるだけだった。




いっそこの手首をきって、血を溢れ出させたならば、


この絶望も一緒に身体から抜け出てくれるのだろうか。




止まろうとして転びかかった。そこは崖だった。眼下には深い深い緑色の森が広がっているだけだった。




風が生温かった。その感触ですら気持ち悪かった。この肌感覚で感じる全てが厭わしいものだった。




ここから落ちたならば、少しは身体のうちに駆け抜ける激情もおさまるだろうか。










この先に光を見られる気もしない、絶望。


この体全てを消滅させたい、拒否感。








「祝福、なんて」




目を閉じる。浮かぶのは燃え上がる、自分の村の教会。


いまは焼け落ちた、教会。






「くそくらえだ」






目を開けると、目を焼きそうなほどの、あかいあかい夕焼け空だった。

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