3-2 私はあなたの護衛騎士ですよ

「ねえアシュラン、なんで勇者様は現れないのかしら?気づかないなんてことあるかしら?」

「さあ、私には分かりかねます。姫様、クリームのおかわりです」

「くっ…私を太らそうという陰謀ねアシュラン!!!あなたの企みはすべてお見通しよ!!」

「そう言いながらブレッドに山盛りクリームをのせていただけると企み甲斐もありませんね」

「アシュラン、こっちにもくれないかな。いやあーでもほんとうに精霊祭でのお告げだったわけだし、伝わらないわけはないと思うんだけどなーよっぽどへんぴなところに住んでるとかそんなことでもない限り、気づかないわけはないと思うんだけどね?」

「私もそう思いますわお兄様。国中の人間が集まる王都での精霊祭、しかも精霊様に祈りを捧げる一番の大舞台で精霊像に精霊様がのりうつってのお言葉、なんてそれだけで大事件ですのに」

「あのときのことはよく覚えてるよ。中央教会に入り切らないほどの人が広場に集まって、聖堂の中も僕たち王族や司祭でぎゅうぎゅう、そこで祈りの言葉を皆で唱えてきた時に…ぴかーーーーん」


パルバティヤは手にブレッドを持ちながら両手を広げる。大げさなそぶりに見えるが、だが実際其のときは目もくらまんばかりの閃光が走ったのだ。


「そして祭壇に掲げられていた精霊様の石像が…目を開いて…」

「神々しかったけど若干こわかったよね」

「罰当たりだぞ、パル」

「いやだっていつも見てる石像が目を開いてしゃべり出したらびっくりするでしょう父上様。大司祭様たちもいきなりの神秘に喜ぶというより若干腰抜けてたじゃあないですか」


それはパルヴァティヤの言う通りである。リンゴは前世のゲームの中でお告げシーンを見ていたから、「あ、確かこの祭りの日だなー」と当日を迎えていたから周りのものよりは普通で居られたが、あれをリアルで見たときは、さすがに引いた。

ゲームの中でも街中にひしめく人々、そして聖堂で祈りを捧げている王族貴族、司祭たちのシーンは映し出されており、そして精霊が降臨し、勇者のお告げをつげたのである。ゲームのプロローグとして始まるストーリーであるし、プレイヤーとしては「うんうんファンタジーっぽいなーグラフィックよくできてるー」くらいにしか思っていなかったが、年に一度の精霊への感謝を求める精霊祭が今年は魔王の登場により加護を求めたく毎年より人が集まってかつ盛り上がっていることはこの世界で生きてようやく実感できたし、当日は聖堂の人の密集具合にうんざりするほどだった。

そして精霊降臨シーンはグラフィックで見るならまだしも「うわあああさっきまでほんとにただの石だったのに動いてるうううううしゃべってるうううう」とオカルトを見てる気分だった。

ただそこまでは予想の範疇だったのだ。お告げがあることはわかっていたし、シナリオ通りだとむしろ安堵していた。

が、そこからが問題だったのだ。

降臨した精霊は石像からほのかに光をだしながら、この世のものでなくどこか遠い天上を思わせるような声で話しはじめた。


『いま…この世界は魔王の脅威に脅かされております……ですが皆のもの……この脅威を討ち滅ぼすものがおります……それこそ我が加護を受けしもの、勇者です……』


精霊降臨についていけなかった人々も、勇者の存在におおっとどよめきが走った。それは確かに歓喜と同じものだった。


『その者こそがこの世界を救う英雄となるでしょう……その者は…………え?』


それまで天上の、明らかに人ではないと感じさせる声と存在を放っていた精霊が、そこで明らかな戸惑いを見せた。


『なぜだ?気配が……確かに加護を与え印をつけたのに見つからぬ……?確かにこの世界にいるはずなのに、なぜだ?』


お告げから独り言のようにぶつぶつと精霊は話し始め、みんなぽかんとしていた。リンゴもここでぽかんとしていた。


(あれ?確かここで、勇者の名前をいって、勇者が住んでいる村をさして、そこに城の兵士がむかえにいく…って展開のはずなのに、なんでとまってるの?)


精霊は降臨したまま確かな戸惑いを石像の顔で見せながら、思案をしているようだった。明らかに予定調和が崩れている、そんな雰囲気を精霊から感じた。


『………いや、いる、勇者はいる。絶対にいるはずだ。この世界から消えれば私にはわかる。………みなのもの、勇者を探せ!そのものの胸にわが精霊の祝福の印が存在している!探し、そして魔王討伐へと向かうのだ!我が印を受けた勇者を、探すのだ!』


そしてまた閃光が走り、次の瞬間に石像はただの石像に戻っていた。

そして、少しの間を置いた後に、聖堂はパニックに陥った。


「勇者はいるはずだけどどこにいるかわからないから探せって精霊様も無茶ぶりがすぎるよねえ」


パルはのほほんと言いながらお茶を飲む。それにはリンゴも同意せざるを得ない。

それから精霊の印を持つ勇者を探し出すために調査団が教会主導で組織され、お告げのもとに勇者の存在はこの地一帯に公布された。

全員、勇者のお告げに混乱しつつも魔王討伐の希望を胸に動いていた。けれどもリンゴは未だに驚愕のショックから立ち直り切れてはいなかった。


(だって勇者があらわれない、なんてことありえる?ゲームだったらちゃんと勇者は精霊のしめす村にいて、すぐに旅立った。こんな一ヶ月も現れないなんて、おかしい)


なにかがおかしくなってる。

だけど、それがなんなのかはリンゴにはわからない。


「こうなると。勇者自体が避けてるとしか思えないんだよなー」

「え、どういうことですか兄様」

「いや、自分が勇者だってわかってるけど、勇者やるのがいやだから隠れてる、とかそういうことなんじゃないかなって。じゃなきゃこんなに探してるのに見つからないかなんておかしいだろ?」


それは確かに一理ある。

リンゴからしたら、なぜ勇者が避けているのかはわからないが(だってゲームではちゃんと勇者業をしていた)考えてみれば勇者なんて面倒くさそうなもの、避けたがるのはわかる。

いきなり精霊に指名されたから命かけて魔王と戦えとか、リンゴのようにゲーム知識があって望むならばまだしも、普通なら「無理ゲー乙」で逃げる。

が、かといってこのまま逃げ切れ続けられてもいいのだろうか?世界の平和、というのはもとより、リンゴが誘拐されるかされないのか、このままだとわからないからだ。


(だけど、メインイベントはきちんと行われてるっぽいんだよなあ…)


クリームたっぷりのブレッドをめいっぱいほおばりながら、思索してたときにパルが思い出したように言い放った。


「あーーーそうだそうだ、明日は国外視察だからねリンゴ」

「え?ちょ、初耳ですお兄様」

「ごめん忘れてたてへぺろ」


なんだよこの残念イケメン。

なんで自分は攻撃魔法が使えないのだろう…とブレッドを噛みちぎりながらじと目で顔だけはいい王子を睨んだ。


「はあ。まあいいですお兄様の適当さなんてこと今にはじまったものじゃないですし…」

「うんなんか思い切り兄への敬意ゼロ発言ありがとう」

「で、どこへいくのですか」

「えーとね………パレスティだよ」

「うっわ」

「え、なにその反応」

「いえ、わかりました。お兄様、忘れてた訳じゃなくてその視察を回避しようと頑張っていたけどどうにもならなくて結局期限切れになったからいかなきゃいけなくなったんでしょう。それでひとりじゃいやだからって私をつれていこうとしてるんでしょう」

「ははっ察しのいい妹をもって兄としては頼りになるばかりだよ」

「私はこんな適当な兄をもってひどく残念です。というかお父様、いいんですかこんな適当で。これ私行く必要ないですよね…え、ってなんでそんな目をそらすんですかお父様」

「ふふ、リンゴ、無駄だよ…そもそもこの視察は本来行くべきは父上だからね!!!!それがイヤで僕に押しつけてきたのはなにを隠そう、そこに座す国王陛下そのひとさ!!!!!」

「もうやだこの国」


リンゴから目をそらして「このシチューおいしいなー」とひたすら後ろにいる侍従達に話している国王ウラヌスと、陽気に「もう諦めたまえ」という目でにやにやしながらこちらを見てくる第一王子パルバティにリンゴは脱力した。

別に、他の国への視察にいくのはいい。ゲームをプレイしている時は知らなかったが、この世界では他国への交流が多い。考えてみれば、同じ魔王という敵がいるのだから、互いの関係を密にしておこうと外交に力をいれるのは当然の話であった。

であればこそ、リンゴとて第一王女のつとめとして国の代表として他国へ赴くのはいい。それはいい。

だが、今回の国は、強烈につきる。


「たのむよーリンゴー。あそこに男だけいくのはつらいんだよー」

「まあ…たしかにお兄様だけでいくと精神ダメージをひとりでくらいすぎて戻ってきてから使い物にならない可能性はありますね…」


リンゴは嘆息した。兄の適当さだの、ひとまかせなところ、ではない。

パレスティと聞いたときからもうわかっていた。どれだけ面倒だろうが、結局自分は多少の苦労があろとも、「それが最善」とわかってしまえばそれを選んでしまうのだ。そういう性格なのだ。


「もちろん、アシュランも同行させていいんですよね?」

「それ、僕がだめっていっても、アシュランが許さないやつだから」


そっと斜め後ろを見ると、アシュランが「なにをわかりきったことを」という態度でリンゴを見下ろしていた。


「私はあなたの護衛騎士ですよ、リンゴ様。あなたがいくところならば、それが魔王城だろうと、わたしはついていきます」

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