3-1  夢で勇者の姿でも見たのかい?

「そういえばお父様、まだ勇者は見つからないのですか?」


くるみ入りのブレッドは食感と素朴さが絶妙で、焼きたてのその上に至高のクリームを乗せたならば絶品以外の何物でもない。甘すぎず、しかして牛乳の味わいとなめらかさをそなえたクリームは寝起きという朝のだるさをひたすらに歓喜に溢れさせるものになる。


「ううむ、精霊教会の探索団も、領主街だけではなく辺境の村まで探しているらしいのだが、結果は芳しくないようだな」


若かりし頃は戦士と名を馳せたらしく、老いを感じさせつつも屈強さ残る風貌と、この国の最高権力者としての威厳もそなえたリンゴの父、ウラヌスが答えた。アルケ王国といえば国王ウラヌスの善政について隣国の酒場では話題になるほど、民からも慕われよき国王としての評判が名高い。

しかしてそんな国王もこのブレッドとクリームの合わせ技にはかなわないらしく、先ほどから5個目である。ヒゲにクリームついてますよ、お父様。


「勇者の印ったら、あれだよね?精霊様が祝福を授けた印として精霊様の紋章が右胸にあるんだよね?わざわざ村の少年やら青年たちを脱がしてそれを確認して回るっていうんだからなかなかの時間がかかるだろうね」


会話に入ってきたのはリンゴの兄であり、第一王子にて王位継承権一位のパルヴァティヤである。癖っ毛がありふわふわとした髪はリンゴと同じ金色で、リンゴは自分で言うのもなんだが顔立ちもよく似てて整っているとおもっている。貴族のご令嬢がたが政治的な思惑とは関係なく兄様に夢中になる気持ちもわかるというものだ。ただし瞳の色はリンゴと違い、朝焼けのような澄んだ赤色をしている。

そんなお兄様は鹿肉シチューがお気にめしたようで、いまもイリスに「おかわり、具沢山で」といっている。


「脱がすなどと人聞きの悪い言い方をするもんではないぞ、パル」

「実際そうじゃないのさ。でもこれだけ探して見つからないんだったら、もしかしたら男じゃなくて実は女性で、だから見つかってないだけ、とかもありえるんじゃない?」

「いや、それはないと思うわ、勇者様は男の方よ」

「おや、いやに言い切るねリンゴ?なにか根拠でも?」


思わず反射的に言ってしまったリンゴははぐっと答えに窮した。


(だってゲームでは男だったから、なんて答えられない)


広い食堂は縦長の会食机に三人しか座っていない。短辺にウラヌス、そしてその隣りの長辺に向かい合うようにしてリンゴとパルヴァティヤが座っている。

壁には侍女や護衛たちが立っている。アシュランも基本的にはリンゴの斜め後ろに立っているが、いまは空いたティーカップにお茶を注いでいる。


「いや、あながち間違いとも言えんぞパルヴァティヤ。なんせリンゴは予言王女だからな」

「ああ、そうだったね。ということはリンゴ、夢で勇者の姿でも見たのかい?」


更に答えにくいことを立て続けにいわれて、リンゴはアシュランがいれてくれたお茶も飲めずにいた。

予言王女、というのは、街の人間たちをはじめ貴族たちの何人かも呼ぶリンゴの呼称である。予言、とよばれるのはもちろん、リンゴのゲーム記憶を頼りにした話のことだ。

6歳の時だ。結界の勉強もしつつも、夢の中のことを前世の記憶だと自覚した以降は夢で見るものはいわゆる普通の夢になって、記憶のイメージがでてくることはほとんどなくなった。だけどそれだと10年後もゲームのストーリーを覚えてられるか不安になったリンゴは、前世の記憶を覚えてるだけ紙に書き留めるようになったのだ。

周りのひとびとからは「王女は随分賢い」「子供だとは思えないほどだ」と呼ばれる程度には会話もうまくできたし勉強もできた。使う言語が日本語とは違うので、文字を学ぶことには苦労したが、高校生までの記憶を持つのだから一般的な数字の使い方なども苦労はしなかったし、高校受験だって行っていたのだ。勉強ノートを作成する要領で自分の記憶を記録することも問題はなかった。

そして物語の流れを整理していくうちに、とあることに気づいたのだ。

勇者が現れる前まで、魔王は各地に被害を及ぼしていた。魔王の命令により村は襲われ、攫われ、略奪をされていた。

それにはもちろん人間の軍が立ち向かうが、なにせ相手は魔族または魔獣であるからにして、撃退することはあっても基本的に被害が起きてからの対応ばかりだった。もちろん、だからのちに勇者がでてくるのだが。

そしてそんな、勇者が現れる以前の魔王による被害の中で、ひとつの村があり、それがゲーム導入部分で語られていたのである。

それは勇者がでる9年ほど前に、一つの村が魔獣の群れに襲われる話だ。

この村の固有名詞はこの導入部分では語られていなかったが、プレイ中に廃村となったそこへいくイベントがある。だから6歳の自分でもそれがどこかはわかったのだ。

アルケ王国の南東にある、山のふもとにあるイドラ村だ。

そのときリンゴは非常に焦った。まだ襲われてはいないらしい。だが、たしかあれは秋の始まり、収穫物がそろってから山から魔獣が襲いにくる。

その時すでにして夏の終わり。時間はあと少ししかなかった。


「おとうさま!お願いでございます、イドラ村へ警備隊をお出しください!」

「なにをいってるんだリンゴ、どうしたというのだ、あそこは街より遠いところにあるが平和な村だよ」


でも、ゲームの中で決められたストーリーで、イドラ村は滅びる。

それはリンゴが魔王に攫われるのと同じように、決められた運命のはずなのだ。


ーーゲームの流れを変えることに,恐れがなかったとは,いえない。

けれども、そのときリンゴは既に決めていたのだ。

救えるものがあるならば、救いたいと。


プレイ中に見た廃村となったイドラ村。

そこは魔獣が出す炎のせいだろうか、何軒もの建物が燃やされ、倒れたまま放置されていた。

亡骸はすでにしてなかったが、残酷なことにその日までの生活の様子は、朽ち果てた中でもよくわかるものだった。

家の中にある使い古されたろう鍋、子供たちが遊ぶ木剣、農作物収穫に使ったであろう鍬。

それらは錆び、もう二度と使えることは無くなっていても、村に誰も襲いに来なかったならば、次の日も変わらず使い続けられていたそれら。

ゲームではなくなってしまった次の日を、もしも、いまのリンゴが変えられるならば,と。


「ゆ、夢で見たのです。山から魔獣がイドラ村に襲いかかるのが」

「怖いお話でも寝る前に読んだのかい?いや、それにしてもイドラ村なんていう小さな村のことを、よくお前が知っていたな…」

「…イドラ村には、町の中心に大きな教会がたてられてますね?」

「…おまえ、なんでそんなことまで」


小さな子供の話を、ただの夢のことだとなだめようとしていたウラヌスの顔が変わった。

6歳のリンゴはぎゅっと手を握る。生唾を飲み込む。変えてしまう恐れに、そして、自分が本来ならば持ち得ない記憶を使うことの忌避感に。


「そしてその教会は、ふつうは縦長のつくりの教会が多い中で正方形の形をしているんだよね?そして正方形の中心となる部分に、屋根に鐘がかかってる。全部、夢で見たの」


リンゴは今世、イドラ村に訪れたことはない。写実した絵も見たことがない。詳しい話を聞いたこともないし、また、そんな話題にあがる村でもないからこそ、知りえるはずがないことをウラヌスは知っている。


「きっと、せいれいさまのおつげです。おとうさま、どうか警備隊を、イドラ村に。きっと秋の始まりの祭りには、村は」


半信半疑のままながらもウラヌスは娘の話にのることにした。子供の戯言だと言い切るにはリンゴの迫真さと話の内容は詳細だったのだ。

結果として、探索隊は村の北側の山に潜んで居た魔獣たちを発見し、討伐をした。基本単体で動くことが多い魔獣が群れをくんでおり、更にそれは明らかにイドラ村を狙っていた。王国警備隊のような戦士たちもいない村はひとたまりもなかったことだろう。

そしてそれからリンゴは「予言王女」と呼ばれるようになった。


「た、ただの勘です!ほらまあ勇者様といえば男性というのが定番じゃあありませんか。神話にもよくそうありますし…」

「あーあるねー漆黒の黒き髪に黄金のごとき瞳をもった勇者が悪の神を討ち滅ぼす…まあそれは神話でしかないし、いまある魔王は現実だしな。ま、勇者が本当にあらわれて魔王を倒したら伝説から神話になるのかもしれないけどね?にしても、あそこまで大々的に精霊のお告げと公布があるのにここまでがん無視決め込んでる勇者っていうのもどういうことだろうな」

「ガン無視などという言葉を使うのではない、パル。まったくお前は第一王子にも関わらずそれに見合った言動を…」

「そう細かいことを言わないでくださいよ父上様。ひげにクリームついてますよ」

「あ、お父様、右側じゃありませんよ、左です、そうそう」


慌ててナプキンでクリームをぬぐうウラヌスを兄妹で見守る。魔王がいるというのに、今日もこの城は平和だ。

と、そうはいっても、パルヴァティヤの言う通りに、ここまでして勇者が現れないというのはおかしいのである。

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