2-1 二度目の生
これが二度目の生だと、気づいたのはいつだったか。
生まれたばかりのころは何も考えていなかった気がする。ただ、夢を夢とも認識できぬときに、普段起きている世界とは全く別の世界の話ばかりの夢を見ていた。5歳のころに、はたとしてその意味に気づいた。
ああ、夢で見ているのは、自分の前世の記憶なのだと。そして、この世界がなんたるかを。
前世、私は平凡な女子高校生として過ごしていた。母一人しかいない家庭であり、その母は強烈の一言につきるが、中学高校時代には生徒会役員の会長などもつとめつつも、自分自身は特にこれといった特徴はない人間であったろうと思う。
ただその人生は高校を卒業するかしないかの頃までしかなく、その人生の終わりだけはうまく思い出せない。死んだその衝撃が記憶を失わせているのか、あまりにも唐突として死んだために記憶が残っていないかは定かではない。
けれども、見ていた夢が前世の記憶であると自覚した瞬間、自分がいま生きているこの世界が何たるかがわかり、衝撃を受け、高熱を出して寝込んだ。
『イデアワールド』、それは前世に私が一回だけプレイしたことのあるRPGゲームだった。
内容は王道の勇者物語といっていいだろう。世界には魔王なる存在がいて、精霊に祝福された勇者がそれをうち滅ばさんと、ダンジョンをこえ魔王に向かっていくという物語だ。ただ、NPCキャラクタにはなにがしかの哲学的文言がちりばめられていたり、ストーリーの転換をするときに流れる映像は各世界多様の神話のモチーフが美麗に使われており、いわゆる中二心がくすぐられつつ、「実はこの話はこれを暗喩してるのではないか?」と考察させたくなる魅力に溢れたゲームだった。
この世界がそのゲームだと気づけたのは、この国の名前であるところの「アルケ王国」であること、そしてこの国よりさらに北方には魔王がおり、北方の国々や村が実際に魔物の被害にあい、大陸の南側にあるこの国ですらその脅威を感じることがある、という事実がある。
そして決定的なのは、鏡を覗き込んだところに、ゲーム画面で見たところの女性の面影をのこす5歳児の自分の姿があったのだ。
透き通りそうな金髪に、白い肌にエメラルド色の瞳。まあ前世の凡庸なころの姿と比べたら子供ながらにして綺麗な顔立ちに驚く。
アルケ王国第一王女、リンゴ。そして、16歳の誕生日に魔王にさらわれる運命を持っている王女の姿がそこにあった。
イデアワールドのゲームのはじまりは、世界が魔王の力におそれおおのき、絶望感すら見いだしそうなその時に、精霊がみなの前にあらわれいで、勇者の存在を告げる。勇者は幼少のおりに精霊の祝福を既に受けているが、それまではその能力がなんのためにあるかわかっていなかった。アルケ王国の小さな村にて凡庸に暮らしていた。そこに精霊が現れ、彼こそが勇者であると告げる。彼はアルケ王国に呼ばれ、魔王討伐の旅へと仲間とともにでる。
そこでダンジョンを進んでいくのだが、魔王はその勇者の存在に脅威を感じ、ゲーム終盤に人質をとる作戦にでる。それこそが、アルケ王国第一王女誘拐である。
確かゲームの進行の都合上、かなり北方まで進んでいたのにアルケ王国に戻らなくてはいけないことになったはずである。そしてプレイヤーが勇者一行としてアルケ王国に戻り、入った瞬間、操作不能なストーリーが始まる。
それまでプレイヤー視点だった操作画面とは打って変わり、あらかじめ決められた物語が目の前に展開される。それは映画のような、アニメのような、グラフィックがかくも細やかな映像がはじまるのである。
たまたま戻ったそのときが王女の誕生日であり、祝賀会であった。魔王という脅威の中でこそ、こうした祝い事を尊ぼうとしたのであろう、各諸侯を呼び寄せてにぎやかなパーティーな様子であった。勇者一行は問答無用でそれに参加させられ、16歳になった王女と言葉をかわす。
しかしてその瞬間、場は暗転する。そして聞くもおぞましき声が聞こえてくるのである。
魔王だ。
『アルケ王国諸君、この祝いごとに我からも寿こう……しかして勇者生誕の地である国の王女の誕生日に招待状を頂けなかった報いとして、そこが王女を貰い受けようぞ!』
そして上がる悲鳴は王女のものであった。
場が明るくなると、王女がいたそこには魔王からの果たし状が残されるばかりなり。なにがかしかの血で書かれたような文字には「王女は魔王城にて預かる」との文言。
そして物語は、ラストへと向かっていくのである。
………と、ここまで考えても、「いやいや窮地に陥ってきたからって16歳の少女を拉致するのってどうよ?」とか「なんでどんな進み具合をしてもアルケ王国に戻ったその日が王女の誕生日ってことになってんだよ」とかいろいろ突っ込みたいところはあったのだが、そこはまあゲームはゲームである。どんな進み方をしても、ある一定のクエストを越えると、どうしたってアルケ王国に戻らなくては先へは進まない仕様になっており、王女が誘拐されることはどうあがいても不可避である。
つまり、転生した第一王女たる私は、16歳のその日に、魔王にさらわれる運命にあるのだ。
勇者が救いにきて、無事に魔王を打ち破ったならまだしも、もしも勇者が負けることがあったならば…?と考えた時、まだ10年と少し猶予があるとしても、我が身が震えた。もちろん、魔王に勇者が破れるとなっては世界が大恐慌だが、最終決戦時にも魔王城にとらわれている自分はどうなるのか、と。
逃げようがないその窮地。いや、そもそもがさらわれてから勇者が来るまでの間に、王女は魔王城で無事でいられるものだろうか? 魔王に紳士さを求めていいのだろうか? 結局は人質といえど捕虜である。ゲームプレイ時代に攻略情報をネットの中で検索していたら、たまたま見つけてしまった二次作品で扱われていた、捕らわれている最中の王女の陵辱シーンがある記憶を恨んだ。
5歳児にして自分の壮絶な未来を知った自分は、高熱からさめて後、一つの決意をした。
自分の身を守る手段を得よう、と。
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