「1 リンゴと護衛騎士と勇者」

1- 全てはあなたの思うがままに。

いくらいつのまにかに昔楽しんでいたRPGゲームの世界に転生をして、しかもそれがチート能力を持つ勇者や魔王やその配下ではなく、いつの日か魔王にさらわれる運命が決められている勇者が生まれた国の王女に転生してしまったとしても、前世と変わらずぬるいベッドのシーツの気持ちよさは変わらない。

そんなわけで、今生でいうところのアルケ王国第一王女のリンゴは、春うららかな空気に祝福されしベッドの中で二度寝をしようとまどろんでいた。太陽の光が窓の外から見えるのだから、もちろん起きる刻限である。王女にうまれしは民の模範たれ、と教えられてはいるけれど、私が前世で尊んできた言葉のひとつに「春眠暁を覚えず」というものがあるのだ。前世の古人はいいことをいったものである。

しかし、そんな祝福されし春眠を無粋な音が邪魔をしにはかる。寝室のドアがノックされた。


「姫様、起床の時間でございます」


声を聞いただけで誰かがわかるが、夢心地の中ではそれも意味をしない。声にならないうめきを発し、ようやく声をだしたとしても「もうちょっと…」と言い訳の言葉だけだ。

ああ、後少しでさっきまでいためくるめくる夢の世界に………という至高の時間は、扉が開け放たれたことによって終わった。


「失礼します」


きりりとしたその低めの声とともに、この身をまろやかにつつんでいた布団がはぎ取られた。


「うわあああっ」

「御起床の、時間でございます、姫様」

「ちょっとアシュラン!!!何をするのよ!!寒いじゃないの!ていうか乙女の寝室に勝手に男が勝手にはいってきていいものではないでしょう!」

「私の辞書の中には惰眠をむさぼるものが乙女であるという定義はないもので。そのまま惰眠を貪欲にむさぼって麗しいお体が太くたくましくなることを望むというものでしたらお邪魔をしたことを御詫び致しますよ、姫君」

「ああもう出たお得意の皮肉祭り!この意地悪騎士め!」


憎々しげにベッドの上から見上げたならば、いまだ右手にははぎ取ったシーツを持ち、黒を基調としたその服は詰襟を首から腰元までしっかりととじられ、装飾の少ない鞘にいれた剣を腰につけ、後ろ身頃は皺一つないという完璧な男がそこにいる。日本の男子学生の服と執事がきてそうな服の要素をかけあわせたその衣装を着た人物は、彼の左横から見たならば眉目秀麗な黒目黒髪の青年。

見た瞬間にその冷たさすら覚える美麗に見とれるが、右側から見た時にはその感想は変わる。右顔には胸からほほまで覆う痛々しい火傷のあとが別の意味で冷たさを覚えさせてくるのだ。

しかしその火傷の痕跡などなにも恥もおそれもないように、常に凛とした姿で居るこの人物こそ、第一王女の側近護衛であり、リンゴのためだけの騎士、アシュランそのひとである。


「ほほう…朝からそのような活発なお言葉を申されるということは、朝食もいらぬということでしょうかな?本日は特別に朝食には私が昨日からしこみました鹿肉のシチューとクルミ入りの焼きたてのブレッドとシヴァから譲られた最高品質のクリームを添えたものをご用意致しましたが、残念、国王陛下とパルヴァティ殿下のみにご賞味いただくことにいたしましょう」


わざと肩をすくめ残念そうにしながらきびすを返していくアシュランに私は絶叫した。


「起きる!起きるから!!!!私のためのご飯は残しておいてええ!!!!」


王女たる気品もかなぐりすててそう叫ぶと、アシュランは顔だけを振り返った。火傷のあとが痛々しいはずのその顔は、それに同情する余地すら捨てさせる程に、にやりと笑う。意地悪げに、得意げに。すべて思うがままにいったその得心故に。


「かしこまりました、全てはあなたの思うがままに。そのためには10分以内に身なりを整えて食堂に参じていただけませぬか、我が姫?」

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