第14話 Deprogram
声になったのかはわからない。だが、そう思った瞬間に固まっていた時間は爆発し、大河峰の全身はマグマの様な熱を帯びた。
動かし方を忘れていた足は、まるで初めからプログラムされていたかのように跳ね上がり、勢いよく前へと飛び込んだ。
「ぐあああああぁぁっ!」
勢いよく土埃を巻き上げて地面を滑りながら、ユリをかばう。同時に、彼の右脚は焼け付くような激痛に襲われた。
「大河峰さん!」
ユリはよろよろと立ち上がりながら悲鳴を上げる。だが、死を告げる銃口が自分達を未だ見据えているのを見ると、ユリは思わず倒れている大河峰に覆いかぶさり目をつぶった。
「――させるか!」
まさに二人が撃ち抜かれようとしたその間際、駆け付けたアヤメが身を屈め、地面を滑るように突進して行く。狙いは腰のスラスターだ。
「甘いと言っている!」
だがコノミは見越していたかのように、刃が届く前にスラスターを吹かして上半身を反転させると、アヤメと再度対峙した。大盾の如き鉄板を地面に突き立てて体を守る。
刀が鉄板に届くその直前に、アヤメは両足に力を込めて飛び上がった。一瞬でコノミの真上へと浮かび上がると、右腕を突き出してライフルを構える。
「こっちだよ!」
間髪入れず、弾丸を叩きこんだ。頭上から放たれた鉛玉はコノミの右腕をえぐる。だがコノミは意にも介さず、右腕のスラスターを全開にした。直後、アッパーカットの様に連想機関銃が真上へ跳ね上がり、空に飛び上ったアヤメを足元に叩き落とす。
「弱き者よ!幸福へと解放される時が来たのだ!」
足元に転がるアヤメに、ギロチンの如く鉄板が振り下ろされた。
「くそっ!」
咄嗟に左腕の刀を掲げ、間一髪首元で受け止める。だがコノミは容赦なく鉄板を押し付けようとスラスターを吹かした。全身の力を込めて、首を叩き切ろうと迫る鉄板を跳ね返そうとするが、徐々に刃が迫ってくる。
いよいよアヤメ自身の刀の峰が喉元に食い込んだ時、彼女は死を覚悟する。
「――触れるな」
「……!?貴様はっ!?」
不意に、刀にかけられていた圧力が緩む。その瞬間を逃さず、アヤメは鉄板を跳ね返すと、コノミの足元から転がるように離れてライフルを放つ。弾丸は怯んでいるコノミの腹をスラスター共々ぶち抜き、おびただしい量の血が流れた。
「ぐぅっ!損傷状況、中波!背部スラスター、出力低下!」
無表情な顔は、しかし慌ただしくダメージ報告を告げる。
アヤメとコノミは今まさに対峙しているのに、何故背中のスラスターがダメージを受けたのか。それを考えるよりも早く、答えは目の前に出ていた。
「――!?」
アヤメは一瞬自分の目を疑った。コノミの後ろに、両腕を漆黒の刀に換装したMGが立っており、コノミの背中にそれを突き立てていたからだ。
黒いシャツを着こんだ新たなMGは顔をバイザーで覆い、髪をツインテールにまとめている。刀を引き抜くと、血が吹き上がり彼女のツインテールを濡らした。
「お母さんに、触れるな」
バイザーが赤く光り、コノミの背中を睨む。
「お母さん……って?」
アヤメは、そのMGが誰のことを言っているのか皆目見当も付かなかった。しかし今それを考えている時間は、一秒たりとして存在しない。
「っ……!識別信号確認!我々西日本軍の敵と判断!優先して排除する!」
コノミは腰の半分潰れたスラスターを無理に吹かし、上半身を新手のMGへと向けようとする。だがその動きは、先程までより緩慢だった。青白い炎は息切れし、けたたましい異常な吸気音を鳴らす。
新手のMGは両腕を掲げると、回頭するコノミへ振り下ろす。すぐさまコノミは左腕のスラスターを吹かし、素早く鉄板を掲げて斬撃を防いだ。だがその直後、後ろからアヤメが左腕のスラスターを勢いよく切りつけて破壊すると、糸が切れたように鉄板ごと左腕はがくりと下がる。
「くそっ!我々は!私はァァァァァ!」
潰れた腰のスラスターから異音を発しながら、なおもコノミは無理やり乱入者へと体を捩じる。それと同時に、まだダメージを受けていない右腕のスラスターを全開にし、思い切り振りぬいた。
「貴様らを幸福に導き、解放する者だ!」
巨大な機関銃に引きずられるように、コノミの上半身が軋みながら乱入者を打ち据える。両腕の刀を交差させて防いだが間に合わず、束ねられた機関銃の銃身に横殴りに吹き飛ばされた。
コノミは乱入者が怯んだ隙を逃さず、再度機関銃の狙いを彼女に定める。
「弱き者よ!導かれよ!」
重たい銃を浮かしながら、まさに弾丸を放とうとしたその瞬間。
コノミの右腕が異音と共にスパークする。束ねられた銃口からは一発も弾丸が出ず、代わりに機関部が悲鳴を上げた。
「銃本体に異常発生!?」
コノミの生身の右腕と、機関銃との境界線が火花を散らす。そこには、深々と弾丸が食い込んでいた。
「間に合ったか!」
九重は息を切らしながら彼女らの前に現れた。
彼の持つ拳銃からは、硝煙が一筋上がっている。偶然かあるいは狙ったのか、拳銃から放たれた弾丸が、アヤメがコノミの右腕に食い込ませた弾丸を更に押し込んで、機関銃の発射機構を破壊したのだった。
「……愚かなる市民よ!偉大なる西日本連合に従わぬ者ども!貴様らの幸福は私にしか導けない!」
コノミは怨嗟の限り叫びながら、もはや弾丸を放てなくなった機関銃を二刀流のMGに突き刺す様に叩き付ける。だが、立ち直った乱入者は身をひるがえすと、そのまま後ろの廃墟群へと姿を消した。
標的を見失ったコノミは、背後で立ち尽くすアヤメへと振り向こうとする。しかし腰のスラスターは既にその機能を失い、鈍重な体はまともに動かなかった。そして、それをむざむざ待ってやる余裕などアヤメには無かった。
「終わりだ!」
叫びながら、アヤメは真一文字に左腕を振る。コノミは最早鉄板を構えることすら出来ず背中に深々と刀傷を受けた。
だが彼女が倒れることは無く、まだアヤメの方へと上半身を動かし続けた。アヤメは何も言わず再度左腕を振りぬき、コノミの左腕を肩の付け根から切り飛ばす。肩口から鮮血が迸り、巨大な鉄板と化した左腕が硬質音を響かせてコンクリートの地面に落ちる。
「左腕部、損傷重大!再生機能が……追いつかない!」
悲惨な状況にあっても、その激昂した口調に変わりは無く、無機質な表情に涙も怒りも浮かぶことは無い。
左腕を失い、大量の血を肩から流しながらも、なおもコノミは体をアヤメの方へと振り向き続ける。
「お前らが……!お前らの如き生にかじりつく連中が……!弱き者の未来を潰したのだ!」
力を振り絞るように、コノミはまたも機関銃のスラスターを吹かし、アヤメに殴りかかる。だが、それが振りぬかれるよりも早くアヤメは彼女の懐へと飛び込み、右腕を肩の付け根から叩き切った。
重い音を響かせ、鋼鉄の塊が地面に沈む。右肩からもまた、噴水の様に血が流れ出した。アヤメの白いカーディガンに返り血が飛び散り、赤く滲んでゆく。
「右腕部……損傷重大……!作戦行動に重大な……障害発生……!」
両腕を肩口から切り落とされ、もはや攻撃の術を失ったコノミは、それでもなおアヤメの方へと向き直る。その執念に、思わずアヤメは攻撃の手を止めた。
体中が壊れ、ただ血を流して死を待つのみとなったコノミは、虚ろな瞳のままアヤメと相対する。灰色の髪の毛は血で赤く染まり、元の色など分からなくなっている。
彼女の顔を改めて見た時、思わずアヤメの心は凍り付いた。
――こんなにも傷を受けて、まだなお戦おうとするのか。かつての自分も、似たような存在だったのか。これが、これがMGという存在の正しい在り方なのか。
目の前で、両腕を失い体中から血を流し、それでも誰かにプログラムされた通りに律儀に戦おうとするコノミは、操り人形以外の何物でもなかった。解放をうたう彼女を、一体誰が解放してくれるというのだろう――。
「我々は……西日本連合軍である!私は……私はMGを……解放……MGを解放する者である……!私は諸君らを……」
今やコノミは、壊れたラジオの様に何度もプロパガンダを呟きながらアヤメを睨みつける以外に何も出来ない。留処なく流れ出す血の量を見れば、すぐに彼女が息絶えることは火を見るよりも明らかだ。
アヤメは彼女を前にして、左腕を振るうことを忘れていた。
別に助けてやろうと思ったわけではない。話をして通じる相手だとも思っていない。何より、コノミは今自分達とはっきり敵対した存在で、排除しなければ自分たちが排除される。故に、コノミを殺すことに問題などあるはずは無かった。
――ただ、目の前で無機質な表情を見せる血濡れの少女が、金色の瞳に涙を浮かべることさえ無ければ何の躊躇も無く、自分たちが生きるために刀を突き立てていた。それだけだ。
しかしアヤメには、一瞬の戸惑いも許されなかった。
「ごめん」
謝る必要などなかったかもしれない。ただの偽善と言われても言い返すことは出来ない。だが、アヤメは言わずにはいられなかった。そうでなければ、先へ進めないからである。
左腕の刀を掲げると、今度こそ迷うことなくコノミの心臓目掛けて突き出す。鈍く光る分厚い刃はネクロメタルの強化骨格を易々と貫き、彼女の背中側へと飛び出した。
「かはっ……あっ……あぁ……」
コノミの口元から血が流れ出る。それを拭おうとしたのか、肩を動かしたが今や肩から先は地面に放り棄てられている。
体中から血が流れ出て、今まさに死の間際にいるコノミの瞳が、アヤメの両目を見つめた。
それは殺戮のための兵器ではなく、意思を持つ人間としての目だった。
咳き込み、血を吐きながらコノミは囁く様にアヤメに語り掛ける。
「私は弱者を……解放する者として戦ってきた……。それが唯一の、私の生きる理由だったからだ……」
「……うん」
「頭を駆け巡る電子と……神経細胞の狭間で見てきた……解放されるMG達を……幸せそうな顔を……でもあれは……本当は……兵器なんかじゃない、人だったんだ……」
「……うん」
「弱い私を守り散った父母よ……私は人としての責務を……全う出来たのでしょうか……」
か細い声で泣く様にそう呟くと、コノミはゆっくりと目を閉じ、それっきり動くことは無かった。
コノミがどういう過去を持って生きてきたのかは知らない。彼女の正義感が、彼女を道具として扱う連中に利用されたのかもしれないがそれも分からない。
たった今出会って、プログラムされた殺し合いを繰り広げるだけの関係だったからだ。
だからこそアヤメは、死にゆく彼女の口から肉親への言葉を聞きたくなかった。
死ぬ間際の彼女は、自分と変わらない人間の様に思えたからだ。
――本当に人間?殺戮のための体を持ち、異形の見た目をした自分達が人間であると?殺すために作られた自分の事を、人間だと誰が言ってくれるのか。
息絶えたコノミの姿を見ながら、灰色の感情がアヤメの胸中に渦巻いていた。
コノミの胸から左腕を抜き取る。鉛色の刀身にはべっとりと赤い血が塗りたぐられていた。切っ先から血の滴がぽたりと零れ落ちる。
同時に、コノミの細い体は地面へと崩れ落ちた。伸ばし放題にした灰色の髪の毛が地面にふわりと広がり、熱風に吹かれて揺れ動いた。
「終わったよ、栄一郎」
「……ああ。あの乱入してきたMGが居て、助かったな」
九重は、アヤメが止めを刺す瞬間、僅かに思いとどまったのを知っていた。
だがそれをとやかく言うつもりは無い。彼は、アヤメの思いも判断も全て一切合財が、答えの出ない物だと知っているからである。彼はアヤメに、コノミを倒せ、とだけ命じた。そしてそれが成された。それだけで答えとしては十分だった。
しかし何よりも九重の心をかき乱していたのは、先程の二刀流のMGだ。髪型をツインテールにしたそのMGを見かけたその瞬間に、かつてアヤメと初めて会った時と同じような感覚にとらわれたのだった。
またもや直感か、あるいはこれもまた運命の出会いと言うものなのか。しかし件のMGは何処かに姿を消しており、それを確かめる術はなかった。
「……畜生、また足を撃たれちまったよ……!」
少し離れた場所から、大河峰のうめく声が聞こえてくる。九重とアヤメは、慌てて大河峰の傍へと駆け寄る。崩れた銅像の傍で、足を抱えて大河峰はうずくまっていた。
その横で、ユリが心配そうな顔つきで撃たれた足を、自分の頭に結んでいた黄色いリボンで縛っている。
「おう、お前ら……あの馬鹿でかい銃を持ったMG倒せたのか……」
「……うん、倒したよ」
「そうかい……。俺は見ての通りこのザマだ。折角治りかけていたってのに、また足をやっちまったよ……。ガラでもねえことをした報いだな、ハハッ……」
荒い息をつきながら、大河峰はにやっと笑って見せた。額には大粒の汗が浮かんでいる。
「大河峰さんは転んだ私をかばって撃たれてしまったの……本当に……本当にごめんなさい……」
「別に気にするんじゃねえよ。足を撃たれただけで別にすぐ死ぬわけじゃねえだろう……。今まで手を貸してもらってたから、そのお返しだ。……全く、MGをかばって飛び込む生身の人間なんざ、俺くらいだろうなぁ……」
ユリは目に涙を一杯溜めて、大河峰の手を握った。大河峰もまた、弱弱しく握り返してやった。今やユリの手の方が温かく感じられる。
大河峰の足は、アヤメに撃たれた時よりも遥かに酷い怪我をしていた。肉は削げ落ち、そこだけ持っていかれたかのように抉れている。あの巨大な連装機関銃から放たれた弾丸が、相応に凄まじい破壊力だったことを改めて物語っていた。
「待ってて、すぐに治療するから」
アヤメは血濡れの刃を二の腕にしまい込み、医療用マニュピレーターを取り出す。消毒液とガーゼを大河峰の足にあてがうと、うめき声が漏れた。
薄くシール状に形成されたネクロメタルを貼り付けると、見る見るうちに傷口に鉛色の被膜が出来上がる。しかし大河峰の傷跡は大きく、アヤメの左腕に収納されている道具だけでカバーしきれる範囲ではなかった。
「駄目だ……これじゃ足りないよ。もっと設備が整っているところじゃないと」
「じゃあ、もうこれだけで十分だ……。お前らは早く研究所に行って、母親の事を調べてこい……。終ったらとっとと俺を連れて帰ってくれよな、頼むぜ……」
弱弱しく手を振り、九重とアヤメに早く行くように促す。二人は一瞬、大河峰をここに置いていくべきか悩んだ。
「私が大河峰さんの傍にいるわ。だから安心して、二人とも行ってちょうだい。大丈夫、ちゃんと通信回線は見張っておくから、何かあったらすぐ連絡する」
「ユリ……本当に……。ううん、あんたに任せるよ」
「大丈夫よ。私だって腐ってもMGなんだから」
涙を零しながらユリは笑って見せた。
「分かった。俺からも頼んだぞ、ユリ」
九重はそう言うと、バックパックから予備の弾薬と水の入ったペットボトルを取り出してユリに預けた。幾らか軽くなったバックパックを背負い、研究所の方へと向き直る。
「行くぞ、アヤメ」
「うん」
二人は、血と硝煙の匂いが色濃く残る敷地を後にして研究所へと歩き出した。
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