Enconter in The Abyss

第11話 Rail Road

 日もすっかり沈み、猛威を奮っていた太陽の代わりに涼しげな銀の月が夜空を支配していた。だが相変わらず、雲は殆ど浮かんでいない。遥か彼方の空に、僅かに見えるだけだ。


 月光の下、四つの人影が廃墟を進む。彼らの行き先には、巨大な鉛色の壁が遠くに見えた。

 目指すは、廃棄都市東京。今や乾き切り、訪れる者はおらず、住む者も精々社会のはみ出し者位という、見捨てられた街。かつての日本の中心としての栄華は見る影もない世界に、彼らは進もうとしていた。


「ここから先は、昔の地下鉄の遺構を進んでいく。何、安心しろ。俺の組のメンバーでこの辺りを仕切ってんだ。ビビることはねえぜ」

 少しばかり足を引きずるようにして、最後尾を歩く大河峰が説明した。


 彼らの目の前には、朽ち果てた柱がこびりつくように取り囲む、地下へと続く大穴が広がっている。まるで全てを飲み込む巨大な生き物の口の様に見えた。

 僅かに残っているコンクリート造りの崩れた階段だけが、この大穴が人工物だったことをうかがわせる。

 降り注ぐ僅かな月光すらも貪欲に飲み込むその地下鉄は、何もかもを受け入れ、そして閉じ込めるのだろう。

 事実、この深淵を終の棲家にしようとする者は、もはや太陽の下で暮らす価値がないと世間から烙印を押された者たちばかりだった。


「随分と深いんだな……行くぞ」

  先頭を歩いていた九重は懐からライトを取り出し、足元を照らしながら階段を降りる。人一人がなんとか通れる程度の幅しかない足場を、慎重に一歩ずつ進む。


「よし、いよいよなんだね……!」

 九重が大穴の闇にかき消える前に、アヤメも次いで階段を下りてゆく。


「こんな薄暗い地下に入ったらモグラになっちゃうわね……ドレスも汚れちゃうわ」

「ふん、MG如きが今更そんなのを気にすんのかよ」

「そうよ?立派なレディとして、身の回りに気を付けるのは当然じゃない?」


 真っ赤な髪をかき上げ、ユリは不満げに呟く。大河峰もまた、面倒くさそうにユリを見据えた。

「まあ、ここで足踏みしていても仕方ないわ。さ、ほら手を出しなさいな」

 ユリは唐突に己の右手を差し出す。月光に照らされ、人形の様に白い手が煌めいた。

 大河峰はきょとんとした顔で彼女の顔と手を見比べる。


「あなた、大河峰さんって言ったかしら?怪我をしているんでしょう?私が手を貸してあげる、って言ってるの」

「おいおい、何もそんな……」


 途中で言いかけたが、止めた。

 実際大河峰の足は、大分快方に向かっているものの未だ満足に動かせなかったからだ。階段を降りるのも決して出来ない訳ではないが、わざわざ意地を張って無様な姿をさらす理由もないと思い、素直に差し出された手を取る。


「うふふ、素直な男も好きよ」

 ユリは柔らかく微笑んだ。


 手に取った彼女の手は細く、幼い少女そのものだった。

 彼女の手を取った大河峰は、僅かに伝わる温もりに驚く。MGとして作られた、冷たい偽物の体だとばかり思っていたが、そうでは無かったからだ。

 白く薄い少女の手が、月光にすかされ細やかな血管が見える。ユリの体には確かに血が流れて、生きていた。


「……おまえ、ガキの癖にませてんだな」

「失礼ね、レディと言って頂戴」


 大河峰の手を取ったユリは、彼の手を引き、導く様に階段を下りて行った。

 二人がゆっくりと階段を下りると、目の前は暗闇に閉ざされた。だが眼下には、ライトを携えた九重がすぐ控えていて、彼らの足場を照らしてくれていた。

 地下鉄の底までたどり着いた時には、ずいぶん時間が掛かったように思えた。果てしない暗闇がそこにいる者の時間感覚を奪っていたからだ。


「ふう、随分暗いね。アタシに暗視機能付いていれば良かったんだけどなー」

 アヤメは何気なく呟くと、暗闇の中に目を凝らした。少しずつ闇に慣れてきた彼女の目には、崩落した地下鉄構内の残骸があちこちに落ちているのが映った。

 かつて敷かれていたレールは、あらぬ方向に捻じ曲がり、途中で瓦礫に埋まって途切れている。本来の使われ方は、もはや望めないだろう。


「もう少し行った先に、俺らの住んでいる場所がある。俺と一緒に居れば、通してくれるぜ」

 大河峰は暗闇の中であるにもかかわらず、ただ一点を指さす。大河峰以外には何があるのかよく見えなかったが、ここの住人である彼にはよく分かっていた。


「全く見えんな。すまんが大河峰、案内をよろしく頼む」

「おう」

 ユリに手を引かれながら、大河峰は九重からライトを受け取る。彼はすでに階段を下り切っていたが、何も言わずユリに手を預けたままだった。


「栄一郎……」

「ん?どうした?」

 アヤメがぼそりと呟いたのを、九重は聞き逃さなかった。

 闇に慣れた彼の目には、アヤメが左手をカーディガンに隠しながらそっと差し出すのが見えた。アヤメは怯えている様な、思い悩んでいる様な顔で九重を見上げている。


 九重は何も聞き返さず、黙ってアヤメの手をそっと握る。柔らかい毛織の感触と、その向こう側から伝わる冷たく固い感触だけが、暗闇の中ではっきりと分かった。

「ありがとう、栄一郎」

「良いんだ。お前だって不安だろう?何だかんだ言って、まだ子供なんだから」

 アヤメはマニュピレーターの三本指で、そっと九重の手を握り返す。そして共に、闇の中へ歩みを進めた。


 暗い地下鉄の中、崩れた天井の残骸を乗り越え、横倒しになり打ち捨てられた電車の中をくぐり、一行は前へと進んだ。時間の感覚も方向感覚もはっきりと分からないまま、黙々と道なき道を進む。

 使われなくなって久しい、ひしゃげた線路の上を歩き続けた。


 やがて、彼らの行く先に小さな明かりが見えてきた。近づくにつれ、その明かりの元にスキンヘッドの男が座ってこちらを見据えているのが分かった。


「テメェら!何者だオラァ!」

 男は勢いよく叫び、立ち上がる。威勢の良い彼の声が狭い地下鉄内に残響し、九重達の耳を貫く。

「テメェコラ、勝手に入っていい所じゃねえんだよ、殺すぞオラ!潰されてぇか、ああ!?」

「おい、喚くな。俺だよ、俺」


 ユリに手を引かれながら、大河峰が前へ進み出る。彼の姿を認めたスキンヘッドの男は、慌てて背筋を伸ばし、両腕を体の側面に貼り付けた。

「あ、兄貴!?マジすか!?どこ行ってたんすか!帰ってこなかったからマジ心配したんすよ!」

「おう、すまねぇな。ちょっと野暮用で表に出てたんだ」

「マジやばかったんすよ!ウチと一発かまそうっていう馬鹿共が兄貴さらっちまったんじゃねえかって話になって、俺ら殴り込みの準備してたんすから!」


 スキンヘッドの男は、大河峰を見て安心したのか一気にまくし立てた。随分と乱暴な口調で怒鳴ってきた彼は、よくよく見れば随分と若い。大河峰と同じ位か、それよりも年下だ。顔や手足に傷跡が生々しく残っている。

 スキンヘッドの青年は後ろに控えている九重達を怪訝そうな顔で睨んだ。


「こいつらは何なんすか?ってか兄貴、怪我してるじゃないっすか!こいつらがやったんすね!?」

 彼は足元に投げられていた角材を手に取ると、威圧的に振り回す。空気を裂く音が闇の中に低く響いた。

 いきり立つ青年を、大河峰があやすように諌める。

「馬鹿、落ち着け。こいつらはあの太田を潰してくれた……あー、殺し屋だ。俺の怪我は……まあ、こいつらに依頼しに行く途中でヘマやらかしちまっただけだ」


 そう言うと、大河峰は振り向き九重とアイコンタクトを取る。確かに大筋は間違ってはいないし、嘘も言っていない。ただ、馬鹿正直に答えても余計なことになるな、と思い、大河峰は重要な所ははぐらかした。


「えっ、あのクソ野郎の太田を潰してくれたんすか!それじゃあ恩人じゃないすか!すんませんでした!」

 スキンヘッドの青年は角材を後ろに投げ捨て、九重達に頭を下げた。余程単純で、それでいて真っ直ぐな性根の人間なのだろう。


「でも、女の子が二人もいますよね?この子たちも殺し屋なんすか?」

「あー、このガキ共は……」

 予想していた問いだったが、答えに窮した大河峰は中々次の言葉を出せず口ごもる。


 その様子を見ていた、ユリとアヤメは一歩前に進み出ると、自信満々の顔で「はい、殺し屋です」と声を合わせる。

 世間でMGがどんな目で見られているか、どう思われているかを考えれば、彼女達の答えは文句なしの満点だった。


「とにかくだ、俺は太田を潰してもらうように依頼をして、今帰って来た。んで、色々あってな、これからこの殺し屋たちを東京のMG研究所に連れていく所だ」

「あの研究所に?……マジすか、ちょっとマズイっすね」

「何がまずいんだ?」

 大河峰が聞くよりも早く、九重が口を開いた。


「いや、MG研究所って、東京湾の近くじゃないっすか。最近また、軍人がめっちゃうろつく様になったんすね。しかもMGもワンサカいたし。ちょうど昨日、何人かで東京の様子見に行った時にも見かけましたから」


 彼の言葉に、アヤメと九重は顔を見合わせる。そうそう簡単に研究所に行けるわけではないだろうと思っていたが、予想以上に面倒なことになりそうだった。


「……そうか、ネクロメタルを採掘しに来ているんだな?丁度連中の定期採掘が始まる周期だったな」

 大河峰は思い出した様に言う。スキンヘッドの青年は、静かにうなずいた。


「そうっす。去年東側の奴らが来てから、ちょくちょく東京湾の辺りで採掘する様になりましたから」

「ねえ、それはいつまで続きそうなの?」

 たまらず、アヤメも質問する。早く先に進みたくて仕方がない様子だった。


「分かんないっすよ。そのおかげで、去年から俺らこんな暗い地下で生活しているんすから。東京追い出されたんすよ!」

「東京に住んでいたの?」

「そうっす!こんな真っ暗なとこだけでまともに生きていけるわけないじゃないっすか。俺らみたいなのが陽を浴びれるのは、人が住めない東京だけなんすよ!」

 思い出すと腹立たしいのか、彼は壁を思いっきり蹴りつける。だが当然、壁から反応があるわけではない。


「イッテェー!畜生、兄貴!怪我しちまった!」

「バカかテメェは。先に中に入って様子見てこいよ」

「うぅ……すんません、兄貴……」


 そう言うとスキンヘッドの青年は右足を引きずりながら、すぐ横にある扉を開けて中へと消えていった。


 薄暗い鉄道の上に四人は取り残された。

 大河峰は、「さてどうしたものかね」と言いながら、九重とアヤメの方へ振り向く。九重は「行くしかないだろう」と即答すると、扉を開けて入ろうとする。アヤメもまた、何も言わず九重についていった。


「おいおいおっさん、今の話聞いてたか?MG研究所の辺りに東側の軍人共がいるんだぜ?」

「だったらそいつらが居なくなるまで待て、って事か?」

「ああ、そうだ!軍人共は俺らみたいな流れ者は即座に撃ち殺すぜ!おっさんだって良く分かってるだろう。自分の身内以外は排除するのが連中のやり方だ!だから俺の案内はここで終わりだ!」


 思わず大河峰は声を荒らげる。ただでさえ面倒事に巻き込まれたくないのに加え、最悪命の危険があると思えば、今研究所に向かうのは真っ平ごめんだと思ったからだ。

 自分の依頼を聞いてもらったのに、九重の依頼を達成させてやることが出来なくなると思えば、幾らかは良心の呵責が彼を苛んだ。

 だが、命あっての物種だ。彼にとって、命を懸けるに足るとは到底思えない、馬鹿げた事態だった。

 ましてや自分の足をぶち抜いた連中だ。彼らのわがままに付き合う必要があるだろうか。


「……確かに黙って待っているのが一番良いんだろうが、何時連中がいなくなるかも分からんだろう。一か月か、一年か、下手すりゃもっとだ。この時代に、俺らみたいなフリーランスがどこまで長生きできるかどうかも分からん。だったら、今行っても問題あるまいよ。あとは東京へ出る出口だけ教えてくれ」

「信じらんねえ……。おっさん、あんた気が狂ってんのか?」


 吐き捨てるように大河峰は続ける。


「何のためにだよ!研究所に行って何がどうなるってんだよ!金がもらえんのか?地位が得られんのか?何もねえだろ!」

「ああ、その通りかもな。研究所に行って俺がどうにかなる訳じゃあないだろう」

「じゃあ何のためなんだよ!」


 大河峰自身、なぜ自分がこうも九重に突っかかるのか分からなかった。だが、わざわざ死地に出向いて死のうとするこの男に、妙な憤りを感じていた。


「……俺はアヤメの母親の行方を知っておきたいんだ」


 九重は固く目をつぶり、深く息を吐く様にそう呟いた。

 その言葉を聞いた大河峰はせせら笑い、なじる様に食い掛かる。


「おっさん、あんたやっぱりどうかしてるぜ……。何を言ったってな、所詮そのガキはMGだぜ?人殺しの化け物なんだよ!あんたそんなもののために――」


 そこまで言いかけた時、九重は無言で大河峰の胸倉を掴んだ。

 声にこそ出さないものの、彼の拳はぶるぶる震える位強く握りしめられ、その胸中を物語っていた。


「前も言ったよな。アヤメは化け物じゃねえ」

 沸々と湧き上がる怒りを抑えた末の一言だった。思わず大河峰は息を呑む。


「お前に言ったって仕方のないことかもしれんが……この子は人間だ。姿形はどうであろうと、やはり人間なんだよ。……お前だって、さっきユリに手を引かれて降りてきたよな?本当に人を殺すことだけが目的の機械なら――そんな手を差し伸べるような真似は出来んだろう……?」


 絞り出す様にそう告げると、九重は胸倉を掴んでいた手を放す。


「……理解してくれとは言わないさ。ただ、俺にとって大事なのは〈そういう事〉なんだよ。お前にだってそういうもんがあるだろう?」

「……知ったことかよ」

「まあいいさ。……いきなり掴みかかって悪かったな。大人げなかったよ。ここまで案内してくれて、感謝している」


 それだけ言うと九重は、薄暗い明かりに照らされる扉を押し開けて中へと進んだ。

 扉を開いた途端、中から漏れ出る賑やかな声と光で視界と聴覚が塗りつぶされる。


「アタシも栄一郎についていくよ。アタシにはそれが一番大大事なことだから」


 アヤメは肩越しに告げると、九重を追って扉の先へと飛び込んだ。

 大河峰は苛立たしげにうなり、舌打ちする。


 余りにも馬鹿げている。何のために自分が行かなければならないのか。あのMGの少女の母親を探すために、自分が行く必要があるのか。利己的に、打算的に考えてみれば、全く持って彼らを死地へ案内する道理など見当たらない。

 だが、彼の心の中で沸々と沸き立つ九重達への反抗心とは別に、生きていく上で何かもっと大切な物として抱えてきた気持ちも、また顔を出しつつあった。


「……チッ……ああ、クソッ。きっちり借りは返してやるよ、研究所まで連れて行ってやる!どうなっても知らねえからな!」


 大河峰はそう叫ぶと、自身も九重達を追いかけようとして、走り出す。しかし力を込めた途端、怪我をした足は思うように動かず、転ぶように地面にうずくまった。


「畜生、イテェ……!」

 思わず涙目になる。自分の体が思い通りに動かないことが、どうしようもなく悔しくてたまらなかった。


「……はい」

 足を抱える大河峰に、ユリがそっと手を差し伸べる。

「怪我をしてるんだから、無理しちゃ駄目よ。さ、行きましょう。優しい人」


 満面の笑みを浮かべ、小さな手で大河峰の目尻に浮かんだ涙を拭き取った。

 大河峰は何も言わず彼女の手を取り、起こしてもらう。それから、また導かれるようにゆっくりと九重達の後を追いかけた。


 扉の先は、長い一本の廊下を挟む様に小さなテントやバラック小屋が乱立し、老若男女問わず賑やかな喧噪で満たされているアーチ状の空間だった。高い天井には真っ白な蛍光灯が一直線に連なり、暗いはずの地下を照らしている。

 地下に追いやられた彼らは、地上で見かける様な人々とは異なる荒れた風体だが、悲壮な顔など見せていない。


「ありがとな」


 その賑やかな声にかき消されるように、大河峰は小さく呟いた。ユリは「なぁに?」とスカートを翻しながら振り向くが、彼は俯いて黙ったままだった。

 ユリは向き直り、また歩き始める。しかし彼女はどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 ゆっくりと二人は歩を進める。長い一本道を、時間をかけて進んでいき、終点の大きな扉の近くまでたどり着くと、ふと九重とアヤメが待っていることに大河峰は気付いた。


「……なんだよ、そんな目で見るんじゃねえよ」


 アヤメはにっこりと笑いながら、大河峰を見つめる。九重もまた、口角を少し上げて柔らかな表情で彼を待っていた。


「しかしなんだ、地下だっていうのに随分明るいな。おまけに住んでいる人も賑やかだ」


 九重は素直に驚き、通ってきた道を振り返る。地下の住人達が住んでいる建物は粗末で、環境こそ劣悪なものの、それを苦にしている様子は皆無だった。

 九重が想像していた様な、血と汚泥にまみれ、暴虐の嵐が吹き荒れる地獄じみた光景はこれっぽっちも見当たらない。


「今はこんなに明るいがな、昔はひどかったんだぜ?それこそ俺がガキの頃の話だ。日本が滅茶苦茶になって、内戦が始まって、どこにも行く場所がない奴らが陽の当たらない地下に捨てられた。労働力にも、軍の戦力にも、それこそMGにもなれない本物のゴミ屑連中ばっかりだ」

「お前はここでずっと?」

「ああ。昔のことを良く覚えてるぜ。今でこそ俺がここを取り仕切っているが、俺が仕切る前はクソみてぇな奴らが暴れまわってた。見境なく地上に出て、奪って殺してな。……あいつらは地上の『お上品な人間様』になりたくて仕方なかった。今だって俺らは盗みもするし場合によっちゃ人を殺すさ。薄汚ねえ悪党だよ。どこに出したって恥ずかしくない札付きの真正クソ野郎ばっかりだ、今更許しも請わねえ。もう地下の住人としての生活が出来ればそれでいいんだ。地上から必要以上に奪うことはない。だが――」


 一気にまくし立てると、大河峰は俯き押し黙った。ユリに預けている方とは反対の手を握り、わなわなと震えている。

 一際強く手を握ると、彼は意を決したように沈黙を破った。


「だがな。俺らが住んでいた東京っていう、唯一青空を見れる場所までクソ軍人共に奪われるのは――クソムカ腹が立つんだよ。誰も住めねえって言って放棄した癖にな。東京に住む権利は俺らにないかもしれねえが、東京で青空を、太陽を見る義務が俺らにはあるんだ。だから――お前らに最後まで協力してやる」


 静かに、だが力強く彼は語った。その場にいる者、誰一人として口を挟むことはなかった。それだけで、大河峰にとっては十分な答えだった。


「――それじゃ、行こうか」


 アヤメは扉を押し開き、東京へと続く道を開いた。果てしない地下の暗闇がまた目の前に広がる。

 だが、未来は何故か明るい気がした。

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