第9話 Blood Lolita3

「さあて、愛しのハードボイルドはどこに潜んでいるのかしら」


  潰れかけたビルの屋上に、ユリは身を隠していた。そのビルの周りには、さらに高いビルがユリを覆い隠す様に立っており、外からはそう簡単に彼女の様子をうかがうことは出来ない。


  ユリの眼下には、人で賑わう大宮のメインストリートと、それを囲む華やかな色とりどりの光が小さく映る。荒れ果てた荒野と闇夜が広がる中、そこだけは生活の温かみが溢れていた。その様子を、ユリは羨望の眼差しで見つめる。


「ああ……この心の寂しさを埋めてくれる方は……」


  誰もいないビルの屋上で、歌うように独り言ちる。眼下に広がる街の営みの明かりは、柔らかなステージライトの様だった。

  独り街の情景に浸るユリの脳内に、アラート音が鳴り響く。彼女が張っていた通信網トラップに何者かの通信ログが引っかかったのだ。ユリは目ざとくそれを見つけると、すぐに解析を始める。


「なるほど、『栄一郎、ここは私に任せて早く逃げて!』、ね」


アヤメのボイスと、位置表示を示すデータがユリの脳内に展開される。


「それじゃあ、私の方から出向いてあげるわ、駄犬のお嬢ちゃん」


  左手のナイフの束を右手の細い指でそっとなぞる。

 アヤメに撃たれた銃弾が右肩にいつまでも食い込んでおり、銃器が使用出来なくなったがために生身の腕へと切り替えていた。


「この肩の分も返してあげるから」


  そう呟くと、ユリは街の明かりに飲み込まれるように、頭からゆっくりとビルから落ちていく。

落下していく中、ユリはビルの壁面を蹴りあげ、空中で一回転して見せる。態勢を変えたかと思うと、もう目の前は黒々とした地面だった。そこへ見事に片膝をつき、しなやかな両腕で地面を捉える。

 そしてすぐに勢いよく駆けだし、大宮の町中へと再び駆け出した。


 賑やかな街並みには目もくれず、ユリは薄暗いスラムのビル街へ一目散にかける。そして、先程アヤメに見せたように忍者の如き跳躍であっという間にビルとビルの間を跳び回り前へと進んでいった。

 風を切り、スカートとフリルに風を孕ませて夜空を飛び交う。その姿は、スラム街の住人には黒い風の様にしか見えない。

やがてアヤメの通信ログが示した位置情報の場所まで来た。そこは、先程の広場であった。


「なんだ、逃げてなかったの?」


  いささか拍子抜けした思いで、ユリは広場に降り立つ。噴水の前に、アヤメが待ち構えていた。

 アヤメは左腕を刀に変形させ、威圧的にその切っ先をユリに向ける。彼女の真紅の目には、ユリに馬鹿にされた怒りの炎が宿っていた。


「当たり前だ!ここでおまえを倒して帰る!」

「そういえば、あのハードボイルド、栄一郎って名前なのね。教えてくれてありがと」

「どういたしましてっ!」


 そう叫ぶや否や、アヤメは両脚に力を込め、ユリに切りかかった。二人の距離はあっという間に縮まり、ユリの眼前にまで迫る。

 着地する直前、ユリを真っ直ぐ捉え頭の上まで左腕を掲げる。

 そして地に着くや否や、渾身の力を込めて振り下ろした。凄まじい剣圧に、空気が揺らぐ。

  だがユリは事も無げにナイフで刀を受け止めると、僅かに傾け、白刃をそらす。一瞬、空に投げ出された刀は、次の瞬間火花を散らし硬質音を響かせてレンガ張りの地面を打った。


「このっ……!」

「馬鹿正直すぎるわ、お嬢ちゃん」


  その隙を逃さず、ユリは引っ掻くようにアヤメの首筋を狙う。疾風の如き速度で繰り出されたナイフの束を、アヤメは避けることなく左の二の腕を上げてあえて受け止めた。瞬く間に白い腕が切り裂かれ、鮮血が飛び散る。

 しかしアヤメは動じることなく、上げた左腕をくぐらせて右腕のライフルを突き出し、即座に銃撃を見舞った。


「これでも食らえっ!」


  爆炎が薄暗い広場を照らし、轟音が鳴り響く。しかしユリはぞれを見越していたのか、アヤメが右腕を構えた時には既に地面にへばりつく様に屈んでいた。

 放った弾丸は、二人の遥か後方の電燈に当たり、その真ん中に大きな風穴を開ける。


「二度も同じ様なヘマはしないわよ」


にたりと笑い、屈めていた体をバネ仕掛けの様に弾き出し、再度アヤメの首へと襲い掛かる。

「くっ!」

  体を無理やりねじり、負傷していた左腕で再度ナイフの斬撃を受け止めた。先程よりも深く食い込んだナイフがアヤメの僅かに残った痛覚を刺激する。

「~~っ!」

  涙目になりながら、アヤメはユリから逃げるように後ろへ飛び、距離を取る。彼女の二の腕の傷口は再生しようと蠢くが、流れ出る血の量が多いのか、その速度は緩慢だった。


  ユリは余裕ありげな顔で、左手をかちゃかちゃと振って見せる。先程アヤメに銃撃を受けた右肩以外にはどこもダメージを受けていない。


「あなたみたいなのろまなお嬢ちゃんじゃ、私を倒せないわ。対MG用の癖に、自慢の刀も銃もでかいだけでテクも何もありゃしない。そんなことじゃ、栄一郎さんを満足させることなんか出来ないわよ?」

「気安く栄一郎って呼ぶなドスケベ痴女ロリーターっ!」


  アヤメはユリを怒鳴りつけ、無我夢中にライフルを叩きこむ。その度に、生身の部分とライフルとの接合部分が反動で軋む。

  だがユリはけらけらと笑いながら、弾丸を避けてみせた。黒いロリータ服と真紅の髪が優雅になびき、美しく翻る。銃声を万雷の拍手に変えて、堂々と舞うのだった。


「それにあなたの格好なんて油と血生臭い機械の手足じゃない。全然美しくないわ」

  その一言に、アヤメの眉根がピクリと動く。


「……っ!見た目のことはどうだって良いだろ!」


  悔しさの入り混じった声色でアヤメは怒鳴り散らす。

 だがそんなことを意に介さず、ユリは不敵に笑う。


「私の方が――」


 そう言いかけると、ユリはぐっと全身を沈み込ませ、顔を上げてアヤメを見据える。にわかに紫色の瞳が異様な光を灯した。

 彼女の足には尋常ではない力がかけられているのだろう、ユリの足元のレンガが軋み、亀裂が走る。その異様な雰囲気に、アヤメは思わず身構える。

  次の瞬間、ユリは射出される弾丸の如く、地面を滑空する様に飛び出した。


「なっ……!」


  次にアヤメが彼女の姿を見たのは、自分の胸元に飛び込んで来た時だった。

 アヤメの左腕をナイフで抑えこみ、しなだれかかる様に抱き付いている。一瞬、二人の唇が僅かに触れ合い、唾液が一筋の糸を引く。


「私の方が栄一郎さんにお似合いよ」


  甘ったるい声がアヤメの鼓膜を揺らす。アヤメはそれに軽口で返してやろうと思う間もなく、首筋に走る鋭い痛みに脳内を支配されていた。

  ユリは接吻でもするかのようにそっとアヤメの首筋に顔を預けている。だが、ユリの唇からは細く血が流れ出ていた。


「意外と良い血をしているのね。悪くない人工血液だわ」

  アヤメは無我夢中でユリを振りほどこうとする。

 だがユリも執念深く、アヤメの体に抱き付き、首筋に食らいついたままである。アヤメは捕食者に襲われた哀れな獲物の様に、暴れまわるだけだ。


「はなれ……ろ…っ……!」

  息も絶え絶えにアヤメは鋼鉄の脚を軋ませ、思い切り空に飛び上ると、右腕を滅茶苦茶に振り回しユリの頭を打ちすえた。悪あがきじみた反撃だったが、ライフルの銃口が槍の様にユリの左目を突き刺すと、さしものユリもアヤメの体から離れた。

 空中で分かれた二人は、互いに広場の噴水を挟んで降り立つ。


「あら、酷いことをしてくれるじゃない。目が見えなくなっちゃったわ」


  閉じた左目からは際限なく血が流れ出す。だが、ユリは気にする様子もない。生身のままの右手で、流れる血を拭うと愛おしげに舐めた。

  一方のアヤメは息を切らし、立ち尽くしている。重い刀とライフルを振り回し続けた結果、体力を消耗しているのだ。アヤメの首筋につけられた噛み傷は、既に再生を始めている。だが、ユリの動きについていくだけの気力は回復していない。


「もう動けないのかしら?田舎娘の癖に、体力無いのね。……あら?」

  嘲笑うように笑みを浮かべていたユリは、アヤメが通信回線を開いている姿に気付いた。


「栄一郎、聞こえる!?戦闘続行中、こっちに来ちゃダメ!」

「あら、あなたのご主人様とお話してるの?」


  ユリはにたりと笑うと、自分のこめかみを二度叩いた。彼女もまた、通信回線を開いたのだ。


「それじゃあ、あなたのご主人様の声を聞きましょうか。すぐに私の方からお出迎えしてあげる。解析すれば場所なんてすぐわかるのよ」


  噴水の飛沫に途切れ途切れに隠れながら、アヤメのぎくりとした顔が見える。その表情を見ただけで、ぞくぞくとした得も言われぬ感覚がユリの体を突き抜けた。


「私はね、愛しい人の声をいつだって聞いていたいの。他の誰かとこっそりやりとりしているなんて嫌よ……。だからあの人の声を聞いていいのは私だけ。あなたには聞かせない」


  彼女の脳内に広がる通信網トラップに、雑多なデータに交じって一際大きな通信データが流れ込む。そのデータには、先程九重を追跡していた時と同じタグが結ばれていた。ユリは目を細め、そのデータを一瞬で解析する。


「ああ、またあなたの声を聞かせてくれるのね――」


  恍惚の表情を浮かべ、解析されたデータをプレゼントの箱を開ける様な気分で開く。

 彼女の耳に響いたその音は――――






「――!?うああああああああああああああああああああっっっっ!!」






  突如ユリは耳を押さえ、崩れ落ちる。膝を折り、地面に転がったかと思うと悲痛な叫び声で喚いた。

 彼女の耳には、まるで金属を金属で掘削する様なギターサウンドと、鳴りやまない砲撃の如きドラム、そしてがなり立てる男の叫び声が際限なく鳴り響いていた。


「あああああああああああああぁぁぁっ!うるさいっっっ!うるさいっっ!何よこれは!」


  広場にはユリの金切り声だけが響き渡り、レンガの上をじたばたと転げまわる。彼女のロリータ服はたちまち砂埃まみれになり、薄汚く汚れた。その隙を逃さず、アヤメは噴水を飛び越え、一気に肉薄する。

 そして倒れ伏すユリの間近に着地すると共に、大声をあげて左腕の刀を思いっきり振り下ろした。


「今度こそっ!」


  頭を抱え込んで喚いていたユリは、迫るアヤメに気付くのが一瞬遅れ、僅かに左手を掲げてガードする。

  だが勢いづいた刀は、左指のナイフを全て叩き切りガードを食い破った。直後、振り下ろした刀を反転させ、Ⅴ字を描く様に勢いよく切り上げる。


  分厚い刃は鈍く月光を照らし返したかと思うと、ユリの鋼鉄の左腕、その肘から先をもぎ取った。吹き飛ばされた腕は黒いオイルをまき散らしながら地面に投げ出され、甲高い金属音を鳴らす。


「終わりだぁっ!」

「ああぁぁっ……!」


  ユリは残った右手で耳を押さえ、半ば断ち切られた左腕を隠す様に抱え込み、地面にうずくまった。なおも彼女の悲痛な金切り声は鳴りやまない。


「ああああぁぁもうっ!うるさい!うるさいのよ!誰か止めてええええ!」


  懇願するように叫ぶ。その直後、ユリの脳内に鳴り響いていた爆撃じみた音は急に鳴りやんだ。


「止めてやったぞ。終わりだ、ユリ」


 ユリの背後には、いつの間にか九重が立っていた。拳銃をユリの後頭部に押し付け、いつでも撃てるようにトリガーに指をかけている。至近距離で弾丸を、それも頭部に食らえばMGであってもただでは済まないだろう。


「はぁっ……はぁっ……!一体何が……!?」


  焦燥し、息を荒くしながらユリは問い掛ける。九重は何も言わず、空いている左手で懐から錆びついた小さなラジオを取り出して見せた。


「それは……!?」

「ラジオさ。ただのラジオだが、こいつで拾った音楽を通信回線に飛ばし、お前に聞かせてやったんだ。音量最大にして、ハウリングもガンガンかけてな。いや、苦労したぜ。なにせハードな曲を流している電波がなかなか見つからなかったんでな。アヤメにはその間の時間稼ぎで世話かけちまった」

「本当だよ!演技をしたのなんて最後だけだし。しかも通信でお互いの状況確認できないから、自分の感覚で栄一郎のタイミングを計ったし!ギリギリだったんだから!」

アヤメは息を切らしながらも一気にまくし立てる。


「だからあの時、わざわざこの男と通信する真似なんかをしたのね……!でも通信データについていたタグはあなたの……!」

「それは簡単さ。俺の体についている通信用の装備をラジオに移し替えた。高い金払って正規の手術をしておいて良かったぜ。互換性が高いからな」

 そう言ってのける九重の脳裏には、大宮へ来る前の大河峰との会話がよぎった。心底、しっかりした装備を整えておいて良かったと安堵する。


「そんな雑な作戦で……何もかも適当なやり方で……私の動きを止めたっていうの……?」

「ああ、そうさ。世の中まともに計画立てて筋書き通りに行くことの方が少ないんだよ。覚えておきな、


 ユリの耳にはまだ雑多な音が残響し、まともなバランス感覚は戻っていなかった。おまけに両腕の武器も破壊され、九重に動きを封じられている。今この場で優位な者は誰か、火を見るよりも明らかだった。


「私の……負けなのね……」

観念したかのようにユリは小さく呟く。

「そうだな。お前の負けだ。だから……一緒に来てもらうぞ」

  そう言うと、九重はユリに押し付けていた拳銃をあっさり引っ込めた。驚いたのはアヤメだ。


「ちょっと!?何をやってるのさ!この痴女痴女マンを仕留めるんじゃなかったの!?」

「そのつもりだったんだがな、少し考えを改めたんだ。……なあユリ、お前もともとは軍属だったが部隊からはぐれて人格を取り戻したMGなんだろう?」

「……そうだけど、どうしてそれを……」

「このアヤメも同じなんだ。気が付いたら人間でいた時の人格を取り戻して、訳あって俺と一緒に行動している」


 九重は拳銃を腰のベルトに収め、倒れ伏すユリの顔の傍まで姿勢を低める。アヤメは「危ないって!」と何度も諌めるが、九重はさほど気にせず話しかけ続けた。


「その訳なんだがな、アヤメの母親を探しているんだ。お前も何か、探しているものでもあったりするんじゃないのか?」

  ユリに話しかけ続ける姿に、アヤメは呆れてものも言えなかった。いつユリが彼に飛び掛かるか知れたものではない。だから警戒心を解くことなく、九重に代わって刀をユリに向け続けた。


「私を……愛してくれる人を……探してさまよっていた、ってとこかしらね……うふふ。もう父も母も居ないの。だから私は、私と一緒に居てくれる人を……探していたのよ」

  ゆっくりと言葉を探しながら、しかし寂しげに呟く。その言葉に、九重は微笑んだ。


「それじゃあ決まりだな。一緒に来い。お前の運命の人が見つかるかもしれんだろう」

「栄一郎!何馬鹿なこと言ってんの!こいつはさっきまで私たちを殺そうとしてたんだよ!」

「確かにそうだ。だがもう、こいつには戦闘能力はほとんど残されていないだろう。さしものMGだって、腕が吹っ飛んじまえば再生は出来ない」

「でも……!」

「何よりも、だ。アヤメと同じ、人格を取り戻したMGなんて恐らくそうはいまい。話せばわかる相手だ、なんて言うつもりなんざ無いが、お前とてユリと一緒に居れば何か得られるものがあるはずだ」


  九重に諭されるアヤメだが、未だに刀はユリの方へ切っ先を向けたままだ。

「……私がこいつを殺すかもしれないよ。その前にこいつが栄一郎を襲うかもしれない」


  忠告するように言った後、アヤメは九重の顔とユリの顔とを交互に見比べる。

しばし誰も口を開くことは無く、沈黙が彼らを包んだ。

  まだアヤメの胸中には、疑念が渦巻いていた。今ここで、このゴスロリ痴女を信用して仲間に引き入れて良いのか。いつか寝首をかかれるのではないか。それだけが心配だった。


 沈黙を破ったのはユリだった。

「私も……私以外の明確な意思を持っているMGなんて見たことないわ。だから……一緒に行かせてくれないかしら」


  その一言に、アヤメは目を見開き、ユリを睨みつける。ユリは荒い息をつきながら、にこりと微笑んだ。


「そんなに怖い顔をしないでよ……。あなたに酷いこと言ったのは謝るわ。それに、負けたのにそれを覆そうなんて惨めな真似、レディはしないのよ。だから一緒に連れて行ってもらう代わりに、私の武装を全部解除してくれるかしら」

「あんた本気……?」

「左腕は生身以外無くなっちゃったから、壊れかけた右腕のショットガンね。あとは脚部の強化スプリングとギアも外してもらおうかしら。そうすれば、馬鹿げた脚力なんて無くなるわよ。前線戦闘馬鹿のお嬢ちゃんなら、手術用のキットで出来るんじゃないの?」

「アヤメだ!あと馬鹿は余計だ!」

「あら失礼。それで、治療は出来るのかしら?」

「……まあ、出来るけど」

「そうそう、アヤメ。それじゃあ、今お願いするわ」


  ユリは地面に大の字に寝転がると、右腕の袖をまくって変形させた。抵抗する素振りなど、微塵も感じさせない。

「……本当にいいの?」

  アヤメは怪訝な顔で問い掛ける。ユリは笑顔でうなずき返すと、一つ大きな深呼吸をした。


「いいのよ。レディに余計な重荷なんていらなかったのよ、きっと。この体一つあればそれで十分。綺麗な体になって、運命の人に出会わないとね」

「……栄一郎には触れさせないぞ」

「あはは、大丈夫よ。未練がましく同じ男に付き纏わないわ。それに、あなたたち二人の方が相性良いみたいだしね」


  その一言にアヤメの顔が真っ赤になる。しかしその理由は、今の彼女には分からない。九重と初めて会った時と同じ様に、分厚い霧が心の中に渦巻くだけだ。

 困惑したアヤメは、そろりと九重の方へと振り向く。彼もまた、顔をそらしていた。


「相性が良いとか言われても、アタシあんまり分かんないよ……」

「あらそうなの?やっぱり子供なのね。あなたみたいに訳も無く相手を慕うのは、一目惚れって奴なのかしら。でも案外、一目惚れには気づかないだけで立派な理由があるかもしれないわよ?」

「理由?」

  訊ねたのは九重だった。


「そう、理由。例えば、相手の遺伝子と自分の遺伝子とが共鳴し合うだとか、前世で恋人同士だったとか。そういうのを、運命って呼ぶのかしらね」


 くすくすとユリは笑って見せた。アヤメと大して見た目は変わらないのに、随分ませたことを言うものだな、と九重は思った。

 九重もまた、自分がアヤメに対して抱いている奇妙な感情の正体も、その根源も、未だはっきりとしていなかったし、しかしそれがアヤメに協力してやる理由の一つになっているとは薄々気づいていた。

  だが、ユリの言うように意外と『運命』なんて言われるところに答えがあるのかもしれないと思うと、何となく気が楽になった。


「さ、おしゃべりはこの辺にして、装備を外してもらえないかしら?アヤメちゃん」

「……分かった」


  アヤメは刀を二の腕に収め、医療用マニュピレーターを出現させた。無数の小さなメスが、ゆっくりと伸び上がり、ロボットダンスじみた動きを見せる。それをユリの体に近づけると、静かに手術が始まった。甲高い駆動音が静かな広場に響く。


  ユリは満足げな笑顔を見せながら、煌めく夜空を見つめている。

 幼い少女とまるで変わらない姿が、そこにあった。

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