第6話 What am I to you
「栄一郎、準備そろそろ終わるよ」
夏の日差しの中、アヤメは右の二の腕に開いた装填口に左腕の医療用マニュピレーターを使い、器用な手つきで弾丸を込めている。九重はそれを手伝う傍ら、大宮へと向かう荷物の最終確認をしていた。
途中で物資の補給や調達をしていればそれだけで時間を喰う。それが原因で依頼を達成出来なかったら目も当てられない。故に、必要な物資の数やその稼働状況には特に念入りに確認するのだった。
「おう、こっちも大体OKだ。そうだアヤメ、これを」
九重は荷物をバックパックにしまい込みながら、昨晩書いたメモをアヤメに渡す。
「これが今回のターゲット?」
「ああそうだ。チンケな悪党だ。……今回は俺がやる」
「えっ。大丈夫なの?怖くない?問題ない?」
アヤメは矢継ぎ早に不安の声を上げる。九重は不満げにため息をついた。
――太田の様な薄汚い悪党で、アヤメの手を汚したくなかったからだった。九重の父親としての、かつての誇りがそう思わせた。
「俺はガキじゃないんだ、お前に心配される筋合いはない」
そう言い放ちながら錆びついた小さなラジオを詰め込み、口を閉める。
バックパックを担ぎいざ出発しようとした時、大河峰がよろめきながらテントから出てきた。テント内は暑かったのか、滝のような汗をかいている。
「おう、しっかり太田を潰してきてくれよ。……ところでそのMGにはちゃんとターゲットを伝えてあんのか?」
「うん、栄一郎に教えてもらったよ。あと、アタシはアヤメだっての。覚えてよ」
不満げに頬を膨らませながら、アヤメはひらひらとメモ用紙をはためかせて見せる。それを見て大河峰は不思議そうな顔をすると、二人に尋ねた。
「なんだ、脳直結でもして直接教えてやればいいじゃねえか。なんでわざわざ面倒なことを?」
「……アヤメの脳はMGとして利用されていた頃に、散々投薬やら洗脳やらインプラント手術やらで強い負荷がかかっている。もうそっとしておいてやりたいんだ。今ですら戦闘プロトコルだのなんだのが走っているしな。ついでに言うと、アヤメの脳直結手術をしてくれる医者がどこにいるんだ、っていう話だ」
九重は面倒くさげに答えてやると、一つ大きな欠伸をした。吸い込む空気はいつもより乾いており、それが九重を咳き込ませた。
「アタシはMGだし、生半可な医者じゃもう頭は弄れないんだよ。軍属の医者で、MGを専門に見れる人だったら大丈夫なんだろうけど。まあでも、足りない分はどうとでも補えるさ」
そう笑いながら言うと、これ見よがしにスカートをまくって、鋼鉄の足を見せつける。
大河峰は「趣味悪いぜ」と顔をしかめて吐き捨てると、のろのろとテントに戻った。
「それじゃあ行ってくるよ!」
アヤメはわざと明るくそう告げると、ぱたぱたと道路に飛び出していった。遅れて九重も、ゆっくりと歩を進める。
人の気配のない廃墟群を、二人は進んだ。乏しい資源も無く、集落からも遠いこの辺りに人影は滅多にない。
すっかり原型をなくしたビルや、焼け落ちて朽ちた家屋を足場にして飛ぶようにアヤメは進む。ロングスカートから覗く、彼女のするどい鉄の両脚は、どんなに悪い足場でもしっかりと押さえ付け、勢いよく飛び上がるのに役立っていた。
アヤメは随分と先へ一人で進んだ後、もう動かなくなった信号機や壊れた看板の上へ飛び上がって、周囲を見渡す。索敵のためだ。
九重と距離が離れた時は、いつもそうやって高い場所に止まって彼が来るのを待つのだった。
しばらくして信号機の真下辺りまでやって来た九重を確認すると、アヤメは彼の傍へ降りたって一緒に歩き始めた。他愛の無い会話を交わしながら進んでいく。
時折、建物の合間から乾いた砂埃を巻き上げ、突風が彼らを巻き込む。だが二人は歩みを止めることはない。
しばらく歩き続けていく内、ふとアヤメは尋ねた。
「そういえばさ、栄一郎。今日はそもそもどこへ行くの?」
九重はあっ、と小さく声を上げると、オールバックの髪をくしゃり握りつぶす。
「あー、言ってなかったか。今日は大宮に行くんだ」
「大宮?いいね、私まだ行ったことないや」
二人は穴だらけになった、道なき道をただひたすらに歩き続けた。
大宮の集落に着いたのは、日がすっかり地平線に隠れた頃だった。幸いにも、道中襲われることも道に迷うことも無く辿り着けた。
埼玉の自治集落、大宮は、二十年前の異常気象や何度か起きた内戦を乗り越え、今なお現存する街である。今や関東圏で人が住める場所の中では、最大の街だった。
街は戦火の傷跡を残しつつも、活気を見せている。道路の穴は雑だが舗装されており、その脇にはいろんな店が軒を並べ、色とりどりの明かりをつけている。
それらを物見遊山でもするかのように、大勢の人でごった返していた。人と、電気と、露店から流れてくる色んな音楽や匂い。混沌とした街だが、不思議と気力の湧いてくる、そんな雰囲気だった。
一際賑やかなメインストリートの入り口まで来た二人は、まるで手をつなぐ親子そのものであった。
こんな平和な大宮の町中にMGが居ると知れたら大騒ぎになるだろう。
故にアヤメは大きな白いカーディガンと青いフレアスカートを着用して、歪な四肢を隠していた。九重は彼女の袖を、手でも握るかのように掴んでいた。
そんな彼らに、清潔な服を着た呼び込み役が試食や店の紹介をしようとしきりに声をかけてくる。九重が小さく片手を上げ、断りを示すと彼らは笑顔でまた別の客に声をかけ始めた。
「さて、飯の一つでも食べたいところだが、俺はターゲットを張らねばならん。アヤメ、あとは通信で頼む」
「えー。ご飯食べないのー?アタシ、お腹すいたんだけど」
アヤメは「ぶー」と口を尖らせた。
「お前、飯食わなくても点滴で動けるだろう。俺だってここ数日まともな食事を喰った覚えがないんだぞ。それに金も無いしな」
「分かった……。けど栄一郎、本当の本当に一人で大丈夫?アタシ、心配なんだけど」
「だから大丈夫だって言ってるだろ。俺だって野盗連中なら何度も追っ払ってるんだから。それじゃあ、あとはバックアップを頼む」
少し苛立たしげにそう言い放ち、九重はアヤメと別れようとする。
だがその瞬間、町の外れで甲高い銃声が鳴り響いた。
(ぶっ殺す!殺すんだよ、絶対に殺すっつってんだ!!)
次いで、金切り声のような男の怒号と新たな銃声。
賑やかだった大宮のメインストリートに一瞬、動揺とざわめきが溢れる。
「……なんだ?ただごとじゃないみたいだが」
九重は腰に収めていた拳銃に手をかける。
しかしすぐ横で呼び込みをしていた売り子の女が、溜息交じりに話しかけてきた。
「ああ、大したことじゃないから慌てないでよお客さん。最近よくあるんだ、こういう乱闘騒ぎが」
九重達が聞き返す間もなく、彼女は続ける。
「東日本軍の連中がこの辺りで幅を利かせるようになってからだねぇ。皆不満なのさ。今じゃ毎晩こんな調子でね。おかげで軍はその後処理に追われて、その間に悪党どもが盗みだのなんだのをするのさ。全く、世も末だよ」
売り子は疲れた表情でぼやいた。
「お嬢ちゃんも勝手に1人で出歩いたらしたら駄目だよ?怖い人たちはいーっぱいいるんだし、それこそMGにされちゃうかもしれないんだから。おお、怖い怖い」
「……おばさん、やっぱりMGって怖いのかな……」
アヤメは喧騒にかき消されそうな声で呟く。彼女の表情は、暗く沈んでいた。
「えっ?なぁに、お嬢ちゃん?」
「……ううん、何でもないよ」
「そうかい?とにかくね、夜1人で出歩いたりしたら駄目だよ?お父さんと一緒に居るからまだ平気なものの、いつ何が起こるかわかりゃしないんだから」
「えっ……お、おと……!?……アタシは1人でも平気だよ!もう子供じゃないし!」
不意に親子扱いされて驚いたのか、アヤメはパッと顔を上げると大げさに両手を振って見せる。
だがその瞬間、カーディガンの袖から彼女の歪んだ四肢がちらりと売り子の目に映ってしまった。
「あらま……?お嬢ちゃん、その腕どうしたんだい?何か怪我でも――」
「ああ、いえその、これは……娘は昔怪我をしてしまいましてな、その、義肢に変えているんです」
九重は慌てて、売り子とアヤメの間に立ち塞がる。
「確かに今晩は治安が良くなさそうだ。私たち親子はこの辺りでお暇しますよ。それでは、失礼」
そう言うと、九重はアヤメの袖を掴んで逃げるように立ち去った。
メインストリートから少し離れた場所までやって来た二人は、辺りをきょろきょろと見まわす。
丁度ビルの合間に隠れる様になっているそこには、人が来る気配は無さそうだった。
「ふう……危なかったな」
「そ、その……栄一郎、ゴメン……」
アヤメはうつむきながらしおらしく呟いた。
「アタシのせいで……栄一郎に迷惑かけちゃうところだった……」
「……大丈夫だ、安心しろ。誰も気づいちゃいないさ。仕事が終ったら、もっと大きな服を見繕うよ」
そう言うと九重は安心させるように微笑みかける。
だが、アヤメの胸中には悶々とした感情が渦巻いていた。
――アタシは他の皆と同じ様に外を出歩けないのかな?誰かの目を気にして生きないといけないのかな?
――もしアタシが普通の女の子と同じだったら、こんな暑い日に長袖なんか着ないで好きな服を着れたのかな?
――アタシがこんな格好だから。アタシが人間じゃないから。アタシがただのMGだから。アタシが人殺しの機械で化け物だから。
――だから栄一郎に迷惑をかけちゃうのかな?
「……おい、アヤメ。どうした?」
九重はアヤメの目の前で手を振った。
「あっ……ごめん、何でもないよ。それよりお仕事、ちゃんとしないとね」
「……ああ、そうだな」
二人は再度今回の依頼のターゲットの情報を確認すると、またメインストリートへと向かって歩き出した。
眩い明かりに照らされた大通りは、先程の動揺はどこへやら、最初に見た時と同じ様に喧騒に包まれている。
「それじゃあここからは別行動だ。何かあったら連絡をくれよ」
「……うん」
九重は掴んでいたカーディガンの袖を離し、目的地へと歩いてゆく。
「ねえ、栄一郎……」
か細い声で、アヤメは呼びかける。
「本当に……本当に一人で、大丈夫かな……?」
「……大丈夫だ。俺を信じろ」
振り向かずにそれだけ告げると、九重はまた歩きだす。
アヤメはしばらく彼の後姿を目で追っていたが、人ごみの中に紛れて見えなくなったのを見届けると、自身も踵を返し町の外れへと向かった。
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