Encounter a BLOOD LOLITA in Ohmiya
第5話 Mission
「――それで、あんたとアヤメは一緒に行動するようになったって訳か」
「ああ。彼女の母親を探すためにな。もちろんこの一年の間はその傍ら、生きるために廃墟を漁ったり、この辺の野党を追い払って報酬を貰ったりして、何とか生活してきた。東と西の軍、両方の連中と戦ったこともあるぜ。おかげで俺らは半分お尋ね者みたいなもんさ」
外は日も落ちかけた頃で、薄暗い水色の闇に包まれつつあった。
オレンジ色の豆電球が小さいテントの中を照らす。
室内はおぼろげな光に浮かぶ紫煙で充満していた。九重はすっかり短くなった煙草を愛おしそうに、勿体付けて吸っている。煙草を分けてもらった大河峰は、好みの風味ではなかったのか、手早く吸って灰皿に投げ捨てた。
「どうでもいい話かもしれねぇけどよ、結局あんたがアヤメに対して感じた直感って奴は何だったんだよ」
テント内に漂う煙を手で払いながら大河峰は尋ねた。
「分からん。ただ、一年近く一緒に過ごして思うのは、家族の面影を感じたって所か。とりわけ、嫁さんのな」
「嫁だって?おいおい、あんた馬鹿じゃないのか?相手はMGで、しかもガキだぜ?変態趣味の上にロリコン野郎かよ!」
煙に咳き込みながら、大河峰はゲラゲラと笑う。しかし九重の表情は真剣そのものだった。
「一緒に暮らしていて、アヤメに東京はどんな所だったんだ、って聞いたことがある。あいつは東京出身らしいからな。そしたら『いつも賑やかで、皆が笑顔と自信に溢れていて、皆が助け合う街』だった、なんて答えたんだよ。アヤメが生まれた頃の東京ってのは、もうぼろぼろだろう?なのに嬉しそうに答えてた。俺の嫁さんも同じようなこと言ってたんだ。まあ、嫁さんの場合は――少し寂しそうだったがな」
そう静かに呟く九重の脳裏には、かつて家族で貧しくも幸せに暮らしていた日々の情景がよぎる。同時に、1年前のあの日、何も出来ず家族を失った情景も今なお九重を苦しめるのだった。
フィルターぎりぎりまで吸った煙草を灰皿に押し付け、火を消しながらゆっくりと紫煙を吐き出す。漂う煙に、大河峰は顔を曇らせた。
「まだ娘の面影がある、って言った方がマシな気がするぜ。良い年したおっさんが赤の他人のガキ相手に恋愛じみた感情だなんてどうかしてる。大体あんた、自分の家族の弔いだってしてねえんだろう?」
「……まあ、な。内戦がしばらく続いて、俺の家の辺りには全く近寄れなかった。内戦が落ち着いた頃一度行ってみたが、我が家の痕跡なんて燃え尽きてこれっぽっちも残っていなかったよ」
「だったら、軍人共にやり返してやりゃあいいじゃねえか」
「現実問題、俺は今やただの流れ者さ。義憤だけで戦える相手じゃあない」
「リアリストなんだか冷たいんだか……ところで九重、って言ったか。あんたに研究所へ行く道を教えてやってもいいんだが……一つ頼みがある」
「なんだ」
「殺しの依頼を受けてほしい。そうすりゃ無事にお望みの場所までご招待させて頂く」
「分かった」
九重はその短いやり取りだけで快諾すると、すぐに立ち上がりベッド脇に投げられていた拳銃やナイフの類、バックパックや防塵装備をまとめ始めた。
驚いたのは大河峰だ。余りにもあっさりと了承されたものだから逆に面喰ってしまい、次の言葉が中々出てこなかった。
彼は少しどもりながら、何とか声を絞り出す。
「ちょちょ、ちょ、待てよおい。依頼を受けてくれるのはありがたいんだが、普通は色々聞くもんじゃねえのか?どんな奴が標的か、とかどこにいるのか、とかいつまでにやればいいのか、とか。あんた本当に戦争起きる前に会社勤めしてたのか?」
「どんな依頼であろうと受けなければMG研究所に行けないのだろう?なら聞く前から準備しておいて損はない。余計な時間を省く、それが会社勤めで学んだことだ」
「なるほどな……」
大河峰は素直に感嘆した。
彼の考え方もだが、何よりもその行動の速さに、である。
なるほどこの荒地で、一年間フリーで生き抜いてきただけはある、と思った。僅かな時間しか九重と接していないが、少なくとも彼が目標を達するために、ちょっとやそっとのことで躊躇することはなさそうだと確信した。
「じゃあ準備しながらでいいから聞いてくれ。ターゲットは東日本陣営のお偉いさんだ。太田とかいう奴だ。こいつが東京を根城にしている俺の組の締め付けを最近強化している。おかげでまともにシノギも出来やしねえ。だから消してほしい。今から詳しい情報を渡す」
大河峰はコートの袖から細いLANケーブルを抜き出すと、九重の側頭部に挿入するよう促す。九重は一瞬渋い顔を見せてためらった。
「安心しろ、ウィルス流し込もうなんざ考えてねえ」
大河峰は気取った風に笑って見せた。九重はすぐに引き抜いて接続を切れる様に身構えながらケーブルを受け取ると、ゆっくりと髪の毛をかき分け、側頭部に穿たれた接続口に差し込んだ。
その瞬間、光の波が九重の脳内に駆け巡り、瞬く間に知らない記憶が動画を早送りするように眼前に広がる。
自分のものではないという確信がありながらも、その記憶に自身の経験としての奇妙な既視感を覚えた。
九重は何度も顔をしかめながら、頭の周りをぐるぐると回る光の波とデジャヴに耐える。やがてその波の押し寄せる間隔が広がるにつれ、彼の脳内は意識せずとも整理され始めた。
「くそっ、久しぶりに脳直結で情報の受け渡しをしたが……大河峰お前、まともな手術でケーブル繋いでる訳じゃないな。随分質の悪い通信だ」
「当たり前だ。俺みたいな流れ者が、どこから大金もってきてまともな手術を受けられるってんだ?」
「しっかり正規の手術をしておいた方が良いと思うがな。トーク用の通信にしろ、今みたいな情報移送にしろな。正規規格の方が、機材の互換性が高い。それだけやれることは増えるんだぜ?俺みたいなフリーランスには必需品だ」
「自分の代わりに、ラジオや他人に話をさせて遊ぶいたずらしか思いつかないがね」
悪びれもせず、それどころか呆れた素振りで大河峰は苦笑いして見せた。九重の視界にはまだいくつか光が散らばって点滅している。
頭に刺さっていたケーブルを引き抜くと、途端にそれは収まったが、代わりに殴られたかのような痛みが頭を駆け巡った。痛がる様子を見て、大河峰はまた大笑いする。
しばらく頭を押さえていた九重は、痛みが引くのを待ってから口を開いた。
「なるほど、こいつが太田か」
九重だけに見える網膜プロジェクターに、脂ぎった体格の良い壮年の男性が映る。髪は薄くなり、僅かに伸ばした毛でとぐろを巻くように地毛の無い部分を覆い隠しているのが印象的だ。
身体的特徴の他にも、パーソナルデータも羅列されている。九重の目が空を追うと、文字データも視線に合わせて流れた。
「……何だ、こいつロリコンか」
「ああ、そうだ」
「手当たり次第、集落に検査だ何だと因縁をつけ、略奪を繰り返したり少女に手を付けたりする、か。……クソ野郎だな」
「全く持って」
見た目から性情まで、まるで絵に描いたような悪人であった。
大河峰は、少なくとも九重はこんな男に情けをかけることは無いだろう、と思いながらも訊ねてみる。
「なあ九重。あんたこいつを殺すわけだけど、躊躇したりはしないのかい?そりゃあクソ野郎でロリコンだが、殺していいのか、って疑問に思ったりは」
「しないね」
間髪入れずに九重は答えた。
「ほう。そりゃまたどうして?」
「殺す奴に善人も悪人も無い。依頼を受けた以上はそんなものは考えない。ただ――1年前の俺だったら、人殺しなんざ絶対しなかっただろうよ。なりふり構わず、生きることに固執している今とは違ったからな」
九重は腰に結んだ革のベルトに、拳銃を押し込みながら答える。彼の表情は流暢に答える割にどこかぎこちなかった。
「戦争が私を変えました、って奴だな。全く戦争ってのは罪深い」
「何が言いたい?」
「いや別に。俺は太田を殺してくれればそれで満足さ。依頼をする、依頼を達成してもらう。それで終わりさ」
「そうだな」
「つまりさ、生きるために生きて、何が悪いって話だよ。誰だって、殺されるために生きてんじゃねえのは分かってんだ。だから皆、必死になって生きようとすんのさ、周りを出し抜いてな。この太田だってそうだし、俺だってそうだ。おっさんだってそうだろう?」
怪我の調子が落ち着いてきたのか、大河峰は饒舌になっていった。それを生返事で返しながら、九重は黙々と準備を進める。
「そこに小難しい理屈や理論で誤魔化し効かせようってすんのが間違いなのさ。生きるか死ぬか。こんな時代だ、それだけ考えてやっていれば何の問題もないってのに。あんたの言う、直感って奴に従っていればいいんだ」
「ああ、全く持ってその通りだな」
あらかた準備を終えた九重は、網膜に映った情報を次々に流し読みしていく。
その中に、太田のスケジュール表が映った。数か月先までの予定が書かれているが、直近では明日の夜、旧埼玉エリアの大宮へ監査に来ると書かれている。
「大宮に明日来るのか。ここからなら近いな。こんな情報、一体どこで?」
「さあな。俺だってまともな稼業してねえんだ、察してくれよ」
ベッドに寝そべりながら、大河峰は不遜な態度で答える。怪我で気が弱かったのはどこに行ったのやら、すっかり調子を取り戻していた。
「……よし」
右目を二度まばたきさせ、網膜に浮かんでいた情報ウィンドウを消す。そして胸ポケットからすっかりよれた黒い手帳を取り出すと、彼はターゲットの名前や身体的特徴を書き込んだ。ひとしきり書き終えると、そのページを丁寧に根元から破き、テントの外にいるアヤメに声をかけた。
「アヤメ!仕事だ!」
だが返事は無い。何度か声をかけたが返事がないので、九重はテントから出た。
外はもうすっかり夜の帳に包まれており、生暖かい風が時折吹きつけてくる。空の上では三日月と無数の星が雲に遮られることなく青い夜空に爛々と踊り、ビルの谷間に白い光を零していた。
九重のすぐ目の前で、机に突っ伏して寝ているアヤメの姿が月明かりに照らし出されていた。
「……なんだ、寝てるのか」
外でラジオを聴きながら見張り番をしていて、そのまま寝てしまったらしい。ラジオからは、未だにか細くスウィングが流れ続けている。
揺すり起こすが反応は無い。小さく静かな寝息を立てている他には、たまにむにゃむにゃと声を漏らすのみである。四肢を隠して眠るその姿は、無防備な程に純真無垢な少女そのものだった。
九重はラジオを切ってからアヤメをそっと抱きかかえると、テントの方へ向き直った。少女の見た目にそぐわぬ重さと、がちゃりと鳴る金属音が、彼女が人とかけ離れた存在であることを物語る。
九重は全身に力を込め、テントの床に備え付けられているマットレスにアヤメを運ぶと、そっと寝かせてやる。それから毛布を掛け、天井にぶら下がる豆電球を消した。
「大河峰、怪我人のお前には一番良いベッドで寝させてやる。それから、俺らは明日の昼前にはここを出て埼玉に向かうから、後は宜しく頼んだ」
「宜しくって、こんな小悪党が何をどう宜しくすればいいんだよ?」
「留守番だよ。その怪我じゃどこかに行くのも難しいだろうし、ここに居つかせてやるって言ってるんだ」
大河峰は思わず「はぁ?」と驚き聞き返してしまった。
はっきりとした身元も分からぬ、怪しい悪党を自分の住処に居つかせる馬鹿がいるとは思わなかったからだ。
電球が切られたテントの中が暗闇で満たされる。唯一、入り口の隙間から漏れ出る月明かりだけが、うっすらと光の筋を見せてくれていた。
「あんた、いくら俺が怪我人だからって、ここに居つかせるなんて正気か?もしかしたらここにあるもんかっぱらって、這いずって逃げ出すかもしれねえんだぜ?」
「そんな奴がわざわざ殺しの依頼を頼むのか?」
「そりゃあ、頼むだけ頼んであとは逃げ出すかもしれねえだろう」
「それは俺も同じだな。依頼を受けるだけ受けて、何にもせずに適当に帰ってくるかもしれん。依頼は達成しました、って口だけ言ってな。まあ俺の場合はしっかり証拠も持ってくるが。大体、わざわざそんなことを言う奴が逃げ出すのも変だろう」
「それはそうかもしれねえが」
「とにかく、仮にお前が逃げ出しても何とかなると踏んでいるし、何より逃げないだろうと思っているからお前をここに居つかせてやる、って言ってるんだ」
「随分お人好しなことで……」
そう言い捨てると、大河峰は薄い毛布を頭までかぶってそれっきり口を閉じた。
やがてテントの中を静寂が支配する。今日は廃墟漁りや、この辺りを荒らす野盗共の小競り合いの音も聞こえない、静かな夜だ。
九重は地面の上へ直に敷いた自分のコートの上で寝返りを打つ。薄手のコートを敷いただけのものだから、固い地面の感触が直に体に伝わる。全くもって快眠が得られそうな環境ではなかった。
枕代わりにしているぼろきれのタオルの塊は、しばらく洗っていないものだからオイルの臭いや土埃の臭いが充満している。最悪の寝心地だ。
何とか体を寝付かせようとするが、しばらく経っても余りに眠れないので思わず体を起こす。煙草でも吸おうかと思ったが、夜に下手に目立つことをしても面倒だと思い、やめた。
ぼぅっとコートの上に座っていると、アヤメの寝息が良く聞こえてきた。長い髪をマットレスの上に投げ出し、すやすやと眠っている。
ここ最近は仕事で忙しく、体をきれいに洗うことも中々出来なかったが、今日ようやくアヤメだけは体をきれいにすることが出来た。
九重は彼女をしばらく見つめていたが、アヤメが寝返りを打った際に掛布団からはみ出したのでそれをかけてやった。それから、自分もまた硬いコンクリートの上に寝転がるのだった。
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