第4話 My Wish
「うう……」
「あ、起きた?具合は大丈夫?」
身を焦がす位に熱い陽光を浴び、俺は目を開けた。滲む視界には、覗き込むように見ているMGの少女と青空が広がっている。先程とさして変わらぬ風景だ。
「あなた、二日間も寝てたんだよ。どう、体は痛くない?」
「そんなに寝てたのか……?」
「うん。寝てる間に、簡単な医療処置だけさせてもらったけど。MG用のキットだけど、人間に使っても問題ないはずだから。ネクロメタルが配合されてるから、すぐに傷口は塞がるよ」
少女は笑いながら「若干あなたの体は人間離れする様なものだけどね」と言うと、左腕のマニュピレーターを動かし、俺の体を見る様にジェスチャーして見せる。目を下ろすと、生傷だらけだった手足にはきれいに包帯が巻かれており、僅かな血も滲んでいなかった。
「君が……治してくれたのか」
「うん」
「そうか……」
横になっていた体を起こすと、鈍い痛みが体中を駆け巡り、思わずうめき声をあげる。だがずっと眠っていたおかげで、幾らかは体を動かせるようになっていた。
「無理はしないで。まだ完治したわけじゃないんだ。もう少し横になっていた方が良いよ」
「ああ、そうするよ」
「そうだ、自己紹介が遅れたね。初めまして、アタシはアヤメ。モディファイ・ガールだよ。二年前、アタシが一五歳の時にMGになったんだ」
「きみはやっぱりあのモディファイ・ガールなのか……?」
「そう。私みたいなのは、両腕両足をそのまんま武器に置き換えて、とにかく戦闘で敵を倒すのがお仕事なの。ホントはもうちょっと可愛らしい見た目にして欲しかったけど」
年端もいかないMGの少女、アヤメは、にっこりと笑い掛けながら左腕を俺の方へと差し出した。血濡れの機械と化したマニュピレーターを差し出され、思わず俺は身構える。そんな様子を見て、アヤメは苦笑いしてみせた。
「そうだよね。こんな化け物がなんで気安く話しかけてんだよ、って話だよね」
「……いや、その……」
赤い瞳に悲しい光を湛え、アヤメは少し俯く。彼女は、自分がどういう目で見られているのか嫌と言うほど知っているようだった。
「無理もないよ。アタシだってはじめは驚いたんだ。……アタシは元々東日本軍のMGだったの。でも所属していた部隊が壊滅して私ははぐれものに。その結果がこういうことになったの」
「すまない、つまり……」
「ええと。アタシ達MGってのは戦闘用に人格調整されているって知ってる?」
「ああ、聞いたことはあるけど」
「そっか。それなら話は早いかな。普通は洗脳や薬とかで継続して人格調整するんだけど……部隊からはぐれてからずいぶん時間が経っちゃったんだ。だから元の人間だった頃の人格に戻っちゃったの。もちろん、完璧に戻った訳じゃないかもだけど」
「……本当か?本当にそんなことが……」
「あるんだよ」
アヤメは肩をすくめてみせる。
「もう部隊とはぐれてどれくらいの時間が経ったのか分からない。一昨日あの場にいたのも、単純にうろついていたからなの。いや、目的無しでうろついていた訳じゃないんだけど――」
「目的?」
「ああ、うん、目的。それより」
俺は彼女の目的について問い掛けたが、それは遮られた。
アヤメは申し訳なさそうな顔をすると、伏し目がちに話し始める。
「あの時、あなたを助けたけど。あなたの家族を助けられなかったのはどうしようもなかったにせよ、悪いと思ってる。あの時色々言ってここに連れてきたけど、あなたにとって最善の選択かどうかも考えずに連れてきてしまった。恨まれたって仕方がない。だから」
彼女は差し出していたマニュピレーターを下げたかと思うと、あっという間に左腕を歪な刀に変形させて見せた。
その刀剣の付け根から小さな駆動音が響き、黒いオイルが零れ落ちる。すると、左腕に生えていた刀が抜け落ちた。アヤメはそれを、右腕のライフルの銃身を使って俺の方へ押し出す。
「アタシはあなたに殺されても仕方がない」
アヤメは淡々とそう言い放った。表情は無表情そのものだったが、彼女の瞳は達観した光を湛えていた。
俺は彼女の顔から目をそらし、その歪な刀を見つめる。赤錆びたそれは、刃の部分だけ綺麗に研がれていた。
それを見つめていると、脳裏に我が家の燃え尽きた光景がありありと浮かび上がってくる。
そしてそれを目の前にして何も出来ない自分の姿も。何も出来ぬまま、そこから引き剥がされる情けない自分の姿も。
それらが走馬灯のように駆け巡る度に、胸が苦しくなる。
地面に落ちたそれを拾い上げ、またアヤメの顔を見つめる。アヤメの表情は変わらぬままだったが、僅かに唇をきゅっと固く結んだ。
俺は大きく溜息をつき、刀を足元に置き直す。
「馬鹿なことを言うな」
「……馬鹿なこと」
「ああ、馬鹿だ。どこの世界に自分の命を救ってくれた奴を殺す奴がいるんだ」
「でもアタシはMGで……人を殺すことしか――」
「そうじゃない。お前は――アヤメは、あの場で尽くせる限りのことをしたんだろう。無茶をして俺もお前も死ぬような行動はしなかった。それで十分だ。むしろ悪いのは、あの場でガキみたいに無茶苦茶なわがまま言ってた俺だ」
まるで子供に言い聞かせるようにそう言ってやると、アヤメは俯いた。
「なにより、俺はお前に礼を言わなきゃならん。……助けてくれてありがとうな」
「……うん」
「そりゃ何も出来ずに家族を失ったのは辛いさ。でもな、今更俺が言うのも変だが、実際あの時はどうしようもなかった。誰かにその気持ちをぶつけるのは論外だ。戦争が悪いって訴えること位が精々だろう。だからお前が気に病む必要はない。なにより……一五歳の時から二年経ってるから今は一七歳か、そんな子供が殺されても仕方ないなんて……二度と言わないでくれ」
「……分かった」
口ではすらすらとそう言えるものの、実際そう簡単に割り切って考えられるものではない。
だが彼女が悪いわけではないと分かっているからこそ、やけに言い聞かせるような言葉ばかりが出てくるのだった。
俯いたままのアヤメを見て、俺は包帯まみれの左手を差し出す。それを見て、アヤメはきょとんとした表情を見せた。
「握手だ。俺は九重栄一郎。よろしくな」
微笑んで見せる。アヤメは何も言わず、左腕をまた変形させ、三本指のマニュピレーターに作り変えた。金属の手を、恐る恐る差し出してくる。その震える手を、俺は自ら握りに行った。金属の無機質な冷たさと、少女の見た目にそぐわない硬質感が包帯越しに伝わる。
アヤメは一瞬、びくっと体を震わせ、おずおずと俺の顔を上目づかいで見つめてきた。
彼女の瞳を見つめ、また微笑みかける。アヤメもまた、少しだけ目じりを下げて笑ってくれた。
「そういえばアヤメの怪我は大丈夫なのか?撃たれたんじゃないのか?」
「えーっと、これ?」
アヤメは穴だらけのシャツを器用にめくって見せる。そこには白くすべすべとした肌のみがあり、疵痕など一つも残っていなかった。
「モディファイ・ガールを構成する最大の素材、ネクロメタルって知ってる?戦争で東京湾に大量に沈められた、死者の怨念が凝り固まったとか言われるオカルト臭い奴」
「それも聞いたことだけはあるが」
「私たちの体はそれで作られているんだ。ネクロメタルは鉄分を含む液体、とりわけ血液に浸されると、その時の形を記憶して固まるの。つまり体の中にある限り、骨格を模した形を記憶し続ける。だから衝撃を受けて変形しても、血液に浸っている限りすぐに元通りになるんだ。皮膚も同じ。再生医療技術の結晶って奴だね」
そう言うとアヤメは、俺の足元に転がっている刀で自分の肌を切りつけようとした。俺は慌ててやめるように諌める。流石にMGであっても、自分の娘と然程見た目の変わらぬ少女が自分の体を傷つけるのを見たくはない。
しかしMGについて一般的な知識は持っていたものの、それが現実に現れると驚くことばかりだ。
何より、世間から非人道兵器として忌避の目で見られる存在と、こうして普通に会話をしていることが信じられない。だが少なくとも、話していて彼女に悪い印象は持たなかった。
「……ところで、そもそもの疑問なんだが何で俺を助けてくれたんだ?」
ふと思い出したかのように、至極当然な質問をぶつける。彼女は困った顔をすると、 マニュピレーターを顎に当てて考え出した。
「分からないんだ」
「分からない?」
「そう。ただ、あなたを見た瞬間に、戦闘モードに入っていた思考パターンにロックがかかった。理屈でどうのこうの、って言う話じゃない。いわゆる直感ってやつ。だから、もしかしたら私の力になってくれる人なのかもって」
力になってくれる?俺が?どういうことなのだろうか。初めて会った、それもMGの少女が俺に何を見出したというのか。
MGと言う存在を目の当たりにしたのはこれが初めてだし、何よりアヤメと過去に会ったこともない。俺は軍に所属したことだってない。つまり、接点は一切ないはずなのだ。
だが彼女の言う、直感という言葉に、俺は不思議なシンパシーを覚えていた。俺自身、彼女を見た時に言葉で表せない感覚に包まれたのだから。それがどういうことだったのか、今の俺には分からない。
「それで、力になるってのは一体どういうことなんだい」
「それは……さっき私がちょっと言いかけた目的と繋がる話なんだけど」
アヤメは身を乗り出し、顔をぐっと近づける。吐息がかかりそうな距離だ。相手は年端もいかぬ少女だが、思わず俺の胸はどきりと跳ね上がった。
だがアヤメは俺の顔を見つめたきり何も言わない。どうしたら良いか分からず、ただ黙ってアヤメの顔を見つめ返す。
立ち込める熱気と共に、オイルの臭いと少女の柔らかな甘い香りが鼻をくすぐる。
ふいに彼女は立ち上がると、青空を仰ぎ見た。そよそよと吹く夏の風にあおられ、長いシルクの様な黒髪が空に泳いだ。
「アタシの母さんを一緒に探して欲しいんだ。栄一郎」
彼女はそれだけ言うと、空を見上げたまま押し黙ったのだった。
そんな彼女の姿を見て、純粋に綺麗な人だと思ってしまう自分がいる。
あれだけ酷い目にあったというのに、不意に、どこかで感じたように胸が高鳴った気がした。
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