第11話

 第二関所もシナ会の人間は一人だけだった。第一関所よりも警戒心は強かったものの、さすがに二対一だ。子供と大人の差こそあれ、なんとか制圧することができた。

『第二関所や第三関所は普段から人が訪れへんはずや。城戸くんらが現れること自体、かなり不自然やねん。できる限り存在に気付かれんうちに片付けてもうた方がええで』

「一理ある」

 第三関所が見えると、俺と糸子は一度歩くのをやめた。ここが正念場だ。これまで以上に慎重にならなければ。

 いつの間にか日が沈んでいる。空は暗い。関所には光が灯っていた。正面の小窓に幾つか影が映っているのがわかる。糸子がリュックサックから双眼鏡を取り出しレンズを覗く。

「影は、一つ……二つ……三つ……。うん、三人いるわね」

「今度はこっちが数で負けてるな」

「なによ、そのくらい。いくらでもやりようはあるわ」

 にやりと笑う糸子。その笑顔に、彼女の背負うリュックサックに何が入っているかを知っている俺は恐怖した。世も末だ。

 なんて、やり取りをしている俺たちは油断していたのかもしれない。ここは敵地のド真ん中。そんなこと、とうにわかっていたはずなのに。

「子供の遊びはこのくらいで終わらせておけ」

 背後から、そう呼びかけられるまで、俺たちは気配すら覚えることはできなかった。声は男のものだった。振り返ろうとして、右手をぐいと掴まれた。

「おっと、行儀が悪い」

 そのまま捻りあげられる。無茶苦茶痛い。やめてほしい。男は左手に警棒を持っており、右目に大きな傷があった。刀傷だ。極道映画に出てくる奴である。

「城戸くんっ!」

「予想は的中だったな。いや、おかしいとは思ってたんだ。いきなりわけのわからんダンスが町中で流行始めて、しかも滑丘の連中が協賛してダンス大会だって? 馬鹿じゃないのか。裏があるに決まっている」

 傷の男はそりゃあ強いだろうが、まだ二対一。勝ち目がないではない。しかし、問題は関所に詰めている三人だ。二対四ではどうにもならない。そこで作戦は失敗だ。彼らが駆けつけてくる前にこいつを片付けなければ。

「食らわしてやる……」

 ぼそりと呟く糸子はスタンガンを手にしていた。まさしく一撃必殺。しかし糸子が動き出す前に、男の手によって俺の体は持ち上げられてしまう。腕が痛い。

「おいおい、こいつのことはどうでも良いのか? この状態で俺へスタンガンを押し当てればこいつにまで電流が流れて」

「最悪、城戸くんは死んでも良い」

 マジで!?

「な、は? ど、どんだけ強い信念を持ってんだよ、このガキは……」

 傷の男もどん引きだ。ちょっと俺もまだ死にたくはないです。

 糸子が足を一歩踏み出すと、舌打ちして傷の男が俺の腕を解放する。

「まぁ良いさ。俺は時間稼ぎさえすれば良い。関所にはまだ三人残ってるんだ。さすがにあいつらが駆けつけてくれば諦めるだろ?」

 その通りだ。だから、時間稼ぎなどさせてはいけない。今は一刻も早くシナミゾシカの元へ辿り着かなければならないのだ。一人だけで良い。一人だけでもシナミゾシカの元へ。

「糸子走れ! 全員が集合する前に関所を抜けろ!」

「城戸くんが言わなければ私から提案してたわ! ナマステ!」

 少しも躊躇せず、糸子は関所へと走り去っていく。そう、これで良い。

 背後から届く糸子の足音を耳にし、俺は傷の男と対峙する。

「ちょっと待てよ。いやいや、向こうに三人いるっつってんだぞ。しかも、関所の扉には鍵がかかってる。鍵を持ってるのは俺だ。馬鹿かお前ら」

「別に三人を相手取る必要はない。こちらとの距離はまだ十分にあるのだから。お前と同じように、三人を足止めしておくだけで良いんだ」

 後方から爆音。糸子が手製の手榴弾を投げつけたのだろう。いや大丈夫、火薬はあまり入れられていない。大事なのは足止めだ。あの手榴弾は、破裂した瞬間に中からなめおかレッドが飛散するようにできている。口に触れた瞬間に感涙。時に失禁。糸子を止めるどころではなくなる。

「そして、鍵は破壊すれば良い」

 続いて、日本では所有を許されていない黒光りするあれの音。糸子は何度も引き金を絞っている。がいんがいんと金属音も聞こえてくる。所持だけでもアウトなのに使用まで至っては完全にアウトというか、もう糸子は表の世界に戻ってこれないんじゃないかとも思えるのだが、皆さんはいかがお思いだろうか。俺は段々と百年の恋も冷めつつあります。あぁ、鍵は無事に壊れたようで、扉が開かれた。

「な、なあ、お前ら、正気なのか? 馬鹿なガキってのはここまでするものなのかよ。一体どうしてここまで」

「あぁ、自分でもわからないな、それは。ただ、理由は一つじゃないだろうとは思う」

 なんだかんだいって我が滑丘町を俺は愛しているのかもしれないし、糸子の願いを叶えるためというのもある。はたまたシナミゾシカの境遇を哀れに思ったのかもしれないし。……まぁ、もしかしたら、あのカバの信頼に応えるため、というのも、あるのかもしれない。いや、きっとあるのだろう。不覚にも、俺の方こそあのカバを信頼している。

 閑話休題。まぁ無茶をやる理由なんて答えの出ることではないのだから、俺はやりたいようにやるだけだ。

「子供のすることなのだから許してほしい」

 俺はリュックから3号玉を取り出すと、導火線の先に火をつけた。

「な、何だそれは」

「打ち上げ花火見たことないのかお前。マジやばいな。高いんだぞ、これ」

 そして俺はボウリングの要領で玉を転がす。傷の男の方へではない。振り返り、関所の方へだ。そちらからは三人の男が駆けてくるところだったのでちょうど良い。

「おい来るな来るな! 一旦戻れ!」

 傷の男が叫ぶが、三人は止まらない。

 次の瞬間、地上に大きな花が咲いた。感動した。

「うっはははははははははっ!」

「ぎいやあああっ! なんっじゃこりゃああっ!」

「このガキ無茶苦茶じゃねえか!」

「悪魔だ悪魔! 今のうちに少年院にぶち込んどいた方が世のためだろ!」

「いやそれは止めてくれ」

 俺は笑うのをやめ話し合いに持ち込もうと努めるが、その努力は実らず。前方から迫る三人の男と後方の傷の男に挟み撃ちにされ逃げ場を失った。初めからそんなものなかったとも言える。……仕方ない。もう一発、夏を刺激する花を咲かせま鮮花。

 俺が二発目の3号玉を構えたのと同時に、三人の男の後方へ巨大なカモシカが落ちてきた。大地が震えているのがわかる。山の怒りだ。いやカモシカの着地のせいだ。背中に乗った糸子がこちらへ手を振っている。

「城戸君! 乗って!」

「無理だろ」

 カモシカのサイズはカバと同等。体長は大型トラックを越えている。どこから登れと。

「あらナマステ。シナミゾシカ。少し屈んでくれる?」

『仕方ないでちゅねえ~。ちょっとだけでちゅよ~』

 シナミゾシカは赤ちゃん言葉だった。カバのエセ関西弁で慣れているのか、特段驚きはしない。まぁでも気持ち悪いとは思う。

 俺の身長程度の高さまで下げられたシナミゾシカの頭へよじ登る。すぐにシナミゾシカが首を持ち上げたので、俺は一瞬のうちにしてちょっとしたビルの屋上ほどの高さまで目線があがった。正直怖かったので俺はシナミゾシカの角をこれでもかと掴んでやった。

『やっぱり人間二匹は重いでちゅね~。なんであたちが愚民を乗せなきゃならんのでちか~』

「糸子。こいつ助けるのやめるか」

「どうして? というか、もう助けてしまったのだけど」

 そうだった。糸子にはシナミゾシカの声は聞こえないのだ。まぁ世の中知らない方が幸せなこともある。シナミゾシカの言葉を糸子が聞いたらきっと顔面目掛けて黒光りするあれの引き金を絞っていただろう。

「おいお前ら! 逃げられると思ってるのか! 町に下りればすぐに捕まるぞ!」

 あぁ、遥か彼方から聞こえる傷の男の声がうるさい。

「苦しい捨て台詞を吐くな。捕まるわけないだろう。このサイズで」

 しかも現在はダンス大会の真っ最中。傷の男たち以外にシナミゾシカを止められる人間はいない。いや、今はもうこいつらでさえ不可能だ。

「じゃあな雑魚。走れシナミゾシカ」

『小うるさいハエでちゅね~』

 文句を言いながらもシナミゾシカは走り出した。空気圧が顔に痛い。角を掴んでいなければ俺はきっと振り落とされていただろう。後方の糸子は大丈夫だろうかと振り返ると、腕を組んで涼しげな顔をしていた。マジかこいつ。バランス感覚優れすぎだろ。……まぁ、この辺り、ダンスレッスンの効果なのだろう。

「作戦は成功だな。糸子」

「ええ、上々ね。想定通りの結果ではあるけど」

「頼もしい。まぁ、まだミッションコンプリートは先だ。気を抜かずにこのまま――と」

 電話だ。蓮華から。

「蓮華。そろそろこちらから連絡しようと思っていた。作戦は成功。今はシナミゾシカの背中に乗って高溝山をおりているところだ。カバにそう伝えてくれ」

『あ、あのね……蓮華的にはちょっと伝えづらいんだけどお……』

 こちらの話を華麗にスルーしたな。

「どうした。言い淀むな。いらぬ時間を使う輩は嫌いだ」

『えっと……そのカバ……ナメオカマスが、志奈溝町の子たちに連れてかれちゃった……』

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