第10話

『ほな、準備はええか?』

「おう! もちろんだ任せとけ! 全て抜かりはない」

「抜かり? 私にそんなものあるはずないわ。明日、シナミゾシカは地球に存在していない」

「マジ志奈溝町民の一生の想い出となる大会にしてやりますよ!」

「蓮華は……お留守番……」

『ほかほか。上々やな。ほなら行ってき』

「土産話、期待してろよ、カバぁ!」

 カバの指揮のもと、俺たちは上滑滝での最後の打ち合わせを終え、テンションが最高潮に達していた。

 今日はダンス大会本番。作戦の決行日だ。

 仮にも滑丘町民が大会を仕切るわけにはいかないので、武史が大会運営を行う。もちろん指揮を執るのは武史本人でなく大人、武史の父親だ。また、一部、労働力として滑丘町の人間を貸し出してもいる。今回のダンス大会自体、表向きは『隣町との親睦会☆』という体裁だ。醜い。

 作戦の指示はもちろんカバが行う。しかし、そのためには俺か蓮華のどちらかが必要となるので、適材適所ということで、蓮華がカバから俺たちへの情報伝達役として上滑滝で待機となった。

 残った俺と糸子の二人が、シナミゾシカが囚われている高溝滝への潜入役だ。シナミゾシカもカバと同じく滝に居座っているのだ。調査によると滝へ至るまでの関所は三つ。武史では一番手前の関所しか調べることができなかったが、どうやらそこだけでも常時三人の人間が控えているらしい。警戒心が強い。土地勘もない俺たちには関所を通る以外に道はないというのに。

 作戦の最終目的は、シナミゾシカを元の惑星へと帰すことだ。その結果、志奈溝町のしなみぞブルーは失われ、なめおかレッドが再び天下をとる。

 シナミゾシカが地球を旅立つにはカバが所有しているというスペースシップが必要となる。元々、シナミゾシカは観光目的で地球を訪れた。けれど使っていたスペースシップが故障、元の惑星へ帰る手段をなくしていたとのことだった。カバとの接触は渡りに船だったのだろう。

 つまり、俺たちが為すべきはシナミゾシカとカバを引き合わせることなのである。邪魔となるのは『シナミゾシカを守る会』、通称シナ会。三つの関所を建てているのもこいつらだ。主に町内会が主体となって活動している。

 志奈溝町の北部に位置する高溝山。その中腹に高溝滝はある。普段からさほど人通りが多いわけではないのだろうが、それにしても登山道の入り口に至るまでまったく人に出くわさないというのは、やはりダンス大会の効果なのだろう。普段なら入り口に立っているらしい見張りも今日はいない。夕焼けで赤く染まる空をバックに、木々の揺れる音だけが聞こえる。

「ひとまず、敵がいなくて一安心だ。早いとこ関所まで行ってしまおう」

「えぇ、ナマステね」

「さすがにナマステの使い方間違ってないか?」

 睨まれてしまった。

 俺たちが登山道に入ったと悟られぬよう、自転車をトイレの裏手に隠す。俺も糸子も巨大なリュックを背負った登山スタイルだ。懐中電灯や蓮華から預かったスタンガンを腰に提げ、他にもまぁあまり口外できないような品々がリュックに詰め込んである。

 第一関所には十分も経たぬ内に到着した。途中で野生の猿に出くわした以外はさしたるトラブルもなかった。関所はこぢんまりとした作りの小屋だったが、登山道の先に進むには鉄製の扉を抜ける必要があり、迂闊にこれを開いては中の人間にすぐさま気付かれるだろうことは予測できる。

 関所の入り口脇に位置する小窓から中を覗くと、二十代前半くらいの男が暇そうにテレビを観ていた。他に人影はない。一人だけだ。つまり、ダンス大会によって第一関所の人間を三人から一人に減らすことができたのである。

 一旦、俺は蓮華に連絡を入れる。

「もしもし、蓮華か。第一関所に着いた。敵は一人。計画通り進めて良いか」

『えっと…………せやな。好きにしたらええ。だって』

「心得た」

 通話を終了。糸子に視線を送ると、それで了解したのかすぐさま関所の扉を叩いた。俺は建物の影で待機だ。

「あのー、すみませーん」

「……はいはーい、えーっと、どちら様?」

 扉が開かれる。茶髪の男は眠そうに目蓋をこすっていた。

「んん、あれ、今日はあれでしょ。志奈溝ダンス大会の日でしょ。お嬢ちゃん、出なくて良いの。出ないんなら俺と代わって欲しいくらいなんだけどなあー」

「出たいのはやまやまなんだけど、というかさっきから歯を食いしばって我慢してるくらいなんだけど、他にやらなきゃいけないことがあるから……」

「やらなきゃいけないこと? えっと……シナミゾシカに何か用でも?」

「動くな」

 男の背後から手を伸ばして、首筋に自転車の鍵を押しつける。ぶっちゃけただの鍵では男を傷つけることはできないが、この体勢では男から鍵は見えない。おそらく男は自分の首筋に突きつけられているのはナイフか何かだと勘違いしてくれることだろう。

「え、え、ちょ、ちょっと待てよ。あれ、え? こ、これ、なに? まさか、え?」

「はい、お手を拝借」

 男が狼狽えている間にも、糸子は荒縄で男の手首を縛っている。もちろん、両手を後ろへ回した上で。

「死にたくなければ、抵抗せずに中へ入ることね」

「えっ。死ぬの? 俺、死ぬの?」

「だから、死にたくないのでしょう? だったら、さっさと言う通りにしなさい」

 糸子の脅しは堂に入っていた。男はもうライオンを前にした草食動物のように怯えてしまって、あとはもうされるがままだ。糸子が口へ猿ぐつわをはめ、両足を手首と同じように縛り上げる。トイレにいけないのは可哀相なのでオムツを穿かせてやった。男は泣いていた。

「先を急ぎましょう、城戸くん」

「改めて思ったんだが、これ犯罪だよな」

「ナマステ」

 だからナマステはおかしい。

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