第7話
志奈溝町は滑丘町の隣にあり、常日頃からしのぎを削り合っている。
これだけでもう十分な説明になっているのかもしれないが、念のため詳細を語ろう。
我らが滑丘町のなめおかレッド。これが発売されてからの滑丘町の発展は著しいものがあった。当然だ。全国にばか売れ。市役所がアルティメット進化を遂げるくらいなのだから。それまで対等にやりあっていた志奈溝町にとっては苦汁を飲まされるようなものだったのだろう。長くなめおかレッドと滑丘町の天下は続いた。
しかし、一ヶ月前である。まぁこれは俺も糸子に聞いたのだが、志奈溝町が一つの商品を発表した。そう、それが『しなみぞブルー』である。誰がどう見ても隣町のなめおかレッドのパクり。しかし批判は少なかった。何故か。しなみぞブルーも激旨だったからだ。口にしたものは例外なく感涙した。時に失禁もした、かどうかは知らない。でもたぶんしてる。しかも、しなみぞブルーはなめおかレッドとはまた違ったタイプの旨さだった。なめおかレッドは辛い。辛旨だ。反対にしなみぞブルーは甘い。甘旨なのだ。これも世間に受け入れられる要因の一つだったのだろう。
一躍して、しなみぞブルーの名は全国に知れ渡った。そしてそれからというもの、なめおかレッドの売り上げは落ちる一方なのである。
はい以上、解説でした。
「じゃ、城戸君。付き合ってくれる?」
「付き合うだとっ!?」
「ええ、志奈溝町へ」
まぁわかってはいた。嬉しいのに違いはないが。
「とは言っても今じゃなくて、その前に用意するものが色々あるから……まずはそうね、人間を集めるところからかしら。ナメオカマスと会話のできる人材は貴重だわ。蓮華は必須ね。あとはそう、東郷君も」
蓮華はさておき、東郷武史、何故あいつが必要なのか。心当たりはある。至極単純だ。一学期の終わりに、父親の都合であいつは志奈溝町へ引っ越していった。なにかしらシナミゾシカの情報を持っていてもおかしくはない。糸子はそう考えたのだろう。
……いや待て、ずるずると話が進んでいるが、
「なあ糸子、お前は何をしようとしている? まさか、このカバの話を信用するのか? シナミゾシカとやらに会いに行くのかよ?」
「ええ、今の話、信用に値するわ。私には滑丘町を日本一の町にするという使命があるの。シナミゾシカを志奈溝町の魔の手から解放する。私はそう決めました。……もしかして、手伝ってくれない?」
「手伝う」
「ナマステ」
『おっほぉ……これは吊り橋効果ゆうやつが期待できるで。チャンスやな、城戸くん』
黙ってろカバ。まぁ実際に糸子との関係を深められて感謝はしているがな。ナマステ。
「ナメ会には私から言っておくわ。これから、城戸君と蓮華、それに東郷君は関所通過フリーにする。自由にナメオカマスと話しなさい。それに、ここは秘密の会話にうってつけだし、進捗会議もここで行うことにしましょうか」
ふむ、手際が良いな。さすが町長の娘といったところか。いや当の町長はでくのぼうだが。むしろ秘書の倉本さんから学ぶ部分が多いのだろう。
「それなら武史には俺から言っておくことにしよう。先日も暇だったからデュエルに興じたところだ。俺の十戦十勝だった。雑魚だ、あいつは。デュエリストの風上にもおけない」
「大人げないわね。じゃあよろしく、蓮華には私から声をかけるわ」
糸子がリュックを背負う。そろそろ山を下るつもりなのだろう。しかしまだ話は終わっていない。
「糸子。聞いておいて良いか。おそらくは志奈溝町も、こちらと同じようにシナミゾシカを囲っているだろう。どうやって突破するつもりだ」
俺だってカバに会うのには蓮華や糸子のコネを使う必要があった。あちらも滑丘町の襲撃はある程度予測しているだろう。もしかしたらこちらよりもシナミゾシカを囲う網は強力なのかもしれない。無論、敵地にコネなどないし、俺たちがシナミゾシカと対面するのはかなり困難だろうと思われる。策もなしに飛び込むのは不可能だ。
「決まってるわ」
マジか。決まってるのか。そりゃ頼もしい。さすが糸子だ。
「もちろん、踊るのよ」
待って。
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