第8話
糸子の発案した作戦は常軌を逸していた。久しぶりに、こいつの脳みそはネジが三本くらい抜けてるんだろうな、と思った。
ダンス。糸子はインドダンスを志奈溝町で流行らせようと宣った。インドダンスを流行らせて、志奈溝町の人間がみなインドに夢中になったタイミングで、駅前でダンス大会を開催する。その瞬間、大衆の意識はそちらに向く。シナミゾシカの警備も手薄になるに違いない。そう宣ったのである。糸子は仕事と趣味を切り分けられない若者だった。何故ダンスなのかとか、本当に流行るのかとか、そんなことをやっている時間の猶予はあるのかとか色々言いたいことはあったものの、惚れた手前、反対するわけにもいかない。俺はその作戦を全力で支持した。泥沼へと足を踏み入れようとしていた。
「これも私が町長になった時のための練習と思えば都合が良いわ。流行とは、いかにして生まれるのか。私にも持論はあるのよ。貴重な実践の機会だわ」
嬉しそうに言う糸子の顔を思い出しながら歩く。武史の家は志奈溝町にある。かなり端の方なので滑丘町には近いが、それでもそれなりに距離はあった。
話を切り出すと、武史はすぐさま大声で叫んだ。
「ダンス! ダンスですか!? やー、ぱねっす。マジでパイセンす。やりますよ、俺。城戸くんの言うことは絶対ですからね。つうか超楽しそうじゃないっすか。神イベっすね」
「お前は声だけは大きいからな。唯一の取り柄と言っても過言ではない。そしてお前はどうしてそんなにチャラくなってしまったのか」
引っ越す前は無茶苦茶普通だった。うるさいにはうるさいが、喋り方は男子小学生そのものだったはずだ。「いぇー! デュエル最高―っ! うんこうんこおしっこーっ!」みたいな。ここまで頭の悪い発言はここ最近はなかったが。
「転校デビューってやつ? まぁいいじゃないすか。それにしてもあがるわー。これ俺テンションがハイになっちまいますよ。おっひょ、うっひょ」
武史はその場で回転して、ガッツポーズを決める。鬱陶しい。
「まぁどうでも良いや。じゃあこれから上滑滝に行くぞ。作戦会議だ」
「え? なんで? あ、つうか、ダンスってなんで流行らすんすか? パイセン的にはどういう考え?」
知らずに了承していたのか。説明しなかった俺が悪いとはいえ正直どうかと思う。
「ウチにカバがいるのは知ってるよな」
「うっは、マジうけるww つうか一緒に見つけたじゃないすかww」
「志奈溝町にもいるよな。カモシカ」
「えっ」
武史は突然に表情を消す。そして細かく震え始める。
「や、い、いない。いないぞ。いない。うん、カ、カモシカとか、いない。うん。うん」
ここまでポーカーフェイスが下手くそな奴はこいつ以外にいないだろうな。武史の持つ志奈溝町の情報は全て筒抜けだ。ありがたいことこの上ない。
――しかし同時に、滑丘町の事情も知る武史である。
カバの存在は志奈溝町の連中に勘付かれていると考えて間違いないだろう。
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