第3話

 決行は早朝。関所に務めるナメ会会員が交代する直前を狙った。夜勤を終えて眠さと疲れで向こうの判断力は鈍っているだろうという考えだ。我ながら鋭い。蓮華が十五分遅刻してきてぶん殴ってやろうかと思ったが、それで心変わりされてもあれなので笑顔で許した。すると安心して周囲を気にする余裕ができたのか、目ざとくも蓮華が俺の打ち上げ花火に目を移した。

「えと、あのね、城戸くん……。その筒、なに……?」

「カバ殺しの兵器だ」

「そっかあ……」

 どうも蓮華は納得していない様子だったが気にせず俺は先を急いだ。移動手段は自転車だ。たとえ車道とはいえ上り坂を自転車でゆくのは辛いが、帰りのことを考えれば無難な選択といえるだろう。とはいえ蓮華の遅刻のせいで計画が狂っている。昼勤の人間が現れる前に関所へ辿り着く必要があった。

「あぁ、そうだ蓮華。俺はこの兵器を持ってきたが、お前は何か持ってきたのか? 確かカバ殺しも手伝ってくれる予定だったよな?」

「ええ……そんなこと言ってないよお……。何かあったらいけないから、防犯のためにこれを持ち歩いてるくらい……」

「なんだ? 防犯ブザーか? あれは意外と役に立たないぞ。音が鳴るだけだからな。周囲に大人がいないとアウト。大人が来る前に犯行に及ばれたらアウトだ」

 蓮華が懐から取り出したのは金属製の棒だった。手元が黒いプラスチックに覆われている。

「スタンガン。ちゃんと人間が気絶するくらいの強さにしてる……」

 恥ずかしそうに蓮華は笑うが、それは違法改造である。超危険。

 まぁカバ殺しの役に立つことは確かだから、突っ込みは入れず、俺は関所へ向かうべく足を動かした。

 ――関所は、六畳ほどの面積を持っており、車道のド真ん中に設置されている。つまり、物理的にここから先は一切の車両が通行禁止となる。滑丘神を刺激してストレスを溜めないように、との配慮らしい。恐れ入る。

 関所の前へ辿り着いた俺は、数分遅れて到着した蓮華へ声をかけた。

「俺が行くのはまずい。顔が割れてるからな。お前一人で行ってきてくれ」

「ええ……やだよお……心細いもん……城戸くんも来てよお……」

「なんだよその理由は。成功率を下げるほどの理由かよ」

 しばらく押し問答を続けていたが、一向に蓮華の折れる様子がないので、仕方なく俺は蓮華の後に続いて関所へ入ることにした。

「ご、ごめんくださーい」

 関所の中は座敷になっており、真ん中に小さなちゃぶ台。その上にはビール瓶が数本、汚れた皿が何枚か置かれている。昨夜は晩酌をしていたんだろうな。部屋の隅にはテレビ、布団が一組畳まれており、見覚えのある男が一人、そこへ寝転がって携帯をいじっていた。この男が今日の夜勤か。ついていない。

 男は蓮華の呼びかけに応じて身を起こした。

「お、蓮華ちゃん、ようこそ。どうしたの? 通りたいの?」

「は、はい……駄目ですか……?」

「いやそりゃもちろん大丈夫だけど……と、あれ? こいつ、前に俺が捕まえたガキじゃん」

 ほら、覚えられていた。この展開を読めていたのだ、俺は。

「もしかして蓮華ちゃん、こいつも一緒に通すってこと?」

「は、はい……駄目ですか……?」

「うーん、どうだかなー。ちょっと考え」

「えい」

「あびゃばばっやびゃっびゃばばばばっ」

 蓮華がスタンガンの先を男の腹部に押しつけた。男はばたりと倒れ、しばらく痙攣するとそのまま動かなくなる。蓮華は男に近付き、スタンガンの先でつんつんと男の体をつついた。

「よかった、起きてこない……」

「おいマジか」

「うん。城戸くん、いこー」

 すげえ笑顔で蓮華が俺の手を引く。放心状態に陥っていた俺はたやすく関所の外へ連れ出された。そして関所を通り抜け、上滑滝へ向かう山道へ。はっと気付き、俺は蓮華に問いかける。「あの人死んでないよな」「大丈夫だよお」「スタンガンで気絶するのって、死ぬ一歩手前だと聞いたことがあるんだが」「大丈夫だよお」「病院連れてかなくて良いのか」「大丈夫だよお」「万一、あの人が死んでも?」「大丈夫だよお」ボットかよお前。正直どん引きだった。今はただ、昼勤の人間が一刻も早く現場へ駆けつけることを祈るしかない。

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