実習期間中 回想 ~今はもう~
彼女が6歳となった、雪が降り頻る、冬の寒いある日。
突然、父親から
「冴香。これから大事な話をするから、聴いてくれるか?」
いつもと違った、鬼気迫るような、深刻そうな表情で呼ばれて
「うん。何?パパ!」
彼女は
『何か』を雰囲気で察してはいたが、敢えていつものように明るく答えると
父親は
そのまま深刻そうな表情で、いつもよりも おもい 声のトーンで、話を続けた。
「あのな、冴香。
これから話す事を、よ~く聴いてくれ、お願いだから、な。
急な話だから驚くだろうが、冴香とパパは、…………これからは、な………
お互いの為にも、今だけ暫くの間は、少し離れて暮らした方が良いと思うんだよ。
パパはずっと前からこの事を考えててな、勝手な事だと分かってはいるんだ。
だけどな、すまん。
パパはもう、限界なんだよ。
今のままじゃ冴香の前でも、いつものパパの姿では居られないような気がしてきて、きっと今はまだ子どもの冴香には難しくて、どうしてなのか分からないだろうけど、また落ち着いたら、必ずパパが冴香の事を迎えに行くから。
それまでは、、、な。」
あまりにも唐突な わかれ で、彼女は言葉を失い、その場に立ち尽くすと
あの時と同じように、父親から『ギュッ』とチカラ強く抱きしめられて、その身体はまた小刻みに、震えていた。
それでも彼女は、事情が未だによく分からなくて
『えっ?何で?どうして?』と多くの疑問を、その小さな胸の内に抱えて居たが、
ずっと抱きしめている父親の姿から、何となく不安な気持ちを察したので
「パパっ?」と、ようやく絞り出すように言葉を発して、悲しげに訊くと
父親の顔は見えなかったが
ひたすら震える涙声で、「ごめんな。」の言葉だけを繰り返し、何度も呟いて
父親に抱きしめられながら、彼女は
不意に目から溢れ、止めどなく零れ落ちていく涙を、ただ静かにそっと流しつつ、
父親の背中を、ずっと優しくさすり続けていた。
泣いている父親に抱きしめられるのは、あの日以来、これが2度目だった。
その後、父親は
【彼女が抱える事情】を直隠しにしたまま、小学校入学前に、地元から遠く離れた【小さな児童養護施設】へ預けた。
父親と『色覚異常の事は、誰にも言ってはいけない。』と約束をしていたから、
彼女は周りの誰にも言わず、ずっと【自分の事】を秘密にしていたのだけれども、
優しかった父親とは、あの日を境にして、彼女から 離れていってしまい
いつの間にかもう 『お父さん。』を 呼べなくなってしまって
ちゃんと
「ありがとう。」も、「ごめんなさい。」も、「大好き。」も、「大嫌い。」も、「さよなら。」も、「またね。」も、何も言えずに おわかれ となった。
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