実習期間中 第3週 帰宅後





                     平成○○年 6月21日(木曜日)







 その日の実習を終えて帰宅すると

彼女は自室に荷物を置き、着替えなどを済ませてから、いつものように少し離れた【学校の食堂】へと向かった。

















 食堂には何やら座って作業をしている

茶髪のロングヘアーに、線の細くてスタイルの良い、後ろ姿の女性が居て

「ただいま~、涼早先生!」と彼女は明るく元気に、その女性へ声を掛けた。







「おぉ!?サエっ!おっかえりさん。

 今日も遅うまで実習お疲れぇ~、今から晩飯食べるやろ?」と、振り向きながらに答えたのは


 この食堂で働いている

明るい性格で姐御肌気質な、30代の黒縁眼鏡を掛けた『栄養教諭の涼早先生』で






「うんっ!お腹空いた~、お願いします!

 いつも遅くまですみません。」と、いつものように申し訳なくお願いをすると






「気にせんでもえぇんやってぇ。

 実習あると帰りが遅いんやし、実習で疲れとるのに自分でやるんは大変やろ?

 私がサエの為にしたくてしてる事なんやから、遠慮せんでもえぇって!


 それに疲れとる時こそ、ちゃんと食べへんとバテてまうでなぁ。

 お腹空いてるんやったら、そりゃあ元気な証拠やし良いって事よ!

 そんじゃすぐ作るで、もうチョイ待っといて。」笑顔で『涼早先生』は答えて、

すぐに料理を作ってくれた。

















 晩御飯が出来上がるまで暫く近くの席に座り、待っていると




『カチャっ、カチャっ。』と

 小刻みにフライパンを動かす音が、静かな食堂に響いてきて、段々と良い匂いが、食堂の中を満たしてきた。


















「はいよっ!サエっ、おっ待たせ~晩飯できたでぇ!」

『涼早先生』から声を掛けられると






「は~い!」と彼女は元気良く返事をしてから、すぐさま駆け寄っていき






 『涼早先生』は、満足そうな笑顔で

「はいよっと、どうぞっおあがりやす~!

 ちゃんとよう噛んで食べるんやでっ!」彼女にトレーを手渡すと






 彼女は嬉しそうな顔で、熱々の晩御飯が乗ったトレーを受け取りながら

「は~い!

 有難う御座いますっ、おぉ~美味しそう!

 涼早先生っ!いっただっきま~す!」明るく大きな声でお礼を言った。











 近くのテーブルまで運んで席に着くと、彼女はそのまま静かに手を合わせて、

再び「いただきます。」と小声で言ってから、ポツリと寂しく食事をして居た。










 すると後から

彼女を心配していた『涼早先生』を含め、学校の先生が5人やって来て

「サエ~実はなぁ、ウチもまだ晩飯食べてへんから、一緒に食べようや!」


「よっ!サエ~、帰って来てたんか?

 今日も実習お疲れさん!」


「サエっ、お疲れっ!

 今日はどうだった?実習ってもうすぐ終わりでしょ?」


「いいもん食べてんじゃん、良かったなぁサエ。

 なぁ~それ俺にも一口くれよ!なっ?ほらッ一口!」


「あぁっ!いいなぁ~!!

 何だかサエが食べるの見てたら、私もチョットお腹空いてきたぁ~。」等と声を掛けながら、そばに腰を下ろしてさり気なく座った。



















 この光景は

大学生となって帰りの遅くなる日が増えてから、ずっとお馴染みの光景だった。




 彼女の周りに居る『先生』は

凄く協力的で、彼女の事を応援していて、帰りが遅くなる日もあるから、そのまま

1人で晩御飯を食べようとすると、いつも誰かが彼女の事を待って居た。









 彼女自身は

なるべく早く帰る事を心掛けながら、遅くなる時は事前に連絡を入れていていた。



 周りはどんなに忙しくても、彼女が食事をして居ると、必ず後から誰かが来て、

誰かが彼女と食事をしたり、ただそばに座って話したり、近くで作業をしたりして

常に彼女とコミュニケーションを図っていた。





















 彼女は訳あって

小学校入学の少し前に親元を離れ、県内の【とある児童養護施設】へ預けられて



 そして

公立小学校を卒業と同時に児童養護施設を出て、県外の【特別支援学校】に進学し、中学生から特別支援学校へ入学すると、敷地内にある【寄宿舎】で生活を始めた。













 入学して暫くすると

遅くまで勉強をする事があったので、それまでの2人部屋から1人部屋へ変わり、

勉強とかで分からない所があれば、いつでも近くの『宿直の先生』へ、気軽に質問や相談ができた。



 1人暮らしのような、それでいて大家族のようでいて、毎日合宿をしているような

そんなヒッソリとしながらも賑やかな雰囲気の中で、ずっと過ごしてきたから


 彼女にとっては

周りに居る人全てが『家族同然の人』ばかりで、『大切な人』ばかりだった。


















 高校生を卒業したら

【寄宿舎】を出て行く決まりだが、学校側の特別な配慮により、同じ敷地内にある

【職員寮】の空室を借りて、卒業してからも、一応学校の臨時職員扱いで籍を置き、

大学に通い日夜勉強をしながら、臨時職員として出来る範囲内で、事務職の仕事を

手伝っていた。








 彼女には幸いな事に

身を削り身を粉にすれば、働きながら夢を追いかけ、勉強ができる環境があった。























 中学校の教育実習が始まってから

周りに居る『支援学校の先生』に、『実習の話』をせずにいたが、始めて彼女は、

周りの『先生』へ【今日頼まれたスピーチの事】について、相談をした。


 『私は一体生徒へ、どんな内容の話をしたらよいのだろうか?』と。



 すると皆は口を揃えたように、同じような内容の事を言った。

「何も思い悩む事は無いって。

 冴香が伝えたい事を、想いの丈を、そのまま素直に伝えたら良いんやって。

 それが一番なんやって。

 伝えたい気持ちさえありゃ、その想いは伝わるんやから。」















 彼女は

実習先の一部の先生を除き、周りには隠していたが、彼女が抱える【色覚異常】は、通常とは違い『特定の色が見え辛い』『認識できない』のではなく、色そのものが【白と黒】にしか認識できず、色を色として正常に見えず、『世界に溢れる色』は、

どれも等しく全てが、【モノクロ】にしか見えなかった。













 『先生』との食事を終え

1人で部屋に戻ると、再びスピーチの内容を熟考する為、徐にベッドへ移動したら、仰向けになって倒れ込み、これまでの【自分の過去】を振り返ってみた。


















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