第4話  2人とラルスの章

 このクレープ、記憶のとおりうまいな。何個食べても飽きない。4個目なのに。

 質問ってやつをした。答えがきた。

 20億年前・・・

『親友』と『可愛い子』はそう答えた。

 それが長い時間だって理解はできた。人間にとって、かなり昔のことってことも。

 とりあえず、救援ってのを要請した。

 頷いてくれた。一安心ってやつをした。

 体も心も扱いが難しいってやつだ。

 この人間、小浜優輝ってのは。


「優輝・・・君?」

 恐る恐る声をかけると、きょろきょろしていた彼は、びくっとしながら振り返ってきた。

 その顔は・・・

 間違いない!優輝君だ!

 思わず抱きつく。抱きついた後で、そのことに気づき、全身が燃えるように熱くなったけど、誤魔化すために下から睨む。

「なんなの!?死んだって聞いてびっくりしたんだから!悪ふざけにも限度があるよ!どういうことなのか説明し・・・て?」

 怒鳴ってしまう。そんなつもりはなかったけど、我慢できなかった。でも、叫んでる途中で声が出なくなるほどに、怖くなってしまった。抱きついた優輝君から離れる。


 ・・・冷たい。


 夏なのに、氷みたいに冷たい身体。

 やっぱり死んでるの?でも、動いてる。

 そんな彼は、怒鳴られたことにではなく、なんか状況自体が理解できていない感じだ。

「どうしたの?優輝君、なんか・・・」

「ええと・・・少し待ってね。君は・・・佐伯萌って女性でいいかな?この小浜優輝って人間の知り合いで、そこでクレープを一緒に食べた。合ってる?正解してる?」

 ・・・喋った。そんな当たり前のことにびっくりしてしまった。でも、なんだって?一体何を言ってるの?私を忘れた?

 ふざけてるのかなって思ったけど、優輝君は期待するような目で私を見ている。

 その視線に違和感を覚えた。

 優輝君なのに、優輝君でないような・・・

 でも、本気で聞いているのは口調から感じられた。だから、答えることにした。

「うん。合ってるよ。正解・・・」

 そう言うと、彼は喜んでいる・・・ように見える。これって喜んでるよね?やっぱり、よく分からない違和感を感じる。

 ・・・何が違うんだろう?

 でも優輝君には間違いない。その顔も。その声も。その話し方も。でも、何かが・・・

「やったあぁぁぁぁぁ!成功だ!失敗したら、間違いなく死んで・・・」

 一人で騒いでいる姿で、違和感に気づく。

 顔の表情が、ない、ことに。

 笑ってない。喋り方を聞けば、顔は満面の笑みでいっぱいになるはずなのに、能面を被っているみたいに無表情。

 ・・・やっぱり優輝君じゃない?

 そして当然過ぎる事実に辿り着く。

 優輝君は死んだ。さっきだって物みたいに冷たい体してたし・・・

 なら、この優輝君はなに!?

 立ちすくむ私を、今気づいたと言わんばかりに優輝君っぽい人は無表情で見つめてきた。

「おっと。ごめん。佐伯さんには説明しておかないと。後は・・・昴って人間にも。ここに呼んでくれる?携帯ってので。

 この二人には話してもいいって、小浜優輝の情報から判断できるからさ」

 優輝君の話し方が、不快な感じがするのは気のせいじゃない。

『佐伯さん』

 声は同じなのに、呼び方がまるで違う。

 なんか・・・そう。初めて話した時と同じ呼ばれ方。まだお互いをあまり知らないから、呼び慣れてない。そんな感じ。

「昴君なら、もうここに呼んだよ・・・」

 目の前の優輝君は、決定的な何か違う。

 優輝君が優輝君であるための本質的な何かが、決定的に欠けている。

「じゃあ、ここを離れないほうがいいね。あっ!クレープ食べようよ。佐伯さんとまた一緒に食べたいって、小浜優輝の情報の中にあるからさ」

 無表情で、口調だけは楽しそうに言う。

「・・・うん」

 もう頷くだけで精一杯だし、吐き気もする。無表情の優輝君と話していると、本当に死人と話しているみたいで・・・

 死人?もしかして、キョンシーってやつになちゃったの?それともゾンビかな?でも、あれは映画の話だから、ありえないよね。

 そんな考えを巡らしながら、優輝君の後ろをとぼとぼと歩いてると、彼は立ちどまって振り返ってから、姿勢を正した。

「おっと。自己紹介を忘れてた。 情報によると、初めて会ったら、これをするらしいね。俺と君とは初対面なんだしね。 めんどくさいけど、昴にも。まぁ、昴とは小浜優輝の家で会ったけど、なんか怖い顔して帰っちゃったし。二度手間だよ。 だから、まず、佐伯さんに自己紹介。 え~と。初めまして。ラルスです。 小浜優輝が死にかけたから、接続しました。しばらくの間、よろしくお願いします」

 無表情の優輝君、いやラルスと名乗った存在の放った言葉は・・・何一つ理解できなかった。


 三人でテーブルを囲みながら、ラルスだけが勢いよくクレープを食べてる。

 その勢いに感心していると、ラルスは二個目に手をつけようとしていた。

「それ・・・昴君のだよ」

 そんなツッコミなんか無視されるし、さっきからラルスだけが喋っている。

「・・・で。繰り返すけど。 俺はね、君たちの言うところの地球外生命体ってのに相当するかな。この小浜優輝の情報から判断すると、え~と・・・隕石かな?・・・うん。そうだね。これが一番近いし。この前、海に隕石が落ちたでしょ? 知ってる?って知ってるよね。この小浜優輝だって知ってるし。とりあえず、俺はそれに乗ってきたわけ。え?なんで地球に来たか、だって? 昴はそうやって慌てないの!物事には順序がある、ってこの小浜優輝の情報にあるよ! うん?小浜優輝の情報ってなに?だって? 2人とも、人が話してる最中に口を挟まないの!失礼だよ! っていうか、このUFOって何なの? 君らは、俺みたいな地球外生命体がこんなのに乗ってくるなんて思ってたんだ。こんなのありえないし。なんか笑っちゃうね」

 優輝君の顔をしたラルスは、全然笑っていない。無表情のまま。それに、話の間に質問しても完璧なまでに流される。

「いやいや。馬鹿にしてるわけじゃないからね。君たちは想像力が豊かって褒めてるんだよ。俺みたいな存在がいるかもって想像してただけでも立派だし。ところで、このクレープっておいしいね。もっと食べていい?でも、情報によると貨幣、お金が必要みたいだね。ちょっと貸して」

 昴君が無言のまま千円札を渡す。

「ありがと。ちょっと待っててね」

 ラルスはカウンターへ走っていった。

「昴君・・・どう思う?」

 走ってく背中を見ながら、どうにも納得できないでいる。

 ラルスは、当たり前のように日本語を日本人らしく喋るし、優輝君のことを物みたいに言うし。それに、話の内容もぶっ飛んでる。宇宙人なんて架空上で楽しむものだと思う。現実にあったらいけないんじゃないかな。

 騙されてる。嘘じゃん。って気がする。

 ラルスとかいう外国人っぽい名前だって、性質の悪い憑依霊がとりついて勝手に楽しんでるだけなのかもしれない。

 ・・・だったら、こんなところでのんびり話なんてしてる場合じゃないじゃん!今すぐ御祓いできる人を・・・神社に行かなきゃ!

 そこまで考えて、ふと思う。

 でも、私や昴君のことを知ってるみたい。霊って、その人の記憶まで使えるものなの?

 分からない。何一つ理解できない。

 だから、昴君の考えが知りたい。

「昴君・・・ラルスって憑依霊?」

 昴君が、そんな質問にも驚いた様子が無いとこを見ると、同じようなことを考えていたのかもしれない。

「正直、俺もラルスと名乗っているあいつが、何なのか判断できない。話の内容も納得できないよ。でも・・・」

 昴君が、言葉につまったので、私は先を促すように声をかける。

「でも・・・?」

「さっき電話で言ったよね。優輝が生きてるかもって」

 確かにそんなことを言っていた。

 でも、そんなのは、遺体が無くなったから生きてるかもしれないっていう、昴君のありえない希望的観測だと考えていた。

 けど、ラルスと名乗った優輝君を前にしても混乱しなかった昴君には、そう思うだけの根拠があるのかもしれない。

「何か理由でもあるの?」

 昴君は俯いて少し考えていたけど、やがて、カウンターのラルスに視線を移した。

「信じなくてもいいけど、優輝は棺桶の中で目を開けたんだ。あいつの死を信じられない俺が創り出した錯覚かな?って思ってたら、今度は口が動いた。怖くなって逃げ出したよ。でもさ、そんなことってありえないよな。だから、明日こそちゃんと線香あげようって思ったのに・・・ 遺体が行方不明。優輝の妹と親戚はパニック状態になってたけど、俺はむしろ冷静だったよ。俺が見たのは錯覚じゃなかったってね。優輝が生きてるのかと思って、嬉しかった。でも、佐伯からの電話でここに来たら、ものすごく怖かった」

 昴君はアイスコーヒーを飲み、一息ついて話を続ける。

「ここに来て、あいつを見たとき、優輝じゃないって見抜けたよ。見た目も声も優輝のはずなのに何かが違う。なんか優輝が抜け落ちた優輝って感じだった。なんだこいつは?って、そう思ったよ。ラルスって名乗るあいつの話は、よく分からないけど、あの人間が優輝じゃないってのは認めるしかない。あれはラルスだ。霊かもしれないし、それ以外のものかもしれない。もしかしたら、あいつの言うとおり地球外生命体なのかも。佐伯はどう思う?」

 昴君は真剣な眼差しだ。私の嘘じゃない意見を聞きたい。その目はそう語っている。

「あれは優輝君じゃないよ。初め見たときは優輝君だと思って、嬉しかった。でも・・・昴君は気づいてる?優輝君の体、たぶん体温が無いよ。触ったとき、氷みたいだった。もう人の体じゃない。それと、あのラルスって奴からの話から総合的に考えても、あれは優輝君じゃない。優輝君なら、こんなふざけた話しないもん」

 そんな自分の言葉が悲しい。口に出すことで、優輝君の死を認識させられたから。

 でも、私にとって、人の死は認識してしまえば、楽なものだ。

 人の死には慣れているから。親が死んだとき、十分すぎるほど苦しんだ。泣いた。

 そして、両親の死が教えてくれたこと。

 悲しみを乗り越えて生きていく強さ。

 優輝君の死を、認識するには時間がかかった。でも、ラルスという存在が、私に認識を促した。私と昴君の前にいるのは、優輝君じゃない。それは、間違いないのない事実。

 一学期の最終日に、優輝君は死んだ。

 だから、次に進まなきゃならない。目の前の現実に対処しないといけない。

 ラルスは何者なのか?

 なんであれ、優輝君の遺体にとりついているのなら、取り戻さないといけない。死者が冒涜されているのは、許せない。

「昴君。優輝君を取り戻そう。優輝君を妹さんに帰してあげないと」

 昴君は、力強く頷いてくれた。

「でも、その前にあいつに聞きたいことがある。なぜ優輝なのか?それを知りたい。

 それにラルスが、宇宙人だと考える理由もある。隕石のニュース。佐伯も見たろ?」

「うん。今までと違う隕石、って学者が騒いでたもんね。それに今は行方不明だし」

「それだよ。行方不明。

 あいつ、隕石に乗ってきたって言ってたね。

 俺は、それが100%嘘とは思えない。むしろ真実だ。だから、ラルスってのに、もっと詳しく聞いてみたい」

 クレープを持ったラルスが戻ってきた

「ごめんごめん。遅くなっちゃった!けっこう混んでてさ。まいったまいった」

 ラルスは足で器用に椅子を操って、無表情のまま座る。

「これ、ほんとおいしいよね!」

 ・・・まだ2つも食べるの?全部で4個。ずうずうしいと言うかなんと言うか・・・

「ラルス・・・だっけか?俺の質問に答えてくれ。いいな?」

 昴君が厳しい口調で切り出した。今まで見たことも無い横顔に緊張してしまい、ただならない雰囲気を感じて、無意識に息を飲む。

 だから、私は口を挟まずに二人の話に集中することにした。


「ラルス・・・だっけか?俺の質問に答えてくれ。いいな?」

 どんな切り出し方にしようか迷ったけど、結局、ストレートに聞くことにした。迷ったのは、自分でも馬鹿らしい考えだとは思う。

 ラルスが本当に宇宙人だとしたら、下手なことを聞けば、殺されるかもって考えたから。

 明確な根拠はないけど、ラルスを間違いなく地球外生命体だと思っている。

 だから、根拠を見つけるために聞いてみたいことがある。そこから、さらに判断したい。

 それで宇宙人だと決まって、どうするかなんて、そのときに考えばいい。まずは、優輝を取り戻さなくてはならない。

「え~?まだ話したいことあるのにな。俺の話が終わるまで待てない?」

「待てない。それに場所も変えよう。ここに長く居過ぎた。佐伯もいいな?」

 あのペースで話されたら、いつ話が終わるのか知れたもんじゃない。それに場所も変える必要がある。ラルスに逆らうべきではないのかもしれないけど、こればかりは譲れない。

「え?なんで?」

 きょとんとした声が聞こえる。佐伯は全く分かっていない様子だった。

 場所を変える理由は簡単。

 夕方になって人がかなり増えてきている商店街で、オープンなクレープ屋では人目につきすぎる。世間的には、優輝はもう死んでいるのに、学校の知り合いに見られでもしたら、俺達が追及されるだけではすまない。全国的なニュースになり、優輝の体は実験体にされる可能性だってある。

 今の今まで、よくこんな場所で話せてたよ。奇跡だ。まさに不幸中の幸いだ。

 まだ、きょとんっとしている佐伯に、端的に小声でささやく。

「死人が動いてるんだ。知り合いに見られたら、やばい事態になる」

 あっ!という顔で、理解してくれた。

 さて、次だ。ラルスに目を向ける。1つだけ試してみたいことがある。

「ラルス。場所を変えるけど、どこがいいと思う?条件は人目につかないで、ここから遠くないところがいいな」

 横の佐伯が、なんでラルスに聞くの?って言いたそうな顔をしているけど、それは言わないで、と目で制する。

 ラルスに聞かれたら、確認ができなくなる。

 今までの会話から、ラルスが優輝の記憶を使っているのは断定できる。だけど、どのくらいの範囲を使っているのかは断定できない。

 優輝の『人間』としての社会一般的な情報、常識やルールだけしか使えないのか?

 それとも『優輝』個人の情報、俺との思い出や、人に対する感情まで使えるのか?

 もし『優輝』まで使っているのなら、確認したいことがある。

 それは、今更聞いてもって気もするけど、俺にとっては重要なことだから、その答えを聞きたい。

『優輝』なら、移動先は一つしかない。

 子供の頃、猫が飼えず、二人で警察を撃退した場所・・・

 お化け屋敷しかない。

 あそこなら、社会一般的な情報で得られる場所より、さらに人目につかない。

 さぁ、ラルス。答えはどっちだ?


『人間』か『優輝』か。

「う~んとね・・・町外れのお化け屋敷」

 笑いそうになるのを堪える。

『優輝』だ。

 さっさと移動を開始する。嬉しい気持ちを顔に出さないように、堪えるので精一杯だ。

「あ!昴君!ちょっと待ってよ!」

「だって、あそこは小浜優輝の・・・」

 後ろからの足音。ラルスは、まだなんか言ってるが半分も耳に入ってこない。

 自己満足なのは分かってる。でも、どんな理由であれ、やっと・・・


 優輝、お前に謝れる。


 夜になりかけた頃、俺達は屋敷に着いた。

 お化け屋敷は、十年ちょいたった今もまだ壊されずに残っている。詳しい話は知らないけど、持ち主がいるらしい。でも、修理されないで壊れたままだ。まぁ俺達が壊したんだから、何か言えた立場じゃないけど。

 周囲に人がいないことを確認して、玄関を開ける。

「佐伯。玄関入って、すぐの床に落とし穴あるから。気をつけてね」

 ラルスに対して、注意を促す必要はない。どうせ、優輝の記憶を使って、知っているだろうから。

 手本のつもりで、絨毯に隠された穴を避ける。続いて佐伯も同じように穴を避けた。

「ありがと。でも、知ってるから平気だよ。2階への階段にも落とし穴あるでしょ?」

「・・・なんで知ってるの?」

 佐伯に話したことあったかな?当時はニュースや新聞にはなったけど、そこまで書いてあったっけ?どうして知ってるんだろ?

 佐伯が、おずおずとした視線を送ってくる。

「・・・優輝君が話してくれたの。一学期の放課後、一緒に遊んだときに」

 一緒に遊んだことまであったのか。優輝の奴、そんなこと一言も言わなかったぞ・・・

 ったく。あいつのことだから、言わなくてもいいなんて考えたんだろう。

「優輝のこと、好きだったんだ?」

 その一言に、俯いていた佐伯が、飛び上がりそうな勢いで顔を上げる。真っ赤だ。

「・・・うん。今も好きだよ。でも、優輝君が、私をどう思ってたかは知らないけど」

 そして、また俯いてしまった。そんな佐伯に希望を与える。

「優輝の気持ち、知りたい?ラルスに聞けば分かるよ」

「えっ?それって、どういう・・・」

「けど、それは後でね。今は・・・ラルスが何なのか?それを知るときだ」

 ホコリで白くなっているテーブルを囲む。

「昴。なんかここ、空気悪いよ。窓を開けて換気しようよ。体に悪いって」

「声が漏れるから、開けられない。佐伯も我慢してるんだ。ラルスも我慢してくれ」

 その体は死んでるんだから悪いも何も無いだろ?とは言わなかった。

「ラルス。さっそく質問だけど、君はどこからきたの?」

「宇宙からってのじゃ説明不足かな?」

「うん。もうちょっと詳しく教えてくれ。小浜優輝の情報ってのを使ってさ」

 佐伯が不審げな顔で見ているけど、頷くことで、口を出さないでね、と伝える。

「・・・っとね。君らの言うところの銀河系ってやつのめちゃくちゃ外側だよ。別の太陽があるところさ。そこから来たんだ」

「ラルスの星はどんな感じ?」

「こことあんまり変わらないよ。

 銀河が違うだけで、太陽との距離が全くといっていいほどの場所にあるから、星も同じような進化を遂げているみたい。でも、結末まで同じだと困るこ・・・」

「ラルスは人間と同じ姿をしているの?」

 言葉を遮る。ラルスに喋らすと、聞きたいことが聞けなくなる。

 でも、ラルスは気にしていない様子だ。

「姿はぜんぜん違うよ。小浜優輝の情報だと、ダイヤモンドってのに見えたらしい。でも、なんでこんなに姿が違うんだろう? 太陽の構成が違うのかな?僕らの・・・」

「その情報の元である小浜優輝を殺したのは、誰なんだ?ラルスなのか?」

 覚悟を決めて聞く。聞かなければならなかった。答え次第では、目の前に親友の仇がいることになる。

 優輝の姿をした優輝の仇。

 矛盾を感じるけど、仇はとる。

 優輝を殺すのは抵抗があるが、仇をとれる嬉しさのほうが大きい。

 でも、その前に聞きたいことがある。ラルスは優輝として答えてくれるだろう。それまでは生かしておく。

 無表情の優輝が、それでも分かるくらいに申し訳ない、という雰囲気をだしてきた。

「少し触った程度だったんだ。小浜優輝が草むらに隠れていた俺達を見つけて、逃げ出そうとした。俺は追いかけたよ。怖がられないように人間の姿を創ってさ。追いついて振り返った小浜優輝の腕をつかんだら、急に倒れちゃって。

 でも・・・」

 決まりだ。

 優輝を殺したのは、ラルスだ。

「小浜優輝の情報って、どういうことなんだ?分かりやすく教えてくれ」

「えっと・・・俺と小浜優輝の関係は、人間とコンピュータみたいな感じかな。例えば、俺が昴の顔を見ると、それがスキャンされる。で、小浜優輝の情報と照らし合わせると、君が昴だってことが判明する。そして、君の情報がダウンロードされる。猫。お化け屋敷。騎馬戦。一学期の喧嘩。その他いろいろ。そんな情報が俺に送られるわけ」

「それって、優輝の記憶が全部分かるってことなの?」

「うん。だから、ラルスは優輝になれるってこと。なろうと思えばね」

 ・・・違うだろ。お前のどこが優輝だよ。化けもののくせに、優輝になれるわけがない。

「ラルスには仲間がいるの?」

「うん。俺を含めて7人。人、って変だけど。地球じゃ、そう数えるんでしょ?この小浜優輝の情報からそう判断できるから」

「その仲間はどこにいるの?」

「残りの6人のうち、1人は隊長なんだけど、俺みたいに人間と接続してるよ。接続してるから、ここに呼ぶこともできるけど」

「残りの5人は?」

「反応がないんだ。いくら呼びかけても返事が無くて。隊長にも呼びかけはやってもらってるけど、駄目みたいで。もしかしたら、目的を実行に・・・」

「小浜優輝としてのお前に聞きたい。答えられるな?」

「昴君。なんか変だよ。聞いてることが変になってるよ」

 ここで、初めて佐伯が口を開いた。

「佐伯も、優輝に聞きたいことがあったら、ラルスに聞いてみたら?答えてくれるよ」

 佐伯は半分怒ったような顔をしてる。それに対して、俺は笑いながら答えた。

「ラルスは、優輝になれるんでしょ?」

 佐伯は、その言葉で理解してくれたようで、嬉しそうな顔をして頷いた。

 ラルスにもう一度確認をする。

「ラルス。できるのか?」

「できるよ。でも何の意味があるの?」

「いいから質問に答えてくれ」

「分かった」

 呼吸を整える。やっぱり緊張するな。でも、優輝に言わないと・・・謝らないと。

 死んた優輝に対する罪滅ぼし。自己満足なのは分かってる。でも、謝ってその答えが聞けるだけ、俺は幸せなのだろう。死んだ人間からと話すことなんてできないから。

「終業式にあんなことになっちゃって、ごめん!俺が迷いなく追いかけていれば、お前は死なずにすんだのに。許してくれなんて言わない。俺はお前よりクラスをとったから。でも、それでも、俺はお前を親友だと思っている。これだけは伝えたかった」

 優輝となったラルスは、その答えを探しているように天井を見上げ、やがて無表情ままで視線を俺に向けた。

「・・・なぁ。俺、お前にあんなこと言ったけどさ。許してくれるよな?だって、俺ら親友だもんな?それにたぶん、いや絶対に、俺、悔しいけど、そろそろ、ごめん。死んじゃうから・・・これが、答えに近いかな」

 嬉しかった。死の間際まで、俺に許してほしいと思ってたこと。そして何より親友だと思っていてくれたこと。ありがとうな。優輝。

「佐伯も何か聞けば?優輝の記憶を使えるんだから、優輝として答えてくれるよ」

 ・・・台所はあっちだったな。

「ありがとう。ラルス」

 そして、さよならだ。


 立ち上がった昴君を見て、気を使ってくれたのかな、って思った。聞きたいことはあるけど、昴君がいると少し聞きづらいから。


 昴君がいなくなると、ラルスに話しかけた。

「優輝君として答えられるの?」

「うん。さっきみたいに小浜優輝が答えを持っていたらね。何でも聞いてみてよ」

 深呼吸をして息を整える。顔が赤くなるのが分かるけど、仕方ない。

「私、優輝君のことが好きです。優輝君は私のこと・・・好き?」

 ・・・工夫した告白の方が良かったかな?

 でも、答えるのは優輝君じゃなくて、優輝君としてのラルスだから、別にいいかな。

 やがて、考えてた様子のラルスは口を開く。

「まぁ、俺も可愛い子だなって」

 可愛い。優輝君がそう思っていてくれたことが嬉しい。笑みがこぼれそうになる。

 でも、納得できない。好き?と聞いたのに。なのに、可愛いじゃ微妙な感じ。

 だから、もう一回聞いてみることにした。

「好き?普通?嫌い?で答えてほしいな」

 好き以外だったら立ち直れないけど、記憶を情報として使ってるだけだから、こういう風に聞かなきゃ、はっきりとしたことは分からないなって思った。

 無表情なラルスは、さっきより黙っている間が長い。どうしたんだろう?本当にパソコンのフリーズ状態みたいだ。

「ラルス?どうしたの?」

 心配になって声をかけた。

「・・・う~ん。駄目だ。好き?普通?嫌い?って情報がないよ。佐伯萌へは可愛い、が答えに一番近いな。これ以上は、小浜優輝自身にしか分からないよ」

 ・・・そっか。ラルスは優輝君になれても、優輝君じゃないもんね。情報って生前までのものだから、それ以上は分からないんだ。

 可愛い・・・か。ありがとう。優輝君。

「うん。ありがとね。ラルス」

「いえいえ。どういたしまして」

 心からラルスに礼を言う。短い間だったけど優輝君と話せた気がしたから。

 夢を見せてくれて、ありがとう。

「佐伯~。聞きたいこと終わった?」

 昴君。そういえばどこに行ってたのかな?

「終わったよ。昴君、どこ行ってたの?」

「そう。聞きたいこと終わったね。じゃあ、もういいね?」

 もういいってなにが?って聞けなかった。

 昴君の右手に目が奪われてしまったから。

 なんで・・・そんなの持っているの?なにをする気なの?そんなの・・・おかしいよ!

 昴君の右手が、ゆっくりと上がる。

「死んでくれ。ラルス」


 佐伯が青ざめた顔で、俺の右手を見ている。

 頼むから、飛び込んでこないでくれよ。でも、これだけ青ざめてるなら、その心配はいらないな。それに俺の決意が鈍るような真似はしてほしくない。

 優輝を取り戻す。

 たとえ、それが死体であっても。ラルスなんて正体不明の奴なんかに、優輝を汚されてたまるか。

 もちろんラルスには感謝してる。自己満足であれ優輝には謝れた。ラルスが優輝に入り込んでくれなかったら、俺は優輝に謝れなかったことを、ずっと悔いていただろう。

 でも、このままラルスの自由にはさせられない。優輝は、もう死んだのに、生きているように動くなんてありえない。

 お前だってそんなの嫌だろう?自分以外の何かに体を使われているんだぞ。

 だから、お前を取り戻す。謝っただけでは足りない。それで許してくれるよな?

「死んでくれ。ラルス」

 駆け寄って、心臓めがけて右手を突き出す。

 それでラルスが死ぬなんて思っていない。人間に入り込んでいる以上、そこを潰せば、ラルスも死ぬ。そう考えただけだ。だから、それで駄目なら、次は頭を狙うつもりだ。

 右手は真っ直ぐに優輝へと向かっていく。

 よし!いける・・・

「えっ?」

 消えた?勢い余って、バランスを崩す。

「なになに!?ちょっと昴なにすんの!」

 頭上から焦った口調。二階からだ。

「・・・逃げ足だけは速いな!」

 あの一瞬で階段を上りきっただと?優輝には、いや人間に、そこまでの運動神経はない。

 やっぱりラルスが何かしたのだろうか?

 また駆け出して、階段にある落とし穴を跳び越し、そのままの勢いで突っ込む。

 けど、刺さる瞬間にまた消えた。

「昴!なんだよ!俺が何かした!?」

 階下からの戸惑い。ありえない。この高さを跳んだだと?

「何かした?だと・・・ふざけるな!優輝を殺したくせに!その罪を贖ってもらう。 仇討ちだよ。お得意の優輝情報から判断してみろよ?分かるだろ?だから、お前はここで死ぬんだ!」

 手に持ったナイフを投げる。

「俺が殺した?ちょっ!ちょっと待って!なんか勘違いしてるって!」

 勘違い、だ?

 投げたナイフを避けるラルスを見ながら、その回避ポイントに向かって、足を止めるために、ベルトに仕込んだナイフを数本投げる。

 お前の体を傷つけるけど、許してくれ。

 別のナイフをかまえ、階段を駆け下りる。

「何が違う!?殺したんだろ!」

 一本目を避けたラルスは頭上から降ってくるナイフに気づいたようだ。

 だが、もう遅い。いくら速くても人間の体だ。それだけの範囲で降ってくるのは避けきれない。まして、掴み取るなんて不可能だ。

 と、微かに優輝の体が揺れて、右腕が残像を残して動いたのが、かろうじて見えた。

「なんだとっ!?」

 動きが止まると、ナイフが全て掴まれていた。もはや動体視力がいいとかの範囲じゃない。動きも人間としての限界を超えている。

 ラルスが右手で掴んでいたナイフを落とす。

 いや、力が抜けて落としてしまったって感じだ。その右手を無表情のまま見つめ、左手で掴んだりして確認しているから。

 ・・・なんだ?どういうことだ?

 階段を降りきった時、結論に辿り着いた。

 詳しいことは知らないけど、人の頭脳には身体の抑制機能があって、必要以上の力を出して体が壊れないように、制御してるって話を聞いたことがる。

 避けた移動力。ナイフを見切った動体視力。それを摑んだ右手の速さ。

 ラルスが使えるのは、記憶だけじゃないってことか。急がないと。早く決着をつけないと、優輝が壊れてしまう。

 三度目の突っ込みをするが避けられる。

「昴!勘違いしてるよ。殺してないって!俺、殺したなんて言ってないよ!」

「ふざけるな!言ったよな!優輝に触ったら、倒れたって!それに佐伯が言ったぞ!優輝が死んだから接続したってな!」

 佐伯をナイフで指差すと、びくっと体を強張らせた。

「昴君・・・やめて!なんで、ラルスを殺そうとするの!?」

 我を取り戻したように、成り行きを見ていた佐伯が割って入ってきた。

「なんで、だって? こいつは優輝じゃないんだ!かたちだけで中は違うんだよ!佐伯はそんなの許せるの?優輝を殺した奴が入ってるんだ!」

 そんな俺の言葉に、目を見開いて、うなだれるが、すぐに顔を上げた。

「許せるとか許せないとかそういうのじゃなくて!・・・もう、優輝君は死んだから。

 確かに昴君の言うように殺したのはラルスだけど、優輝君に会わせてくれた!もう会えない優輝君を!だから、私は・・・!」

 そこまで言って、また下を向いてしまう。

 無駄だ。話しても平行線。むしろ、俺の決意が鈍る。佐伯の言いたいことは、理解できるけど納得できない、したくない。佐伯は、優輝を取り戻したい、って俺の気持ちを理解してくれないだろう。

「昴。殺してないって。正確には、殺したか分からない。俺が接続した時に心臓が止まっていなかった可能性が高いんだ。

 人間は何分間か頭に血がいかないと、記憶を失うんでしょ?でも、優輝には記憶があった。だから、俺は君たちを認識できた。だから・・・優輝は死んでないのかもしれない」

 ・・・なんだと?優輝が死んでない、だって?じゃあ、もしかして・・・

「ラルスが、優輝の体から離れれば、優輝は戻ってこれるのか?」

 一筋の光。それが本当なら、こんなことをする必要は無い。佐伯も期待を込めた様子、ラルスに歩み寄る。

「えっ?そうなの?優輝君は生きてるのってこと?死んでないの?」

「分からない。君ら人間と接続したのは初めてだから。俺がこの体から離れたら、小浜優輝がどうなるか全然・・・」

 不意に言葉が切れて、ロボットみたいな動作で、無表情な顔を玄関のほうに向ける。

 凝視して動かない・・・しばらく動かない。

 さすがに様子がおかしい。

「どうしたんだよ?いったい?」

 それでも、ラルスは玄関を見たまま黙っている。やがて、体も玄関に向く。俺と佐伯も玄関を見つめるけど、何の変化もない。

「・・・・・来た!」

 ばあぁぁぁんっ!!!と、扉が破られた瞬間、ラルスが玄関に走る。

「昴!佐伯さん!二階に逃げて!」

 玄関の外の存在を見た瞬間、その言葉より早く佐伯の手を引っ張って走りだしていた。

 けど、佐伯が動かない。

「佐伯!二階に逃げるぞ!走れ!」

 更に、強く手を引っ張り、佐伯を急かす。

「ラルス?え?今の声・・・優輝君?」

 ラルスを見つめたまま、佐伯は動かない。

「佐伯!何してる!?ここはラルスの言うとおりにするんだ。俺達がいても邪魔になるだけだ!二階へ行くぞ!」

「う、うん!」

 佐伯がやっと走り出す。

 なんてことだ。なんで、このお化け屋敷に、あんなのが来るんだ。


 ダイヤモンド。

 優輝が見たラルス。


 そして、ここに来た浮遊した物体は・・・

 ダイヤモンドのように淡く発光していた。

 つまり、少なくともラルスの仲間。そんな奴が、なんでいきなりここに来た?俺達を殺しに?いや、だったら、ラルスは俺達に逃げろなんて言わないはず・・・

 じゃあ、なんなんだ・・・?


 ずどぉぉん!

 階段を上りきった瞬間、轟音が響いた。


 この体が、力を出し過ぎないように制御されているのは、接続して様々な情報を調べてるときに発見できた。

 おかしな体だ。なんで力を制御してるんだろ?解放すれば、生きていくにも勝つにも有利なのに。

 だから、ちょっと脳をいじって解放してみた。でも、玄関に入ってきたサハスを吹っ飛ばして、制御されてる理由が分かった。昴に刺されそうになった時にも、力を解放してたから、なんとなくは分かっていたけど。

 体が解放された力に耐えられない。脳に体が追いついていない。そんな感じ。

 飛んできたナイフをとった時でさえ、右手が搾り取られるような圧迫感を受けた。今だって、ナイフを掴んだ右手が動きはするけど痺れている。

 だから、サハスにどれだけのダメージを与えているかを知りたい。あまり効いてないようなら、別の対応を考えなきゃいけない。

 がらがらっ・・・っと、瓦礫と化した壁から、この優輝の感じたダイヤモンドがふわふわと浮きながら出てくる。

 ・・・よしっ!一部が欠けてる。そこそこ効いている。これならすぐに倒せる!

『殴る。おかしい。仲間。なぜ』

 浮遊しているダイヤの通信。懐かしい戦友の声。でも、言葉がたどたどしい。俺と違って接続してないからかな?

「おかしい?おかしいのはサハス、君達のほうだよ。どうして俺からの呼びかけに答えないのさ。しかも、隊長の呼びかけにも答えてないみたいだし。君ら、なにしてんの?」

『目的。起動。星の仲間。助ける。ラルス。何やってる。お前。探す。大変』

 ・・・起動か。こいつら、もう計画の発動を・・・隊長の許可は取ったのか?

 ファスで慎重に戦ってきた隊長が、こんなに早く指示を出すとは考られない。だからこそ俺達は、最前線で死なずに生きてこれた。

 俺と同じように人間と接続している隊長に呼びかけてみる。が、応じてくれない。何度やっても返事が無い。どういうことだ?最後の通信は、ついさっきしたのに・・・

『隊長、いない。今、グルス、隊長』

 俺の心を見透かしてきたかのように、サハスが通信してきた。

 ・・・副隊長のグルスが隊長だって?

 まさか、こいつら・・・

 副隊長が隊長になる条件は、限られている。

 隊長が戦場において適切な判断が出来なくなった時。他の隊に配属になった時。引退した時。そして、戦死した時。

 ・・・状況を整理しなければならない。

 この屋敷に来る前までは、連絡が取れていた。そして、昴からの質問に答えてる最中に取った連絡が最後。『まだ、グルスたちに連絡が取れない。呼びかけを続けてくれ』だ。そして、サハスが来てから通信不能状態。

『どうした。ラルス』

「・・・なんでないさ」

 なるほど。俺には、サハスだけで充分ってか。舐められたもんだな。

 昴・・・君が、俺を殺そうとした気持ちが、分かった気がする。

 隊長とは配属されてからの付き合いで、隊の中でも俺が一番付き合いが長い。

 だから、誰よりも隊長を知っている。その優しさも、その強さも。4体同時に相手をしても負ける戦士じゃない。でも、この人間の体が、何か負ける原因をつくったんだろう。

 ・・・仇討ち、か。

 身を翻して、サハスに向かって右のストレートを繰り出す。

 ばきぃっ!

 思いっきり吹き飛ばす。殴った場所は、玄関のときと同じ。

 壁に激突したのを確認してから、武器を探しに台所へ向かう。

 その間も、体の奥から声が聞こえる。

 小浜優輝が語りかけてくる。

 二人を護ってくれ、と。


 駆け込んだ台所は、ホコリで白っぽくなっていた。ホコリが無くなっている部分は、昴が物色した跡だろう。そして、武器になりそうな物も無かった。ナイフですら一本も無い。

 さて、どうしよう・・・フライパン、包丁、鍋。引き出しには、フォーク、スプーン、アイスピック、その他いろいろ。

 アイスピックか・・・

 これなら、貫けるだろう。全部で三本をベルトに差し込む。これが切り札。他にもありったけのフォークをベルトの隙間へ入れる。

 次は通常武器だ。盾と剣みたいな・・・

『また殴る。なぜ。ラルス』

 背中から七色の光。タイムオーバー。サハスも俺の異変に気づいたはずだ。

「隊長と連絡がとれないんだ。なにがあったのか教えてくれ」

 フライパンと包丁を構える。包丁というよりも、刃渡り50cm以上はある剣そのものみたいなやつだ。

『隊長。いない。さっき言った。今。グルス。隊長』

 まだ、そう言うか。なら、こっちから仕掛けてやる。

「俺も殺しに来たんだろ?」

 同時に、フライパンでサハスを地面に向かって、全力で叩きつける。床が抜け、かきーんっ!と乾いた音が、地下から響く。

 左手への反動も、素手よりはるかに少ない。武器を使えるって、賢いと思う。まさに人類という種の知恵だ。

 舞っていたホコリが晴れて、瓦礫の中のサハスが見える。三回も同じところにダメージを食らって、ものすごく欠けている。

 これなら、核まで貫ける。

 俺達は人間と違って、ダイヤモンドのかたちの中に、脳に値するものが入っている。心臓とかそういうものは一切無いから、それを壊すことでしか、殺すことは出来ない。

 全体が淡く発光しているのは、核を隠すため、らしい。ファスの学者が言っていた。

 包丁をフライパンと一緒に左手で持ち、アイスピックを右手に構え、高く振り上げ、動かないサハスへと飛び降りる。

 しかし、飛び降りた瞬間、サハスが輝きを増した。

 周囲の瓦礫が吹き飛んだりするわけでもなく、ただサハスだけが輝いている。

 ・・・くそっ。能力だ。

 俺も含めた地球に来た隊員は、ファスの戦争で特殊部隊であり、方向性は違えど能力を有している。

 間にあえ!この一撃が入れば・・・!

 願いもむなしく、突き刺さったかに見えたアイスピックは折れ飛んでしまった。

 くそっ!発動したか!

 俺が所属する特殊部隊が、地球に派遣されたのも、この力があればこそだ。

 俺の特殊能力は一度見たものなら、かたちだけなら何にでも変形できる能力だ。逃げ出す優輝を追いかけた時に使った能力でもある。スパイ向きの能力で決して戦闘向きではない。

 対して、サハスの能力は、シンプルなものではあるが、厄介な部類に属する。

 サハスの輝きが収まった。

『裏切り者。隊長。殺した。お前。殺す』

 すぐに距離を置く。めんどくさい奴が相手だ。こいつを送ってくるとは、グルスも賢い。

 サハスが、目の高さまで浮き上がってきたのを確認。フライパンと包丁を構える。

 でも、今のサハスに効くかどうか・・・

 サハスの特殊能力は、硬化。

 その力は、剣とも鎧ともなる。まさに戦うための、純戦闘系の力。

『死ね』

 真っ直ぐに突っ込んでくる。

 ・・・速すぎる!予想外。解放してる力でも避けられない。

「くそっ!」

 後ろに倒れこむまでの時間を稼ぐために、フライパンを身体の前に突き出す。

 フライパンに、サハスが激突する。

「なんだと!?」

 が、サハスの能力は想像以上だった。

 刻一刻と、円が広がるようにフライパンが削られていく。

 やばい!間に合わない!

 後ろではなく、横に跳ぶようにして倒れこんだ。壊れたフライパンと包丁の破片とともに、風が体の上を通り過ぎていく。

 あぶなかった。ギリギリ避けられたようだ。

 どかんっ!と壁に物がぶつかる音。

 振り向くと、壁が粉々になっている。サハスは、勢いそのままに突っ込んだらしい。

 ・・・おいおい。まじかよ。あんな直撃を受けたら、この体なんて木っ端微塵だぞ。これは借り物だから壊さないようにしないと。じゃないと、また昴に殺さねかねない。

 サハスが浮き上がってきた。その周囲で、砂塵が竜巻みたいに渦を形成している。

 ・・・竜巻か。なるほど。あの破壊力は、硬化だけの力じゃないってことか。回転の遠心力も関係しているに違いない。

『殺す』

 サハスが回転を始める後ろ側で、砂塵を含んだ空気が、ぐるぐると渦巻く。

 そして、波紋が歪んで広がる。

 ・・・ん?もしかして、あれって・・・

 それを見ると同時に、右に跳んだ。次の瞬間、サハスが突っ込んでくる。

 けど、今度は余裕をもって避けられた。あらかじめ速さを予測していたことと弱点を見つけたからだ。

 あの突っ込みには、加速が必要となる。そして、その加速のために、身体が回転して、円状の砂塵に歪みを生む。

 それが突っ込んでくる合図。

 これで、あの回転は怖くない。

 でも、これだけじゃ勝てない。あのスピードは速く、破壊力が半端じゃないことに変わりないから。素手で掴もうとすれば、腕が吹き飛ぶだろう。それに、俺もリミッター解除した状態を永遠と続けられるわけじゃない。今だって身体が軋んでいる感覚があるし。

 でも、解除していない人間の動きじゃあれは避けれない。動けなくなる前に、決着をつけなければならない。まずは、あの硬化をどうにかしなくては。あの硬さがある限り、俺の攻撃はサハスの核までとどかない。

 ・・・やっぱり時間切れを待つしかないか。

 特殊能力は、その強さに反するように発動時間が決まる。

 破壊力が強いものであればあるほど、時間が短くなる。逆に俺みたいな能力は発動時間が長い傾向がある。これも学者の説だけど。

 学者の説を信じるならば、サハスの能力発動時間は、短い、と判断できる。

 母星で一緒に戦っていた時は、サハスの能力のことは種類くらいしか知らなかった。

 でも、短いと判断するだけの理由はある。

 こいつは母星での戦争における作戦時には常に一人で最前線で能力を使って、敵を混乱させて戻ってきていた。その時間は長くなく、むしろ短いほうに入る。その時間が発動時間の限界だとすれば、優輝の体が壊れる前にどうにかできるはずだ。

 それにサハスの能力はただ単に硬くなるだけだから、強いとは言えない。けど、その硬さがもたらす破壊力・防御力は、一対一の戦闘では圧倒的な強さを誇る気がする。

 だから、サハスの発動時間は、そんなに長くはないはずなんだ。

 壁に突っ込んだサハスがまた回転する。砂塵の歪みを確認。回避。やはり速い。俺からは攻撃できない。逆にこっちが粉々になる。

 そんな攻撃を避けるのを何回か繰り返した時だった。家の中も大部分が瓦礫と化し、ホコリが充満してきて、いつ屋敷が崩れてもおかしくない状態になった頃、変化が出てきた。

 高機動戦闘機。サハスは、そう例えられる。

 戦闘機が雲をひくように、多くのホコリの影響で、サハスが回転した後にも、渦状の線ができている。

 しかし、その回転雲が左右対称ではない。

 たぶん、硬化前のダメージのせいだろう。

 人間としての優輝の情報では、翼にダメージを受けた戦闘機は、行動が著しく制限されるらしい。その状態で完全な状態の出力をだすのは自殺行為に近い。ちょっとした操作ミスが機体をきりもみ状態にし、操作不能に陥れるからだ。漫画ってやつからの情報だから信頼性は低いけど、これに頼るしかない。

 でも、真実なら、サハスはかたちがかなり変形した状態で回転してるんだから、ちょっとした操作ミスで回転が止まる状態にある。

 たぶん、あいつは全神経を集中させて回転をしているはず。でなきゃ曲がったり上昇したり、避けた俺を追撃したり、複雑な動作もできるはずなんだ。

 つまり、あいつの特殊能力が切れた時が、俺の勝機だ。硬くないサハスを避けた瞬間、全力でフォークやナイフを投げればいい。

 翼に傷を受けている戦闘機は銃弾をそのまま浴びるか、回避行動をとるかの二択しかできない。操作不能を恐れて銃弾を避けなければ、核に直撃の可能性がある。それに避けたとしても、その瞬間に、きりもみ状態になって操作不能。

 どちらにしても、俺の勝ち。

 でも、今はサハスの攻撃を避け続けなくてはならない。そろそろ俺も限界な気がしてるし。時間との勝負だ。

 それからも、避け続ける。

 やがて決着が近づいてきた。

「ギリギリだったね・・・」

 自由がきかなくなった左足を心配し始めたころにやってきた。サハスの輝きが、特殊能力発動前の輝きに戻っていく。発動の終わり。

「俺の勝ちだよ。サハス!」

 次の突撃で勝負を決める。

『まだ。負けない。裏切り。殺す』

「負けないって言ってもさ。もう、しばらくは特殊能力使えないでしょ?そんなんじゃ、いくらなんでも俺には勝てないよ」

『・・・お前。回転。止める。無理』

 サハスは、能力の切れた体で回転を始める。

 喋りだすまで少しの間があったのは、俺にもう勝てないことを悟ったからか?

 でも、もう終わりにしよう。サハスは、背後の渦を歪ませた直後突っ込んでくる。今までよりも速い速度での突撃。あいつもこの突撃で終わらせるつもりなのが感じられれる。

 でも、その突撃は俺には当たらない。

 どんなに速い攻撃も、スタートがばれていては当たらない。

 避ける直前にベルトに仕込んでおいたスプーンやフォークを、全て一斉に全力で投げた。

 人間の限界を超えた力で投げられた物体の破壊力は想像を絶するだろう。もしかしたら、突き抜けるかもしれない。

 突撃を避ける瞬間、母国を護るために一緒に戦ってきた戦友へ、最後の通信を送った。

『今までありがとね。一緒に戦えてこれて楽しかったよ』

 ・・・返事は無いか。でも返事を期待していなかったから、なんとも思わないけどね。

 目だけでサハスの行動を確認すると、回避行動をとっていた。

 でも、予測通り操作不能に陥っている。

 少しだけ右に左にぶらつきながら、床に激突するかたちで墜落し、やがて回転が止まる。

 すぐに走りより、えぐられた床に埋もれているサハスを掴む。フォークが3本刺さっていて、そのうちの一本は貫通していた。

 サハスが脆いのか、人間の力が強いのか分かんないけど・・・終わった。

 右手でアイスピックを掴み、三度の攻撃で欠けている部分に向かって突き立てる。

『さよならだね。サハス』

『・・・』

 核を貫く。何度か明滅して、光が消える。

 ・・・地球でいうところの殺人罪。でも、なんか清々しい。こういうことしたら、普通は罪の意識とかがあるんだろうけど、なんか達成感がある。隊長の仇をとったからかな?

 人間って、こういう生き物なのかな?

 ・・・俺は、人間なのかもしれない。

 昴にも佐伯さんにもまだ言ってないけど、接続時間が長くなるにつれて、小浜優輝の情報に頼ることなく、判断することができるようになっている。

 つまり、同化が進んでいる。小浜優輝になりつつあるってのが正解かも。

 サハスが攻めてきたときにも無意識のうちに、二人を護らなきゃって思った。情報を取り出して判断せず、無意識に。あのときはラルスではなく、小浜優輝そのものだと言える。

 けど、今はそんなことはどうでもいい。

 今は、一刻も早くこの屋敷から離れる必要がある。サハスがやられたことを、残りの奴らが気づくのも時間の問題だろう。

 二階への階段を上りきったときに気づいた。

 俺にはもうあの二人しかいないんだ。

 隊長が死んで、俺は裏切り者だから。今、二人に見捨てられたら、本当に一人になっちゃう。なにより計画が発動されたら、グルス達に人類が滅ぼされてしまう。

 優輝となりつつある俺は、昴や佐伯さんが死ぬことを望んでいない。

 だから、あの二人には俺のことを全部、本当に全部話して力を貸してもらおう。

 二階の一番奥の部屋の扉を開ける。

 そこに、2人はいた。ベットの膨らみは佐伯さんだろう。予想通り、佐伯さんが出てくる。昴は、少しだけ警戒感は薄れていたけど、ナイフは下げてくれない。

 でも、それを無視した。

「居場所がばれた。まず、ここから移動しないといけない。そして、聞いてほしい。俺の星で起きたことを。この星に来た理由を。そして、俺の星・・・ファスとこの地球が切り離せない関係になっていることを。君たちを助けたいんだ。この星も。だから、信じてくれ」

 二人はお互いを見て、覚悟を決めたような顔で頷いてくれた。

「ありがとう。行こう」


 裏口から屋敷を出ると、外はもう真っ暗になっていた。

 ラルスに逃げろって言われてから、部屋に隠れている私は、昴君と話ができないでいた。

 いつもと違いすぎる昴君が怖いから。でも、それ以上にラルスを、優輝君を殺そうとしたことが許せなかった。殺そうとした理由は分からないけど、私からは絶対に聞くもんかって思う。昴君が話すまで待ってやる。

 腕時計は、7時を回っていた。

 でも、ラルスはまだ戦っている。間隔をあけて、轟音が響いてくるから、それが続いているうちは、ラルスは負けてないってことだ。

 そこで思った。

 ラルスは、この後どこに行くんだろ?まさか、優輝君の家に帰れるわけないし。それに、お化け屋敷は、住める様な状況じゃないし。

「馬鹿なことしたって思ってるでしょ?」

 やっと喋った。ただ、私を見ずに部屋の扉を見ていて、外を警戒しているようだけど。

「なんのこと?私、さっぱり・・・」

 とぼけてみた。だって、私にとっても昴君にとっても大切な人の体に接続されてるからって、あれは優輝君の体。私なら、優輝君を刺すなんてできるはずがない。

 でも、昴君はなんの躊躇いも無いように、優輝君の姿をしているラルスを殺そうとした。

 私よりも優輝君と付き合いの長い昴君だから、私じゃ想像もつかないような、友を思いやる理由とか気持ちがあるのかもしれない。

 そのありのままの気持ちが知りたいから、自分から話してくれるのを待つつもりだった。

 昴くんは、困ったな、って微笑んだ。

「佐伯は、俺がただ単にラルスを殺そうとしたって思ってるでしょ? でも、俺だってラルスを殺したくないよ。 けどさ、死んだ優輝が目の前で生きているように話すんだよ。子供の頃から一緒にいた友が・・・中身は優輝じゃないのに!そんなの堪えられない!優輝が、死んでからも死に切れないなら、いっそのこと・・・!」

 一気に吐き出すように叫んだ。

「・・・俺が殺してやる、って。今度こそ安らかに死なせてやる、って。 佐伯に、俺の気持ちが分かる? 自分の分身みたいに大切な存在が、利用されてるのを我慢できない気持ちが?」

 昴君は膝を抱え込んで、その中に顔を埋めてしまった。

 ・・・ごめんなさい。心の中で、本気で謝った。昴君は、想像していた以上に思い悩んでいる。私は昴君と違って、優輝君が戻ってきてくれたみたいで、子供みたいにはしゃいでただけ。そんな私の横で、昴君はこんな複雑な思いをしてたんだね。初めは、私と同じように嬉しかったんだと思う。でも、私なんかより遥かに付き合いの長い昴君は、優輝君が汚されているようで我慢できなかったんだ。

 ・・・私は、まだまだ子供だね。

 微かに震えている背中を見ながら思わずにはいられなかった。

 私は優輝君の死を認めることができなくて、目を逸らした。そこに、ラルスが現れて、縋りつくようにして逃げた。優輝君の死の受け入れを、先延ばしにした。

 そんな自分がすごく腹立たしくて、悲しい。

 私の好きだった人の親友は、自分の信念に従って、優輝君を助けようとしているのに。

 なのに、私は・・・

 無意識のうちに手に力が入っていた。

 ・・・強くならなきゃ。もう泣くだけじゃ許されない。悲しみを乗り越えて、次に何ができるかを考えられるくらいに、強く。

 昴君が顔を上げた。

「ラルスを恨んじゃいないよ。 優輝に謝れたのはラルスのおかげだし、束の間だけど帰ってきてくれた気がしたから。でも、俺は優輝になれるラルスじゃなくて、優輝じゃないと嫌なんだよ・・・」

 さっきよりは落ち着いていた。でも、膝を抱えたままの姿勢は変わらない。

 ・・・私だって、同じ気持ちだよ。でも、次へ進もうよ、昴君。もう優輝君は帰ってこない。そう教えてくれたのは昴君じゃん。そのあなたが、泣いてちゃ駄目だよ。

「昴君。ラルスに頼んでみよう。優輝君を還してって。今度は、私も一緒だから。力になれないかもしれないけど。

 でも、ラルスを殺そうとするのは、絶対に許さないから。親友同士が殺しあうなんて、そんなの耐えられない」

「でも、ラルスが素直に還してくれるとは思えないよ。そしたら、もう一度俺が・・」

 もう一度俺が・・・なに?その言葉は聞きたくないよ。

「二回も優輝君を死なすんだ?」

 昴君は、驚いた顔で何か言おうとしているけど、私は構わず続ける。

「優輝君を助けるためって?それは違う。助けてない。きっと、あとで後悔することになるよ。昴君の理由がなんであれ、結果的には、その手で殺すことになるよね。助けるために刺すの?親友のあなたが。誰よりも優輝君に近いあなたが。親友にまた痛みと苦しみを与えちゃうの? 一度目はラルスに殺されて。そして二回目の死を・・・昴君。あなたに」

 昴君を説得するので精一杯だった。

 私の言ってることは正論じゃない。昴君の後ろめたい部分を責めているだけ。でも、こうでもしないと止めることはできない。

 死んだ優輝君がまた死ぬのだけは・・・

 ・・・あれ?なんかひっかかる。なんだろう?さっきのダイヤモンドの襲来で、中途半端に終わった気が・・・え~と・・・

「あーーーーーーー!」

 思い出した!もしかしたら、優輝君は!

 昴君がいきなり大声を出した私を見ている。

 それを見つめ返す私の顔は、笑っているに違いない。ラルスのあの言葉は、この状況を脱出するのには十分だから。なんで今まで思い出さなかったんだろう。

「昴君!ダイヤモンドが来る前にラルスが言ってたこと覚えてる?」

 その言葉に首を傾げながら、昴君は考えている。やがて、あっ!って顔をして笑った。

「優輝は死んでないかもしれないんだ!」

 よかったぁ~。覚えててくれて。頭に血が上ってラルスの言葉が聞こえてないかと思ってたよ。

「そうだよ!私たちの早とちり!勘違い!ラルスは一言も殺したなんて言ってないじゃん。よ~く思い出してみて。この屋敷に来てからの質問で、ラルスはなんて答えた?」

「触って倒れたから、接続をした」

「でしょ!私には、殺しかけちゃったから接続してみた。って言ったよ。つまり、ラルスにもよく分かってないんだよ。だから、優輝君はまだ・・・」

 一度落ち着こうと話すのを止める。今からの言葉を、自分自身にも言い聞かすために。

「生きてるかもしれないんだよ!」

 昴君は笑みを浮かべた後、顔をしかめた。

「でも、俺達を騙そうとしてる可能性があるかもしれない。優輝の体を使うための口実かもしれないし」

 膨らんだ希望が少し萎んだ。昴君は落ち着きを取り戻したようだ。私はこんなことにまで頭が回らないから。ラルスの言葉を全面的に信じて、有頂天になっていたみたい。

 ・・・まだまだだね。もっと強くなるってさっき決めたのに。目の前にある餌に尻尾をふって喜ぶ犬みたい。情けないなぁ。

 ・・・でも、ラルスは言ってくれた。

『昴!佐伯さん!二階に逃げろ!』

 推測だけど、優輝君の体が必要なら、私たちはラルスにとって必要のないものになる。

 いや、むしろ邪魔なはず。優輝君を取り戻そうとしている私たちが一緒だと、仲間のもとに戻れない。あのダイヤと一緒に私たちを殺せば、優輝君の行方を知ってる人間はいなくなるのだから、ラルスが戦う必要はない。

 でも、『逃げろ!』って言ってくれた。

 そして、今もまだ戦っている。

 だから、私はラルスを・・・

 それが甘い考えだって事は、充分理解しているつもりだけど、昴君みたいに考えるのが普通なのかもしれないけど・・・

 逃げろ!って声に、優輝君を感じたから。

「私はラルスを信じるよ」

「・・・佐伯。お前・・・」

 昴君は、ぽか~んとした顔をしていたが、やがて自嘲的な笑みをもらした。

「そんな顔されちゃったらなぁ。OK。俺は、ラルスは信じきれない。けど、佐伯。お前を信じるよ」

 肩の力が抜けた。これでラルスと昴君が殺しあう事態は防げた。

 と、安心しきったところに、今までより一際大きな轟音が響き渡った。

 地震みたいに足元が揺れる。

「わっ!あわわわわっ!」

 たまらずバランスを崩してしまう。

 屋敷が崩れそうな勢いとともに、天井からホコリの塊が雨みたいに降って来る。

 揺れが収まると、静かすぎる時間が訪れた。

 昴君がナイフを構え、ドアへ向かっている。

「部屋の奥へ行っててくれ。だぶんだけど、決着がついたから」

「えっ!?じゃあ、ラルスが・・・」

「勝ったとは限らない」

 ・・・また考えが甘かったな。すぐ良い方に考えるのは、悪い癖だ。気をつけないと。

 でも、ダイヤが来たら、あんなナイフで戦えるの?そんなので勝てるの?

 がちゃっ・・・ドアのノブが回る。

「早く隠れろ!」

 ノブが回転したのに驚いたぶんだけ時間をロスしてしまって、ベットに飛び込むのが精一杯だった。

 誰かが歩く音・・・足音。ラルスだ。よく考えれば、ドアノブを回せるのは、手があるから出来るんだから、ラルスしかいないのに。

 すぐにベットから立ち上がる。

 昴君は、ナイフを構えたまま下ろそうとしないけど、約束してくれたから大丈夫。

 ラルスがドアを開けたまま動かない。

 突然に話してきた。

 私と昴君は、その内容に驚きはしたけど、ほぼ同時に頷いた。

 だって無表情な優輝君の口調は、今まで聴いた中で、一番切実さが込められていたから。

 それに、俺を信じろって言ってくれたから。

 私たちは、すぐにお化け屋敷を後にした。

 今は、三人で相談して決まった隠れ家に向かっているところ。

 私の心は未知のことを知る好奇心でいっぱいになっている。でも、同じくらいに恐怖もある。事態が信じられない方向へ向かっているのは、きっと間違いない。

 もう後戻りはできない、とラルスの背中が語っている。昴君も緊張しているように喋らずにただ歩いている。

 吹き付ける風が体に絡みつくように湿っぽい。そっか、もう夏休みだった。でも、長い一日だったな。そう思うと、疲れを感じた。

 朝から優輝君の遺体が行方不明で、普通に歩いていると思ったら、ラルスが接続していて、ダイヤモンドが襲ってきて。

 なんか、ありえない。

 でも、ありえたからには、認めるしかない。

 夏休みはどうなるんだろう?・・・優輝君はどうなるんだろう?

 赤い屋根の家が見えてきた。上着にしまってある鍵を取り出す。

 次の隠れ家は、私の家だ。


 俺達は、リビングで話を聞くことになった。

『佐伯の部屋なら他の部屋より狭いから、ダイヤの襲撃に対応しやすい』

 そんなラルスの提案は、佐伯の猛反発で不採用になった。ラルスは『なんで、だめなのさ?』と聞き、佐伯は『駄目なものは駄目なの!』と叫び返すのを、6回繰り返した。

 そこで佐伯の怒りが、頂点に達しそうだったから、仲裁に入ったけど、ラルスは思ってた以上に素直に従った。

 ・・・やれやれ。女心、か。

 佐伯は、顔を赤くして、肩で息をしている。

 優輝が戻ってこれたとしたら、この2人の同じようなやりとりが見られるのかな?そう思うと意思に反して笑いが漏れそうになる。

「ふふっ・・・ぐはぁっ!?」

 わき腹に鈍痛。

 ・・・肘鉄でこの威力。その細い腕のどこにそんな力があるのか。

 横にいる佐伯に、視線を下げる。『何笑ってるのよ?』と言いたげな笑顔。でも目は笑ってない。痛みを我慢して『何でもないよ』って何とか笑顔で返事することができた。

「昴、どうしたの?」

 リビングからの心配そうな声。

「ううん。なんでもないよ」

 女の子って怖いんだ。生まれて17年目にして、それを体と心に刻まれた瞬間だった。

 3人で、テーブルを囲む。

「さてと、何から話そうかな」

 ラルスはそう言って悩んでいたが、その前に言っておかなければならないことがある。

「ラルス。話すときに小浜優輝の情報って、前置きしなくていいよ。お前の星の言葉を、俺達の言葉に置き換えて話せることは、今までで分かっているから」

 こうでも言っておかないと会話がめんどくさい。同じ言葉を繰り返して使われるのは、あまりいい気持ちがしないし、スムーズな会話が成り立たない。何より、その話し方は、優輝が道具みたいで嫌だ。

「了解。じゃあ、まずは俺達の母星ファスで起きた戦争のことを理解してほしい。これが、全ての原因だから」

 ラルスはどこか遠い目をして話だした。

「前も言ったけど、地球とファスはよく似てるんだ。そこを覚えておいて。で、ファスの生き物は、ものすごく長命でさ。君らの平均寿命80歳くらいかな。それがどのくらいの期間かは知らないけど、比べ物にならないほど長いはずなんだ。 だから、俺の故郷を含めたファスの国々は、徐々に増えていく人口が引き起こす土地不足に悩まされていた。もちろん黙っていたわけじゃない。各国独自の政策が採られたよ。ある国は、地下に住居の建設。ある国は、海の中に住居の建設。そして、俺達の国では、宇宙に進出する道が模索されていた。この時点では、国家同士の交流はまだあった。安全条約を結んだりしててさ。平和だったんだよ・・・表面上は。 裏では、食料の奪い合いが激化していてね。各国の特殊部隊は隣国に侵入しては、食料の奪い合いを繰り返していたよ。まぁ、俺ら7人もこういうことをしていた。最初は、国境ぎりぎりの農村を襲っていたけど、数にも限りがあるからね。次第に仕方なく奥の方へ、隣国の中心部へと向かっていくことになるわけ。 そうなると、こっちの食料を奪いに来た隣国の特殊部隊や国境防衛の正規軍と衝突する回数が、どうしても増えてくる。 俺達は、戦争になることを恐れていた軍上層部から、戦闘行動を避けるように、と命令されていたから、見つかっては逃げるを繰り返しながらも、何とか食料を手に入れていた。ところが、ある年の冬。別大陸での大国同士の宣戦布告をきっかけに、待ってましたと言わんばかりに、戦火が全世界へ広がった。で、俺達の国は世界で二番目に大きな大陸にあって、金魚の糞みたいになんとか大陸にくっついてる小さな島なんだ。だから、大陸との繋ぎ目を死守してれば、地上から攻められる心配はない。さらに島の周囲も高い山と厳しい冬のおかげで、海側からも攻めてこれないという、恵まれた環境にあった。もちろん戦死者は出たけど、そこを護っていれば負けない戦争をやっていた。そんな中、俺達は、戦争終結までずっと最前線で戦っていたから、首都で起きている事態の変化に気づくことはできなかった。 各国の戦力がなくなり、戦争終結が近づくにつれ、学者が、この大陸が食料を育てられない状態なのを発見した。細菌兵器みたいなやつの影響で土地が死んでしまったらしい。 それで模索中だった宇宙進出が、急いで進められることになった。ただ、その方針が変わった。初めの目的であった増えすぎた人口を宇宙に造った住居に住まわす計画から、ある仮説のもとに部隊を派遣することになった。その仮説とは、宇宙にはファスと同じような星があるはず。そこに移民しようって説。 もちろん、その星に先住民がいた場合は?って質問があったよ。これには、次のような答えがあった。太陽からの距離を測り、これからファスと同じようになる星を見つける。つまり、生命体が発生する前の状態で手に入れるってね。すぐに、数十隊の調査隊が宇宙へと進出した。そして、1つの部隊がある情報を持って帰ってきた。太陽とファスと同じ関係で、生命体が存在していない形成中の星がある。と」

 ラルスは喋りつかれたのか、コーヒーを口につけ間をとった。

 俺も、無意識に大きく息を吐いていた。

「それがこの星、地球だった。俺達の国は、形成中の地球に無数の環境改造用機械を送り込んだ。地球がある程度完成したら、ファスと同じ環境を造るためにね。そして、完成時期を予測して機械を起動させる部隊を送り込む・・・はずだった。 でも、俺達の国は、目先の利益に惑わされてしまった。別大陸での戦争で、ほぼ壊滅上状態の国が勝ち残った場所があった。こんな楽して土地を手に入れられるチャンスはないって、俺達の国は容赦なく攻めた。結果は完勝。さしたる被害もなく、大きな食料栽培地と住居地を手に入れたんだ。それでまた計画が変わる。遠くの星への移住より、その大陸へ移住するほうが、遥かに安全で効率がいい、と首脳部は決定した。それが、全ての始まり。地球に送り込まれた作業用機械はスイッチを押されるのを待ったままで放置されることになった。それからの他大陸への移住は、しばらくうまくいってたよ。戦争で生き残った国の中でも、俺達の国は被害が少ないほうで、戦力も施設も生き残っていたから。しかも、他の国は、自分らのことで精一杯で他国を侵略することなんてできる状態じゃなかったからね。安心して開拓していったよ。 でも、156サースの時間が流れたときだった。あ、サースってのは、俺らの時間の数え方さ。地球じゃどれくらいの時間か判断できないから、これはこのままで進めさせてもらうからね。で、156サースたったとき、限界がやってきた。 その計画も長くは続かなかった。いくら広い土地でも、やっぱり増え続ける人口を養いきれずに、飽和状態が訪れた。 そこで、宇宙進出計画がまた注目された。政府は、地球を手に入れるために機械のスイッチを押す部隊の派遣を決定した」

 ラルスは自分、優輝を指さした。

「それが俺達7人ってことさ。特殊部隊として、戦争で勝ち抜いた力が認められたのかは知らないけれど、派遣部隊として選ばれて地球に送り込まれた。 でも、地球では、学者の予想を遥かに上回る事態が発生していた」

 今度は、俺と佐伯を指差した。

「君ら人間の存在だ。作業用機械を送り込んでから、たったの156サースで生命体が存在していたんだ。学者の予想では、生命体はまだ発生しておらず、いたとしても原始的な生物か下等生物だから環境開拓には何の支障もないってね。ところが、もう君らがいた。計画の実行が困難になっていることに、俺達はどうしようも出来なくなった。ここまで文明が既に出来上がっているとなると、高度に物事を考えられる生物がいるってことにもなる。計画を実行したら、人間だって黙って侵略されるわけがない。そうすると、人間の戦争になるのは確実だ」

 ラルスは、深く座り直した。

「それで、今後の方針を決めるために隠れられる場所を探して、公園に逃げ込んだ。ここで、俺達は二派に分かれてしまった。『ファスに戻り、政府の指示を受けるべきだ』とする一派。『機械と協力して人間を滅ぼし、この星を手に入れる』とする一派。 ファスに戻ると言ったのは隊長と俺で、滅ぼすと言ったのは残りの5人さ。 隊長と俺は5人を説得しようとしたけど、隊長より軍団長からの命令が絶対だ。と聞き入れてくれず、俺と隊長の隙をついて勝手に動き出してしまった。そして、どうしようかと悩んでいるところに、人間がきた。 それが、この小浜優輝だ。 俺達を見た彼は逃げようとした。俺達は、優輝から存在が広まっていくことを恐れた。だから、俺が追いかけて・・・えっと拉致しようとした。殺そうとかじゃなくて、人間のことを聞いて方針を決める参考にしたかったから。でも、それは出来なかった。こんなこと言うと昴や佐伯さんは怒るかもしれないけど、人間は脆すぎるよ。優輝を引き止めようとしたら、いきなり倒れてしまって、死んだかどうか判断できず、隊長に指示を仰ぐことにした。そして、俺が接続することになった。この体を他の人間に見つからないようにする必要があったから。倒れてる人間が見つけられると俺達まで見つかってしまう危険がある。そんな状況は回避しなくてはならない。もちろん接続は初めてだから、いろいろと焦ったことがあったよ。優輝の体を動かせるようになるまで時間がかかったこと。その間、俺の意識が失われてしまうことが厄介だった。その間に、通報されてしまい死体として取り扱われて、最終的には小浜優輝の家へ運ばれた。ここで接続状況を確認したときに、昴とは一度会った。目を開けて、口も動かしてみたけど、まだ完璧じゃなくて、また接続に集中したから、意識が途切れた。そして、接続が完璧になった時点で静かに動き出して、服を手に入れて家を出た。隊長と合流して仲間たちを探すためにね。そこで仲間たちと通信ができなくなっていることに気づいて、隊長に尋ねてみた。すると、隊長も人間に接続していることを教えられたのと同時に、仲間と通信不能になっているのを教えられた。他の仲間と通信がうまくいかないのは、人間と接続しているからっていう可能性があるって。ノイズとか障害物みたいな感じでね。ちなみに隊長が接続した人間は、俺が接続中の優輝が倒れてるのを見つけて通報した人間。隊長もその人に姿を見られてしまったんだ。しかも、俺と同じようにお葬式をやられたらしい。つまり、接続するとこの星の医療技術でも気づけないほど、限りなく死にちかい仮死状態になるみたいなんだ。それからは町に出て、仲間たちとの通信を繰り返しながら、地球を観察していて・・・ そして、佐伯さんに会ったんだ」

 ラルスは、コーヒーを飲み干した。

 話を自分なりに整理してみる。つまり、ラルスは地球侵略のために来たってことだ。人口が増えすぎた母星を助けるために。

 でも、ラルスを見ていると侵略しに来たとは考えられない。それに、どうして仲間を殺してまで俺と佐伯を助けた?優輝と同じで、今殺すのはまずいと思ったんだろうか。どういうことだ?

「ラルス。なんで、お前の仲間が来た時に、俺と佐伯に逃げろって言ったの?侵略が目的なら、俺達を助ける必要はないよね」

 目の前のラルスは宇宙人だから考えていることは、人間と違うだろうし、これは俺と佐伯の命に関わる問題だから聞いておかなければならない。今更、いつ殺されるか分からない恐怖が湧いてきた。ラルスがいきなり襲いかかってきてもおかしくない。今の俺達は生かされているだけなの可能性だってある。

「それなんだけど・・・」

 ラルスは、どう説明していいか困っているような感じで話し出した。

「俺は小浜優輝の影響を受け始めてる。体だけでなく、心まで小浜優輝になりつつあるって感じなんだ。サハス、あのダイヤモンドね。サハスに襲われて、君らに逃げろ!って言ったのは、俺の意思だけじゃない。小浜優輝として考えるより先に言ってたから。 厳しい言い方だけど、俺に昴と佐伯さんを助ける意味はないよ。俺達が地球を侵略するなら、遅かれ早かれ死ぬことになるからね。もちろん小浜優輝として考えるならば、君らを助けようって考えになると思うんだ。 でも、俺はラルスだ。なのに、俺の意志とは関係なく2人を助けることを決めていた。 俺が優輝になりつつあるのか、優輝が俺になりつつあるのかは分からない。優輝が、生きてるのか死んでるのかも分からない。正直、何も分からない。 ただ、俺が、この体から離れることで優輝は意識を取り戻すかもしれないけどね」

 じゃあ・・・と思った。今すぐ離れてくれ、と。でも、ラルスの言葉が、俺の言葉を言わせなくした。

「でも、今は離れられない。接続の影響で体の至る所に侵食が進んでしまって、俺の体と優輝の神経が複雑に絡みあっている。無理に分離しようとすると、生きているかもしれない優輝の神経に重大な傷を負わせ、そのショックで死なせかねない」

 ばんっ!と、テーブルを叩きつける音。

「そんなっ!じゃあ優輝君はどうなっちゃうの!?」

「分からない。地球の医療技術なら、俺を分離させられることはできるかもしれないけど、そうすると世界的な事件になって、俺の母国だけじゃなく、ファスにまで被害が及びかねない。最悪、地球とファスの生存戦争だ。 それに、俺も実験台にはなりたくない。だから、ファスに帰ってからじゃないと分離できないよ。それまで優輝がどんな状態にあるのかは分からないんだ」

 じゃあ、優輝はファスに連れて行かれるのか。それから地球に戻ってこれるのか?

 ラルスが話を続ける。

「けど、その前に残りのダイヤと作業用機械の起動を止めなくてはならない。計画が発動してしまったら、地球に甚大な被害が出ることになるし、優輝が帰れる場所もなくなってしまう」

 優輝を助けたければ、ダイヤを止めるのを手助けしろ。そう聞こえる。つまり、ラルスは俺達に助けを求めているってことなのか。

 でも、なんでだ?俺達がいないほうがラルスは行動しやすいはず。それに、俺達が助けたところでダイヤと戦える力はない。

「俺と佐伯に助けてほしい。そう言ってるのか?」

「うん。だって、仮にも死体の優輝が一人で歩くのはいろんな意味で問題あるでしょ?そんな時に、フォローしてほしい。俺一人じゃ誤魔化せないだろうからね」

 そういうことか。確かに、ラルスの言うとおりだ。死体が一人で歩いてたら、どんな事になるか知れたもんじゃない。もっとも、俺達と一緒に歩いてるからって問題ないわけじゃないけど。でも、どうにかできる可能性は、ラルスだけで行動するよりは、はるかに高い。

「それより・・・」

「それより・・・なに?」

 自分の考えに浸っていたため反応しきれず、佐伯が先を促した。

「優輝が、君たちに助けてほしいって心の奥から語りかけてくるんだ。そして、俺に語りかけてくるんだ。 昴と佐伯さんを助けるんだって。

 そのためには、君らの世界も護らないといけない。だから、俺は仲間と戦うよ」

 そのためなら仲間殺しなんてなんでもないことだよ。って、最後に付け足した。

 でも、ラルスにしてみれば母星でともに戦ってきた仲間だ。少なくても憎んでいるような間柄ではない。もしかしたら、俺と優輝みたいに親友に近い関係の奴だっているかもしれないのに。

「でも、ラルスは仲間と戦えるの? あのサハスって奴は俺達を護るために、殺したけどさ。残りのダイヤが、ラルスに部隊に戻って来いって言ってきたら、どうする?それでも戦ってくれるのか?」

 もし、ラルスが仲間に戻ってしまったら、事情を知る俺と佐伯が真っ先に殺される。俺だって死ぬのは嫌だから、ラルスが俺達を護ってくれるっていう明確な根拠がほしい。

「昴。俺を殺そうとしたのはどうして?」

 困惑した。なんで、今聞かれるんだろう?でも、ラルスだって意味なく聞いているわけではないはずだから、答えることにした。

「ラルスが優輝を殺したから、仇をとって、優輝の体を取り戻すつもりだった。でも、ラルスは優輝を殺してしまったか分からないと言ったよね。だから、ラルスを殺しても意味がないって思ったんだ。

 けど、ラルスが優輝を殺したんだと分かったら、俺はまたお前を殺そうとするよ」

「昴君。まだ、そんな・・・」

 そんな佐伯の非難が聞こえたけど、俺は少し笑って首を横に振った。この気持ちだけはたとえ佐伯でも譲れない。佐伯も分かっているのか、それ以上何も言ってこなかった。

「そう。それだよ。昴」

 俺にまた殺すって言われたことは気にもとめていない様子だ。

「俺と同じように人間に接続した隊長がいるって言ったよね。正確には、いた、だけど。その隊長が殺された。仲間のはずの奴らにね。その事実にサハスとの戦いで気づいた。だから、サハスを本気で殺した。昴。君の言う仇討ちさ。 繰り返すけど、俺は優輝の影響を受け始めている。もともと、俺達には仇討ちというような感情は希薄なんだ。でも、サハスを殺したとき、清清しい気分になったよ。そして誓った。残りの奴らも殺して、仇を討つって。昴なら、俺の気持ちも分かるよね? だから、俺を信じてくれないか? 地球を、何より優輝を救うために」

 ラルスの言うことは理解できる。人間の影響を受け始めているのなら、そういう風に考えてても何ら問題はない。

 でも、俺はまだ信じきれないでいる。

 ラルスはやっぱり宇宙人だ。俺達とは根本的に本質が違う。人間以外の生命体と信頼関係を築けるって、証明できるのか?

 そりゃあ、ラルスは言葉も操れるし、人間と同じように自我だって持っているから、こうやって話し合いもできる。けど、自我があるってことは、俺達を騙せることもできるってことだ。信じるべきなのか・・・

「私は、ラルスを信じるよ」

 佐伯が俺を見てきっぱりと告げた。その目が語っている。何を迷ってるの?ラルスを助ければ優輝君は帰ってくるんだよ。

 ・・・佐伯は変わったと思う。

 人とあまりうまく話せなかったのに、1学期の間でだいぶ変わっていた。それに、今日会って話してみると、自分の気持ちを自分の言葉で言えるようになっている。

 お化け屋敷での佐伯は、まるで別人だった。迷いがない怖いほどに真っ直ぐな目。一学期の佐伯はどこかおどおどしていたのに、今は自分の気持ちに素直になって、それを俺に伝えてきている。

 ラルスとの出会いが、佐伯を変えたとしか考えられない。

 ・・・なのに、俺は、何も変わっていない。

 常にクラスの輪を考えて、自分の気持ちと協調を天秤にかけ、自分に有利なほうを考えて選んでいた。

 今だってそうだ。

 ラルスが信じてほしいと言った気持ちと俺の疑いを天秤にかけて、どっちが俺のためになるか考えている。

 そんなだから優輝を失ったというのに。

 俺は佐伯みたいに自分の気持ちに素直になれないでいる。

 ・・・俺も変わらなくちゃ駄目なんだ。

 迷うことなく自分の気持ちを選べる強さを手に入れるために。

 一学期の終業式を取り戻すために。

 ラルスが、そのチャンスを与えてくれいてる。もう過ちを繰り返さないチャンスを。

「俺も信じるよ」

 ありがとう、佐伯。俺も2度と後悔しないために、自分の気持ちに正直になってみるよ。

「ありがとう。昴。佐伯さん。

 それで、確認しないといけないことがあるんだ。この星の歴史を教えてほしい」

「俺が知ってる範囲でなら教えるよ」

 ラルスは、じゃあと前置きして喋りだした。

「この星の形成中に、隕石がものすごく多く降ってきた時期があったはずなんだ。 知ってるかな?優輝はその時期を、正確に知らないみたいなんだ」

「私も正確にはちょっと・・・生物選択だから」

 佐伯は生物選択なのか。センターには地学のほうが有利なのに。俺と違ってセンター試験は受けないのかもしれない。

「たしか地球の歴史で20億年前だよ。地球の核の重力に吸い寄せられるように数多くの隕石が集まってきた時期があったらしい。それが地球を形成する基礎になった」

 へぇ~って感じで佐伯が感心しているけど、別に感心することじゃない。国立大学の受験に必要で覚えているだけだから。

「やっはり、そういう時期があったんだね。その隕石の一部が、作業用ロボットさ。じゃあ、156サースは20億年になるってわけだね。それって長いの?」

「長いなんてもんじゃない。そんな時間を生きられる生命体なんて存在しないって。

 そんな生物がいたら驚きだよ。もし、存在するなら、この目で見てみたいよ」

「でも、俺は、その20億年を生きているみたいなんだけど?」

「・・・はい?」

 自分の耳を疑った。ラルスって優輝の影響で冗談も言えるようになったのか。すごいな。って感心してるときに追い討ちがきた。

「さっきも言ったけど、俺はこの地球に作業用機械が送られていくのを、この目で見たから。それで、地球に派遣されたからさ」

 ・・・世界って、いや宇宙って広いな。

 少なくとも20億歳。なんか普通の反応しかできないんですけど。

 佐伯なんて、目を見開いたままで微動だにしない。よほど衝撃が大きかったようだ。

「それよりも、地球の基礎を成してるって言ったね。それだとかなりやばい状況だよ。 地球は侵略されるどころじゃなくて、間違いなく・・・」

 ラルスは一度言葉を切った。

 効果的な喋り方を知っているみたいに。

「一度は壊れちゃうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る