第3話 北条 昴の章
俺は弱い。
周りから頼りにされることでしか自分の存在を認識できないから。
だから、優輝が羨ましかった。表面上では意地っ張りだけど、それ以上に優しい。
そして何より、一人でも生きていけそうな力を、あいつに感じていたから。
俺もいずれ、子供の頃からの親友のようになりたい、と思っていた。
でも、あいつは死んでしまった。
高校最後の一学期の終わりの日に。
俺のせいだ。
飛び出したあの背中を追いかけることができていたなら・・・自分を責め続けた。
でも、あいつが死んでから・・・
その光景は嬉しさより恐怖が上回った。
一学期最後の日。
今まで見たことの勢いで優輝が怒っている。
その言葉が胸に突き刺さって、何も言えない。言い返せないってことは、優輝が言ってることが真実だからか?俺は優輝を見下していたんだろうか?
違う!と心が叫んでいる。俺の気持ちを言わないと。伝えないと!
目の前で優輝はまだ叫んでいた。
「・・・俺の気持ちも知らないでよ!でも、俺は、俺はそれでもお前のことを・・・!」
不意に怒声が途切れ、優輝は驚いたように周りを見渡す。
今しかない。俺の想いを伝えないと!
「優輝!俺は、お前を・・・」
と、優輝の顔色が蒼白になり、教室から飛び出してしまった。
俺は、その背中を追いかけることが出来ずに、ただ見ているだけだった。
優輝の表情に、何も考えられなくなってしまったから。子供の頃からの付き合いで、あんな死人のような表情をされたことはない。俺が優輝に言ったことで、何かが優輝にとってショックだったんだろう。それが、どんなものであれ、優輝を傷つけてしまった。
とにかく、追いかけないと。
でも、体が浮いているように現実感がなく、動くことすらできない。自分の息遣いだけが、やけに大きく響く。
「待って!優輝君!」
今の声・・・佐伯か?・・・駄目だ。くらくらする。まだ動けない。
「昴・・・大丈夫か?」
その一言で、はっ!とした。
「あっ・・・うん。ちょっと驚いただけ。全然平気だよ」
クラスメイトの一言で引き戻された。
追いかけて優輝に、ちゃんと伝えなきゃいけない。それは、違うって。
急いで鞄を、手に持つ。
「昴君!追いかける必要なんかないよ!あんな酷いことを言われたのに。文句言うつもりなら、とめないよ。でも、連れ戻すつもりなら、行かせないよ!」
女生徒の鋭い制止に、足が止まる。
「そうだぜ!18時からカラオケ行くんだろ。クラスの輪と優輝、お前はどっちをとるんだよ?」
クラスの男子が追い撃ちをかけてきた。
手に力が入るのが自覚できた。そんな言い方は卑怯だ。
俺は周りから頼りにされないと、認識されないと、自分の存在を認識できない。
誰かのために頑張っている自分じゃないと、存在意義が分からなくなってしまう。俺は、一人で生きていけるほど強い人間じゃない。
なのに、そんな言い方されたら、優輝を追いかけられないじゃないか・・・ちくしょう。
・・・ごめんな優輝。明日、必ず謝るから。今日だけは、許してくれよな。
「まぁ・・・あんなこと言った奴なんてどうでもいっか!今日はもちろんカラオケ!皆で楽しもうよ!」
クラスに安堵の色が拡がる。
けど、俺の心は、優輝を選ばなかった自分への嫌悪と腹立たしさが渦巻いていた。
そこへ、佐伯が戻ってきた。
「あっ。佐伯。今、優輝を追いかけたんだよね?どこにいったか知ってる?」
けど、佐伯の耳には入っていないみたいだった。クラスメイトも声をかけたが、佐伯は鞄を持って出て行ってしまった。
「佐伯は優輝ラブですな。ったく。あんなクソ野郎のどこがいいんだか?わっかんねぇなぁ。俺のほうがよっぽどいいのにさぁ~」
そいつも、周りの奴らも笑っていた。
・・・クソ野郎、だと?ふざけるな。お前らに何が分かるってんだ。そりゃあ、人気ある佐伯が、優輝を好きだからって、そんな言い方・・・クズ野郎が!
ふつふつと怒りが込み上げてきた。手に力が入る。我慢できそうもなかった。
「昴~。お前もそう思うっしょ?俺のほうがよっぽどいい男だってさ」
さっきと同じ声。もう限界だ。俺はそいつに振り返った。
てめぇのどこがいい男だ?くそったれ!
そう言うつもりだった。けど、クラスの目が全て、俺を見つめている。
クラスの輪。優輝。必要なのは?
・・・また、お前を裏切っちまう。こんな俺を、お前はどんな風に罵るかな?
「お前の方がよっぽどいい男だよ」
つもどおりの笑顔を浮かべながら、自分でも驚くほどに平然と言えた。
クラスメイトが、そんな俺の言葉で笑う。
悔しいけど、俺が俺を感じるためには、こんな奴らでも必要なんだ。
俺が、ここに存在するためには。
この後、優輝への後ろめたい気持ちを振り払うようにカラオケで歌いまくった。
クラスの輪を保つために。そして、俺自身のために、クラスでの俺の地位を失いたくなかった。
頼りにされる地位。
それがあるから、俺は俺であることを感じられる。教室でお前を選んでいたら、俺はもうクラスから見向きもされなくなると思った。
そんなの耐えられない。俺は、お前みたいに一人でいられるほど強くはない。でも、許してくれるよな?子供の頃からの付き合いだし。なにより親友じゃんか。明日、絶対に謝るからさ。今日だけはマジで許してくれよな。
俺は俺のためにクラスの中心でなければならない。優輝への思いと俺自身のわがままが心の中で渦巻いたまま、朝まで歌い続けた。
けど、俺のそんな考えは甘かった。この後、それを痛感させられることになる。
朝になって、カラオケ屋の前で解散した。
そんなオール明けで帰った俺に母が言ったことは、優輝を裏切った罪なのだろうか?
帰ってきたばかりの家を飛び出す。
学校集合という緊急連絡を無視して、優輝の家へと走る。あいつの家までは、そんなにかからない。歩いて5分くらいだ。
玄関に着いて、息を整えてから、子供の頃からの癖で、インターホンも鳴らさずに玄関を開けてしまった。
家の中は恐ろしいまでに静かで、夏だというのに冷え切っていた。微かに、リビングの方で女性の泣き声が聞こえる。そこに近づくにつれ、祖父の家のにおいがしてきた。
線香は絶対に好きになれない。今、それがはっきりと分かった。
恐る恐るリビングを覗き込む。
優輝には親がいない。小学4年の時に、事故で死んでしまったから。優輝の身内は中学1年生の妹しかいない。
その妹が座り込みながら、泣いていた。
子供の頃から成長を見てきた小さな体は、もっと小さく見えて、声をかけられないほど、凄惨な姿だった。
「・・・紗枝」
俺の声に紗枝が振り返る。最後に見たときより、痩せたように見えるのは気のせいじゃないだろう。目なんか真っ赤だ。一日中泣いていたんだろうか?
「昴お兄ちゃん・・・」
いつも笑顔で輝いている顔は、なかった。
それを奪ったのは、俺だ。
俺が、優輝を追いかけてさえいれば・・・
紗枝の前にある大きな木箱。じいちゃんの時にも見たやつ。いい思い出なんか決して残らない、人と物との境界線を明確するもの。
覚悟を決めて覗き込む。
そこには、授業で寝ているのと同じ顔の優輝がいた。本当に寝てるみたいで、少し日焼けしている顔は、今にも起き上がりそうだ。
『おいおい昴。なんて顔してるんだよ?俺が死ぬとでも思ってんのかよ』
そう言ってきそうだった。
でも、紗枝が、家の雰囲気が、そんなことはありえないと物語っている。
何より優輝が、人として終わったことを俺自身が痛感した。その顔には生きていた頃にはあった何かが致命的に欠けているから。
膝から力が抜け棺桶の前にしゃがみ込んだ途端、思い出が心の中を駆けていく。
公園で猫を拾ったこと。飼えなくて、お化け屋敷に立てこもったこと。小学校の修学旅行で迷子になったこと。中学の騎馬戦で12連勝したこと・・・
懐かしいな。楽しかった。
昨日、追いかけるべきだった。そうすれば、死なずにすんだのに。ごめん。ごめんな。
頬を伝う熱さに、泣いているのに気づかされた。涙で歪む優輝を見ながら思わずにはいられなかった。
・・・まだ、お前に届くだろうか?
優輝。俺は、お前を見下してなんかいない。親友じゃんか。子供の頃からの付き合いだろ。お前だって俺が一人で生きていけないってこと知ってたろ?だから、追いかけられなくて、ごめん。
せめてもの償い。
一度目を閉じ、涙を拭う。
お前が生きていたら、泣かないで言う言葉だ。だから、泣かないで伝える。
「なぁ。優輝。俺は・・・」
目を開けて話しかけた瞬間、言葉が詰まる。
初めて味わう感覚。喰われるような恐怖と、刺すように冷たい風が背中を撫でる。
・・・お前の死を信じられないから、錯覚を見ているのだろうか?
下から真っ直ぐに見上げる視線。
固く閉じられていたはずの死者の目が開いていて、俺をじっと見ている。
時間が止まったように、体が少しも動かない。それでもどうにか口を開けられた。
「ゆ・・・優輝?」
それに反応するように、死者のかさかさに乾いた口がゆっくりと動き出す。
『す、ば、る?』
優輝の口は、確かにそう紡いだ。
家まで逃げ帰って、自分の部屋に閉じこもったけど、体が震えている。
部屋の鍵を閉めてベッドに潜り込んだのは、ありえないと思ったけど、優輝が追いかけてきている気がしたから。
今、思い出しても、あれが錯覚とは思えない。目の前で開いていた目、動いた口。確かに、この目で見た。多少混乱していたのは事実だけど、錯覚を見るほどではない。
・・・なら、一体あれは何なんだ?
とんとんっ。ドアが叩かれる。
息が止まり、全身が強張る。まさか・・・
ドアを開けるのが恐い。開けたくない。ベッドに潜り込んだまま、食い入るように扉を見つめる。
「昴?帰ってきたの?」
その声にほっとした。母さんだ。
「うん。優輝の家に行ってきた」
「そう・・・優輝君のことは悲しいけど、これからも頑張るのよ。母さんには、あんたを応援することしか出来ないから」
「・・・うん。俺は大丈夫だから。
母さんも、これから優輝の家に?」
「ええ。今から、母さんも優輝君の家に行ってくるから。
親戚の方は夕方に到着するらしいのよ。それまで紗枝ちゃん一人っきりなのは、可哀想すぎるから。夜までには帰ってくるからね」
そして、一階へと降りていった。
・・・母さんは優輝を見て、どう思うだろう?俺みたいに見えるのだろうか?帰ってきたら、聞いてみなければならない。
ばたんっ、と玄関が閉まる。家の中に一人きり。途端に怖くなった。
気を紛らわすためにTVをつけてみたけど、昼のTVは連ドラとニュースだけだった。
学生にとって夏休み初日でも、世間はいつもと変わらない日々だ。
チャンネルをまわしていると、隕石の落下した瞬間を捉えた映像が映っていた。
落下してきたのは一ヶ月ぐらい前。日本からそう遠くない太平洋に落ちた瞬間の映像は、連日トップニュースとなっている。
今日もトップかと思っていると、これまた見慣れた学者が映った。
昼の生放送からか。学者って暇なのか?
飽きたからチャンネルをまわそうと思ったけど、別に他に見るものもないから見ることにした。新しい情報があるかもしれない。
何より、優輝のことから頭を離したかった。
画面がスタジオに切り替わり、お辞儀をしたニュースキャスターが喋りだした。
『皆さん。こんにちは。 ニュース・ザ・ニュースの時間です。 本日は天体学の権威であります水野正利教授をお招きして、お話を伺いたいと思います。 水野教授、お願いします』
『お願いします』
『まず、この隕石ですが、今一度どのようなものなのか教えて頂けないでしょうか?』
『この隕石は当初、観測できないほど離れた星が爆発して発生したものと考えられていました。ここまでは何ら変わったところの無い普通の隕石です。しかし、地球からこの隕石が観測できるようになってから、間もなくこの隕石の異変に気づいたのです』
『その異変・・・とは一体どういったことなんでしょうか?』
『視聴者の皆さんはもう何回もニュースでお聞きになられたでしょうが、この隕石は隕石郡に突っ込んだ時に、それらを破壊したものと考えられています。隕石と隕石がぶつかり合う瞬間を見るというのは、100%ありえない、と言い切れるほどです。それが起ころうとしているのですから、私を含めた天体学者たちは興奮しながら、その様子を見守っていました。が、しかし・・・』
『しかし?』
『隕石郡に突っ込む前に光を発して、隕石群を消滅させたのです。我々は、隕石と隕石がぶつかって発生する様々なものを、観測できると思っておりました』
『観測は失敗したということですか?』
『いえいえ。成功でしたよ。今までの説を覆すほどのありえない成果でした』
『それは、どのような成果なのですか?』
『隕石が、他の隕石にぶつかるより前に閃光を発した、ということです。これがどういう意味か分りますか?』
『いえ。私にはちょっと・・・』
『つまり、この隕石は危険を察した。ということです。衝突を避けるために進行方向を阻む障害物を破壊したんですよ』
『つまり、意志を持っている・・・と?』
『そう判断するのが妥当です。他の学者から様々な説が出ていますが、どれもこの現象の説明がつきません。しかも、落下後は行方が判明しておりません。これは、隕石が意志を持って移動しているのです。落下衝撃時における海底の変化を見つけられることは出来ませんでしたから。つまり、海面には衝突したが、海底には衝突していないのです。海中侵入後に軌道を変えて、衝突を回避したとしか考えられません』
『地球外生命体・・・ですか?』
『可能性としてはかなり高い、と私は思います。今までは嘘やでたらめでしたが、今回ばかりは現実であっても不思議ではないと考えられるだけの証拠がありますから』
『なるほど。ではここで一端CMです。 水野教授には、まだ御付き合い願います』
有名ブランドのアイスが映し出される。
・・・地球外生命体、か。現実感に欠ける。やっぱ隕石は隕石だと思う。見つからないのは、大気圏突入時に、海に衝突したら爆散してしまうくらいまでに小さくなっていたと考えられる。宇宙での事だって、観測機の故障で隕石群なんて無かったのかもしれないし。
っても、素人である俺の想像じゃこんぐらいが限界かな。
CMに入ったから、チャンネルを変えた。
でも、普段学校にいる時間だから、この時間帯のTVはさっぱりだ。仕方なく男を取り合う昼ドラの王道を見ることにした。
「・・・すば・・・おき・・・」
・・・ん?体が揺さぶられて目が覚めた。
窓から見える空には、月が出ている。
あれ?俺、昼ドラを・・・
「昴。起きて。夕ご飯よ」
母さんか。夕飯ってことは寝てしまったようだ。まだ半分起きてない状態で返事して、リビングへ向かう。
時計がタイミングよく、7回鐘を鳴らした。
父さんは今日も残業かな。TVのブラウン管には、お笑いブーム真っ只中と言わんばかりにネタを披露している芸人が映っている。
夕飯に手をつけると、母さんが話し出した。
「あんた、優輝君の家に行ったとき、急に飛び出したらしいわね。紗枝ちゃんが、びっくりしてたわよ。何か悪いことしたのかな?って、優輝くんのことで大変なのに、心配してたわよ。何かあったの?」
焦った。まさか、いきなりそんな話をされるとは思っていなかった。優輝の目が開いたんだよ!本当だよ!なんて言えるはずがない。死者を愚弄するなんて!と、怒られる。
「あ。うん。ちょっとね・・・それより紗枝は平気だった?」
「少し落ち着いてたわ。泣き疲れちゃった、って言ってたし。少しだけど昼ご飯も食べられたしね。とりあえずは一安心よ。
優輝君の後を追いかけて死ぬんじゃないかって、母さん心配してたんだから」
「優輝は・・・・どうだった?」
母さんは、何言ってるんだろうね?この子は?って顔をした。
「どんなって、安らかな顔だったよ。なんで亡くなったかは知らないけど、目立つ外傷がなくてよかったよ。綺麗なままなんだから。
あんただって優輝君を見たんでしょ。どうだった?って、こんな言い方したくないけど、あれはどう見たって遺体よ。田舎のおじいちゃんを見たじゃない」
「う、うん。遺体・・・だよね」
そうだよな。安らかだったよな。やっぱりあれは錯覚だったんだ。明日、もう一度優輝の家へ行って、優輝に線香あげなくちゃ。そして、今度こそ謝らなくちゃ。
「さてと・・・ごちそうさまでした」
そう決めると、さっさと寝ることにした。
そして、今朝。
驚愕した。あの開かれた目は、錯覚じゃなかったのかもしれない。
なんとなく佐伯が頭の中に浮かんだ。
佐伯は優輝を追いかけたから。俺にはできなかった事ができた佐伯なら、何か知ってるかもしれないから。
何十回も電話とメールをした。出ない。いらつく。連絡を待ちながら高校へ向かう。
優輝がいるとしたら、そこしかない。
やっと佐伯から着信がきた。
事態を伝えると驚いていた。当然だろう。
高校への最後の曲がり角を曲がった時、携帯が鳴った。
『クレープ屋の前に、すぐ・・・来て』
高校を通り過ぎ、商店街へ向かった。
クレープ屋に佐伯がいて、青い顔をしながら、下を向きクレープを食べていた。
この非常時に、何をのんびりと・・・
瞬間、佐伯の横にいる人物に目を奪われた。
それは、嬉しさより恐怖が上回った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます