第2話  佐伯 萌の章

 彼が教室から飛び出た瞬間、ほとんど反射的に夢中で追いかけた。

 なぜだか分からないけど、追いかけないと、 もう二度と会えない気がしたから。

 でも、彼は、行ってしまった。

 そして、同じ日に・・・

 逝ってしまった。

 公園で彼だったモノが発見された。

 今の私なら分かる。もっと優輝君と一緒にいたかった。楽しみを、嬉しさを、悲しさを共有したかった。その時間が取り戻せるなら、私は今度こそ彼を手放したりはしない。

 そう思いながら、何日間か泣いた。

 けど泣き疲れた頃に・・・


 商店街で彼を見かけた。

 嬉しかった。でも・・・


 私には両親がいない。

 子供の頃に死んでしまったらしい。お世話になっている祖父から聞いただけで記憶にないから、正直、悲しくない。

 ただ、友達と話すときに、親の話題になると気まずかった。私もなんか嫌だったし、なにより友達に申し訳なさそうな顔をさせるのが嫌だから。

 けど、昴君と優輝君は違った。

 昴君と知り合ったのは、このクラスになってから。私の親のことを知っても、同情するでもなく、距離をおくこともなく、普通の友達として付き合ってくれている。男友達が少ない私にとって、昴君は、気軽に話せる特別な存在だった。

 そして、優輝君。

 それは、彼にも両親がいないことを知ったのが、きっかけだった。

 優輝君が気になりだしたのは。

 それから、彼を好きだとはっきり自覚できたのは、彼の席が私の左斜め前になった時。

 初めは、何でこの人はこんなにも正直じゃないんだろう?損してるよって、クラスメイトとのやり取りを見ながら思った。

 けど、私も喋らないほうだから、あまり人のことは言えない。

 でも、喋らないからって、別に何も考えていないってわけじゃない。自分の意見を言葉にするのが苦手なだけ。しかも、人前だと緊張しちゃって、うまく喋れない。

 そして、彼と席が近くなってからしばらくして、ふと気づいた。

 優輝君は私と同じなんじゃないかな?

 そんな風に思いながら、彼を見ていて、分かったことがあった。

 ひねくれた言い方は、自分の言いたいことを、きちんと言葉に出来てないからだって。

 でも、それでも喋ろうとする彼と喋ろうとしない私。

 その間には人としての決定的な違いがあるような気がした。そして、その違いを知りたいから、私も頑張って、できる限りいろんな人と話してみることにした。

 そうしたら、世界が大きく変わった。

 とにかく笑って話せるようになったし、少しどきどきするけど男子とも普通に話せるようになった。そして、周りが私の言葉や話で笑ってくれるのが嬉しかった。こんな風に喋れるようになったのは、優輝君のおかげだ。

 でも、私が普通に喋れるようになっても彼は相変わらず、ひねくれた言い方をしていた。

 そんな彼も良いけれど、ひねくれじゃない素直な気持ちが知りたかった。大袈裟かもしれないけど、今度は私が優輝君を助ける番だと思った。

 私の世界を変えてくれたように、私が優輝君の力になりたい。

 それから、できる限り優輝君に話しかけた。彼もあまり自分から話すほうじゃないから、私が一生懸命話しかけた。昴君とも仲が良かったから、優輝君と喋る機会は多かったのにも恵まれた。

 それで分かったのは、彼はひねくれたものの言い方をしていても、誰も傷つけていないってこと。考えられたひねくれ方だと思う。はっきり言っちゃえば、子供みたいな可愛らしいもの。

 だから、クラスメイトも、彼のことを嫌いではなかったし、何より優輝君が優しい人だっていうのを知っていた。


 そんなある日、優輝君をデートに誘った。

「ねぇ、優輝君。今日、学校終わったら一緒に帰れるかな?ちょっと気晴らしに遊びたいなって。駄目・・・かな?」

 冷や汗ものだった。生まれて17年目で、初めて男の子を遊びに誘ったから。心臓が破裂しそうで、あまりの恥ずかしさに逃げ出したかった。けど、頑張って、彼の右斜め後ろで返事を待った。

 この時の彼の顔は、今でも覚えている。

「えっ!?あっ・・・え~と・・・今日は、さっさと帰ってゲームやるつもりだったんだけど。でも、まぁ佐伯さんが、どうしてもって言うんなら、ゲーム我慢して付き合ってあげてもいいけど。それが、人付き合いってもんじゃんか」

 優輝君は、目を見開き、少し驚いたような顔と少し赤くなった顔をしていた。私は、それを見て笑ってしまった。

 そうしたら、どきどきが少し収まった。

「あ~!人の顔見て、何笑ってんだよ。佐伯さん、からかったでしょ?いいよ!今日はもう帰ってゲームするから、いいですよ。せっかく、わざわざ時間作ったのに」

 焦った。言い方が冗談っぽくなかったから。せっかく誘えたのに、無駄になってしまう。

「あわわ・・・ごめん!お詫びといってはなんだけど、商店街のクレープ奢るから。それで許して!」

「なにっ!?あのクレープを!?・・・よかろう。あの店のクレープならば、許す。ただし、苺たっぷりのやつな」

 苺たっぷりのやつ。あそこの一番人気のクレープだ。それに、その存在を知ってるってことは・・・優輝君もあそこのクレープ好きなんだ。

 それを隠しきれていない顔を見るのが、また楽しかった。

「なんで、また笑う!?本当に帰っちゃうからな!」


 放課後になった。

 私たちは一緒に学校を出て、商店街に向かっている。

 教室をでる時に、何人かに冷やかされた。

 優輝君はどう感じたか分からないけど、私は素直に嬉しかった。その時の優輝君は、拗ねているような顔をしていたけど、赤くなっている顔が、そこにはあった。

 私は、それだけでなんか満たされた。

 そして、今もまだ、少し赤いままだ。

「なに?俺の顔、なんか変?」

「え?べ、別に。いつもどおりだよ」

 唐突に目が合ってしまい、視線を正面に戻した。

「いつもどおり、ねぇ・・・いつもどおりって何なのさ?

 時間は刻一刻と流れているんだから、いつもってのは、存在しないと思うんだよね」

 そんな彼の言葉が好きだった。

 それからは、無言で歩く。でも、まだまだいろんなことを話したかった。話題を探していると、世間で有名になっている事件を、優輝君がどう思ってるか聞いてみたくなった。

「ねえねえ、優輝君。今、地球に接近してる隕石あるじゃん。なんか学者の話によると、地球に向かっているから、いずれ落ちる可能性が高いって話だけど、なんか怖いよね」

 世界は今、この話題で持ちきり。他のニュースが、霞むくらいな勢いで放送されている。

 なんか、隕石のスピードがありえない速さだとか、宇宙空間で避けるような移動をしたとか、他の隕石を破壊したとか。

 優輝君が、口をへの字に曲げた。

「隕石ねぇ・・・隕石ってさ、地球誕生の頃は、半端ない数が降ってきてたんだろ?それが、また地球に来てるだけじゃんか。 なら、別に騒ぐ必要ないじゃん。皆、大袈裟なんだよ。たたが石ころなのに」

「そうだけど・・・なんか怖くない? あれが地球外生命体とかいうやつだったら、嫌だなぁ。怖いよぉ~」

 語尾をあげて拗ねてみると、優輝君は、少しだけ私から身を引いた。

「け、けどさ。隕石だぜ?地球にある石と何も変わらないし。それに、地球外生命体って言ったら、UFOじゃん。隕石に乗ってくるわけないよ。それとも、隕石にでも乗ってやってくるのかよ。ロマンがないじゃん。ロマンが」

 少し早口だったのは・・・照れてるってこと?なんか可愛い。

「ロマンって・・・優輝君、意外と乙女チックなんだね。驚きだよ」

「別に乙女チックじゃないって。地球外生命体=UFOって、相場が決まってんじゃん。隕石は違うでしょ。それより、ほれ。商店街に着いたぞ」

 辿り着いた商店街の入り口は、夕方だからか、食材を求めての人が多い。

「うわっ。混んでるねぇ」

 商店街は、半端なく人が多かった。

 ・・・人混みって、正にこのことだ。

「佐伯さんって、歩くの遅いなぁ。俺の後ろ、しっかりついてこいよ」

 私の半歩前に出て、ごみごみした商店街で、人にぶつからないように庇ってくれた。

 クレープ屋に着くと、店の外にある奥の席が空いていた。

「席で待ってて。買ってくるから」

「うん。待ってるね」

 ・・・待ってて、か・・・他の人には、デートしてるように見えるかな?

 しばらくして、昴君が戻ってきた。

「ラッキーじゃん。今日、半額だって。だから、俺の奢りでいいよ」

「えっ?今日、9のつく日じゃないよ?」

「いいからいいから。細かいことは気にしない。老けるぞ。

 ほれ。佐伯さんの。苺のやつだよ」

 ・・・なんで老けるんだろう?

 結局、奢られてしまった。

 クレープを食べると、口に広がる苺の甘酸っぱさとクリームの甘い調和がものすごくおいしい。

 それに食べながら笑う優輝君を見るのは楽しかった。

 それから、いろんな話をした。

 昴君とは幼馴染であること。2人でよく遊んだ公園のこと。そこで猫を拾ったけど、飼えなくて捨ててしまったこと。それに納得できないで、町外れのお化け屋敷に立てこもり、警察沙汰になったこと。

「あのお化け屋敷事件、優輝君たちの仕業だったんだ・・・」

 絶句させられた。小さいこの町で起きたその事件は、人々の関心を集め、一時的にではあれ全国的なニュースになったからだ。

 その内容は、覚えてる限りではこんな感じ。

 子供2人が、遊びに行ったきり帰ってこないんです。

 それぞれの両親から捜索願いが出された。

 翌日の朝、犬の散歩をしていた人から、交目撃情報が交番へともたらされた。

 町外れにある空き家で子供の姿を見た、と。

 交番詰めの3人の警官は、1人を交番に残し、捜索願の子供かを確認するため、どちらにしても保護するために、空き家へ向かった。

 結末は驚きだった。

 子供だった私にとって、警官が負けたのは、世界が変わったような衝撃を受けた。

『猫のため!戦う子供!』『警官撃退!恐ろしき子供!』『リアルホームアローン!問われる映画の影響』

 ニュースの見出しはそんなで、内容は事件の経過がほとんどだった。

 ・・・朝から事件ですか。しかも、子供相手に。まったく、近頃の子供は。

 そんな警官の甘さが事件になった。

 警官の1人は玄関から入ってすぐ、悲劇に見舞われた。

 玄関の絨毯の下に隠された落とし穴に、綺麗に足から落ちて、右足骨折。全治4ヶ月。

 もう一人は、それに驚き、同僚が地下で悶絶してしる姿を見て、自分はどうすべきか考えていた。

 なんだこれは!?子供の仕業か?ボロ家だからか?ここは行くべきか?応援要請か?

「マジ落ちてやんの。だっせぇ」

「あの人、お巡りさんだよね?弱~い」

 二階からの嘲りに、覚悟が決まった。クソガキが!大人をなめるな!

 真下に目を向け、決意を静かに燃やす。仇はとってやる!待ってろよ!

 目の前の穴を避け、二階へ昇るために絨毯がひかれた階段を、駆け上り始めると、子供の笑い声が聞こえた。

 ガキが!ふざけるな!この状況でよくも笑っていられ・・・っ!

 警官は気づく。

 玄関の絨毯。階段の絨毯。

 けど、気づくのが、少しばかり遅かった。

 空き家に轟音。高さがあったぶん怪我もひどかった。右手、右足骨折。全治7ヶ月。

 その後の流れは、こんな感じ。

 帰ってこない同僚を心配した交番に残っていた警官が様子を見に行き、事態が発覚して、応援を要請した。

 屋敷の惨劇を見た比較的若い警官の何気ない『まるでホームアローンだ』の一言で、警官隊も慎重に行動。そして、かなりの時間を要して二人を保護した・・・って事件。

 理由を問いただす警官に、子供は悪びれずに言ったそうだ。

「だって・・・猫、飼ってくれないから」


「優輝君。子供じゃなかったら逮捕じゃないかな。公務執行妨害ってやつで」

「でも、子供だから罪にはならないでしょ。それにもう時効。いい思い出だよ」

「・・・まだ15年たってなくない?」

 その言葉に、優輝君は考える仕草をした。

「そういやそっか。う~ん・・・じゃあ、俺と佐伯さんの内緒な。15年経つまでは誰にも話すなよ~?」

 俺と佐伯さんの内緒。その言葉に頬が緩む。正確には、優輝君と昴君と私の内緒だけど。

 それでも、嬉しい。

「うん!二人だけの内緒だね!」

 二人だけの絆が出来て、嬉しかった。

 そして、またいろんな話をして、一気に優輝君との距離が縮まった気がした。

 だから、話の中で、俺は昴が羨ましいのかもしれない、と言った優輝君に、なんで?って聞けなかった。だって、せっかくここまで話せるようになったのに、それを聞いたら、また遠くなってしまいようだったから。


 でも、泣き疲れた今の私は、聞くべきだった後悔している。

 そのことを聞きたい彼は、もういない。


 やがて夜になり、優輝君に家へ送ってもらった。一人で帰れるよって言ったけど、どうせ暇だから送るよ、と彼は言った。

 理由なんてどうでもよかった。私の隣を歩いてくれていることが嬉しかった。

 吹いてくる夜風は少し暖かく、夏の到来を感じさせる。けど、夜はまだ過ごしやすい。

 でも、夏服をクリーニングに出さなきゃならないかな。明日にでも・・・

「どっち?」

「へ?」

 自分の思いにふけっていたせいで、とぼけた声をあげてしまった。

「右?左?」

 右に公園がある分かれ道に来ていた。ここまでくれば家はもう目の前だ。

「私は左。ほら。あそこに見える赤い屋根の家が私ん家だよ」

「そっか。じゃあ、俺はこっちだから。また明日、学校でな」

「うん。送ってくれて、ありがとう」

「礼なんか、いいって。佐伯さんは、道に迷いそうだからな。じゃな。また明日」

 彼は、手を振りながら右に曲がっていく。

 姿が見えなくなってから、溜息が出てしまった。心配だから送った、って嘘でも言って欲しかったな。な~んて欲張りすぎかな。

 自分の部屋にあるベッドに寝転んで、ポケットから携帯を出す。

『新着メール二件』

 誰だろ?クラスの友達からの冷やかしメールかな?けっこう見られてたし。

 開封してみた。

『萌~!とうとうやったね!優輝君をデートに誘うなんて。びっくり!頑張って。私は、いつでも応援してるから!』

 中学からの友達の佐藤由貴だった。そのメールに返信をしてから、もう一件を開封する。

『今日はありがとう。楽しかったよ。また時間あったら遊ぼうか?』

 優輝君のメール。軽い驚きとそれ以上に胸に満たされる幸せ。

『うん。いいよ!』

 と、放心状態のまま送信して、すぐに、あっ!と声をあげてしまった。素っ気無い!返信短い!と後悔した。

 しばらく待っても、返信は無かったので、がっかりしながら、シャワーを浴びて寝た。


 次の日。

 登校して、机の上に鞄の中身を出していると、肩を叩かれた。

「おはよう。佐伯さん」

「あ。おはよう。優輝君」

 内心の動揺を抑えながら、挨拶を交わす。

 良かった。いつもどおりだ。そんな日常に感謝しながら、日々を過ごしていった。

 私の記憶の中で、デートからこの日までが一番楽しい高校生活だった。

 だって、そんなある日、破滅が訪れたから。


 あれは、何日くらい前のことだろう?

 学校が休みになり、泣き疲れた今の私には、日にちの感覚がなくなっていた。

 でも、忘れない。忘れられない。

 一学期の終業式を。教室から飛び出した背中を止められなかった、あの日だけは。


 左斜め前の席で優輝君が怒っている。こんなに大声を出している姿を見るのは初めてだ。

 しかも、相手が昴君。内容もいつもの意地っ張りとか、ひねくれたとかで許されるようなものじゃない。

 和やかなクラスの雰囲気が、昴君の顔色が、変わるのにさほど時間はかからなかった。

 ・・・とめなきゃ。優輝君をとめなきゃ!

 そう思って、優輝君に一歩踏み出した時に、彼は教室から飛び出してしまった。

「待って!優輝君!」

 夢中で追いかけた。

 今、追いかけないと。なぜか分からないけど、今しかないって感じたから。

 優輝君はもう階段を降りたらしい。スピードが違いすぎて、どう頑張っても追いつけない。だから、もう一度だけ叫んだ。

「優輝君!待っててば!」

 待っていてくれることを信じて、下駄箱へと急ぐ。辿り着いた下駄箱にあったのは、上履きだけだった。

 それでも、まだ間に合う気がして、校門まで走る。

 そこに、優輝君はいなかった。

 胸に湧き上がってくる嫌な感じを振り払うように、教室まで戻り、鞄を持って学校を出て、優輝君を探していろんな場所に行った。

 けど、日が暮れて夜になっても見つからないから、仕方なく家に帰ることにした。

 優輝君とのデートで別れた分かれ道にさしかかった。意味もなく少し立ち止まったけど、すぐに歩き出す。


 ぶちっ・・・


 と、いう音とともに、右足から靴が脱げた。

 視線を下ろすと、右靴の紐が切れていた。

 胸が締め付けられる。なんていったっけ?こういうの・・・そうだ。

 虫の知らせ。

 悪いことがあるときに事前に知らせてくるとか、そんな感じのやつ。

 頭を振った。なにを考えてるんだろ?悪いことってなに?ただ、紐が切れただけだよ。家帰って、ご飯食べて、シャワー浴びて寝よう。明日から夏休みなんだし。

 ・・・そうだ!明日、優輝君をデートに誘って、また一緒にクレープを食べよう。優輝君、喜んでくれるかな?それに、今日の昴君との事でも力になりたいし。

 家に帰って、携帯をチェックした。

『新着メール13件』

 うわっ。多いなぁ。でも、どれも同じような内容だろうな。そう思いつつ読んでみた。

『どうしたの?急に飛び出して。何かあったの?』『優輝君のこと気にかけるのは分かるけど、今回ばかりはちょっとね・・・』

 そんなメールばかりだった。でも、その中で気になるメールがあった。

『今日のカラオケは散々だったよ~。マイクのコードは切れるし、ミラーボールは壊れるし。マジ最悪!そっちは優輝君を探してたんでしょ?見つかった?』

 由貴からのメール。唯一、優輝君のことを気にかけてくれてるけど・・・切れたり、壊れたり、なんか嫌だな。

 虫の知らせ。

 再度湧いて出てきた考えを振り払うために、優輝君へデートの誘いメールを送った。

 22時30分・・・まだ起きてるよね。返信待ってみよ。

 一時間待ったけど、返信はなかった。そういえば前のデートの時も返信なかったし。もしかして、もう寝ちゃったかのかも。明日の朝にメール問い合わせすればいいか。

 電源は落とさないまま、寝ることにした。


 リビングの電話が鳴っている音で、半ば強制的に起こされた。

 眩暈がする。何かにすがるように確認した携帯に、優輝君からのメールは・・・ない。


 虫の知らせ。

 悪いことはよく続くんだっけ・・・何の電話なのか予想はついていた。

 でも、泣かない。

 泣いたら、予想が現実になりそうだから。

 そう心に決めて電話に出た。

 でも、泣いてしまった。

 その後のことはあんまり覚えていない。

 気づいた時は、次の人への連絡網も忘れて、毎日毎日、ただただ部屋で泣いていた。


 そして、泣き続けた今日の朝。

 たった今、枕元で携帯が鳴っている。

 音が聞こえる・・・着信?枕元に手を伸ばして手に取る。

 優輝君が死んで以来、初めて携帯が鳴った。中学からの親友である由貴は、私の性格を知っているから連絡を遠慮してくれている。


 液晶画面に、北条昴の文字。

 でたくない。クラスメイトに会ったら、優輝君の死を認めることになるから。

 死んだのは、もちろん理解している。

 でも、嫌だ。優輝君の笑顔を、声を感じられないなんて、そんなの嫌だ。

 けど、優輝君の親友から着信がきている。

 どうしよう?でようかな。優輝君関係なのは間違いない。でも、だからこそ昴君と話したくない。

 迷っていると、携帯が鳴り止む。

「優輝君・・・」

 そう呟くと、また携帯が鳴る。今度はメール音。私にかまわないでほしい。そっとしておいてほしいな。

 でも、携帯は間隔をおいて、メール音と着信を繰り返す。

 ・・・おかしい。何かあったのかな?

 これだけしつこい昴君は初めて。携帯を手にとって、着信とメールの件数を確認した。

『着信35件』『新着メール46件』

 すごい数。寝ている時にも着信とメールがあったようだ。只ならぬものを感じ、メールを開ける。そこには、普段の昴君のメールとはかけ離れた飾り気のない端的な表現の文章が表示されている。

 けど、それよりも内容に戸惑った。


『優輝の遺体が行方不明。すぐ連絡くれ』


 全部のメールが同じ文面で、なんか怖いけど、冗談でこんなメールを送ってくるわけがない。でも、遺体が無くなるなんて・・・盗まれた?今どきそんなことありえるの?

 とりあえず、混乱する頭で昴君に電話をかける。すぐに出てくれた。


『佐伯か!なんで、もっと早く』

「どういうことなの!?私、さっぱり訳わかんないよ!説明してよ!」

『やっと連絡とれたと思ったら、いきなり怒鳴るのかよ!俺も訳わかんないんだ!とにかく高校まで来てくれ!知っている状況を説明するから!もしかしたら・・・』

 そこで一度昴君の声が途切れてしまう。言おうかどうしようか迷ってる、そんな感じで。

「昴君?」

『優輝は生きているのかもしれない』

 電話が切れる。なんだって?生きてる?信じられないことを言う。笑いそうになってしまった。昴君も混乱してるのかな。けど、どっちにしても大変なことには違いない。

 急いで着替えて高校へと走る。

 文科系の部活に所属しているせいか、商店街に差し掛かると、息が上がってしまった。さすがにきつくなってしまい、どうしようもなく歩き始めてしまう。

「はぁはぁはぁ・・・」

 少し立ち止まり息を整え、走り出そうとした瞬間、クレープ屋が目に飛び込んできた。

 優輝君との思い出が込み上げてきて泣きそうになる。

 けど、堪えて走り出そうとした時だった。

 クレープ屋の前を歩く男の子に目を奪われたから。きょろきょろしながら歩いているその人物に、息が止まる、動けなくなる。

『プップー!!!!』

「お姉ちゃん!邪魔だよ!」

 後ろから来たトラックのおじさんが怒鳴る。

「す、すいません!」

 現実に引き戻され、急いで道を譲る。

 でも、視線はその人から離さない。男にしてはちょっと長い薄茶の髪は見間違わない。

 走りよるけど、すぐに立ち止まる。

 嬉しさより、恐怖が上回ったから。遺体が行方不明で、生きてるかもって。

 けど、どんなに悲しんでも、どんなに願っても、死者は生き返らない。そんなの当たり前なのに。でも、じゃあ、あれは誰なの?

 震えている手で昴君に電話し、通話状態になると手短に伝える。

「クレープ屋の前に。すぐ・・・来て」

 それだけ言うと、返事も待たず携帯を切り、勇気を出して、目の前の人物に声をかけた。

「優輝・・・君?」

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