ラルスの贈り物
すばる
第1話 小浜 優輝の章
半分夕闇の空の下、薄れゆく意識の中で、意地っ張りだった少年は、たった一人に許されることを、終わりの刻に静かに願った。
『なぁ?俺さ、お前にあんなこと言ったけどさ・・・許してくれるよな?だって親友だもんな?たぶん・・・いや絶対・・・ 俺、死んじゃうから』
夏に入りかけ、暑い日々が続く。
俯いた顔を伝っていく汗がうざったい。薄茶色に染めた少し長い髪が、汗で湿っている。
くそ暑い。いっそのこと切るか。
照りつける太陽が、我が家に向けて歩く背中を汗びっしょりにしている。
そんな俺は小浜優輝。
口より手が出るのが早いが、それと同じくらい誰にでも何にでも優しい。が、それ以上に半端ない意地っ張り。
周りからはそう評価されている。
だけど、そう言われても理解できない。というかどうでもいい。自分の性格なんか知る必要も無いし、意味ないと思っている俺としては、周りの判断なんかいらない。
それに、クラスの皆からは少なくとも嫌われてはないし、友達も普通ぐらいにいて、周りもそんな俺を認めてくれているから。
でも、今日、少なくとも自分が半端ない意地っ張りなんだって認識できた。
そんな自分がかっこ悪くて、情けなくて、そして何より正直になれなかったことが悲しくて・・・ 皆の驚いたような顔、哀れみの顔、そして一人だけ呆然としていた顔・・・そうだ。あの顔だけには、謝らなければならない。あいつは俺にとってガキの頃からの唯一無二の大切な親友だから。
今、俺にとっての救いは、その親友の前で泣くのを堪えられたことだ。泣いていたら本当に自分に悲しくなるところだった。
そんな性格が災いして、高校での一学期最後の日を、こうしてたった一人で、家へと向かっているところだ。
と、近所の家の窓からTVニュースが聞こえてきた。
『先日、日本近海に墜落した隕石はその後の行方が分からず・・・』
・・・またその話か。聞き飽きたよ。地球を狙ったように降ってきた隕石?なんで、隕石が、そんな意思を持ったような行動ができる?ただの石ころのくせに。しかし、行方不明ってのも・・・ なにを現実逃避してるんだ。
隕石?それがどうした?隕石が、この苦しさを取り除く方法を・・・昴との仲直りの方法を教えてくれるのか?くそったれ。
景色が、陽炎のように揺れる。暑さのせいじゃない。
さっきから、視界が滲みっぱなしだ。
俯いた顔から涙が止まらない。むかつく。さっさと止まれよ。
だけど、昴を傷つけてしまったことが、心に突き刺さってるうちは止まりそうもない。
いったい、何がきっかけだったのか。
間違いなく、一時間前の教室。
今なら分かる。昴と正反対の俺自身を。俺はお前に嫉妬してたんだ。羨ましかったんだ。
「あの隕石って、結局さぁ~」
「違うって!地球外生命体の進入だよ!」
教室中で、どうでもいい会話が繰り広げられている。内心でうんざりした。ここ一ヶ月、隕石の話ばかりじゃんか。まったく、よく飽きないな。
鞄を、机のフックから外す。
さて帰ろう。高校生活最後の一学期の終業式が終わり、がやがやしている教室の中で俺一人だけが鞄に荷物を詰めていた。
「あれ?優輝、もう帰るのか?」
と、そこへ北条昴がやってきた。
クラスの誰からも、いや学年中の誰からも好まれそうな屈託のない笑みを浮かべている。
ルックスもスポーツも勉強も普通で、しかも目立つようなオーラはない。自分で言うのもなんだが、俺の方が目立つくらいだ。
「ああ。そうだけど。何か用か?」
けど、俺と正反対で自分勝手ではなく、周りにある全てに気を配れる奴だ。そして、昴を頼りにする周りの奴ら。そんな昴に、ガキの頃から心の奥にくすぶる何かを感じていた。
それでも、昴と二人きりの時はそんなことを感じることはなかった。ただ、多数人の場面でくすぶるものを感じてしまうのだ。
「だったら優輝も、六時からの一学期打ち上げ来いよ。ノンアルコールだけどさ。一応高校生じゃんか、俺ら。だから、皆で楽しめるのは何だろう?って、皆で話し合って皆で決めたんだよ。田村の親がカラオケ店やってるから、そこになったんだけど、お前も来るでしょ?皆、行くしさ」
普通ならなんでもないはずの誘いなのに、徐々に頭の中が真っ白になっていった。
心の中を、嵐が吹き荒れる。
『皆皆って、お前はそうやって周りのことを考えられない俺のことを、ガキの頃か馬鹿にしてたんだろ?俺はお前と違って、こんなにも周りから信頼を得てます、ってな。俺のことを見下してそんなに楽しいか?くそったれが!俺の気持ちも知らないでよ!それでも、俺は・・・お前のことを・・・!』
そこで、異変が起きた。
クラスメイトの雰囲気が、何より昴の顔色が変わっている。なんだ?この雰囲気は?さっきまでの賑やかさはどうなったんだ?
「優輝・・・お前、昴のことをそんな風に思ってたのか?」
「え?優輝君、何言ってんの?」
クラスメイトが、俺を見て口々にそんなことを言っている。
そんな・・・まさか口で言ってたのか?
「優輝!俺は、お前を・・・」
耳に届く昴の声。嫌だ。聞きたくない。
そして、気づくと、脱兎のごとき勢いで、廊下を走っていた。
「待って!優輝君!」
教室から女生徒の制止。クラスの中でも聞きなれたものだった。
でも、そのまま下駄箱まで走って、脱いだ上履きもそのままに、学校から駆け出した。
「優輝君!待っててばっ!」
校庭の真ん中まで走ったとき、もう一度、同じ女生徒が呼び止めてきたが、無視して走り続けた。
振り返ることなんてできなかった。そこに昴がいたら、泣き顔を見られてしまう。
親友に、まだ親友だと思っている奴に情けない姿を見られたくなかった。
だから、後ろを振り向かずに走った。昴への贖罪の思いとともに。
きっかけを振り返っていると、いつのまにか近所の公園のベンチに座っていた。
子供の頃、よく来た場所。なにかあると、逃げ出すように来た場所。だから、今もこうして無意識に足が向いたのかしれない。
「懐かしいな。この公園。ガキん頃、よく遊んだよな。でさ、そこの草むらで猫拾ったよな。でも、俺ん家もお前ん家も飼えないってんで、結局、ここに戻したんだよな。まだ生きてるかなぁ?あの猫。なぁ昴?」
ベンチで、そう呟き周りを見渡す。
けど、もちろん昴はいなく、空には星が瞬き始め、半分にはまだ夕焼けが残っているだけだった。夜の到来が近い。
・・・やれやれ。何を期待してたんだろう。
携帯を見ると6時30分になっていた。
カラオケ・・・もう始まってるな。
昴がここに来て、何事も無かったかのように連れてってくれないかな、なんて思った。
そして、そんな自分がまた情けなく、それ以上に腹が立ち、自分の頭を思い切り殴った。
「っ・・・・・・!」
思い切りすぎた。途端に悶絶してしまい、言葉も出ない。
でも、昴はもっと痛い思いをしたはずだ。
「くそくそくそくそ・・・・・・!」
そうやって口に出して、少し冷静になると、物事が考えられるようになってきた。
まずは、昴との仲直りだ。それをしないことには二学期を過ごせるわけが無い。なにより、昴は大切な存在。失いたくない。
方法を考えていると、教室と下駄箱で女生徒に声をかけられたことを思い出した。
聞き慣れたあの声は、佐伯萌だ。
俺の右斜め後ろの席に座っている子だ。セミロングの黒髪、背がちっこくて、あんまり喋らないけど、喋れば笑顔が可愛い。クラスでのマスコット系で保護欲をかきたてられる容貌は、クラス内の男子の人気でも上位だった。まぁ俺も可愛い子だなって。
そういえば、一回だけデートっぽいのに誘われて、クレープ食べたな。あれは楽しかった。また行こうって・・・違う!昴だ!
仲直りの方法は・・・いや待てよ。
佐伯さんは俺とも昴とも仲がいい。昴は佐伯さんと元々仲がいいが、俺とは席が近くなってから仲良くなった。そして自然と3人の繫がりも強くなった。だから、佐伯さんに頼めば、仲を取り持ってくれるかも!
そんな考えが浮かんだが、すぐにボツになった。そもそも、なぜ彼女は追いかけてきたのか?その理由が分からない。もし、文句を言うつもりかビンタの一発でも・・・と考えると気分が滅入る。それに、女に頼るなんてマジで女々しい。
・・・仕方ない。別の手段を考えるか。
それから、しばらく公園で思案した結果、一つしか方法は浮かばなかった。
「やっぱ、自分の口から自分の言葉で言うしかないよな・・・」
自分に言い聞かすように言葉にしてみたが、あまり効果がなかった。
でも、男のけじめだ。昴にしてみても、俺が自分で言わなくては許してはくれないだろう。昴へ電話するために携帯をとりだす。
がさがさっ。
開いた携帯を折りたたむ。
何の音だ?何か・・・あそこの草むらが揺れたような。気のせいか?
一歩、音源へ近づいてみた。
がさっ・・・がさがさっ!・・・・
間違いない!何かいる・・・もしかして、あの猫か?
昴と拾ったけど、飼えないからって、また捨てちまった。そういや場所も同じだ。
生きてるのか?俺を覚えていたのか?
あの猫がいたら、昴と仲直りできそうな予感がして、なんか嬉しくなった。
駆け寄って、草むらを覗く。
「なっ・・・?」
本能が、逃げろ!と警鐘を鳴らしている。
だが、体が、それらに魅入ってしまったかのように、全く動いてくれない。
それに、こいつらの横にあるのは一体?
半分に割れた・・・石か?
『先日、日本近海に墜落した隕石はその後の行方が分からず』『あの隕石って結局さぁ~』『違うって!地球外生命体の進入だよ』
くだらない。ありえない。そんなふうに思っていた。
でも、目の前にあるのは・・・それらが、俺の方を見た気がした。
弾かれたように、公園の出口へと走る。
実際に俺を見たのかは分からない。あれは前なのか?後ろなのか?それすら、あの外観からは判断できない。
けど、まるであの形は・・・
ぞくっと背中に悪寒を感じて振り返る。
・・・さっきとかたちが違う!
「こんなの・・・がっ!?」
衝撃を感じ、意識が遠のいていく。
半分夕闇の空の下で、少年は思った。
『これが罪の贖いなのか?まぁ昴がこういうのを望んでるなら、それもありかな・・・ あ~あ。でも、さっき昴に電話しておけば良かったなぁ・・・そうすれば、こんなことにならず、嫌われてようがなんだろうが、どんな形であれ明日には、それが駄目でも、2学期には会えたのにな・・・ でも、もう無理っぽいから・・・せめてこの思いだけでも・・・昴に届いてほしいな。最後の願いくらいは・・・・・』
意地っぱりだった少年は、たった一人に許されることを、静かに願った。
そんな少年を見下ろすものがある。
少年を挟むようにして2つ存在しているが、それらは動揺しているようであり、相談しているようでもあり、牽制しあっているようでもあり、何かに躊躇っているようでもある。
やがて、右側の存在が動き出した。
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