無題
はあ……空はあんなに青いのに、私の心は今日も雨だ。
そんなときに、それはヒョコっと現れた。
何もしたくない。何も手につかない。もういっそ消えて無くなってしまいたい。そんな思いだけが、頭のなかで堂々巡りを続ける昼下がり。
何をするわけでもなく机に突っ伏して、ただ真っ白な壁を焦点も合わずに眺めるだけ。
レッサーパンダのぬいぐるみの小さいのともっと小さいの、鉛筆削り、ペン立て代わりのコップ……。
机に並べられたぬいぐるみや、プリントされたキャラクターたちは、私に優しく微笑みかけてくれる。それでさえも、今は私をイライラさせる。
そんなとき、それはコップの後ろからヒョコっと出て来た。
それは人の形をしているけれど二頭身で、目が大きく、スっゴくゆる~い見た目の2cmほどしかない小人(?) だった。
しかも一匹(一人?) ではなく、一列に並んで行進しながら登場した。
最後尾の小人が登場し終わるとしばらく足踏みをして、先頭の合図に合わせて、ザッザッ、とキレイに足を合わせて止まった。先頭から通し番号が始まって、1、2、3、4、5、6! と一巡すると、先頭の指示で散り散りにどこかへ行ってしまった。
初めはとても驚いた。幻覚でも見ているのかとも思った(私以外には見えないらしい)。けれど週に2、3回も見ると、ビビリな私でもさすがに慣れてくる。
それに彼ら(彼女ら?) について気付いたこともある。
どうやら彼らは私が、辛い、苦しい、悲しい、などといった所謂「負の感情」を抱くと現れるらしい(でも、体育で走らされたときには出てこなかったから、身体的苦痛というより、精神的苦悩によって出てくるらしい)。
しかし彼らの行動はおもしろい。
カエルに乗って跳ねまわったり、ハトに掴まって飛びまわったり、ネコに見つかって逃げまわったりしている。机の上に家を建てたり、フチ子さんのスカートの中を覗いては気絶したりしている。
ある晩、角砂糖を数匹で運んでいるのを見かけた。彼らはビックリしたような表情をしたけれど、まあ、一個ぐらいいっか。と、見逃した。そしたら、翌朝のコーヒーはブラックで飲むはめになった。
ある日、学校からの帰り道。とても気が沈んでいた。
両肩に8匹の小人を乗せているからダルいのか、ダルいから8匹にも増えているのか、どっちにしろ気が沈んでいて、肩が重かった。
すると突然肩の小人たちが、わっちゃいわっちゃい騒ぎ始めた。
どうやら彼らは子供たち(小学校の中学年くらいだろうか)に反応している。でも、今まで何度も子供の前を通ったことがあるけど、こんな反応は示さなかった。
子供たちは何か光る球体……ああ、ビー玉。……で、遊んでる(たまに男子小学生の間で妙なモノが流行るよな)。
小人たちはなんだかビー玉を欲しがっているように見える。でも、子供からビー玉貰う訳にもいかないしな。んー……。
箪笥の奥から「どうぐばこ」を引っ張り出す。懐かしい。小人たちは箱の周りでワクワクしている。
埃をかぶった青い箱を開けるとビー玉やら、おはじきやら、何やらが小分けにされた小さな箱がたくさん入っている。その中からビー玉の箱を取り出す。半分の数しか入っていないビー玉。思い出のビー玉。
昔、中身のビー玉をドジして全部失くして、どうしたら良いか分からなくなって、泣き出しそうになった。そしたら、隣の男の子が半分分けてくれた。それからその人を好きになったけど、すぐに転校してしまって、もう顔も名前も思い出せない。
小人たちは、もう欲しくて欲しくてたまらないみたいだ。足にしがみついてくる。
小人たちはいつの間にか10匹に増えていて、一匹に一個ずつあげたら、ビー玉は全部無くなった。
一人一個のビー玉を持った小人たちは、一列に並んで一礼した。
待って! そう思ったけどもう遅くて、彼らはスッと消えてしまった。もう、二度と会えない気がした。
寂しかったけれど苦しくはなくて、悲しかったけれど辛くはなかった。
まるで、私の苦しみと一緒に消えてくれたみたいだった。
・雨 ・小人 ・ビー玉
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