無題
……まずい。味がしない。何を喰っても。何を呑んでも。ただただ喉を通り過ぎていくだけだ。満たされない。
連中はどんちゃん騒ぎをして、男も女もなく抱き合って、武士も農民もなく暴れまわり、老いも若いもなくケタケタと笑い合っている。
何がそんなにおかしいんだ。何がそんなにたのしいんだ。
まるで狂っているようだ。
「どうしてそんなに不機嫌な顔をしておられるのですか」
こんなやつらに交じって、宴会を開いている坊さんが声をかけてきた。
「アンタは俺の表情が読めるのかい」
連中の中で一人だけ生き生きしているような坊主だ。何を考えているか分からん。
「何か腑に落ちないような顔をしていらっしゃいます。酒も食べ物も何でもあるのに」
「連中は、なにもかも忘れてしまっているのかね。アイツらは武士で、俺と共に戦っていた。一緒に騒いでいるのは農民共だ」
きっと酔っているのですよ。と、木の板に何か書きながら坊さんは応えた。
「……ところでアンタは、どうしてこんなトコにいるんだ」
「私は師匠と親交のあった方に会うために、加賀の国に向かいながら遊行をしていたのです」
「へぇ、加賀へ向かっているのか。あそこもそろそろ大変なことになそうなのにねぇ……。でも、わざわざここへ寄る必要は無かっただろう」
坊さんは少し考えるような表情をして言った。
「師匠は形骸化した権力を嫌い、遊行し、庶民と共に生活することで道を求めました。だから私も遊行をしているし、この国での騒動を聞きつけて訪れました」
「ヒヒヒ……だけど少し遅かったね。もう一揆は終わったよ。俺たちは殺し合って死んでしまったよ。無様に農民に負けちまったよ」
「せめて供養でもと思い、こうしてみたのですが……。
あなたたちは何が未練で留まるのでしょうか」
「さあね、見当もつかないよ。
そういえばおれは多分アンタの師匠に会ったことがあるよ。面白い人だったね。
……その人やアイツらにならって、俺もちと狂ってみようかね。
どうせ死んだ骸骨なのだから」
お題
・酒 ・木 ・死人
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