結んで開いて
江戸の町は天下の将軍様のお膝元。たいへん人の多い町で、人が多ければ変な奴もそのぶん多い。
今日もまた、おかしな連中が町を賑やかす。
「さあさよってらっしゃい! みてらっしゃい! これから始まるは世紀の大奇術! 見逃しゃ損も損も大損で、子子孫孫の末代まで後悔を残す死死損損!!」
狸の様な怪しい雰囲気の、狐の様な鋭い細長い目をした男が口上を述べた。
「いよいよ始まるは一世一代の大奇術! 僭越ながら稚拙なわたくしめが俊逸な先哲の明哲を拝借し! 卓越した技術を集結させてできる! まるで神仏の創設した世俗の法則を冒涜するような! 超絶奇術を御覧あれ!!」
男はいかにも胡散臭い柄の、大きな風呂敷を広げた。
すると。
「べらんめえ! 朝っぱらからギャアギャアうっせぇンだよ!」
朝まで呑んでいたであろうオヤジに、真っ昼間なのに理不尽に怒られた。
オヤジは打ち水用の、水の張られた桶を手に取り、男に向かってぶっかけた。
そして不思議なことが起きた。男は、怪しげな風呂敷を顔の前にだし水を防いだかと思えば、あろうことか、形の無いはずの水を風呂敷を包んだのだ。
風呂敷をキュッと結んでパッと開けば、そこには綺麗に梱包された御神酒があった。
これには街を行く通行人が足を止めるどころか、呑兵衛の酔いも覚めるほどの衝撃で、一気に人が集まってきた。
「先程わたくしが申し上げました奇術とは、このように何かくるんで開くと何かになる。というものにございます!
さあさ皆さん! 何かわたくしに包んでほしいものはお持ちではございませんか?」
人々はまだ半信半疑なようで、顔を見合わせざわざわと各々で何か話している。しかしそんな中。
「へぇ! アンタおもしろいねェ!」
と、声をかけたのは古書店の男で、彼はこんなものでも何かに交換してくれるのかい? と、ボロボロの古本を手渡した。
男は古本を受け取ると、風呂敷をキュッと結んでパッと開いた。そして中から上等な和紙の束が出てきた。
男はもともと細い目をさらに細くしてニッコリと笑い、古書店の男に和紙を手渡した。
すると街の人々は、一気に交換してほしいと男に押し掛けた。
貧乏な娘さんの持って来た、古びた着物が絹織物になり、骨董商の奥さんの持って来た、割れた陶器の破片が漆塗りの茶碗になり、貿易商の旦那が持って来た、金平糖が星の欠片になり、八百屋のオジサンの持って来た、大根が長崎美人になり長崎美人がセクシーな大根になり、修行中の板前が持って来た、まな板がタブレット端末になり……。
男はありとあらゆるものを交換していると、噂を聞きつけた、ケチな高利貸しの爺さんが大きな荷物を風呂敷に包み抱えてやってききました。
「お主は何でもかんでも高価なものに交換してくれるのかえ?」
「高価なものに交換するとは限りません。なぜなら、何を高価なものとするかはあなた様次第でございますから」
と、男が応えると、爺さんは少しだけ訝しげな顔をして、抱えていた荷物を下しました。
風呂敷を広げてみるとそこには、溢れんばかりの大判小判に金銀財宝が詰まっていました。
爺さんは、これらの全てを交換してほしいと言う。
男はもともと細い目をさらに細くして、不気味に口角を吊り上げニッコリと笑い。
「かしこまりました」
と、淡白な返事をし、どうにかこうにか工夫して、溢れんばかりの大判小判に金銀財宝を胡散臭い柄の風呂敷をキュッ結んでパッと開くと……。
「……!?」
爺さんを含む、観衆たちは言葉を失った。なぜなら、そこには何も無かったのだから。
皆が呆気にとられていると、男は自分自身に風呂敷をかぶせ、内側からキュッと結んで
パッと開くと男は霧のように消えてしまいました。
不思議なことに、いかにも胡散臭い柄の風呂敷は、全く普通の柄になっていて、風呂敷の下には葉っぱが二枚、ぽつんと置かれているだけでした。
お題
・風呂敷 ・水 ・八百屋
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