#18-3 逃亡


「私からも質問があります。……何故、貴方達は私達に力を貸してくれるんですか?」


 その質問は予想していたとばかりに照は笑みを深める。

 柔和な笑顔だが、どこか寒気を覚えるような笑みであった。


「簡単なことだね。僕は瀧石嶺家が嫌いなんだ。いや、今の退鬼師というものの在り方そのものが我慢ならない。だから、全部ぶち壊してみようと思ってね」

「オレも同じだぞ! アイツらは嫌いだ。胡散臭いし、なによりツッキー達を酷い目に合わせた。それに仲間の味方をするのは当然だからな!」

「うんうん、嵐君は本当にまっすぐだね! 素晴らしいね! まあ、僕達も君達側につくことでメリットがある。だから、手を貸した。これで、満足できたかい?」


 ニコニコと笑みを崩さない照に花音は少しだけ複雑そうな顔をしてから、ゆっくり頷いた。


「話は終わった?」


 不意に第三者の声が聞こえて、全員が視線を動かす。そこには皐月が立っていた。その隣には千沙都の姿もある。

 彼女はどこか安心した様子で、優斗達を見ていた。


「朔さんは!?」

「安心して、とりあえず無事よ。私達は真祖を宿してるから普通の人よりも生命力がずっと高いの。よっぽどの無茶しない限りは死にはしないわ」

「シロも文月さん、水無月さんも命に別状はありません。みなさん、よく眠っています」


 二人の言葉に全員が安堵の息を吐き出す。


「とりあえず、そちらの話も一段落したなら、今日は休みましょう。これからに備えて、少しでも体力を回復しないと」

「うんうん、そうだね! さすが皐月君! いい事言うね!」

「アンタは、見張りね」

「うんうん、任せたまえ! 僕が見張っている限り、君達の安全は保障しよう! 安心して休むといいね!」

「けど……」


 休憩することに戸惑った様子を見せた優斗だが、花音と皐月に押し切られ、その場は解散となった。



 解散といってもアジトの外に出るわけにはいかないので、アジト内にある個室で休憩だ。

 一人きりの個室で、ベッドに腰掛けながら優斗は大きく息を吐き出した。

 あまりにも激動すぎる二日間であった。そうたったの二日。それだけで優斗を取り巻く環境は激変した。


 死んだと思っていた親友が実は生きていた。だが、目の前で鬼になってしまい、花音の手で殺された。

 大河と同じく死んだと思っていた友人が目の前に現れ、何の冗談か彼は七百年前に世界を救った英雄の生まれ変わりだと名乗った。

 さらに花音達が真祖だという事実。優斗自身が七百年前に花音達を救った瀧石嶺神無の生まれ変わりだという真実。

 そして、神無の記憶を受け継ぎ、全てを思い出した。


 あまりにも色んなことが起こりすぎて、まともに考えることすらできなかったが、ようやく優斗は思考する時間ができたのだ。

 取り込んだ直後は、優斗の体を奪おうと騒ぎ立てていた真祖も少しは大人しくなっていた。それでも主導権を奪おうと虎視眈々と狙っていることだけは伝わってくる。


 体の内側から響いてくる欲望を煽る怨嗟の声をシャットダウンしながら、優斗の脳裏に過るのは過去の記憶。

 月舘優斗としての記憶ではなく、瀧石嶺神無だったころの記憶。


 優しかった筈の兄。

 赤く燃える村。

 倒れていく人々。

 鬼に身を堕とす人々。

 恨み、嘆き、悲しみ。

 あの頃の世界は絶望が満ちていた。だが、そんな世界でも安らぎがあった。


 真祖達は誰もが口を揃えて言った。

 神無が自分を救ってくれたのだと。しかし、それは違うのだ。

 神無が彼等を救ったのではない。むしろ、彼等の存在が神無を救ってくれたのだ。


 瀧石嶺神無は聖人と呼ばれるに相応しい人間であった。

 利欲を抱かず、自分の為に動かず、他人の為に行動する。高潔で、気高く、穢れない心を持った人間であった。だが、それは人として当然の感情を抱けないということに他ならない。

 自分は人として欠陥している。そう自覚する彼にとって、真祖と呼ばれるほどの強い欲を抱いた彼等はとても眩しく映ったのだ。

 誰もが大それた願いを抱いたわけではない。ただ幸せを求めただけだった。

 その心の在りようが神無には尊いものに思えた。彼等の傍にいることで、神無は人の欲望を知ることをできた。

 彼は人になれたのだ。

 そして、その欲望を……感情を教えてくれたのは、彼等であった。


 不意に脳裏に過るのは、大河の姿。

 七百年前も彼の明るさに何度も助けられた。何度も元気づけられた。何度も教えられた。

 それなのに、彼を救う事ができなかった。


「……っ、う……」


 熱いものがこみ上げてきて、気付けば優斗は涙を流していた。

 星野大河として出会った彼との記憶。

 天童虎之介として出会った彼との記憶。

 思えば、七百年前に人の感情を理解できなかった神無に涙を教えたのは彼であった。


『泣きたい時に泣いて何が悪いんだよ!』


 そう言って、神無に頭突きをして大泣きした彼の姿を思い出す。

 力が無かったせいで助けられなかった大河の姿を思い出す。

 どれほど悔やんでも過去は戻らない。死んだ人間は生き返らない。

 生きている人間にできるのは、その死を悼むことだけ。


「……大河、ごめん……ごめん」


 力なく何度も謝罪を口にする。それが本人に届くことはないと分かっていても優斗は謝り続けた。

 それでも彼は流れる涙を無理に止めようとはしなかった。

 虎之介に教えてもらった事だから。

 泣きたい時は思いっきり泣く。そしたら、また立ち上がれると。

 だから、優斗は前を向く為に泣いた。

 もう誰も失わない為に。皆を守る為にも。

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