#18-2 逃亡
何とか追っ手に見つかることなくアジトに戻ってくることができた優斗達を迎えたのは千沙都であった。
彼女は優斗達の姿に安堵したように息を吐き出したが、血塗れの朔を見て顔色を変えた。
「こちらに!」
千沙都に促され、朔を背負っていた照が部屋の奥へと入っていく。優斗達もついていこうとしたが、狭い部屋に大人数で押し掛けたところで邪魔になるだけだと判断して、千沙都に任せることにした。
このまま立ち尽くしても仕方ないので、とりあえず優斗達はリビングで休憩することにして、それぞれソファーに腰掛ける。
この場にいるのは、優斗と嵐。そして、背負っていた朔を千沙都に預けて戻ってきた照の三人だけであった。
千沙都と皐月は朔の手当をしており、麗香と珠洲はまだ意識を取り戻すことなく、眠っている。
とりあえずお茶でもいれようかと優斗は考えたが、彼だってこの場所に詳しいわけではなく、どこに何があるか分からない。なにより勝手に色々と漁るのは憚られたので、大人しくソファーに座るしかなかったのだ。
妙な沈黙が室内を支配する。そんな空気を壊すように口を開いたのは、嵐であった。
「なあ、ツッキー。結局、何がどうなってんだ? いまいちよく状況が理解できなくてさ」
「ああ、それは僕も是非聞きたいね! 先程の状況下ではゆっくり説明を聞いている暇はなかったけど、いまなら時間があると思うんだけれどね!」
嵐の切り出した疑問に照が同意したことで、優斗は呆気に取られる。
まさか彼等は状況をよく理解してもいないというのに自分達の味方をしたというのか。
優斗の態度に照は、一瞬だけ目を細めて、それから普段通りの快活な笑みを浮かべる。
「ああ、心配しなくてもいい! 僕らもある程度の説明は聞いているからね! そのうえで、君達を助けると判断をしたんだからね! いまさら君達を裏切るなんてことはしないからね!」
「あ、いえ、そんなことを思っては……」
「ただ僕は片側の意見だけを聞くのは好きじゃないんだよね。彼等の言い分は聞いた。ならば、次は君達の言い分を聞く番だ。……話してくれるね?」
ニコニコと笑っているが、拒否を許さないと言いたげな態度をする照に優斗は困惑する。
説明するのが嫌なわけではない。ただ、今この場に真祖を宿す人達は誰もいない。いくら神無の記憶を思い出したといっても、優斗も全ての事情を理解しているわけではないのだ。だからこそ、優斗は何をどのように説明すればいいか分からずに口を閉ざしてしまう。
そんな彼に助け舟を出すように響いたのは扉が開く音と淡々とした声。
「私が、説明します」
「花音!?」
部屋に入ってきた少女の顔を見るなり、優斗は立ち上がり、彼女に駆け寄った。
花音は先程まで浮かべていた不遜な表情などどこにもなく、普段通りの無表情だ。それはひとえにいま彼女の体の主導権を握っているのは、傲慢の真祖でなく、花音自身だということに他ならない。
「大丈夫だったのか!? 怪我してないか?」
「平気、掠り傷だけ」
その言葉を証明するように花音は怪我がないことを確認させるようにくるりと回転した。
確かに一見して彼女の体に目立った怪我はない。ところどころ、汚れているだけだ。
花音の無事を確認すると優斗は安堵の息をはき、それから神妙な顔で彼女を見返した。
「……アイツは?」
「いまは眠ってる。ちょっと無茶をしたみたい」
「そう」
傲慢の真祖がいなかったら、いま優斗達は此処にいられなかっただろう。だからこそ、助けられたことに感謝の気持ちはあれど、いまだに花音の中に真祖がいるという状態を歓迎することはできず、複雑そうな顔で優斗は頷いた。
そんな優斗の心情など知ってか知らずか、花音は何かを探るようにまっすぐ優斗を見つめる。
その視線に優斗が気恥ずかしさから目を逸らすと同時に花音が口を開く。
「全部、思い出したんだね」
その言葉に優斗は息を呑み、逸らした視線を花音に戻してから頷いた。
「ああ。遅くなってごめん」
優斗は思い出した。
かつて瀧石嶺神無がしたことを、彼がどんな人生を歩んで、どういう終わりを迎えたのか。そして、彼が彼女とした最後の約束を。
優斗の謝罪に花音は悲しげに眉を下げて、彼の横を通り過ぎる。
「私は思い出してほしくなんか……なかった」
すれ違いざまに囁かれた言葉に優斗は目を見張る。
まさか彼女がそんな事を言うなんて思っていなかったのだ。だが、少し考えれば当然かもしれない。
花音だけではない。かつての優斗を……瀧石嶺神無を知っている人達は全員、優斗に過去を告げようとしなかった。それどころか、優斗が何も知らないまま、彼を守ろうとしていた。
花音は振り返ることなく、部屋の中に入っていき、嵐達の対面側にあるソファーに腰掛けた。
「ひののん。さっきはありがとな」
「お礼を言うのはこっち。助けに入ってくれてありがとう」
いつも通りの無表情で淡々と言葉を返す花音に嵐は、じっと彼女の顔を見つめた後に笑う。
「お、いつものひののんだな。さっきはテンション高くて驚いたぜ」
「あれは──」
二人の会話を聞きながら、入り口で立ち尽くしていた優斗も戻ってきて、花音の隣に座る。
隣に座った優斗を花音は一瞥するだけで、何も言うことはなかった。
全員が座ると、その場に妙な沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、足を組み、ずいっと上半身を近づけてきた照であった。
「それで、説明してくれるんだよね? 弟子君の代わりに君が」
軽い印象が多い照の真剣な声。その声に促されて、花音は頷いた。
「はい。……まず、大前提として私達がなんなのか、です」
花音はそこで一度言葉を止めると、小さく息を吐き出して、それから自分の胸に手を当てる。
「私は……私達は、七百年前に世界を滅ぼしかけた真祖。正確に言えば、真祖を宿した何の力もない平凡な村人の生まれ変わりです」
そして、花音は話し出す。
七百年前に何があったのか。何が起きて、どうなったのかを。真祖と呼ばれた彼女達の視点から全てを話した。
その内容は既に優斗が聞いていた通りのものだ。それでも、あの時と抱いた感情が違うのは、彼が神無としての記憶を知っているからだろう。
全てを聞いて、頭を抱える嵐とは違い、照は終始難しい顔をしていた。
暫く思案していた様子の照だが、大きく息を吐き出して頷く。
「そうか。其方の事情は理解した。……最後に一つ教えてくれるかな」
瞬間、照の纏う雰囲気が変わる。
その場にいる全てを屈服させてしまいそうなほどの威圧感を漂わせ、細められた碧の双眸はどこまでも鋭い。
彼には決して嘘やごまかしが利かないと思えてしまうほど、全てを見透かす瞳であった。
その変化に周囲の空気も張りつめたものに変わる。
花音は緊張した面持ちのまま、小さく息を呑み、照の言葉を待った。
「真祖の……いや、君達の目的は何?」
その問いに花音は、一瞬だけ優斗に視線を移す。だが、彼に話しかけることなく、まっすぐ照を見返した。
「私の目的は、かん……優斗君を守ること。それだけ」
「それは弟子君を守る為なら、真祖の力も利用するという解釈でいいのかい?」
「違う! 真祖に体は渡さない。さっきみたいに一時的に肉体を奪われる真似はもうしない。七百年前の繰り返しなんてさせない。絶対に」
それは花音の本心からの言葉であった。
そう分かるほど、彼女の決意と、強い覚悟が込められた言葉であった。
そんな言葉を真っ直ぐ伝えられて、彼女の言葉を疑うなど彼はしない。瀧石嶺照はそういう人間であった。
真剣さを宿していた秀麗な顔立ちは普段の優しさを取り戻し、にんまりと口角を上げる。
「そうか。試すようなことを言ってしまってすまないね。知っての通り、君達の状況は悪い。相手は七百年前に世界を救った英雄と正義を掲げた退鬼師……いや、この地球に住まう全人類といっても過言ではないだろうね。対して、僕達はたった数人。普通なら絶対に敵わないね」
ふぅ、と小さく息を吐き出して、そう告げた照に反論できる人はいない。
この場にいる誰もがそんなことは分かっていた。自分達は世界の敵なのだととっくに痛感していたからだ。
「このままいけば、おそらく七百年前通りの結末になるだろうね。瀧石嶺千里は再び英雄として祭り上げられることになる。……けれど、君達は抗うと言った。そんな結末は認めないということだろう?」
「勿論です。たとえ、世界を、全人類を敵に回すとしても……もう二度と優斗君を失わない。そう、みんなで約束したから」
「え?」
その言葉は優斗にとって意外なものであった。
神無の記憶を辿ってもそんな約束は彼は知らない。ということは、おそらく彼がいないところで交わされた約束なのだろう。
花音は優斗の事を見ることなく、まっすぐ照を見つめている。
彼女の横顔を優斗は寂しげに見つめるが、彼は悲しそうに笑うだけで何も言わずに照に視線を戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます