#17-2 愛を望む者
珠洲は一度目を瞑る。その様はあまりにも無防備で、攻撃してくれて言わんばかりだ。
僅かに思案する素振りを見せた真祖だが、すぐに彼女が何を企んでいても問題ないと判断して、数十本の苦無を珠洲に向かって投げた。
どれほどおかしな方向に飛んでいこうと、苦無に纏った風が自動で珠洲に向かって軌道修正される。
先程のように数本では避けられると判断したが故の行動であった。
大量の苦無が弾丸のように珠洲の体を貫こうと飛んでいく。
これならば避けられまいと真祖は笑う。しかし、その余裕は一瞬で崩れ去ることになった。
珠洲の体に苦無が刺さるより早く、それらが払われたのだ。もっとも振り払われたところで風の属性を纏った苦無は自動で軌道修正して、珠洲に向かうはずだ。……そう、向かう筈だったのだ。
目標を失った苦無は次々と地面に突き刺さっていく。
その光景に真祖は驚き、目を見張る。そんな彼女の視界にふわりと揺れた柔らかいもの。
遠目からでも美しいと分かるほどきめ細やかな薄い水色の布。天女の羽衣のように纏った舞布で、舞いのように流麗な動きで自らに襲いかかる苦無を振り払う。
無数の苦無を全て振り払うと、珠洲は口元を隠して優雅に笑った。
「ほほっ、この程度で吾輩を殺そうなどと甘く見られたものじゃ。……あまり図に乗るでないぞ。色欲の真祖よ」
「っ、器の分際で……生意気な事言ってんじゃないわよ!」
真祖が纏う空気がより一層重くなる。全身から吹き荒れる暴風とその欲望の強さに珠洲は眉を寄せた。
元来、真祖憑きの珠洲は欲望に弱い。彼女が常に何かを食べているのも彼女の中にいる真祖の影響によるものだ。
たとえ欲望の種類は違えども、その強さをもろに肌で感じてしまえば、彼女の内にいる真祖が反応する。
普段以上の空腹を覚えると同時に常に頭の中で響いている真祖の声が大きくなっていく。
──食べたい。お腹いっぱい食べたい。お腹すいた。
──食べ物。食べ物。食べ物。食べ物。
──お腹空いた。満足できない。足りない。まだ足りない。もっと。もっと。もっと。もっと。
「喧しい。黙れ」
短い言葉に自身の内の真祖の声が静まっていくのを感じる。
その事に安堵しながらも珠洲は、表情を歪める。
(分かってはいたが、やはり完全覚醒した真祖の傍にいると奴がうるさいの。……真祖を殺すのが先か、吾輩が奴に体を奪われるか先か)
「……まあ、やるしかないがの」
呟いて、一気に間合いを詰める。
真祖もその行動を読んでいたのか、再び苦無を投げてくる。それを珠洲が舞布で払うと同時に彼女に向かって突風が襲いかかる。だが、その風は人を吹き飛ばすほどの威力はない。
珠洲が怪訝に思った瞬間、彼女の周囲に渦巻いていた風から避けようのないタイミングで無数の苦無が生成された。
「なに!?」
驚き、何とか払おうとしたが、それよりも早く無数の苦無が珠洲の体を切り裂いた。
「ぐっう……」
致命傷を避けようと体を捻ったお陰で、苦無が刺さることはなかったが、それでも無数の苦無が腕を、足を、腰を、顔を切りつけた。その痛みに気を取られた珠洲に再び風から生成された苦無が突き刺さる。
「があっ!」
深々と腕と腹に突き刺さる。苦無が刺さった場所からは大量の血が溢れだし、彼女の白い制服を赤く染めていく。
珠洲は自らの体を治癒しようと治癒効果を持つ水を生成しようとするが、みすみす真祖が治させるはずもない。
再び苦無が彼女の華奢な体を貫いた。
「うああああっ!」
痛みに耐えきれず、膝をついた珠洲に真祖は愉快そうに笑う。
「ふふ、うふふふふふ。我慢しないで解放したらどうかしら? そうすれば、そんな無様な姿にならなくてすむんじゃないかしら?」
「っ、うっ……誰が、そんな真似をするか」
「ふふ、減らず口ね。まあいいわ。それじゃあ、さようなら」
軽い調子で投げられた一本の苦無は珠洲の心臓に向かって、真っ直ぐ飛んでいく。珠洲はそれを払おうと腕を動かそうとして……その腕を別の苦無に貫かれた。
避けられない。珠洲がそう確信するのと同時にソレは起こった。
思わず耳を塞いでしまうほどの轟音が珠洲の命を奪おうとする苦無に落ちたのだ。
「何事!?」
真祖が驚き、何が起こったのかと周囲を見渡すよりも早く、彼女の体に鞭が巻き付いた。かと思えば、その鞭から落雷を思わせるほどの電撃が真祖を襲う。
「きゃああああああああ!」
いかに雷といえど、真祖にとっては致命傷とはなりえない。それでも真祖の動きを鈍らせるには十分すぎる攻撃であった。
珠洲は顔を上げて、その攻撃を仕掛けた主を見て、目を見開く。
真祖に巻き付いた鞭の先にいるのは、まともに動くことが出来ずに地面に倒れていた妙菊白であった。
「お主……」
「……ボクの事を、忘れないで、くれるかな?」
いまだに息は荒く、足下も覚束ない。それでも彼は欲望に染まることなく、自らの意志で動いていた。
いくら珠洲のお陰で幾ばくか影響を受けにくいとはいえ、彼が動けるなど珠洲も真祖も想像もしていなかったのだ。
「……くっ、う……なんでただの人間がまだ動けるのよ」
焼け焦げた皮膚が自動で再生していく真祖に白は驚いたように目を見張り、更に鞭を強く巻き付ける。その鞭は常に電気が帯びており、真祖の体が再生しては焼けるという光景を繰り返す。
真祖が拘束から逃れようとするが、しっかりと彼女の全身に巻き付いている為、身動きがとれない。
「ぐっ、この……人間風情が調子にのらないでちょうだい!」
「っ……」
真祖の強い欲望が白に集中する。途端に白の顔色が悪くなり、真祖を巻き付けている鞭の力も弱まる。
「……っ、ボクが千沙都様に抱く感情を汚すな!」
そう叫ぶと同時に白はいつの間にか手にしていた苦無で、自らの足を傷つけた。
「ぐっ!」
「……あなた、まさか痛みで正気を保ってるっていうの?」
信じられないとでもいうように目を見開き、白を見る真祖。よく見れば、白の腕からも血が滴っている。
地面に倒れていた白は、珠洲が地面に払った苦無の一本を手にして、それで自らの体を傷つけ、痛みで欲望を振り払ったのだと気付く。その行動には真祖だけではなく、珠洲も驚いた。
「いいえ、ありえないわ! たかが痛みくらいでワタシの愛欲が通じないなんて! 痛みも快感に変えてあげるわ!」
「しつこい!」
「ああああああああっ!」
再び激しい落雷が真祖の体に降り注ぐ。だが、その威力は先程よりも弱まっている。
いくら痛みで誤魔化しているとはいえ、真祖の影響を受け続けて正気を保てる筈がない。そもそも、それは彼自身の命すら危うくする行為である。
それでも白は退く気など無かった。真祖の危険性を身を持って実感したからこそ、みすみす逃げるわけにはいかないのだ。ここで真祖を倒さねば、千沙都の身に危険が及ぶ。そう分かっているのに白が退くはずがない。たとえ、自分の命を犠牲にしたとしても。
「……こ、のっ、調子に乗らないでちょうだい!」
「小僧! 避けろ!」
真祖の苛ついた声と珠洲の焦った声は同時であった。そして、白の目の前に拘束されていた筈の真祖が現れたのもほんの一瞬のことであった。
「え?」
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