#07-1 それぞれの属性


 優斗達がグラウンドに到着した時には既に白の姿があった。

 彼は優斗達の姿を見ると腕時計で時間を見て、他の生徒達も来ていることを確認し、満足そうに笑う。


「遅刻者はいないみたいだね」


 白がそう告げると同時に授業開始のチャイムが鳴り響く。


「じゃあ、次の授業はそれぞれの属性を確かめたいと思う。まあ、昨日ざっと見た感じである程度は把握してるけど、今度は実力も含め、きちんと確かめたいからね」

「属性?」

「ああ、そうだった。まず無知な初心者に教えないといけなかったか。それじゃあ、雨川君」

「は、はい!」


 春の背中に隠れていた聡は突然白に名前を呼ばれて、慌てて背筋を伸ばす。


「退鬼師と言っても全員が戦闘に特化しているわけじゃない。それは何故?」

「え、えっと、本人の属性によって向き不向きがあるから……です」

「そうだね。たしかキミは水属性だったね。元々、水は支援系の力を発揮しやすいけれど、キミはそれが顕著だ」


 少しでも退鬼師のことを理解しようと真剣に耳を傾けていた優斗だったが、さっそく訳が分からなくなってしまう。

 白が何を言っているのか理解できなかったのだ。

 そんな優斗の心情を察したのか白が補足するように言葉を続ける。


「退鬼師には必ず属性がある。むしろ、この属性を持っている人間こそが退鬼師になれるってわけ。逆に言えば、属性がない人間はどうあがいたところで退鬼師になることができない。その資格がないんだ」

「属性……」

「キミも昨日見ていただろ? 石動君が何もない空間から武器を創りだしたのを」

「あっ」


 白に言われて優斗は昨日の試験のことを思い出す。

 あの時はそれどころではなくて記憶の片隅に追いやってしまったのだが、確かにアレは普通ではなかった。


「あれも退鬼師としての力の応用だね。まあ、それは後で実践するとして先に……じゃあ、日宮さん」

「はい」

「属性は何種類ある? 全部答えて」

「炎、水、風、雷、闇、光。以上の六属性」

「正解。退鬼師になる為の必須条件はこの六属性のうち、どれかの属性を持っていなければいけない。ここまでは分かった?」

「は、はい」


 漫画の中とかに出てきそうな属性とかを言われて、混乱しそうになる頭を必死でフル回転させながら優斗は頷く。


「大体は属性で戦闘系か支援系か決まるんだけど、中には属性関係なしな退鬼師もいる。例えば、支援系が多い水属性なのに戦闘系とかね」

「それって不利にならないんですか?」

「素質の問題だね。力の使い方が上手い人はそこらの戦闘系の属性を持った退鬼師よりも軽々と上に行くよ。ちなみに一般的に戦闘系とされる属性は『炎、雷、闇』の三つ。逆に支援系は『水、風、光』三つ。まあ、結局は本人の使い方次第だけどね」


 頭の中で図を描きながら理解しようとする優斗。だが、フィクションのような話に頭がついていかないのか難しい顔をしている。


「自分の属性を知り、それを利用できるようになる。それがキミにとっての当面の目標だろうね。いつまでも守られてるわけにはいかないでしょ?」

「わ、分かってます!」


 白は花音を一瞥するとあざ笑うかのように優斗を見る。その態度に優斗もとっさに肯定してしまう。けれど、それは優斗の本音でもある。

 何も分からないから守られる事しかできなかった優斗。だが、もし優斗自身が戦えるようになれば、大河のようなことにはならないのではないかと考えたのだ。


「そう。じゃあ、キミは端に行って訓練でも始めなよ。他の生徒は実力見るからボクと手合わせね」

「え? せ、先生?」

「なに? 属性の説明はしてあげたでしょ。あとは一人で勝手にやってよ。さすがにそこまで面倒は見たくないんだけど」


 そう言われたところで、優斗は今まで自分に属性なんてものがあることを知らずに育ってきたのだ。それなのに退鬼師には属性がありますよと説明されただけで、一人で扱えるようになれなどと無茶ぶりすぎる。

 心底面倒そうに優斗を見る白の視線は冷たい。だが、優斗としても引くわけにはいかなかった。


「……はぁ。それじゃあ、ボクや他の人のを見て学びなよ。それでも分からないんだったらチームメイトに教えてもらうんだね」


 白がそう告げた瞬間、バチッと静電気が走ったような音が響いた。しかし、その音は鳴り止むどころか徐々に大きくなっていく。

 優斗はその音に驚きながらも白から目が離せなくなっていた。


 バチバチと電気が弾ける音が響き、白の周囲に電流が渦巻いていく。

 もし迂闊に白に近付いたら、あの電流で焼けてしまうのではないか……いや、下手したら黒こげになってしまうのではないか。そう思えるほど眩く、鮮烈な電流が白を包み込んでいる。


「まず、こうして自分の属性を纏う。見ての通り、ボクは雷属性だ。まあ、このまま属性を身に纏ったまま戦う人もいるけど、多くの退鬼師は属性を纏った武器を具現させる。その方が長時間の戦闘に耐えられるからね」

「属性を纏った武器を具現?」


 それは一体どういう事なのかと首を捻る優斗。

 そんな彼の目の前で電流を身に纏った白は電流を手元に集中させる。すると、電流が激しく唸りだし、それが止む頃には白の手に一本の鞭があった。

 その様子は試験の時に見た嵐と全く同じだった。


「こうして、属性の力を纏った武器を生成する。ここまで出来てようやくスタート地点ってところかな。キミも早くここまで出来るようになりなよ。はい、じゃあ今度こそ説明は終わり。さて、まず誰から手合わせしたい?」


 鋭く風を切る音を幾度も響かせながら、白は何度も地面を鞭で叩く。

 その鞭は先程まで白が纏っていた電流を纏い、あれで打たれでもしたら当たった場所が火傷してしまう。

 生徒達もそれを感じ取ったのだろう。誰もが後込みする中、真っ先に手をあげたのは嵐だった。


「……キミか。まあいいよ。相手してあげる」


 嵐の顔を見るなり嫌そうな顔をした白だが、すぐに挑発的な笑みを浮かべる。

 自分が負けるはずなどないと相手を見くびっている態度だ。もちろんそれは彼の実力からすれば至極当然の驕りである。

 生まれた時から瀧石嶺家に仕える宿命を持ち、巫女である瀧石嶺千里の付き人として相応しい実力を彼は血の滲むような思いをしながら手に入れたのだ。


「へへっ、よろしく。シロセンセー!」


 一歩前に出て、白と対峙する形で嵐は笑う。

 その手には既に昨日も見た漆黒の日本刀がある。


 二人は互いに見つめ合う。

 肌が痛くなるような緊張感に包まれて、誰もが固唾を呑んで見守る。

 そのまま暫くにらみ合いが続くかと思われたのだが、嵐が動いた。

 彼は一足飛びで白の間合いに入ると目にも留まらぬ速さで抜刀した。だが、白はそんな動きを予想していたとばかりに軽くバックステップで避けてしまう。


「ありゃ?」


 避けられると思っていなかった嵐は何の手応えもないことに目を丸くさせる。


「さすが風属性。うまく自分の属性を使って身体能力を高めてるね。支援系の風を使い、そこまで出来る人間はそう多くない。やっぱりキミは、こと戦闘に関しては天才的だね」


 呆気にとられてる嵐に白は感心したよう彼に対する評価を告げる。


「けど」

「え?」

「属性に頼りすぎだよ。今までは初撃で倒せる鬼だったから大丈夫だったんだろうけど、それは良くない。こうして避けられてしまえばキミは驚くほど隙だらけだ」

「うわっ!?」


 一瞬にして嵐の背後に回り込んだ白は、そのまま嵐の体に蹴りをたたき込む。その衝撃に嵐は吹き飛ばされる。だが、無様に地面に落下するのではなく、華麗に地面に着地した。


 どうやら白の蹴りが叩き込まれる寸前に後ろへ飛んで、蹴りを避けたようだ。

 その反応に白は驚いたように目を見張り、笑う。


「へぇ、反射速度も悪くない。さすが石動家の退鬼師ってところか」


 白としては褒めたつもりでいったのだろう。

 数多くいる退鬼師の一族の中でも優秀な退鬼師を輩出してきた名門石動家。

 その一族の血を引く嵐も例にもれずに優秀な退鬼師だと……そうなるであろうと認めたのだ。だが、いつだって晴れやかな笑顔を浮かべていた嵐がその言葉を聞いた瞬間、表情をなくす。

 触れられたくないところに触れられた。そんな反応だ。


「まあ、まだまだひよっこだけどね。はい、終了」


 呆けていた嵐に白は容赦なく鞭を振るう。

 嵐はその鞭を避けることもできず、その鞭を体に受けて、膝をつく。

 勝敗は決した。


「…………」


 嵐は何も言わない。

 ただ唇を強く噛みしめた後、俯く。そして、もう一度顔をあげた時、彼の表情に浮かぶのはいつもの笑顔だった。


「いやぁ、負けた負けた。やっぱ、センセーは強いなぁ」


 そう言いながら立ち上がり、体についた汚れを払う嵐。

 その様子があまりにもいつも通りなので、白は奇妙なものでも見るように眉を寄せ……だが、何も言わないまま他の生徒達に視線を移した。

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